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その十 雫、真剣勝負する

 汚い歯を剥き出して、男たちは肩を揺らした。


「へえ、若侍のお付きかい。にしちゃ、奇天烈な(なり)してやがる」


「女みてぇな(うら)()(づら)だ。しかも何だそりゃ、竹刀じゃねえか。相手にするまでもねぇなッ」


「……女、みてぇな?」


 さっきの今でかちんと来た雫は、男の言葉を聞いて眉間に深く皺を寄せる。

 頭に血が上る。

 竹刀の柄を握り直し、雫はきっと男たちを睨め付けた。


 しかし男は、(あざけ)りを続けた。


「見たまま云っただけじゃねえか。男だったらもうちっと――」


「誰が……男だ!」


 男の言葉を最後まで聞かず――。

 雫は竹刀を上段に構えると、一気に踏み込んだ。


 相手は咄嗟に懐へ手を突っ込むが、何を出させる間もなく雫は鋭く小手を決める。

 男の手を離れた合い口が宙を舞って地面に刺さり、野次馬から悲鳴が漏れた。


 間髪入れずに真っ直ぐ突きを入れると、腹を押さえて男は倒れる。


 この野郎、と今度はもう一方の男が、雫の脚を払いにかかった。


 しかしすかさず跳び上がって(かわ)した雫は、そのまま流れるように胴を打ち込んだ。

 こんな下郎(げろう)に遠慮など無用、とばかりに、倒れ込んだ男の鼻先へ竹刀を突きつける。


 蹌踉めき情けなく尻餅をついた男は、歯噛みをして呟いた。


「なんて野郎だ――」


「だから野郎じゃないと言っている。まだやるか!」


 雫の気迫に、男たちは後ずさった。野次馬からはわっと歓声が漏れる。


 しかし、男たちは、

 にやり、と不敵に笑った。


「旦那、お願いしやす」


 そう云う二人の背後、柱の陰からのそり、と現れたのは――。

 地味な着物を着崩した、目付きの鋭い痩せぎすの浪人であった。


 用心棒か兄貴分かは知れぬが、いずれにせよ道を外れた者らしい。手入れをしていない髷が崩れてはいるものの、腰にはきちんと刀を差している。

 無論それは、真剣である。


 雫は(まず)い、と直感した。


「ふん、愚か者共が。(いくさ)は敵う相手に挑むが筋。素手で竹刀に勝てるか。博奕とは違うのだ。憶えておけ――」


 すらりと刀を抜くと、

 浪人は、眼を見開いた。


「――剣を交えるならば、万全を期さねばな」


 そして間断入れず、斬りかかってきた。


 すんでの所で辛うじて避けた雫であったが、耳元でごう、と鳴る風切り音に血の気が失せた。

 云うまでもなく、真剣で試合などしたことはない。

 普段教えられる剣術は如何に無駄なく相手を打つかというものであり、生きるか死ぬかの瀬戸際に如何にして立ち向かえばよいかなど、雫に判ろうはずもない。


 鈍重な鉄の塊が己の生命(いのち)を狙う――否、己の躰を切り捨てんとして迫りくるこの状況は、ちんけな芝居の殺陣から思い浮かぶ想像を、遥かに超えていた。


 常軌を逸した眼をした浪人は右へ左へ刀を振り分け、身を守る(すべ)もない雫は、ただただ後ろへずりずりと下がっていく。

 雫が首を引いたところへそのまま斬り込んでいった刀は、脇に建つ長屋の柱にがっしと食い込んだ。

 何処からか悲鳴が飛ぶ。


 歯を食い縛り、必死になって雫は避け続けるが、防戦一方の救いのない窮地の中、額には厭な汗が流れ始める。唾を飲む。

 背後からは、野次馬たちが響動(どよ)めいて逃げ惑う音だけが聞こえた。


 刀はあたかも意志を持つかの如く四方へ流れ、雫の命だけを狙ってくる。


 浪人の上気した声が、耳にべったりとまとわりつく。


「どうしたどうしたどうした。少しは歯応えがあるかと期待したというに――これでは男の風上に置けぬわッ」


 何とかせねば、と雫が無意識のうちに竹刀を構えると――。

 下から振り上げた浪人の刀が、半ばからそれをすぱん、と躊躇いなく両断した。


 飛んでいく竹刀の向こうに見える浪人の歪んだ顔には、

 一線を越えた者の凄みがあった。


 この上なく愉悦に満ちた殺意。


 もう、逃げ場はない。


 ――私、殺される。


 初めて感じる生命(いのち)の危機に、雫は漸く恐怖を覚えた。


 ――助けて。

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