66話 デスティニー 宿命と血縁
「俺の、父親……」
敵のベルゼリアン、ジャックによって連れ込まれた地下深い一室で、龍二は自分の父だと名乗る男に遭遇する。突然の出来事に驚きを隠せない龍二だが、男はそんな様子もお構い無しに話を続ける。
「人の遺伝子とベルゼリアン細胞、その二つを掛け合わせ新たな生物を生み出す……その実験による最初の非検体が君という訳さ。そして実験に使われた人間の遺伝子が私の物だ。自らの遺伝子を使ってまでの崇高なる実験……だが結果は、君の知っての通りだ」
「……失敗作、という訳か」
「そう、失敗だ。旧人類は雑食故に疎かにしておるが、生物種が生き続けるためにはその種に適応した生物を食わねばならないのだよ。草を食えない芋虫、肉を食えないライオン……そんな歪な生物はこの世では生きられん、ただ飢え死にするのみ」
父の存在を知った衝撃で真っ白になっていた龍二の感情が、ゆっくりと怒りに染まっていく。自らが実験によって作られた失敗作だという事は敵に教えられて知っていた。己の生まれが普通ではない事も、歪ながら生き続けていた事も覚悟して今まで生きてきた。乗り越えるつもりだった。
しかし、実の父から己の存在を失敗だと言われるのは訳が違う。自分が忌むべき存在としてこの世に生まれたことを信じたくは無い。
「だが、結果として俺は今生きている。人の中で人と同じ物を食べ、同じように笑いながら、生きている!」
たとえ実験の結果は失敗だとしても、自分の命、そして今まで過ごしてきた日々までも否定されたくはない一心で龍二は叫ぶ。だがその思いが通じているのかいないのか、男は粛々と話を進める。
「そう、それが今回君を呼んだ訳なのだよ、ベルゼリアンの力を使い切り、飢えて死ぬはずだった君は何故か人を食わなくとも生きる術を身につけた。君の新たなる進化の謎を私は突き止めたいのだ」
男が龍二に顔を至近距離まで近づける。今まで張り付いた上っ面だけの笑顔を浮かべ、感情を隠し続けてきた男だが、龍二はこの時初めて表情が読み取れたような気がした。今この男の頭の中にあるのは自らの実験体への知的好奇心だけなのだ。
「謎と言われても知る物か、俺はただ必死に生きただけにすぎん」
変化したきっかけは知っている。孤島で愛と二人過ごした時に交わしたキス……それが人としての因子を龍二の体に取り込み、人を食えずに死に至る運命から解放した。だがそれがどういった理屈なのかは龍二にすらわからない。愛の起こした奇跡と言えば簡単だが、それでこの男が納得するわけもないだろう。
「その謎を解き明かしてみたいとは思わんか、私の……父の傍で! もう愚かな旧人類に付き合う必要など無いのだ、これからは新たな進化を遂げた仲間と共に覇道を行くのだよ、素晴らしいとは思わないか!?」
男が両手を掴み、ただならぬ形相で龍二に詰め寄る。もはや会った頃の偽物の笑顔で心を隠す気もなくなったらしい。龍二は、その様子に思わず嫌悪感を覚えずにはいられなかった。実の父に触れられているのに何故このように思ってしまうのか、やっと会えたと思っていた父がこんな男だという事実を悲しみながら、龍二は男の誘いへの答えを出す。
「それはできない。俺は今まで一緒に過ごしてきた友達を……仲間を、恋人を! 裏切る事などできない! 俺はもう人として生きているんだよ!」
「なぜだ!? お前はこれからも同族を殺し続けると言うのか!? 彼らも私がこの世に生み出したのだ、兄弟とも言える! この父から背反し兄弟を殺し、進化もしない愚かな者に味方する! それがどれ程の大罪か分かっているのか!」
龍二から否定の言葉を聞いた男は憤怒した。変異している腕の血管が脈動し、息が荒くなる。今までより気迫は段違いだが、龍二は臆しない。
