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共に戦う青春青龍  作者: 上名 夏
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62話 ライト 希望の光

 黙秘を続けた取り調べも遂に終わり、朱里は留置所に収容されていた。固く冷たい鉄格子の向こう、生きることに必要最低限の設備しか持たぬ豚箱の床に座り込みながら、朱里は周囲の様子と音をうかがっている。


 周りの音を聞いているサイボーグ手術によって改造された朱里の耳は、普通の人間の聴力を圧倒的に凌駕している。その耳の中に聞こえてくるのは、他の牢に閉じ込められている者の立てる小さな物音、外を飛ぶ小鳥たちが羽ばたかせる羽根の音、本来なら聞こえないはずの音が集中すればいくらでも聞こえてくる。そしてその中で朱里が一番集中して聞いていたのは、厚い扉越しに聞こえる警察官たちの声だった。


「……こちらにとっては都合は良いが」


 朱里が聞いたのは、慌てふためく警察官の声だった。どうやら街中にベルゼリアンが出現したらしく、その対応に追われているらしい。この牢から脱出をする予定の朱里にとってはこのどさくさに紛れれば逃げやすく、好都合ではある。条件は揃った、後は具体的な手順でも考えるかと思っていると、先ほどまでしつこいほど朱里を問い詰めていた取調官が、ぶつぶつと文句を言いながら牢の前に現れた。


「まったく、忙しいからって絶対私の仕事じゃないって……朱雀さんどうも。これ昼食です、お食べください」


 牢の下部に着いた小窓からプレートに乗った昼食を渡してくる。量も少なく見た目もあまり美味しくはなさそうな食事に、豪邸で豪勢な料理を作っている朱里は全く食欲が湧かなかった。それでも朱里は嫌な顔を浮かべずに格子に近づいて受けとる。


「これはどうも。わざわざお手数をおかけして申し訳ない」


「驚いた。取調室を出た途端に喋れるようになったのね」


「答えられない質問以外ならいくらでも喋ります、無口で不愛想な奴はレディーに嫌われてしまう」


「レディーに好かれたいのなら正義のヒーローごっこは卒業するのをお勧めするわ」


 取調室と変わらずダンマリを続けるのかと思っていたところを、憎たらしくも饒舌に喋り始めるものだから取調官は皮肉を言い放つ。それに対し朱里は余裕を持った表情で答えた。


「やれやれ、私はもう嫌われているようだね」


「当たり前です、捜査に協力さえしてくれないんですもの。とにかくここで頭を冷やす事ね」


 用事は終わったと取調官は朱里の入っている牢に背を向け歩き始める。厄介なお使いは終わったのだから、このまま本来の仕事に戻ろうといった所に、不意に背後から声がかけられた。


「おっと、髪にゴミが付いてますよ」


 取調官の長い黒髪にそっと優しく手が添えられ、付いていたゴミを払い落とす。最近忙しかったことから少し気が緩んでいたかと思う取調官であったが、ふと今この状況がおかしなことに気づいた。


「あなたどこから手を!?」


 牢の中に居る朱里が離れた距離に居る者の髪に触れるはずがない。まさか脱走したのかと驚いて振り向くと、予想を反して朱里は大人しく牢の中に座り込んでいる。ならば今髪を触っているこの手は何なのか。


「驚かせてしまって申し訳ない。これはまぁ……いわゆる一種の、ロケットパンチと言う奴ですよ」


  最初は何を言っているのか理解が不能だったが、朱里の手元を見ると手首から先が無くなっているのが見える。床に落ちている閉じられているも何も捕まえていない手錠と、ロケットパンチなどと宣っていることから、牢の中からこの手を飛ばしてきているのだろう。


「流石にこの光景は奇怪すぎるわね、一体どうなってるのよあなたの身体は」


「足でも頭でも自由に飛ばせますよ、そんな大道芸をお見せしている暇はありませんがね」


 髪を触っていた片方の腕が、首筋に手刀を放ち、取調官の意識を奪い去る。そしてもう片方の腕が服のポケットをまさぐりはじめ、目当ての物を探し始めた。


「いくら管轄外の仕事を頼まれたとは言え、見回りに来たならカギは持っているだろう。頂いていくぞ」


 上着の右ポケットから本来ここを見回りに来ていただろう看守から預かっていた牢のカギを手に入れた朱里。宙に浮く二本の腕は器用に鍵穴にカギを差し込み、いともたやすく牢を開ける。


