68話 トレーター 裏切りの白虎
「朱里の仇の……ベルゼリアン!」
下校中、突如として現れたベルゼリアンと対峙する里美と七恵。
里美達に近づいてきた者の正体は、朱里を殺害し、サイボーグの体になるきっかけを作った、上級のベルゼリアンである、ジャックだった。
「強気な女だ、嫌いではないが……ドラキュラが目をつけた女に手を出せば面倒だ。用があるのはお前じゃない」
余裕ある笑みを浮かべながら近づいてくるジャック。里美は用があると言われている七恵を庇う様に立ち塞がるが、気づいた時には、ジャックに後ろを取られていた。
七恵が危ない。里美は咄嗟に振り向く。七恵に危害をくわえるのか、そう思ったが、ジャックは七恵の肩に手を置き、そっと言葉をかけた。
「朝霧虎白を救いたくはないか」
怯え竦んでいた七恵も、虎白の名を聞いた瞬間に目を見開く。
「こ、虎白ちゃんの事、何か知ってるの……!?」
強大な脅威の前で、今にも泣き出しそうな顔をしながらも、彼女は毅然に問いを投げ返す。それに対してジャックも顔を近づけ、誘うかのように言葉を続けた。
「ああ、よく知っているとも。そしてこれから起こることもな……もうすぐ……いや、もう終わっているだろうか、朱雀と玄武は殺される。そうなれば、白虎……朝霧虎白を救えるのは君だけだ。そのための力が欲しくはないか?」
「虎白ちゃんを救う力……」
虎白がどのような状況にあるかわからない。だが、自分が救うことができるのならば……敵の言葉ながら七恵はそれを求めようとした。
「駄目! 七恵に変なこと言わないでよ!」
力に魅入られそうになった時、友の声が七恵を正気に戻す。相手は人間を何人も無惨に殺した怪物だ。そんな者の言葉を受け入れるなど、あってはならない。
七恵は思い切りジャックを突き飛ばそうとする。しかし、その力はあまりにか弱くて、相手はびくともしない。むしろその反動で彼女は後ろに倒れ込んだ。
「ふん、今はまだ良い。しかし決断の期限は短い。我々が旧人類を滅ぼす前に決めるのだな。お前が望めば、私はいつでも現れる」
倒れた七恵を見下ろしながら、ジャックは高圧的に誘いの言葉を口にする。これ以上何かさせるかと里美が飛びかかろうとした時には、その姿はもう消えていた。
「あいつ、何がしたかったって言うの……!?」
「そ、それどころじゃないよ里美ちゃん! 朱雀が……朱里さんが危ない!」
七恵は起き上がりながら、スマートフォンを手に取り、朱里と連絡を取ろうとする。ジャックの言葉が本当ならば、次に命が危ないのは朱雀と玄武だ。
一転として静かになった通学路に鳴り響く着信音、しかし、電話の相手である朱里はいつまでも電話に出ることは無かった……
「おーほっほっほっ!!」
都会の喧騒から外れた、本来なら静かな風の音しか聞こえないはずの山奥に、咲姫の高笑いが木霊する。
「やれやれ、助けを呼んだつもりはないんだけどね」
笑う咲姫の視線の先にいたのは宗玄と大勢の黒鉄部隊の隊員達。本当はつい先ほどまでベルゼリアンがいたのだが、朱雀と玄武の前に敗れ去っている。
「呼んでなくとも奴らを殺す為に私達は来る、それだけだ。それに貴様らだけで倒せたのか?」
「倒せるに決まってるだろう! 君たちはただいい所を取っただけだ!」
木の上から見下す朱里と激昂する宗玄。宗玄は重要なベルゼリアン多出地帯調査任務に茶々を入れられる事に苛立ちを覚えていた。街に出没する敵の発生源かもしれないこの地点、ここで失敗をする訳にはいかないといつもより神経質だ。
「それに、この場所に一匹だけとは考えづらい……恐らく今の戦闘に気付いて寝てた奴らが目覚めてもおかしくはない……各員、周囲の索敵を怠るな! 朱雀達は放置でいい!」
「まぁ! 随分とぶっきらぼうですのね、でも好都合。朱雀、好きに暴れましょう」
「了解いたしました。ならばまずは、この包囲網を突破して参りましょう」
突如木々に向かってガトリングを向ける朱里、何もいないように見えるその場所に無数の弾丸が浴びせられる。
「包囲網……もう動き出していたか!総員戦闘態勢!」
ガトリングが放たれた地点に倒れ込んでいるベルゼリアンを見た宗玄はすぐに今の状況を把握した。敵は獣のように知性が少ない者だと思っていたが、そうではないらしい。既に宗玄達を包囲し、今か今かと襲撃の時を待っていた。それを破るにはこちらから仕掛ける以外無い。ひと段落したと思っていた隊員達もすぐに戦闘に入る。
「くっ、流石に数が多い……だが!」
ガトリングで制圧射撃を続けていた朱雀だったが、相手の物量相手には火力不足と即座に戦法を近接戦に切り替える。いつの間にか懐から取り出したナイフで敵の急所をピンポイントで突き刺し、一撃で命を屠っていく。一匹仕留めたと思えばすぐに次の敵に向かいまた仕留める。その流れるようなしなやか動きを誰も止めることができない。
一方、宗玄たちは完璧な陣形を作り敵を寄せ付けない。誰かの射撃とリロードの隙を他の隊員がカバーし、弾幕の切れる隙を与えない。古典的とも取れる戦法だが、訓練され尽くした黒鉄部隊の一糸乱れぬ身のこなしは、単純な戦法をとても効率的にこなしてみせる。