「確かに俺はお前たちと同じ生き物なんだ、それを殺す事が間違い……だとしても! 俺の守りたい物は、人間の中にある! それを壊そうとするお前たちを許しておけない!」
「守りたい物……どうせ消え去る種族に情を湧かせるとは愚かな……青木 龍二、いいや、B01! 貴様を断罪する、この我が!」
男と共に征く道を毅然として選ばない龍二。それを聞いた男は、龍二を名前ではなく実験体としての番号で呼ぶ。それは今まで被っていた父親としての顔を捨て、龍二を自分の駒として従えようとする証拠だった。
断罪の爪は龍二を目掛けて振り下ろされる。青龍と化していない今、この攻撃を食らえば一溜まりもないと龍二は後ろに跳んで回避した。
「ほう、避けるか。だがこれではどうだ!」
男は目を見開き、龍二を視線を向ける。何をするかと思った次の瞬間、男の目は光り、そこから青い光線が発射された。不意打ちかつ早い弾速、回避は難しいと思われたが、龍二も何もしていない訳ではなかった。体を青龍に変化させ剣を作り出し、光線を剣で受け止める。刃で受け止められた光線は辺りに拡散し、壁に焼けたような痕を残す。
「お前がその気だと言うなら、俺も……!」
剣を男に向け、龍二は剣を振るう。相手が父と言うならば刃を交えない選択もあったかもしれないが、こちらに危害を加えてくるならば無抵抗ではいられない。あくまで仕方なくと龍二は反撃を開始するが、その裏で新たな種族として人間を虐げようとするこの男とは分かり合えないとも思いつつあった。
「父殺しがどれ程の事か分かっていないようだな、貴様は全くもって救えん罪の子だ!」
「罪を犯しているのは貴様らだ! 貴様らのせいで何人の人が死んだ、何人の人が喰われた! 罪の子などと命を粗雑に扱う貴様らに言われる筋合いはない!」
龍二の剣と男の爪が幾度となく火花を散らす。一見は互角に見える勝負だが、実際の所はそうではない。男は龍二の斬撃を全て見切って剣を防ぎ続け、じわじわと壁際に追い込んでいく。焦ることなく確実に、一手一手が龍二の逃げ場所を徐々に無くし、積みの段階にまで持っていく為の必要な行動。二人の力量差を龍二は思い知らされていた。
「生きるために喰らう事が罪だとでも……? 私たちは私たちが生きるために人間を求める! 管理され従順となった人間をな!」
「ならば俺も生きるために戦う! お前たちにとってはただの食料でも、俺にとっては違う!」
「人でない者が人間の代弁をするつもりかぁッ!」
突然の強烈な一撃に、龍二の剣が弾き飛ばされ、勢い良く飛んだ剣は壁に突き刺さる。すぐに次の剣を生み出そうとする龍二だが、当然その間には隙が生まれてしまう。
「終わりだ」
龍二の耳元でささやく声が聞こえた。一瞬の隙に懐まで潜り込まれてしまったことを把握した時にはもう遅い。龍二の腹部に、鍛え抜かれた剣と剣戟が出来るほどに鋭い爪が深く突き刺さる。
血が噴き出る。体を駆け巡る悪寒と腹部から溢れる生暖かい感覚。いくら固い鱗で覆われた青龍の身体であってもこれほどの傷は防げない。龍二は口からも血を吐き出し、その場から動けなくなっていた。
「大人しく我が軍門に下ればこうはならんものを。貴様の力、全て頂くぞ」
男は爪を突き刺したまま手の先から血を吸収していく。地面に滴り落ちるはずの血液が全て男の手の内に納まっていき、龍二は手や足の先、頭からスッと血が失われていく寒さを味わっていた。体を動かす事が徐々にできなくなっているのは、血が無くなっているからなのか、それとも本当に力を奪われているからなのか。
「父の元に還れ、我の血肉となれる事に感謝をするんだな」
力の吸収は止まらない。目から光が失われ、意識が遠のく。微睡む意識はむしろ身を任せてしまった方が心地よくすら思え、甘き死への誘いが龍二の頭を蝕んだ。