「さて、そろそろ茶番劇からは降ろさせてもらおうか。私にはやらなければならない事がある」


 固く閉ざされていた牢屋から見事に脱出をした朱里は、飛ばしていた手首を体に装着しその場を去ろうとした。しかし。


「……くっ、そろそろ限界が近いか」


 歩き始めた途端、急にふらつき始める朱里。長時間朱雀に体を変えることは想定されておらず、排熱に少しずつ異常が出始めていた。今は騙し騙しで動けてはいるが、限界がいつ訪れるのか朱里自身もわからない。


「まだあと一仕事……もってくれ、私の身体……!」


 それでも朱里はまだ動けるはずだと敵の待つ場所へ動き出す。その体を動かす感情は世を守るための正義の心か、それとも自分の体を殺したベルゼリアン達への恨みの心か。本人にもわからないその感情が生み出す衝動のままに足を動かす。後は扉の先に居るであろう看守を気絶でもさせて、どこかの窓ガラスでも破れば良い。世間を騒がせる正義のヒーロー朱雀の復活まであと少しだ。




「全員状況を報告しろ! 怪我人の救出が最優先だ!」


 ベルゼリアンを討伐する任務の最中、手ひどい反撃を食らう宗玄達。敵の鋭く巨大な針は、街や人を無差別に破壊し尽くした。なんとか難を逃れた宗玄だったが、自分だけが逃げるわけには行かないと、負傷した隊員たちの救助をしている。しかし未だ止まない針の雨に、思うように動くことができない。


「くそっ! どういう仕組みでこんな連射が出来るんだよ……!」


 救助された隊員と共に瓦礫の裏に隠れる宗玄。しかしこの瓦礫も敵の攻撃の前に崩れ去るのも時間の問題だ。だからと言って他に隠れる場所も無く反撃に出る手も無く、このままでは座して死を待つのみだ。


「隊長、あなただけでも逃げてください。このまま全員で共倒れする訳には……!」


 宗玄の後ろで、足を負傷し倒れ込んだ隊員が苦痛に耐えながら弱々しい声をかけてきた。


「いいや駄目だ! この隊の長である俺だけが逃げるわけにいかない! 君達も俺も全員で生きて帰る、それだけしか俺は見ちゃいない!」


「しかし今の状況では!」


「なら無理にでもその状況をひっくり返すさ!」


 宗玄は覚悟を決めて瓦礫の裏から飛び出していった。このままやられるくらいなら、命をかけてでも状況の打開に動こうと体が動き出す。しかし、迫りくる死に決断を焦らされ、具体的な策があるわけでもなかった。ただ自分の命をベットして街の平和と、そして仲間の命を救い出すギャンブルだ。目標はシンプル。ただ奴の息の根を止めれば良い。部隊を統べる隊長としてこの判断が間違いだったとしても、決して振り向かずに宗玄は走る。


「奴の体にこいつを一発でも当てればいい、簡単な事だっ!」


 走り出した宗玄の拳銃に込められている弾は、徹甲炸裂弾と呼ばれる特殊な弾。玄武の為に作られたこの弾丸で宗玄は何匹もの敵を仕留めてきた。今回もこの弾を体に直撃させれば相手も倒せるはずだ。しかし眼前には射線を遮る針の嵐。弾は一発、外すわけにもいかない状況で確実に当てるためにも宗玄は走る。もちろんそれがリスクが高くなる行為だと宗玄も理解しているが、刑事としての使命感がリスクに対する恐怖を上回っている。


 右から来る針を上体を逸らして避ける。地面すれすれを飛び足元を狙ってくるような針を軽やかに飛んで避ける。相手のとの距離もそう遠くは無くなってきた。これ以上近づけば被弾の可能性も段違い、仕留めるべき場所は、ここだ! 拳銃のトリガーに力を入れて、渾身の一発を今放つ! ブレることなくまっすぐの線を描く銃弾が、徐々に銃から離れ、敵に近づいていく様子が宗玄にはまるでスローモーションのようにゆっくりと見える気がした。着弾まであと何十センチか、もうコンマ何秒かすれば勝利かと思われたその時。


「ッ!? 打ち消された!?」


 放たれた弾丸目掛けて、一発の針が発射された。針と衝突した弾丸は、本来なら敵の体の中に入ってから炸裂するはずだったが、空中で無残にも砕け散る。一発限りの勝利のカギを今宗玄は失った。だが問題はそこではない。弾丸目掛けて一直線に飛んでいた針の、その先に居るのは、宗玄自身だ。まさか敵は針の発射位置を自由に変える事が出来るのか? 宗玄が考える暇もなく、このまま心臓を貫かれるのも時間の問題と思われた。が、戦いの優劣が逆転するのは何も一度とは限らない。


