俺に楽しくお買い物はできない
翌日、目が覚めると窓から日差しが差し込んでいる。
「やべぇ今何時だ」
寝ぼけ顔でスマホを探すが――
「そうか。捨てたんだったな」
寝ぐせを手で直しながら部屋を出ると、私服の未来とばったり遭遇した。
こういっちゃあ何だが、未来は私服のセンスがない。が、ここまでくると逆に男子たちからはギャップ萌えされるのではないかと密かに思っている。
「今日は土曜日じゃないのか? 友達と遊びにでもいくのか?」
「服を買いに行きます。お兄ちゃんと」
「そうかそうか。気を付けて行ってくるんだぞ。……え?」
今なんて言った? と聞き返す。
「腐れ変態兄貴とお出かけするといったのです」
うん。そんな暴言みたいな呼び方ではなかったけれども、俺の妹は確かにそういった。
未来と二人で外出するのは、病院とかやむを得ない状況をのぞいたら小学生以来だろうか。
「俺と出かけたいなんて一体どういう風の吹き回しだ?」
「今、試験休みですよね。この休みでだらけてニートになったら妹の私が恥ずかしくて死にたくなるので仕方なくです」
「あー確かに。やることもないしニートでだらけてたかもな」
そう言って笑うと未来は恥ずかしそうに俯き、小さな声で呟いた。
「……それに服を選んでほしいのです」
未来は自分に私服のセンスがないことに気づいていたのか。新たに可愛らしい一面も見れたことだし、今日は妹に付き合ってやるか!
「おう。任せとけ」
もう昼近くだったので、二人で昼食を済ませると俺は着替えて玄関へ向かう。
ふと下駄箱の上に設置された小さな鏡で己の姿を確認する。
直しきれてない寝ぐせと合わせて、滅多に着ない自分の私服姿を見て、「ああ。兄妹だな」ってそう思った。
「では行きますよ」
それから妹を先頭にしてデパートを回った。
俺はほとんど未来の荷物持ちでしかなかったけれども、楽しそうな未来を見ているとこっちも元気が出て来る。
「……そうか。未来は俺を元気づけるために」
「ん? 何か言いましたか?」
「いいや。何でもない。次はどこに行くんだ?」
「今までのは寄り道です。本命の服屋に行きますよ!」
俺は両手いっぱいに抱えた荷物を見て、これが寄り道かと小さく微笑んだ。
三階に上がり、目当ての服屋にたどり着く。
しかし、その店の陰で男二人が一人の女に迫っているのを発見した。明らかに女は嫌な顔をしている。少し強引なナンパといったところだろうか。面倒なことに関わるのはごめんだ。
「なあ未来。俺はあっちの店がいいと思うぞ」
ナンパの現場を未来に気づかれないように手を引き、走り出す。
「え? ちょっと。私はあの店がいいんですけど」
二階に下がり、適当な服屋を見つけるとそこに未来を誘導した。
ここがいいんじゃないか? と未来に尋ねると、少々気分を害したようで死ねクソ兄貴と罵られ、脛を蹴られた。
が元の店に戻るわけでもなく、未来は俺の指定した店へと入っていく。
「俺はちょっとトイレに行ってくるからこの店にいてくれ!」
そう言うと荷物を一旦未来に預け、俺は少し人の目につかない所に入り込んだ。
さっきから感じていた人影もどうやら素直に後を付けてきているようだ。
「で? 一体俺に何の用ですか?」
後ろを振り返ると、一人の女がそこに立っていた。
「あんたさ、少し薄情なんじゃない? 困っている女子を放って逃げるなんてさ」
この女。さっきまで男二人に集られてたやつか。なるほどその気になれば抜け出せたのに、わざと誰かのもしくは俺の助けを待ってたってことか。
「面倒な事には関わりたくないので」
「普通知り合いがいたら助けるっしょ」
女は冷たい目で俺を睨む。
「は? 誰ですかあなたは」
「はぁ? クラスメイトの顔も覚えてないわけ? やっぱあんた死んだら?」
クラス……学校か。俺のクラスにこんなやつは――いた。思い出した……結構休みがちな女子。名前は――
「坂柳かごめ。聞いたことくらいはあるっしょ」
そうだ。坂柳だ。出席番号で座った時に割と席が近いから、顔を見る機会も多い。
「それで俺に何の用。こんなところでわざわざ俺をいじめにきたのか?」
きつい目線で疑いをかける。
するとポケットに突っ込んでいた手を外に出し、苦笑いしながら首を横に振った。
「あたしさ、そんなつまらないことには興味ないわけ」
「じゃあ一体なんのために……」
「答案」
彼女は確かにそういった。「答案」その二文字は俺を心から震え上がらせた。
瞬間俺は彼女の胸ぐらをつかみ上げていた。
「何か知っているのか!」
坂柳は俺の手を跳ねのけると少し距離を取るように後ろに下がった。
「乱暴だなぁ。手荒な真似はやめてくれよ」
俺を煽るような口調で話す坂柳。崩れた襟元を正すと真剣な眼差しを向けた。
「あんたがあの時助けてくれたら、話してやろうかと思ったんだけどね」
そういうと俺を通り越して、スタスタと歩いていってしまう。
俺は振り返って、坂柳を腕を掴んだ。
「待ってくれ! 何でもするから知っていることを話してくれ!」
その瞬間、坂柳はニヤリと笑った。
「よく言った。ヘタレ合理主義君」
こちらに体を向けると、思わず体が震えるような表情で俺を見つめた。
そして俺の手に一枚の紙を握らせた。
「精々楽しませてくれよ」
それだけ言うとその場を立ち去った。
追いかけようとしたその時……
「何やってるんですか腐れ変態兄貴。試着するのでみてください」
「あ、ああ。今行く」
坂柳から受け取った紙を開くと「明日、正午南野公園」とだけ書かれていた。
俺は紙をポケットにしまい、未来の方へと向かった。
その日はその後もずっと未来に付きっ切りだったが、坂柳の不気味な笑みを思い出すとどうも買い物なんてしている気にはなれなかった。
日が落ちたころに俺達は家に帰った。
ご機嫌な未来が作るご飯はいつも以上に濃い味付けで、いつも以上に美味しかった。