表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ジェイミー  作者: 神谷すみれ
第一章
5/36

2、ジェイミーとの交流

2、ジェイミーとの交流 


翌日もその丘の上の野原で二人は会った。

ジェイミーのテレパシーは、人工物が多く騒音や電波が飛び交っている街中では伝わりずらいので、そうした妨害が一切ない丘の上は、人目につかないという点でも格好の場所だった。そこを目下の基地にしているジェイミーはともかく、木や雑草の茂みをかき分けて登ってくるレミにとって、行くのは難儀であったが、そんな困難を問題にしないほど会いたい(接触したい)という欲求が大きかった。

国や年齢どころか、何百光年もの隔たりを超えてのこの出会いは、前代未聞でありながら古今東西変わらぬ不変の感情を生み出していた。

二人の交流は会話であったり音楽であったりした。ジェイミーが訪れた宇宙の星々に関しては、それを地球の観念で説明することが難しく、ただ音楽としてそのイメージを伝えるのみだった。それでもその音楽は言葉より雄弁な感性で、星々の神秘と驚異、美と恐怖を物語り、レミに鳥肌立つような感動を与えた。


夜ごとの夢の中で、ジェイミーの歌が眠りの繊細な襞を震わせながら、繰り返し反響した。


果てしなく広がる宇宙の片隅で

最後の光を放って消えていった星のことを

誰も知らない


それは何万光年かなたの

はるか昔のこと

けれど星の光は生き続け

漆黒の闇に埋もれることなく

あしたを告げる光となって

君の眠りにそっと差し込むだろう

消えた星たちの嘆き、伝説、栄光を

朝の光に目覚めた君は よみがえらせ、口ずさむだろう


夜、部屋のベッドに横になり、ジェイミーの歌が脳裏を隙間なく埋め尽くすのを感じながら、レミは思索した。四六時中ジェイミーのことが頭から離れず、その音楽は体に不可欠な水のように心を潤し続ける。これは一体何なのだろう。世間でいう恋愛にも似ている。それとも侵略?それは身の毛のよだつような恐ろしい考えだが、自分に心地よいものを人は善と見做すように、レミの心は侵略より恋愛に大きく傾いていた。


神は天地創造の際「光あれ!」と言った。光は何よりも速く、光があればすべてが明白で確実なはずだった。しかし、1秒で30万キロメートルも進むという光が、何年も何百年何千年、いや何億年とかかってやっと到達することのできる宇宙空間というのは、想像を絶していた。

宇宙は膨張し続け、その果てはわからないという。とすると、「永遠」という語は「謎」「不可解」の別名に過ぎないのではないか。ならば、永遠という言葉で何かを信じることはできない。永遠の愛などというが、それは歌曲や文学などの芸術におけるレトリックに過ぎない。愛に永遠というものはない。

しかし、ジェイミーを通して宇宙の気の遠くなるような広さへ心の扉を開けてみると、心を閉ざして狭い世界に身を置くより、正体のわからない「永遠」へ探求の旅をしてみようかという気持ちになった。


時は過ぎていった。

無味乾燥で時に苦痛を伴う日常生活から、季節を感じ取る余裕は失われていたが、感受性が生き生きと甦る丘の上の野原では、木々が黄葉してやがて落葉していく過程が画家のキャンバスに描かれるように眺められた。

気が付けば、レミはコートを着、マフラーを巻いて、葉が散って寒々とした枝を指し伸ばす木々が周囲に広がる冬の景色の中に立っていた。木立の下のギターは相変わらず物悲しく美しく曲を奏で、レミの感性と完璧に溶け合い、共鳴した心にジェイミーの声が何の違和感もなく伝わった。


ジェイミーと交流するようになってから、レミは夜空を毎晩眺めるのが習慣になった。冬の夜空は澄んでいて、凍り付いた空の破片が飛び散るように星々が瞬いた。冬の夜空の主役であるオリオン星座が、等間隔に並んだ三ツ星でその存在を誇示していた。オリオン星座を特徴付ける三つの星は、互いに何光年も離れていて関連があるわけではない。大昔の人々は星空を見上げて、物理学上の数字に邪魔されないピュアな心で星々を結んで、夢想を思い描いていたのだろう。

冬の大三角、オリオン座のペテルギウス、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、いずれも人の名前のようだ。昔は人間は死ぬと星になると信じられていたが、冬の大三角の星たちは、歴史が始まる前の偉大な英雄たちのようにも思えた。

オリオン座のオリオンは、ギリシア神話の優れた狩人だった。神話によると、オリオンは美貌の偉丈夫で恋愛にも長けていたが、月の女神で狩猟の女神でもあるアルテミスと恋をし、それを快く思わなかったアルテミスの兄のアポロンの奸計によって、アルテミス本人の矢を受けて命を落とす。それを嘆き悲しんだアルテミスが、オリオンを夜空の星にしたのだという。

