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共に戦う青春青龍  作者: 上名 夏
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70話 竜虎相搏つ

 雨は降り続ける。その日は一日中空が泣き続け、誰もが少し憂鬱な気持ちで家に居た。雨にうたれながら、本当の涙を流している者など、知りもしないまま。


 朝霧虎白は人気のない路地で一人立ち留まっていた。通るとすれば深夜にネズミ数匹ぐらい。誰も見向きもしないこの道だが、それでも虎白には意味がある道だった。なぜならば、ここが白虎としての自分が生まれた場所だから。


 戦いに巻き込まれ、気づいたころにはここで目覚めていた。知らぬ間に自分の身体が得体の知れない変化を起こしていた事に気づいた時の恐怖は今も忘れない。気を失っている間に、ジャックに体を好き勝手に弄られ、その日から虎白はただの人間ではなくなった。


 虎白は雨に濡れた手をまじまじと見続けていた。傷つけたのは生身の人間の身体じゃない。あの一撃は致命傷にはならなかったはずだ。だと言うのにどうして、どうしてこうも胸が痛むのか……


 一時は謎のヒーローとして世間に持て囃された白虎の人生は終わった。今ここに居るのは、人類の敵。もとは人間でありながらベルゼリアンに加担する裏切り者。その事実を受け入れられるのかられないのか……ただずっと虎白は雨に濡れて路地に佇む。その光景を見ていたのは二人のベルゼリアン。


「おいおい、あいつ大丈夫なのか? 向こうに潜り込ませてたとか言ってたけど……使えないんじゃ意味ないよ」


「問題は無い。ノスタルジーと言う物に浸る余裕があるならばまだ使えるさ。いや、無理にでも使って見せよう。なに、手綱はしっかりと握っているさ」


 ジャックとドラキュラ、二人は廃ビルの上から虎白を眺めていた。向ける目は憐れみもなど一切ない、ただ自分たちの駒を眺めるように。虎白の味方は今ここに誰も居なかった。



 仕方ないではないか、己が内に植え付けられた食人衝動、それをコントロールする鍵は、向こうが持っている。身も心も化け物になってしまわない為にはジャックに逆らえない。ベルゼリアンと人類の戦いも佳境に入り、今までのようにジャックは虎白を自由にはしなくなった。今までは泳がされていただけ。結局こうなるのなら……最初から龍二達と会わなければ良かったと虎白は龍二達と共に戦った日々を思い出す。


 そんな迷いや後悔が、何かを引き寄せたのか。



「……探したぞ、虎白」


「――ッ 先輩方ですか。まったく、どうしてここがわかったんです」


 虎白が背後に物音を感じ振り向くと、そこには龍二と愛、里美、七恵の三人が居た。龍二はベルゼリアンの気配を頭痛として感じることが出来る。その対象は虎白も例外ではなかった。


「同族の場所はわかるものでな。本来、暴れていない奴は本来感じ取れんが……お前も俺も力を付けすぎた、力を使わぬとも気配感じ取れるほどにな。ともかく、お前がどこに逃げようと俺たちはすぐに見つけて連れ戻す」


 龍二が三人を守るように、虎白と三人の間に立ちふさがる。その後ろから七恵が虎白を説得し始めた。


「ねえ、朱里さんなら無事だよ。怪我は酷かったけど、何とか咲姫さんが治してくれたから! だから許してくれる、戻ってきてよ! 今ならまだ!」


「今なら? そんなわけないじゃないですか、最初から手遅れだったんですよ。あなた達と出会った時から、全部!」


 苦しみ、後悔、そして怒り。複雑に織り交ざった感情を虎白が向けてくる。そのプレッシャーに龍二は平和的な解決はできないかと身構えた。しかし、他の3人はその敵意に気づいていないのか、それとも気づいていてなお諦めていないのか、愛と里美も説得を続ける。


「戻ってきてよ虎白ちゃん! みんな……みんな待ってるんだから! また一緒に朱里さんのお菓子食べようよ!」


「虎白、私たちはまだ仲間だと思ってる……! 一度道を違えただけで、嫌いになれる程薄情じゃないんだから!」


 思いをぶつける。それが届くかどうかわからなくても、3人は今出来る精一杯をした。大切な仲間を取り戻すために。


 だが、虎白の意志に揺らぎはない。感情を押し殺すように歯を食いしばると、その姿を白虎に変える。 


「なんでわかんないんですか……私だって好きでこんな事してるんじゃ……!! 悪いけど、最初っから最終警告です。今すぐこの場から逃げなければ、あなた達を全力で……殺します!!」