だがそれら全てに全力で逆らって、ここで死ねるかと意地を張って。龍二は体に無理矢理にでも力を入れる。どれだけ吸い取られようと、体の奥底から取られた分を超えた力を湧き出させれば良いのだと、しっかり足に力を入れて踏ん張った。
「まだだ、俺の全力はこんなものじゃあない!」
熱き血潮が龍二の全身を過熱させる。光を無くしていた瞳は青く光り、傷ついていたはずの翼が怪我などしていなかったのように雄々しく開いた。目には見えずとも感じる先ほどまでとは全くと言って違うプレッシャーに男は慄く。
「何っ!? あり得ない、貴様がこれほどの力を持っている筈がない! 我が作ったのだぞ!? この我が作った命が、創造主の想定を超えた力を持っていい訳が――!」
「わからんだろうな、俺の十六年間を見ていないお前には! 俺はもうお前の想定内の存在ではない。お前の知らない間に人と出会い、成長し、限界を超え続けた!」
翼を羽ばたかせ強風を起こすことで男を吹き飛ばし、腹に突き刺さった爪を無理矢理引き抜く。引き抜かれた衝撃で龍二の鮮血が辺り一面に広がるが、今の龍二にはその痛みすらアドレナリンが隠してくれる。しかしダメージは確実に龍二の体に積み重なっていく。
「グゥッ――! 王を名乗るのは伊達ではないという事か……」
「そうだ! 人としての生を捨て、新たな種の、この星の! 頂点として生きるのが我の使命なのだ! それを邪魔する者は誰であろうと排除する! そうだ、吸収などする必要などなかった! お前を殺して我の道を阻む者を全て消し去る! グゥォォォォ――――!!」
周囲が震えるほどの咆哮を上げ、男は手足だけだった体の変異を徐々に進めていく。尾と角が生え、歯も鋭く牙と化す。その強さは火を見るよりも明らかで、今までの姿ですら苦戦していた龍二にとって相手になる物ではない事がすぐに分かった。
「やはりまだ全力ではなかったか!」
「王の力がこの程度だと思ったか! 貴様など敵ではない!」
男が腕を振るう。しかし龍二とは少し離れた場所に居るため、爪は当たることが無い。距離を見誤ったように見える攻撃だが、目的は直接爪で切り裂くことではなかった。
「――ッ! 真空波か!」
男の爪からは圧縮された空気の刃が放たれ、コンクリートの壁を無残にも切り裂いていく。その威力は今の青龍でも一撃まともに食らえばそれで死に至るほどの脅威だ。それを狭い部屋の中でこれ以上回避を続けるのも難しく、龍二は撤退を心に決めた。
しかし、撤退と言っても今の状況では簡単にできる事ではない。唯一の出入り口である扉は男の向こうにあり、この状況で抜け出すのは無理に等しい。無理矢理壁を壊せばと思っても、現在詳細な位置はわからないが、土の中に引き込まれた後この場所に連れ込まれたという事は、相当地下深くの部屋に居るのだろう。横に掘っても何の意味もない。
「ならば、上だ!」
上を見上げた龍二は、口から炎を吐き出し続ける。天井を焼き尽くそうとしているように見えるが狙いはそうではない。天井にぶつかった炎は跳ね返り龍二自身の周囲で燃え上がる。火だるま状態、実際に龍二にもダメージはあるが、敵の攻撃を食らうよりは随分マシ、それどころか激しい炎が真空波を遮る強力なバリアと化していた。
炎を纏った龍二は、準備は整ったと右拳を天井に突き上げ、翼を羽ばたかせ天井に一気に上昇し叫ぶ。
「ドラゴニック、ブラストォォォ!!」
生えた翼、強力になった炎。進化した青龍だからこそできる新たな必殺技を繰り出し、天井を突き破っていく。簡単に壊せるコンクリートを超えた先には行く手を遮る固い地層に巨大な岩。それらをもろともせずに龍二は飛び上がる。地の底から地上へと、守るべきものの場所へ戻る為に。
豊金の空に、一つの火球が打ち上がる。誰も入らぬ山奥から打ち上がったそれは、高く高くどこまでも昇っていく。雲の上まで登った火球。地上に住む皆が、あれは何だと指を指す頃には、パッと消えて見えなくなっていた。




