その二十一 雫、大切なことに気づく
すると、その時。
廊下の方からかたかたと、何やら乾いた音が聞こえた。
何だろうと雫が目を向けると、無言のまま徐ろに巴が立ち上がり、襖を大きく開けた。
その向こうにいたのは、三体の無愛想な顔をした日本人形だった。
それぞれ手に盆を持ち、茶を載せている。
それらは廊下からそのまま部屋の中へ入ってくると、姫、雫、颯太の前に、ぴったりと止まった。
しかつめらしい表情で、巴が解説する。
「――茶汲人形十四號、十五號、十六號。全部で十八体いるよ。残らず見たければ、十八夜連続投宿をどうぞ」
「はあ……」
どう反応を返してよいものか判らない。それに傍目には、三体とも同じに見える。
雫達が茶を受け取ると、仏像のような顔をした人形達は、大人しく廊下に帰っていった。
三人は茶を啜る。
一息吐きながら、浄瑠璃姫は話を続けた。
「――仔細は明かせぬが、さる藩主の一人娘じゃ。今は江戸の屋敷に住んでおる。日日平穏無事、楽しみと云えば家老を揶揄うくらい。
退屈と云えばそれまでじゃが、幸いにして大禍なく過ごしておった。これ以上望むものもあるまい。しかしじゃ――」
そこで姫は、少しだけ哀しげな目付きをした。
「ある日、父上の様子がおかしくなった。振舞、顔付き、口にする言葉、はっきりとは云えぬが、どこか、何かが、おかしかった。
聡明そのものであった父上が、悪しく虚ろな眼をするようになった。そうして、明くる日には母上の様子が、続いて、家臣達が――次第次第に屋敷中の者の様子が、悉くおかしくなっていったのじゃ。
ふと気がつけば、そこかしこの薄暗がりに、異形の化物どもが湧いておった。蠢いておった。恐ろしかった――」
雫は先程桜から聞いた、邪鬼の魅の話を思い出す。
――やはり、そうなのか。
――人に取憑き、罪業を為すのか。
「風の便りに聞けば、江戸のお城もそのようになっていると云う。
わらわは何とか命からがら辛うじて屋敷を抜け出してきたが――今頃如何様になっておることか。思いもつかぬわ」
そう云って姫は、伏し目がちに皮肉な笑みを浮かべた。
雫達は、何も云うことが出来なかった。
すると唐突に、姫は雫に向かって、真っ直ぐに云った。
「そこな侍。名は何と申す」
眼を円くした雫は、吃りながらも応える。
「え、わ、私?……御剣、雫……」
「わらわを守ってはくれぬか」
真摯な眼差しをした浄瑠璃姫は、雫に向かってそう頼んだ。雫は己が耳を疑う。
「守る?」
「屋敷も城も、今話したような次第じゃ。妖怪どもが何を思うておるのか知れぬが、抜け出でてきたわらわを狙ろうてくるやも知れん。
広うて狭い江戸のこと、遅かれ早かれこの場所は突き止められる。その時、その妖怪が人に憑いておるか妖怪のままに来るかは判らぬが――そなたがわらわを、守ってはくれぬか」
麗しき娘に正面から見据えられて、雫は口籠もる。
「頼れる者が他にはおらぬ。昼間の立ち居を見る限り、若いとはいえ腕は立つようじゃ。御剣よ。頼まれてはくれぬか」
昼のように強引な様子はない。真剣な頼み事であるが故であろう。
隣に座る颯太の姿をちらりと見たが、若き絵師は目を瞑ったまま、一言も口を挟まなかった。
雫は迷う。
どうしたものだろうか――。
そこで、はた、と雫は気づいた。
もしかすると、彼女を守ることで、
この絵巻の世界から抜け出すことが出来るかも知れない。




