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その三十八 雫、美しき童の正体を知る

「あなたは……」


 息を呑む雫の前に、童は静静と歩み出てくる。精精が七つか八つといったところの幼い姿で、藍染めの清潔な着物を着ていた。

 しかしその顔は歳に似合わぬ清冽せいれつな印象で、世を捨てたかの如き寂しさすらも感じさせた。青白く血の気のない肌が、おのこおなごかの別を越えた幻のような雰囲気を漂わせる。

 更に驚いたことには――。


 童は腕に、小振りな鷹を載せていた。


「殺すな」


 童は、囁くようにかそけく、そう云った。


 颯太は虚勢を張って問う。

「お前は何者だ。もしやこれを操っていたのではあるまいな。私たちは危うく殺されるところだったのだぞ。それを一方的に殺すななどと身勝手なことを――」


 明らかに無理をして饒舌に振る舞っている颯太に対して、童はその冴えきった眼差しを向ける。するとあっさりと颯太は沈黙した。

 相方の情けなさに溜息を吐きながら、雫は膝を折って眼の高さを童と同じにすると、微笑みを浮かべて尋ねる。


「お話してもいいかな? 私の名前は御剣雫。あなたのお名前は?」

「――みさき。鳥使いの、岬」

「岬……くん、だね? ここで何をしているのかな」

「鳥使い」

「あの鴉も?」

「そう」

「あの鴉は……妖怪あやかしでは、ないの?」

「違う」


 拗ねたように雫と視線を合わせてくれず、しかも返事は短簡に過ぎて訳が判らぬ。困ってしまって、雫は頬をぽりぽりと掻いた。


 すると岬は、小さく付け加えた。

あれ妖怪あやかしから、此処を護るための者」

「ここを? じゃあ、襲いかかってきたのは……」

「此処に入ってきた。だから、追い払おうとした」

「そうするとこの鴉は――護神まもりがみ様」


 少少蒼い顔をして桜が云う。鴉が元凶なのではないかと云いだしたのは桜なのだから、責任を感じているのだろう。

 追い打ちを掛けるように、先程から社を調べていた颯太が戻ってくる。


「此処の社はどうやら鴉を祀っているようだ――ううん、その、なんだ、もしかすると拙いことをしてしまったやも、知れんな」

 誤魔化し誤魔化し颯太が告げると、真っ青になった桜が、雫に向かって勢いよく頭を下げた。


「も、申し訳ありませんでしたッ。わたくしの軽率な物云いでこのようなことになってしまい、御剣様にとんでもないことをさせてしまって――この桜、如何様にでも責めを負う覚悟に御座います。どうか御剣様、ひと思いにッ」

「ちょちょっとちょっと桜ちゃん、そんな、大袈裟な」


 慌てて雫は桜に頭を上げさせる。しかし桜は目に一杯涙を浮かべ、すっかり思い詰めていた。


「いいえ大袈裟などではありません。畏れ多くもお社に祀らるる護神様の頭に木刀一閃あろう事か気絶させるなど、万死に値する大罪。咎を負うのは私だけで充分に御座います」


 どうか、どうかッ、と云って仕舞いに桜は地べたに這い蹲うと、頭を砂に擦りつけた。手のつけようがなく、雫は困惑する。


(そういうもんなのかな、私、マズいことしちゃったのかな……)


 雫も次第に不安になってきた。神を全力で殴りつけ昏倒させた場合どういう罪に問われるのかは、寡聞にして聞いたことがなかった。


 ところが。

 そんな伏せたままの桜の姿を見て、岬は――。

 すたすたと近寄ると、徐ろに、草鞋を履いた足で、桜の頭を踏みつけた。


「え、ちょっと岬くん!?」


 激しく動揺する雫を尻目に、岬はそのまま、ぐりぐりと足を動かす。桜は微動だにしない。端から見て異様な光景である。颯太も唖然として何も云わない。朝日の射し込む中、淡淡とした時間が流れる。


 このままどうなってしまうのだろうと雫は心配することしきりだったが、すぐに岬は足を退けると、ぽつりと云った。


「これでよい」

「有り難き、有り難き幸せに御座いますッ」


 随喜の涙を流さんばかりの勢いで頭を下げたまま桜は云う。雫はその言葉も振舞も最早違う意味にしか取れず、何だかげんなりした。

 気を取り直すと、雫は岬に尋ねた。


「念のために訊きたいんだけど。岬くんは……妖怪あやかしなの?」

「違う」

「じゃあ神様なの?」

「違う」

「それなら、何? 普通の人間?」

「鳥使い」


 判るような判らないような話であった。

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