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その三十六 雫、渾身の一打を打ち込む

 何事かと二人が音のした方を見ると、そこでは青白い顔をした桜が、煙の上がる銃を構えて腰を抜かしていた。


 更にその頭上には――何時の間にかまた降りてきていた鴉が空中にばさばさととどまりながら、次なる獲物を狙っていた。


「桜ちゃん!」


 そんな雫の叫びも届かないほどの惑乱に陥った桜は、あわあわとしながら、麻酔銃をぱんぱんと連射する。しかし、初めて撃つ銃が相手に当たるわけもない。撃ったときの衝撃で狙いがずれて、鴉はぴくりともしなかった。


「――こ、このっ」


 云うと桜は堪えきれなくなったかのように、銃を鴉へ投げつけた。

 不思議な程綺麗な弧を描いて飛んでいったそれは、鴉の太い嘴の端にかつん、と当たる。

 鴉は不快そうに首を蠢かした。


 雫は唇を噛む。

 ――いけない。


「ぎゃあッ」


 一際大きく鳴きぐと、鴉は一直線に桜へ向かって飛んだ。


 咄嗟に雫は、傍らの毛深い虎に再び跳び乗る。

 雫の気持ちが伝わったかのように、

 虎はそのまま勢いよく駆け出すと――、

 迷わず鴉へ向けて、跳びかかった。


 虎の背から、雫は果敢に踏み切る。

 月光を背に、木刀を高高と振り上げる。

 そして――。


「せいやあああああああああああああ!」

 鴉の脳天へ向けて、力一杯に振り下ろした。


   *    *


 遠方の空は、朝日に輝く紫雲が立ち籠めて美しい。

 徐徐に明るくなってきた朝靄立ち籠める社の傍では――。

 地に墜ちて動かなくなった大鴉を目の前にして、雫たち三人が漸く息をついていた。


 万事が落着いてから、桜にも颯太の力の説明を済ませ、後は諸諸の始末をどうするか、という状況である。


「御剣様、本当に――本当に有難う御座いました」


 桜は丁寧に頭を下げる。これまでとはまた些か違う真摯な様子に、雫は照れて、早口に誤魔化した。


「いやそんな、別にそんな大したことはしてないから」


「いえ――御剣様に命を救われました。感謝のしようも御座いません。このご恩は一生――忘れません」


 顔を上げた桜は頬を朱く染めながら、澄んだ瞳で雫を熱く見つめていた。恥ずかしくなって、雫は眼を逸らす。桜は重ねて云った。


「東雲様も、描きし物に命を吹き込むそのお力、真実まつこと恐れ入りました。古今東西の如何なる画聖も敵わぬ奇蹟、永く語り伝えらるるものに御座いましょう。それにこの――」


 桜はそう云いつつ、虎を見直す。


 不細工な生き物は朝日を浴びながら、後足で顔を掻いている。


 桜は、言葉に詰まる。


「この――その――猪も」


 雫は青ざめる。

 緩んでいた颯太の表情が、忽ち凶相になる。


「ほう」


「あ、いや、桜ちゃん、あのね……」


「猪に長い尾がついておるとは私も浅学にして知らなんだ」


 必死に取り繕おうとする雫の努力も虚しく、颯太は仏頂面でそっぽを向いてしまう。


 自分の失態に気づいた桜は、慌てて云い直した。


「いや、あ、あの、以前見かけた仔猪うりんぼうが、丁度このような具合で」


「桜ちゃんもういい、もういいから」


 大量の冷や汗を流しながら、雫は桜の口を押さえる。


「もうそのくらいにしておけ」


 ぎろりと二人を睨み付けると、低い声で颯太は告げた。


「これ以上要らぬ事をぬかすと――そなたらの似顔を描くぞ」


「どうかそれだけはご勘弁を」


 二人は声を揃えて云うと頭を下げた。どんな姿の何が出てくるのか、恐ろしくて想像したくもない。

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