朱雀も玄武も黒鉄部隊も。誰もが戦いのために己を鍛え、その力を高め続けた人間たち。もはやどれほどの数の敵が現れようとこの陣形を突破することはできない。そう誰もが感じるのも無理はなかった。
だが、事態はそう思う通りには行かない。イレギュラーという物は慢心の影にいつも居座り、こちらの隙を伺っている。
「ッ! 白虎か! 手は多ければ多いほど良い。手伝え!」
朱里が数多く蠢くベルゼリアンの中に白虎……虎白の姿を目にする。戦力に余裕はあると言えど、終わりのない敵の襲来に対応するには一人でも力が欲しい。朱里は敵を屠り続けながらも虎白に呼びかけるが、その返事は無かった。
「隊長、白虎は朱雀と同じく放置でいいんですよね!?」
突如現れた白虎を前に、黒鉄部隊の隊員が宗玄に指示を仰ぐ。本来なら白虎も捕獲対象だが、この多くの敵を目の前にすれば、普段は人間の味方をしている白虎は見逃すのも手だ。
「ああ……だが様子がおかしい。この前は味方だからと油断は出来ない。警戒は続けろ」
味方が現れたと油断していた隊員と違って、宗玄はどこか危機感を感じていた。言葉を交わす機会は少なくとも、今日の白虎が何かおかしいのはわかる。戦いもせずにベルゼリアンの中に佇むその姿は不気味だった。
「白虎ッ! 聞こえているのか!? ッ……!!」
いつまでも呼びかけに応じない虎白に痺れを切らし、朱里は近くまで駆け寄る。呆けているなら目を覚ましてやろうかと肩に手を伸ばした瞬間、その背後にいるもう一人に気づいた。
「やぁ、久しぶりかな、朱雀」
「お前は……ジャックゥゥゥ!!」
虎白の背後、そこにいたのは朱里の宿敵、ジャック。自分の体、咲姫の父の仇。朱里は目を見開き怒りを全開にする。手に持っていたナイフで刺し殺そうと動くが、感情だけに任せた攻撃はジャックには通じない。すぐに避けられてしまった。
「朱雀! 落ち着きなさい、怒りだけで奴を倒せるはずがないわ!」
だがその忠告を聞いているのかいないのか、朱雀は視線をジャックから離そうとしない。隙を一瞬でも見つければその瞬間に切りかかろうとする勢いだ。
「ほう、これだけ大勢に歓迎されれば朱雀に玄武と言えど……と思っていたが、まだ血気盛んの様だな。結局は最後の一手は私が打たねばならんと言う訳か」
「何を訳の分からんことを、お前だけは私の手で殺す! 玄武、白虎、手出しは無用だ!」
「ったく! いつからこっちに指示できる立場になったんだ! でも今は任せるしかないか……弾幕をもっと厚くしろ! アイツが抑えてた分もこちらで迎撃するぞ!」
周囲から依然湧くように現れ続けるベルゼリアン達を黒鉄部隊の弾幕が押さえつける。未だに銃声鳴りやまぬ戦場、そこでいまジャックと朱雀が対峙し続ける。
「来い、にらめっこで遊ぶのが好きなのか?」
ジャックが怪しい笑みで朱雀を挑発する。相手が動き出すのを待っているこの態度は何か策があるのを明かしているようなものだが、今の朱雀はそれさえ踏み抜いてやる覚悟だ。
「貴様のその顔を、二度と笑えなくしてやるッ!」
朱里はスカートの中から無数のナイフを取り出し、一気にジャックに向け投げつける。もちろん投げナイフ程度で殺せるとは思ってはいない。あくまでこれは牽制攻撃……と思わせておいて、朱雀の攻撃は予想の更に先を行く。サイボーグの身体をだから出来る予備動作なしのブーストダッシュは、ナイフのスピードを上回り、先に投げたはずのナイフと同時にジャックに突撃することを可能とした。牽制を払いのけてから本命の攻撃を防ごうなどと考えれば、突撃する朱雀に対応しきれない。
ナイフと共に宿敵に向かって飛ぶ朱里。飛行時間はコンマ一秒の世界の超スピード。誰も邪魔できず、並の人間なら瞬間移動をしたのかと錯覚するほどの神業。いくらジャックであろうとスピード勝負を仕掛ければ分があるのは自分だ。そう思っていた朱里だが、一つ忘れていた事がある。今この場所に、この高速の世界に付いてこれる者がもう一人いることに。
「ぐぁッ!?」
朱里の苦痛に満ちた声。完全に不意を突かれ、声帯の代わりをしていたパーツを損傷させられたのか、その声には機械的なノイズが混じっていた。朱里自身にも何をされたのかわからない一瞬、いやそれ以下の時間の出来事。ただわかるのは腹部を中心に広がる痛みだ。
「あなた、何を……」
青ざめた顔でその様子を見ている咲姫。直接戦わずとも戦場に立ち続けたその顔がそれほどにも歪むのは、ただ最愛の従者が倒されてしまったからだけではない。その瞳は、朱里を攻撃した者をしっかりと写していた。
「白虎……貴様、裏切るのか……!」
腹を貫かれ蹲る朱里の隣に立っていたのは、虎白だった。サイボーグである朱里の身体を貫いたその爪は、血ではなくオイルで濡れている。虎白はそれ以上攻撃することも、朱里の言葉に答えることもなく、ただその場に佇んでいた。
「おっと、ご紹介が遅れてしまったな。そう、何を隠そうこの白虎こそが私の新しい僕。貴様らは元々の仲間に殺されるのだよ」
「貴様……貴様ァァァァッッ!!」
朱里の叫びが森に響き渡った。その怒れる瞳が見つめていたのは、虎白か、ジャックか。




