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その五十八 雫、辿り着く

 走りながら、鞍上から雫へ斬りつけてくる。


「くっ!」


 咄嗟に雫は叢雲でその刀を受ける。甲高い音と共に火花が散った。


 武者は凄まじい力でごりごりと押してくる。この勢いで走る馬から地面へ落ちれば、即ち終わりである。

 雫は馬の首筋にしがみつくようにして、必死に刀を返す。どちらも一向に引こうとしない。


 二頭の馬は並んだまま、江戸の通りを直走ひたはしる。


 さしもの雫も、妖物の怪力にはそうそう敵わない。

 懸命に丁丁発止の斬り合いを続けるが、こんな不安定な状態で如何にして戦うかなど教えられたこともなく、一方無表情な面を付けた武者は、苦しむ様子もないまま容赦無しに斬りつけてくる。


まずい……)


 余裕が無くなり、雫が顔を顰めたときだった。

 前方に、武家屋敷の方へ通じる木橋が見えた。

 当然のようにほのおを上げている。


 ――一か八かだ。


 雫は馬の速度を上げると、武者より先に橋へ駆け込んだ。蹄が木を叩いて高い音を立てる。

 案の定炎の所為で板は付け根からぐらついて、今にも崩れそうだった。下は深い川である。

 橋から最後の一歩を踏み出すとき、雫は思い切り鬣を引いた。


 馬は力一杯跳ねる。

 雫の馬が後足で蹴ったのを最後に――。

 堪えきれなくなった橋は、がらがらと崩れていった。


 雫の後に続いて走っていた武者と馬は、それと共に無言のまま、川へと転落していった。

 大きな水音を背にして、雫はただただ、走り続けた。

 


 遂に火車が、空中でぴたりと止まった。そうしてそのまま、ゆらゆらと降り下っていく。雫は馬上から、その先をしかと見定めた。


 魔物は広大な武家屋敷の一つの中へと降りていった。


 ――成程なるほど


 おそらく、あれが浄瑠璃姫の元いた屋敷なのであろう。

 妖怪あやかしを既に引き込んである場所を根城ねじろにして、邪鬼は更なる力を得るつもりのようだった。雫はその屋敷へ向けて、再び馬を走らせる。


 改めて周囲を見廻してみれば、初めからその公算だったのであろう、その屋敷の周囲や他の屋敷にも、殆ど火はついていなかった。

 加えて、大きな屋敷が続く割にいやに人影がない。城の方がお触れでも出して、危険な妖怪屋敷の周りから人を払ったのかも知れなかった。


 とうとう雫は、敵の本拠の前まで辿り着いた。


 しかし、此処へ来て困ってしまった。屋敷の正面の大きな扉はぴったりと閉ざされ、到底入れるようには見えない。

 妖怪あやかしで内が満たされている以上それも当然で、確か桜でさえも中に入れなかったと話していた。


 雫も馬から下りて、それを近場に繋ぐと、試みに厚い木の扉を力任せに蹴ってみる。

 が、足が痺れんばかりに痛むだけでびくともしなかった。門前から見えるのは、中に生えているらしい立派な桜の木の枝が、高い塀越しに飛び出している様子だけだった。


 枝にはぷっくりと、桃色の綺麗な蕾が幾つも幾つも付いていた。この熱さで、成熟が早まっているのかも知れない。


 いや、そんなことより。


(どうしようか……)


 塀は高く、乗り越えられそうもない。雫は腕を組んで考え込んでしまう。

 すると、ふと思い出した。

 袖からさっき渡された、根付ねつけの付いた鈴を取り出す。


(鳴らせ、とか言ってたな……)


 首を傾げながら、雫は数度鈴を振った。


 りん、りん。


 爽やかな音色が響いた。

 暫し、時間が経つ。

 しかしこれと云って、何も起こらない。


 口をへの字に曲げて、雫は鈴を見直した。


(なんだこれ……?)


 だが、その時である。

 ばさばさという羽音と共に、足下に暗い影が出来る。

 雫は眉間に皺を寄せると、

 空を見上げた。


「――ぁぁぁぁぁあああああい、到着ッ」


 剛毅で鯔背いなせな女の声が聞こえるやいなや。

 空から数羽の恐ろしく大きな鳥が、勢いよく舞い降りてきた。


「えええええ!」


 無論それらに乗ってやって来たのは、巴、桜、岬の三人である。鳥のうちの一羽は、足に何か長持のような箱を掴んでいた。


「いやあよかったよかった。行き先、突き止められたみたいだね」


 軽い調子で巴は云うと、ひょいと鳥の背から降りる。炎の熱さに頬を染めた色っぽい彼女は、今は着物を襷掛けにして動きやすい格好をしていた。

 半ば呆れて雫は云う。


「こんなあっさり来られるなら……」


「いやだから、火車の後を直接追っていたら忽ち火でも噴かれてみんな墜落してしまってたんだよ。こうするしか手はなかった。雫の御陰だ。有難うね」


 この状況でも、にっこり巴は笑ってみせた。流石この歳で旅籠を取り仕切る女将だけのことはある、と雫は感嘆した。


 続いて岬、桜も降りた。岬は雫の顔を見るや、ぱたぱたと駆け寄って来て雫の焼け焦げた着物の裾を掴む。

 態に似合わぬ相変わらずの鉄面皮であるが、これでも心配してくれていたらしい。


 そして桜は――暗い色の忍者装束に身を包んでいた。


「桜ちゃん!」


「少少お恥ずかしゅう御座いますが――やはりこれでなければ」


 雫に見られてもじもじとしながらも、桜はそう云った。

 ぴったりとした無駄のない服装が、桜にはよく合っている。


「さ、て、と。今はどうした具合かな」


 巴は長持の上に色気無くどっかと腰を下ろすと、雫に問うた。

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