65話 エンカウンター 王の正体
寒空を龍が飛ぶ。冬の豊金の空はとても空気が澄んでおり、遠くの場所までよく見える。そういえば飛べるようになったというのにこうやって自由に空を駆けた事は無かったなと、気分が良くなった龍二は思っていた。
虎白の行方を探そうと放課後外に出た龍二。ベルゼリアンが暴れる事があれば気配を感じ取れる能力を持った龍二は広い範囲を捜索しようと高く空を飛んでいた。しかし今の所成果は無く、もし今飛んでいる姿が誰かに見られれば、写真に収められて未確認飛行物体とでも間違えられるのではと思いながら気ままに飛んでいると、瞬間、地上から飛んでくる何かを見つける。
太陽光を反射してキラリと光る向かってくる何か。その正体がナイフだと検討がつく頃には、何かは龍二の眼前にまで飛んできていた。
まさかこんな上空にナイフが飛んでくるなどと思いもよらなかった龍二は左腕に刃をもろに食らってしまう。常人では考えられないほどの射程距離、こんな芸当が出来るのは人を超えた能力を持つ者、ベルゼリアンしか考えられない。
「向こうから来てくれるのならありがたい、探す手間が省けた!」
攻撃を食らった左腕からナイフを抜き、即座にどこからの攻撃なのかを見極めようとする龍二。しかし高い上空から攻撃がどこから放たれたのかを把握するのは余りにも難しい。だがそう悩んでいる間にも次々と龍二の身体を切り刻もうとナイフが地上から放たれる。
「クソッ! 敵はどこにいる!?」
不意打ちでなければそうそう当たる物ではないと、最初の一撃以外は軽く回避をする龍二であったが、依然敵の居場所は掴めない。それもそのはず、一発一発の攻撃が違う方向から放たれていて、位置を絞ることが出来ないのだ。一人の敵が移動をしながら攻撃をしているのか、複数の敵から包囲されているのか、上空からではベルゼリアンの気配も曖昧にしかわからず、防戦一方になっていた。この事態を打開するには、捨て身の攻勢しかない。
「やはり、俺に空は馴染まんようだな!」
距離が近くなりさえすれば、気配で大体の位置はわかる。高度を一気に下げ、敵に迫る龍二。途中何本かのナイフをスレスレで回避し、十分な位置まで降りてくると、相手の気配が手に取るように察知できた。そしてその頃には様々な方向から放たれていた攻撃も一か所からの攻撃のみになっていた。
「鬼ごっこは終わりだ、決めさせてもらうぞ!」
敵の方向に翼を翻し急接近する龍二。攻撃が来ていた先は、豊金でも全くと言って良いほど人が入ることのない高い山の中腹だった。ここならば周囲の被害を気にして戦う必要性も無いと龍二は思いながら、戦いの場へ急ぐ。
冬となり葉は枯れ落ち、枝だけになってもどこか逞しくも見えるほどに太く茂る木々たち。その枝を風で揺らしながら、龍二は敵のいる場所へ山を進み続けた。地上には舗装された道など無く、あるのは獣道のみ、走って敵に向かえば身体能力の強化された青龍と言えど大変な苦労だろう。翼の優位性をひしひしと感じながら進むと、少し開けた場所に人影があるのが目についた。長身を映えさせるようなロングコートに腰にはナイフを収める為の鞘。こんな場所に普通の人間が登山用の装備もせずに立ち入る訳が無い。遂に視界に収めた、奴が攻撃を仕掛けてきたベルゼリアンだ。
「ふっ、私の招待に答えてくれた事に礼を言わせてもらおう、青龍」
「随分と過激な招待状をくれたものだな。この礼はたっぷりさせてもらおうか、ジャック!」
敵の居場所にたどり着いた龍二、その前に現れたのは以前にも対峙したことがある強力なベルゼリアン、ジャックだった。 攻撃にナイフを使う点から見当はついていたが、いざ目の前に強敵が現れるとなると気が引き締まってくる。
「やれやれ、血の気が多い者は苦手だよ。貴様と会うのはこれで何度目だっただろうか」
「何度目だろうと気にする必要はない、朱雀には悪いが今日ここで貴様を討たせてもらう!」
相手は朱里の因縁の相手、その残忍なやり方を知っているからこそ油断はしない。無から剣を二本生成し、両手にしっかりと握りしめる龍二。攻撃の手数を二刀流でカバーする考えだ。龍二が戦闘態勢を取った事がわかると、ジャックも不敵な笑みを浮かべナイフを構える。
「ふん、ここで決着を付ける気はないが……いいだろう、少々遊んでやろう」
先に仕掛けたのはジャックの方だった。地球の重力が少なくなったかのように跳躍で距離を詰め、気づいた時には既に懐に入り込まれる。そこから舞う様に放たれる斬撃は二本の剣を持ってでも防ぐだけで精一杯なほどの連撃を仕掛けてくる。反撃の隙など一切与えることなく、接近戦が始まってから数秒も経たぬ間に龍二は劣勢に追い込まれ、後退していく。
「ふん、強くなったとは言え所詮はプロトタイプ、碌な力も持たぬ弱者めが……だと言うのにあのお方が気にかけているとは虫唾が走る!」
「あのお方だと!? 貴様、誰の事を言っている!」
「王だよ、進化した人類である我々を作り上げたこの世に君臨する唯一の王! いずれこの星を支配する者だ!」
ナイフによる連撃中に突如回し蹴りを繰り出し、至近距離に居た龍二を蹴り飛ばし距離を開けるジャック。次はどちらから仕掛けるか、両者の間を殺気が飛び交うにらみ合いが始まる。
「化け物が王を祀り上げるとは笑えるな、貴様らが会える王は、せいぜい地獄の閻魔だろうよ!」