 白虎の爪がギラリと光り、龍二達に向けられる。味方だった時とは違い、敵となったその姿はあまりにも巨大で、恐ろしく見えた。だが、龍二は動じない。一歩前に出ると、顔を前に向けたまま後ろの愛達に声をかける。


「下がっていてくれ。ここは俺がやる。安心しろ、意地っ張りを少し補正してやるだけだ。しおらしくして連れ帰るさ」


「……わかった。二人で帰ってくるの、期待してる」


 三人は戦う事で解決する虚しさを覚えながらも、龍二に従うしかなかった。


「へぇ、やり合う気ですか。全力って言いましたよね? ……死にますよ?」


「本気で殺しに来る相手をこっちは生きて連れ帰そうと言うんだ、覚悟はある」


 龍二も体を青龍に変え、お互いにらみ合う。二人の距離はまだ離れてはいるが、音速の白虎にとってはこんな間合いなどあって無いような物。一瞬も気を緩められない状況が続く。


「わかってるようですね……この距離から攻勢に出ようとしても、その隙を私は見逃さない」


「手の内がわかってる戦いほどつまらんものは無い。早く来い、内輪揉めに時間を使っている暇は無い」


「じゃあ、お望みどおりに……ハアァッ!!」


 音を置き去りにするスピードで、白虎が一直線に突撃をかける。人の認識できる限界を超えたその攻撃は青龍さえ捉えることが出来ない。防御体制すら取れてない青龍の首元に、白虎の鋭利な爪が突き刺さる……虎白はそう確信していた。しかし。


「……良かったよ。お前は何も……変わっちゃいない!」


 白虎の爪を、青龍の手によって生み出された剣が弾く。それは本来あり得ない光景。なぜなら龍二は虎白がこちらに向かってきている事すら認識する前だったのだから。だが、事実として剣は攻撃を防げる絶好のタイミングで生み出された。


「動きを読んだって事ですか……このぉッ!」


「本能任せで直線的に突っ込んでくる。単純な力が上がっていても、動きが変わらなければ対応はできるさ!」


 返す刀で追撃も防ぐ龍二。どれ程早い相手であっても、攻撃を弾かれた瞬間には隙が出来る。それを見逃すほど、龍二も甘くはない。


 今まで片手に一本しか持っていなかったはずの剣が、いつの間にかもう片手にも握られており、虎白の予想だにしなかった一撃が繰り出される。それをまた爪で弾いたと思えば、もう片手に握られた剣が襲ってくる。流れるようなその連撃は、虎白に攻勢に出る事を許さない。攻める側と守る側……完全に形勢が逆転した。


「前に刃を交えた時から、何も変わっちゃいないぞ、虎白ッ! 一人で抱え込んで自分だけ追い詰められたような顔をする……何故俺たちに頼らない、何も話さない!」


「女の事で悩んでばっかの奴に、言われたくない! 一人で抱え込むなんて、それこそあんたじゃないの!? その言葉、そのまま全部あんたに返すッ!」


「確かに、昔の俺はそうだった……だが今は違う! お前も気づけ! 共に困難と戦ってくれる仲間なら、既に居るはずだ!」


「そんなの知るか! 私は私が一番大切なんだ、自分の為なら誰だって裏切る、誰だって殺す! 戯言に付き合ってる暇は無い!」


「その覚悟があるならなぜ俺を倒せない! それはお前にまだ迷いがあるからだ! 完全に道を踏み外せるほど、冷酷な人間じゃあないんだよ、お前は!」


「人間なんて……とっくに辞めてるッ!」


 龍二の剣戟を両手の爪で凌いでいた虎白が、龍二に飛び蹴りを放つ。その一撃は攻防備えた龍二の動きを破るものではなかった。しかし、虎白の狙いは攻撃ではない。防がれるときの衝撃を利用して、横に飛ぶ。もう一度間合いを取り、今の不利な状況下から脱出し、仕切り直す。その為の一手。



「また、この間合いか……何度やっても結果は同じだぞ。小手先の知恵で読み勝てるほど、俺は甘くない」


 最初と同じ間合い。あのまま防戦を続けていたとしても、また突撃をしても……どちらでも圧倒的に不利な状況には変わらないと言うのに、虎白は仕切り直しを選択した。もちろん無策でこの選択をしたわけではない……虎白には、奥の手があるのだ。