そして今オリオンは、冬の夜空に永遠の生命を得て輝いている。

「それは素敵な話だ」

レミがオリオンにまつわる神話のことを話すと、ジェイミーはこう言った。

「宇宙や星々は、神話をそこに思い描いた人々にとって、空想のキャンバスなんだ。測り知れないものへの畏怖にひるむことなく、思い切り翼を広げる想像力は無敵だと思う。

地球人の神話は地球人だけのものだ。ほかの星々にも神話はあるが、奇跡のように並ぶ三ツ星を擁するオリオン星座は、きっと悠久の時を閲し、地球の人間に驚嘆を与え続けるだろう」

ギリシア神話が生まれたころ、ジェイミーは存在していたのだろうかと、レミはふと思った。

「多分ね。進化の最終段階に入って、肉体が物質化し精神が宇宙へ飛び立つようになってから、地球の時間にするともう2千年は超えているだろう。最近は百年宇宙を旅し、百年冬眠(充電)の時を過ごすといったことを繰り返している。」

「恋は…したことがある?」

レミ自身、実際に恋愛したことはないと言ってよかった。ラブソングや文学作品の中の恋愛に心を動かされることはあっても、それは現実の煩わしく疲弊する人と人とのかかわりとは別物だった。

ジェイミーにとって、精神が体から解き放たれ体が機械のようになったいま、個体の繁殖は不可能で、それぞれの精神が身体から遠く飛び立ち抜け殻となっている状態では、個体同士の交流もなかった。

しかし肉体からの不純な夾雑物の混じらない精神には、ピュアな愛が育つことが考えられた。その愛は限定された対象というより、広く広く宇宙全体を包摂するほどに大きくなることを志向していた。

ジェイミー達種族の体から解放された精神の宇宙の旅は、愛に永遠の広がりと意味を与えることが目的かも知れなかった。天地開闢の際、混とんとした闇に生命と秩序を与えたのは光だった。その光の源こそが愛だ。

「光の速度を超えて宇宙を移動することができる僕たちは、神の申し子で、愛の伝道師といえる。

それは異星の生物たちに接触して何かを教えるということではなく、彼らの歴史や文明や生活を見守り、干渉せずただ受け入れるということなんだ。ごく稀な、こうしたテレパシーによるコンタクトのほかは。

ただ、僕の音楽にこれほど魂を共振させる地球人に会ったのは、君が初めてだ」

その告白は、レミの胸を甘酸っぱい切っ先で射抜いた。経験したことのない正体不明のおののきが体内を駆け巡った。「何だろう、これは」 それが何か、レミは心の奥で気付いていた。


レミはほぼ毎日丘の上の空き地に行って、ジェイミーの奏でる曲を聞き、テレパシーで会話した。ジェイミーのことは誰にも話さなかった。もともとレミは他人に心を閉ざしていたし、信用もしていなかった。テレパシーで話しかける地球外生命体のことなど、他人に話しても信じてもらえないだろうし、それより好奇心や詮索の的になって拘束されて検査されるようなことにでもなったら大変だと思った。ジェイミーは今やレミの生きがいといっていい存在だったので、なんとしても秘密にして守りたかった。

同居する家人はレミのその不可解な外出を黙認していた。それまでほぼ引きこもっていたレミがそうして毎日のように外に出るのは喜ばしいことと見做し、レミの性格を考慮してあえて何も問わなかった。それは昼過ぎに家を出て暗くなる前には帰って来るからでもあったが、雨が激しく降るときも止めようとはしなかった。

レミのジェイミーに対する熱意は傍目でもわかるほど常軌を逸していたが、家人の目から見ればその異常さよりもレミが以前より食欲が増し、顔色も良くなったという点の方が重要であった。


しかし、前より健康的になったとはいえ、冬の雨の冷たさには勝てなかった。レミは高熱を出し、1週間近く寝込んだ。ジェイミーの音楽を聴きたい、その声を聞きたいという思いが、熱にあおられ過熱した。

何千年もの時の経過にも耐えられるジェイミーの「体」と比べ、発熱くらいで動けなくなるこの体のなんと脆弱なことか。何百光年という距離を超えることができるジェイミーの心に対し、病んだ肉体にとらわれて苦しむこの心のはかなさ、哀れさ。

そもそもジェイミーの愛は宇宙を包摂するほどの大きさなのに、なぜ自分の愛は疑問と自己卑下にさいなまれ、迷走するのか。ジェイミーという一個人、一異星人への愛なのか、それともただの独りよがりの妄想なのか。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