「ハッ、威勢を張るのは良いが、既に勝負は決まっている。貴様の負けだよ」
強敵を前に劣勢であっても闘志を燃やす龍二に対して、ジャックは勝ち誇った顔でナイフをそっと鞘に戻した。敵を目の前にして戦闘態勢を解く愚行ともいえる行動だが、その理由を龍二は飛行し距離を詰めようとした際に走った激痛で理解が出来た。
「貴様、翼を!」
「その気になれば心臓でも切り裂けた。感謝しろ、自分がまだこの世に生きている事実をな」
ジャックの連撃を龍二は防ぎ切ったと思っていたが、実際はそうではなかった。龍二の背中に生える二枚の大きな翼に刻み込まれた無数の浅い傷。それは龍二が翼を広げた際に一斉に開き、飛行を不可能にさせたのだ。
「さらばだ青き龍よ。次に会う機会があるかどうかは、わからんがね」
ジャックが背を向け、どこかへ去ろうとする。龍二は逃がすわけにはいかないと、飛ぶ事が無理ならば足でと駆け出そうとするが、突然足を何かに引っ張られ、前に進むことが出来ずに転倒する。
「ッ!? 地中から……貴様、この場に誘導しようとッ!」
地中で龍二がこの位置に追い込まれるのを待っていたのか、土の中を軽く掘り進めるような太い爪が生えた土竜のようなベルゼリアンが土から顔を出し、龍二の両足を引っ張る。抵抗しジャックを追いかけようとする龍二だが力及ばず、ジャックはその場を去っていった。そして龍二は徐々に地中に引き摺り込まれてしまった。
「クソッ、離せ、このッ!」
地中奥深くまで引きずり込まれる龍二、周りの土のせいで思うように身動きが出来ず、肝心の翼も今は使えなくなっている。どうすることもできない状況の中で、龍二の意識は薄れていくのであった……
目覚めた時に見えたのは、暗い床だった。コンクリートが打ちっぱなしにされた、無表情なその床、そして壁。どこか狭い部屋の中に居るのかと、意識がはっきりしてきた龍二は気づく。そして自分が椅子に座らせられているのに気付いた。
「ここは……?」
服についた土の汚れをはたき落とし、龍二は周囲を調べ始める。と言っても、狭い部屋では最初に座っていた椅子から見える情報以外に得られる物はほとんどない。唯一の手がかりは部屋の隅にただ一つだけある扉……龍二は一度扉に近づいた。
扉に近づいたところで、すぐにノブを回さずに扉の向こうに誰かが居ないかを伺う。扉に直接耳を当て、扉に伝わる空気の振動を感じようとする。ゆっくりと遠くの場所から足音が聞こえ、扉が微かに震えるのが分かる。その音は徐々に大きくなっていって、耳を立たずとも聞こえるようになってきた。
誰かがここに近づいている。それが敵なのか味方なのかも分からぬまま、龍二は足音が近づいてくるのを扉から一歩下がったところで待つしかできなかった。音が大きい訳でも、奇妙な音でも無いただの足音を、極度の緊張感で龍二は待ち構える。
足音が扉の直前にまで到達し、ドアノブが回され、ついに扉が開く。現れるのが敵の可能性も考え、龍二はすぐにでも青龍になれるよう身構えた。
「ほう、もうすでに目覚めていたか。放っておいたままですまなかったね」
扉を開け現れたのは、髪に白髪の混じった初老の男性だった。少し痩せていて背は中ぐらい。一件どこにでもいるような男に見えるが、パッと見て一番の異常は、手足が青くそして大きく、爪も鋭く長くなっており、人間の物ではない事だった。
「ああ、気になるか? 私は人の姿との境界が曖昧になってしまってね、戻らないんだ」
龍二が視線を向けていることに気付いたのか、手を動かして笑う男。顔の表情はにこやかに見えるのだが、何故かそこから龍二は温かみを感じない。むしろ恐怖や緊張感、プレッシャーの類を感じていた。
「お前は何者だ! なぜ俺をこんな所に――」
龍二の問いに男は笑顔を全く崩さぬままで口を開く。
「なるほど、どうやら私の部下が手荒い招待の仕方をしたようだね。安心しろ、私は何もお前を殺そうというわけではない」
「答えになっていない、お前は誰だと聞いているんだ!」
中身のない笑顔への恐怖か、未だ全く全貌がわからぬ状況への焦りか、龍二の語気が荒くなる。
「こちらの話を聞く気にはなれないようだね。ならば、まずそちらの質問に答えようか」
男は龍二の怒声にも一切動じることは無い。癇癪を起こした子供を宥めるような声色で、問いに答え始めた。
「そうだな、色々と説明せねばと思ったが……まずは知ってもらったほうが早いか」
遂に男が正体を表す。ジャックを使役してまでも龍二に会おうとしたその男は、当たり前と言わんばかりに淡々と問いに答えるが、それは龍二にとって衝撃的な言葉となる。
「私は――君の父親だよ」
その言葉に龍二は耳を疑う。幼い頃自分を山奥に捨てその後一切姿を表さなかった両親が、今家の前にいるというのだから。
「俺の、父親……」
衝撃、絶句。頭の中が白一色に染まる。口を開け、その場から何も動けなくなってしまった龍二の頭の中はフル回転で思考が走る。この話は本当なのか、本当なら父は今までどこに居たのか、なぜ今になってこんな方法で自分の前に現れたのか。頭の中なら聞きたい方がこれほどあるのに、口にまでその言葉が出てこない。
真実は何か、何も分からぬまま突き進む事態の中で龍二が思う確信は一つ。例え目の前の男が自分の父親であろうとも――この男に心を許してはならない。




