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その二十七 雫、ぶつくさ言う

 桜は更に云った。


「それに、昨晩は町中にもこれまでとは比べものにならぬほど多くの妖物が現れた、と人の噂に聞き及びました。御剣様方がご覧になったのも、もしかするとそのうちのものではないかと」

「ふむ。あの妖怪共を鴉が呼んだか、或いは逆に、鴉の姿をして町に忍び入ったか――どちらにせよ、ありそうな話ではあるな」


 ようやく目が醒めてきたらしい颯太は真面目な顔でそう云ったが、またすぐ大欠伸を漏らした。このまま昼寝する、等と云いだしたらどうしよう、と雫は懸念する。

 我儘なのは姫と同じだが、あちこち彷徨うろつきまわる分、颯太の方が余程性質(たち)が悪い。しかしこれ以上悩みの種を増やしても仕方ないと思い、雫はそれについては忘れることにした。


 そうして顎に手を添えつつ、雫は考えたことを口にした。

「でも、そんな大きなカラスが人目に付かずに居られる場所なんて、あるのかな。妖怪なら自由に姿は隠せるのかも知れないけど……」


「――だ、か、ら」


 その時、苛立ちを無理に抑えた声音で、浄瑠璃姫が云った。


「それを調べるのが、そなたの仕事ではないのか御剣」

「え?」


「まだ昼前ぞ。侍が何時いつまでのうのうと屋敷の中でくっちゃべっておるのじゃ。わらわを助けるのであらば、事が起こる前に手を打つのが筋であろう。ええ。違うか」


 身を乗り出すなり般若の形相で姫は睨め付けてくる。怖い。言い訳を考える前に、ハイ左様に御座います、と雫の口から自然と出た。傍らでは巴が、猫のようににやにやと笑っている。


ならば何をしておる、と云って、姫は手に持っていた扇子でパンパンと畳を幾度も強く叩いた。


「ほれ、判ったらうぬら、とっとと出て行かぬかッ」


 尻を蹴り飛ばされる前に、雫と颯太と桜は部屋から飛び出した。


   *    *


「守ってもらってるっていうのに、よくもまああんな高飛車な態度が取れるよね……」


 宿の表に出てから、雫は口を尖らせぶつくさ云った。隣で桜が苦笑する。陽の下で見ると娘子は、今日も薄桃色の可愛らしい着物を纏っていた。


「まあ、姫様は姫様なりに怖がっておいでのようですし――あ」

 何かに気づいたらしい桜は、不意に宿の屋根を見上げた。つられて雫も、其方へ眼を向ける。


 屋根の上には、真っ黒な羽を震わせた鴉が七、八羽、並んで留まっていた。首を回し、瓦の上を歩き廻り、時折ぎゃあ、ぎゃあとまがしく鳴いている。何を思うか知れぬその小さな黒い瞳が、薄気味悪く輝いていた。


 暫く雫達はその濡羽ぬればの群を見据えていたが、すぐに、視線に気づいたかのようにして鴉たちは、ばさばさと何処へともなく飛び去っていった。


 雫は呟いた。

「あれが……?」

「はい。今朝方よりは少し減りましたが――」

 桜は小さく頷いた。


 確かにあの鳥たちは、少し様子がおかしかった。周囲を見廻してみても、江戸の町はさして鴉の多い処ではない。あの集まり様には、何かしらの故があると見える。

 否、鴉ばかりでなく――伽羅倶利屋の周りだけ、何か雰囲気が歪んでいるように雫には感じられた。


 暗く、澱んだ気が立ち籠めている。


 しかし。

 そうして深刻に話す二人を他所に、妙にそわそわした様子の颯太は、いつもと変わらぬ楽しげな調子でこう宣った。 


「ま、そんなことは気にしても詮方なかろう。よし雫、桜。早速市中を見回りに行くぞッ。私についてこい」


 そしてそのまま返事も聞かず、颯太は歩き出してしまった。

 こいつは遊びたいだけじゃないか、と些か呆れつつも、雫は桜と共に、その後へと続いた。確かに、案ずるばかりでは何も始まらない。


 そうして江戸の街路を歩いていくうち、雫はふと、気づいた。

 肌に吹き付ける風が、昨日と比べてやけに心地よくなっていた。夏らしい熱を持った湿り気が失せ、代わりに流れる枯れた薫りが、心に優しく感じられる。


 何気なく雫は、隣を歩く桜に話しかけた。

「それにしても……ずいぶん涼しくなったね」

「はい。もうすっかり秋で御座いますから」


「……え?」

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