「もう、舐めてかかるのは終わりにします……あんたを殺して、私が本気だって示さなきゃならないんだ……後先無視の、全力全開でッ!!!」


 虎白が構え、その手に力をこめる。全身の毛を逆立たせ、唸り声が路地裏に響く。龍二もそれを見て、次の一撃こそが相手の切り札だと構えた。来ると思った瞬間にはもう遅い、今までの経験と相手の癖を考えての先読みに、全てを賭ける。


 唸りが止まり、一瞬の静寂の後、その時は訪れた。


 虎白の一撃は、先ほどと同じ愚直なまでの一直線での突撃。もちろん、動きは完全に読まれていた。スピードも上がってはいたが、先読みされていてはそれほど重要な事ではない。では、前の攻撃と一体何が違うか。答えは『パワー』だ。


 攻撃を防がれるとわかっているなら、その防御を貫くまでの力で押し切れば良い。だからたとえ動きを読まれても、一番威力の出る一直線での突撃をやめない。見切れるなら見切るが良い、その上で突破するのみ。


 剣が折れる。その衝撃で切っ先が逸れ、致命傷は逃れたが、龍二は圧倒的な力をもろに受け、後ろに吹き飛んでいく。


「やるな……だがッ!」


 龍二が背中の翼を広げ、吹き飛ぶ勢いを殺すように羽ばたいた。地面との激突を避け、空中でバランスを取り戻し、そのまま一気に飛翔する。一か所に留まってしまえばまたすぐに追撃が追ってくる。だから止まるわけにはいかない。白虎の手が届かないであろう空中に龍二は飛び上がった!


 龍二は空中から火球を数発撃ち出し、虎白に牽制をかける。これで優位な戦況に再びなったと思われたが、そう甘くはない。


「飛べば逃げれるとでも!?」


 瞬時に飛びあがった虎白が、狭い路地を利用して壁を蹴り上げ、その勢いでまた反対側の壁を蹴り上げる。圧倒的瞬発力でジグザグと壁を蹴り上げ跳躍していくその様はまさに稲妻。翼の有無など関係ないとばかりに龍二のいる高さまで迫っていく。


 だが、それすら龍二の手の内だった。


「甘い、突っ込む事しか考えてないのではな!」


 龍二が一気に急降下する。虎白の下に回り込む形となり、その瞬間に勝ちを確信した。翼で自由に飛ぶ龍二と違って、虎白は勢いのままに跳んでいるだけだ。龍二に近づこうと壁で下に勢いをつけて飛ぶにしても今の勢いを殺す際に隙が出来る。その隙が龍二の決め手。投擲された剣が、虎白の体に突き刺さった。バランスを崩し、虎白は地上に堕ちた。


「終わりだ。へそを曲げるのもそこまでにしてもらう」


 空中からゆっくり降りてきた龍二が虎白を見下ろす。虎白は白虎の姿から人に戻り、抵抗する様子もない。


「負けです……やっぱり……先輩とやり合うのは楽しいなぁ……とどめを刺すなら、一発で頼みますよ」


「馬鹿を言うな。お前は俺と来てもらう。大層心配していた3人に謝罪を入れてもらわなければならない」


「本気で殺し合いをした相手にまだそんなことを……!」


「俺は殺し合いをしたつもりはない。ただ……馬鹿を叱っただけだ」


 龍二が倒れ込む虎白に手を差し伸べた。虎白がこの手を取れば、今まで通りの生活に戻ることはできる。しかしそれでは食人衝動を抑える薬はもう手に入れることはできなくなる……素直に手を取ることが出来ない。


 戻るべきか戻らないべきか……差し伸べられる手につい葛藤をしてしまう虎白。そのせいか、龍二の背後に忍び寄る影の気配を、感じ取ることが出来なかった。その者が放つ攻撃が、二人を穿つまで。


「……ッ!? 避けてっ!」


 空気を切り裂き地面を抉る。その一撃はあまりも冷酷で残虐。龍二と虎白は気づけば瓦礫の中。何が起こったのかもわからぬまま起き上がるが、敵の姿は瓦礫の粉塵で見えない。


「……クソっ何者だ!? 不意打ちとは卑怯な真似をする!」


 瓦礫を退け、龍二が剣を構えなおす。相手がこちらを把握していて、こちらは相手がわからない。相手にとってこれほどのチャンスはない。仕掛けてくるならこのタイミングだと、神経を尖らせる。


「ごめんごめん。邪魔だったから、ついね。怒らないでくれよ龍二……我が息子よ」


「ッ!? まさか……お前なのか!?」


 龍二は思い出す。自分を息子と呼ぶ相手が誰なのか。それは龍二の父を名乗る、ベルゼリアン達の王。最強最悪の敵が、今再び龍二の前に立ちふさがる。

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