その九 雫、助けを求められる
「――誰か、誰かぁ」
何処からか、助けを求めるか細い女の声が聞こえた。
紅い顔の雫が声の方へ目をやれば、最前まで雫たちを取り囲んでいた野次馬たちも、何時の間にやら居なくなっている。
一人残らず向こうへ移って、何やら囃し立てている様子だった。
其方の方が気になった雫は、取り敢えず無礼者の始末は後に回すことにして、何事かとその人垣を分け入ってみることにした。
「やいやいやい、何処の御姫様だか知らねえが、人様にぶつかっておいて詫びの言葉もねえ、仕舞いにゃ助けを呼ぶたあどういう了見でえ。ええ」
「何か云ったらどうだ別嬪さんよぅ、ああコラ」
そこでは――。
路の交叉した辻の真ん中で、頽れるように座り込んだこの上なく美しい娘が、一目でそれと判る粗野なやくざ者二人に、口汚く罵られていた。
「――貴様ら、わらわに斯様な口を利いて、ただで済むと思うておるのか」
娘の方は、それでも気丈に云い返している。
品のある相貌に芯のある声音、きっと睨み付けるその目付きにも、育ちの良さが感じられた。
身に纏う着物も目立たぬ柄ながら、上等の品であることは雫にもよく判る。
しかし男二人はそんな言葉も意に介せず、下卑た顔を見合わせて笑うばかりである。
「わらわ、か。こりゃ本物の上物かも知れねえぞ」
「面白ぇ。有り難く頂戴しようぜ」
見窄らしい三下とはいえ、間に割って入れば何をしてくるか知れたものではない。
野次馬連中も眺めるばかりで、誰も助けようとはしなかった。
娘子は強い眼差しで、野次馬の群を見据えている。
そんな中で雫は、どうしたものだろうか、と困って、頭を掻いた。
すると――。
不意にその娘は、手を付いて立ち上がった。
そして――。
思いの外俊敏な動きで、雫の元まで駆け寄ってきた。
「……え?」
あまりに唐突なことにきょとんとして、雫は動くことが出来ない。
(え、え、え?)
そうして仕舞いに雫の腰の辺りに寄り縋る形になったその娘は、さっと振り返ると、男たちに向かって大声ではっきりとこう云った。
「――この者が、わらわを守るのじゃ」
「はい?」
雫はその場で、ぽかんと口を開いた。何を云っているのか判らない。
すると娘は、ついぞ眼にしたことのないようなきつい眼差しを雫に向けて、こう云い募った。
「守ってくれるなッ」
「いや、あの」
「――なッ」
「え、あ、はぁ」
よく判らぬまま勢いに負けて、雫は何となく頷く。
すると男たちが、へらへら小馬鹿にした調子で嗤いながら、此方へ近寄ってきた。
連中の垢染みた着物の匂いがぷんと鼻をつく。急に面倒なことになってきた、と雫は苦い顔になった。
いつも何かと面倒事に巻き込まれやすい性分の雫ではあるが、これはあまり愉快そうには思えない。