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その十三 雫、二人の美少女に流される

 そこにいたのはこれもまた雫と同い年くらい、大きな(まなこ)をした、可愛らしい女子(おなご)であった。

 最前の騒ぎで地に倒れている娘子を、丁重に介抱している。


 そしてその介抱されているのは、雫に喧嘩の首尾を押しつけてきたあの、上品で美しくかつ勝手な娘である。

 上等の着物の裾を乱して、悠悠と気を失っている。


 誰の所為(せい)であんな目に遭ったのか、今の今まで雫はすっかり忘れていた。

 今更ながら腹が立つ。


「このお方、先程の虫の騒ぎで気を失われたようなのですが――」


 戸惑った様子の少女の元へ、颯太と雫は足早に歩み寄った。

 その少女はふわりとした桃色の着物を身に纏い、先の娘とは対照的に、純真で澄んだ優しげな面立ちをしていた。


 桃色の少女の膝に頭を載せ、目を瞑ったまま動かないその艶やかな娘子を見下ろして、半ば呆れた雫は不快そうに云う。


「人にさんざ迷惑かけておいて自分は優雅に気絶って、こいつは……あ、ええとあの、あなたの名前は?」


「わ、(わたくし)に御座いますか。私は、(さくら)と申します、お侍様」


 ひどく丁寧にその少女、桜は頭を下げた。今度は雫が困惑する。


「え、侍? いや、あの、私は……」


伽羅倶利(からくり)屋――伽羅倶利屋へ――」


 その時――。

 倒れたままの娘子が、細く(かそけ)くそう呟いた。


「わらわを、伽羅倶利屋へ――」


「……こいつ起きてるんじゃないの?」


 まだ怒りの収まらない雫は、口を尖らせぶつぶつ乱暴に云う。

 雫もどちらかと云えば性格はしつこい方であり、加えて色っぽい女子(おなご)には、無条件で反感を覚える性質(たち)でもある。


 颯太はそんな雫を気にせず、桜に問うた。 


「娘、伽羅倶利屋とは何だ」


「伽羅倶利屋は、確かこの近くにある、老舗の旅籠(はたご)で御座います。聞くところでは評判の名宿とか」


「よし、乗りかかった船だ――雫、其処へ行くぞ。負ぶってやれ」


 ついさっきまで損ねていた機嫌は何処へやら、振り返るなりすぐ颯太は、明朗な調子でそんなことを云いだした。

 雫は耳を疑う。


「え? な、なんで私が……」


「私は筆より重いものは持たぬことにしている。あの高みから落ちてぴんぴんしておる雫なら、人の二、三人負ぶったところでどうということもなかろう。

 それに、私の泊まる宿も見つけねばならぬところだったしな。ほれ行くぞ。桜とやら、与力同心の来ぬうちに、早く案内(あない)してくれ」


「はい」


 素直に頷き、こちらで御座いますと歩み出した桜、その後から胸を張って続く颯太の後ろ姿を、茫然と見ながら雫は立ち尽くした。


 そして再び都合よく気絶したらしい、地面に寝そべったままの色っぽい娘子をゆるゆると見下ろして、雫はまたしても深々と溜息を吐いた。


 自分は兎角(とかく)、流されてばかりだ。


 すると――。


 ふと、何処からか強い視線を感じ、雫は振り返った。

 振り返った先にいたのは――。


 小さな、童子であった。


 年の頃七つか八つといったところの美しい、しかしどこか暗く陰のある面立(おもだち)をした男子(おのこ)の童が、少し離れた道の角に、ぽつんと一人(たたず)んでいた。


 口をつぐんで小揺るぎもせず。

 童は上目遣いにじっと、雫を見つめている。


 暫く、目が合う。

 やがて童は、黙ったまま背を向けて、走り去った。


 雫は、無言で立ち尽くした。

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