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その二 雫、妖しき美術館へ入る

「自分で作っておいて先に脱退するってどういうことよ……」


 ぶつくさと言いながら、雫は美術館の無駄に立派な玄関口をくぐった。


 傍らの門柱には、『御剣江戸美術館』と彫り込まれたご大層なブロンズの板が掛けられている。

 今日は月曜なので休館日だが、別に開館していたところで客など入って来ない。


 松や梅の植わった風雅な庭園を抜ければ、そこが本館である。


 雫が足を踏み入れた途端、中から呼び声が飛んできた。


「おお雫、やっと来たか。ほれこっちじゃこっち」


 白髪に白髭、藤色の着物を着た老人が、薄暗い美術館の奥で嬉しそうに手招きをしていた。

 これが雫の祖父、御剣新右衛門(しんえもん)である。


 この大仰な名の老人は、長年有名銀行の重役を勤め上げた後、かねてからの夢であった個人美術館を開館した。


 名は体を表すということか、若い頃から江戸時代の浮世絵だの読本だのといった美術品を好んで収集していた変わり者の趣味人であり、この美術館も結局のところ、そうしたコレクションを他人に見せびらかしたいがためのものである。


 鞄を肩から下ろすと、雫は手近なソファへどっかと腰を下ろした。

 広々とした部屋のぐるりには、掛け軸やら襖絵(ふすまえ)やらが、所狭しと展示されている。


 美術品を傷めないよう天井からは弱く柔い光が向けられていて、それが美術館独特の、あのどことなく幻想的な雰囲気を醸し出していた。


 雫は半目になると、重々しく口を開いた。


「それで? 今日はなんだっけ?」


「なんじゃ、無愛想じゃの。わしがせっかく呼んでやったというに」


 貧乳地獄のせいで仏頂面の雫に向かって、祖父はわざとらしく口を尖らせた。

 この「じゃ」とか「わし」とかいうマンガのような恐ろしく分かりやすい老人口調も、彼はわざと使って楽しんでいる節がある。


「今日は、お祖父ちゃんが若い時分からずーっと欲しかった一品が、ようやく手に入ったもんでの。展示の手伝いついでに雫にも拝ませてやろうという、まあ祖父の親心じゃな」


「祖父の親心……?」


 分かるような分からないような言葉に、雫は首を傾げた。


 しかし祖父は一向気にせず、こっちの部屋じゃ、と勝手に言うと、鼻歌交じりに奥の展示室へと歩いていった。

 仕方がないので雫も竹刀を肩に掛けたまま、その後へ億劫そうに続いた。


 人気(ひとけ)のない美術館は、神秘的なまでに静寂を保っていた。


行ってみるとその奥の部屋はやや狭く、展示品の数も他と比べると少なかった。

 どうやらコレクションの中でも特に珍しい、自慢の品を並べるための場所らしい。


「なんじゃ、竹刀なんか置いてくればいいのに」


「剣士はその辺に武具をほったらかしにしたりしないの」


 祖父の言葉に雫は生真面目に応える。

 そうして祖父に導かれるまま、部屋の一番上座(かみざ)に新しく据えられた、小綺麗な展示台の方へと向かった。


 台の上のその「一品」を見て、そこでようやく雫は、眼を見開いた。

 誇らしげに笑みを浮かべた祖父は、胸を張って言う。


「ほれ、これじゃ!」


「これは……」



 それは、一巻の絵巻物であった。

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