「やらせるわけにはいかないッ!」


 宗玄と針の間にまるで赤き稲妻の様な何者かが割り込む。それは向かってくる針に上空から蹴りを入れて針を弾き飛ばし、宗玄の命を守ったのだ。衝撃の連続に戸惑いながらも体勢を立て直す宗玄は、目の前に居る者の正体にすぐに気づいた。


「お前は……朱雀!」


「大部隊をまとめる隊長がこのありさまではな。まったく、情けないとは思わんのか」


「その情けない隊長に捕まったのはどこのどいつだ!」


「それならみすみす脱獄させてしまった脱獄犯に命を救われているのはどこのどいつか教えてもらおうか」


 朱雀と化している朱里は、絶えず襲い掛かる針の雨に負けない手数で腕のガトリング砲から弾を繰り出し、朱里と宗玄に向かう針を全て撃ち落とす。後ろから見ている宗玄に顔は見えないが、恐らく涼しい顔をしてこれだけの攻撃をしているのだろうと思うと、朱雀の力の大きさを改めて感じる。だからこそ脱走してまた野放しになることを許すことが出来なかった。


「抜け出したならまた逮捕するまでだ、警察から逃げられると思うなよ! なのに前は戦ったと思えば今はこちらを助ける! 朱雀、お前は一体何を考えている!」


「朱雀は人に仇名す敵を滅し、そして人を守るのが使命だ。少なくとも主はそう思っている。私はそれに従い、邪魔する者は払いのけるまで」


 感情的な宗玄の問いに朱里は迷うことなく冷静に、だが信念が籠った言葉を返す。宗玄はその言葉に、嘘偽りがないことを心の奥底で感じていた。敵と戦う時の圧倒的気迫は敵を滅するために、そして圧倒的な数の黒鉄部隊を相手にしながらも全力を出さずに死者を出さずに戦ったのは人を守る覚悟。二面性に思えた戦いの中で見せる朱雀の二つの顔が、宗玄の中で今の言葉にパズルのようにぴったりと嵌ったのだ。


「使命……か、そいつは僕たち警察にだって!」


「そんなことは知っている。だが、無茶をするには今の我々では……!」


 朱里は辺りで傷つき倒れている黒鉄部隊の隊員たちに目を配る。そして宗玄が無茶をした理由も隊員を守るためだろうと見当がついた。人を守る朱雀としてこの隊員たちも救いたいところだが、朱雀と化している時間が長時間になり、本調子でない朱里には難しい事だった。


 命の危機は去ったとはいえ、二人の目的を達成するには到底無理な状況。このまま二人で撤退するのは容易ではあるが、もちろんこの段階に来てまで二人の頭の中にそんな選択肢は存在しない。


 決して諦めはせず、だがしかし徐々に劣勢と化していく二人の頭上から声が聞こえたのはその数秒後の事だった。この危機を予期していたかのように、ちょうどいいタイミングで聞こえてきた声は、朱里にとってとても馴染みの深い声だった。


「オーッホッホッホ! 諦める必要は無くてよ、朱雀! なぜならば、このわたくしと強力な助っ人たちが今! ここに現れたからなのですわ!」


 上空から現れる蒼き翼。その正体は、戦いの中で得た新たな翼で羽ばたく青龍と、その背中に乗った白虎、そしてさらに咲姫までもが、朱里と宗玄のピンチに駆けつけたのだ。


「お嬢様……! お会いしとうございました……!」


「わたくしもですわ朱雀。ですが、感動の再会はまた後にしましょう、今は目の前の敵を!」


 前面の守りを龍二と虎白に任せることが出来た朱里は咲姫の前に膝く。離れていた時間は長くはなくとも、常に離れる事の無かった二人にとってはまるで永遠かと思える時間だった。もはや主人と従者の関係を超えた二人の絆。従順なる従者に咲姫は答えてやりたい所だったが、今はそれどころではないとまっすぐ前を見つめた。


「まったく、お客さんが多い日だな今日は! だが、これなら……」


 焦りに満ちていた宗玄の目に、希望の光が灯っていく。今この場に四人の戦士が集まったからこそ見えた可能性。それを今現実にせんと言葉を紡ぐ。


「朱雀、君は人を守るのが使命と言ったね。だったら、今この場は協力を要請する。青龍、白虎の二人にも同じく」


「ふん、再逮捕は必要ないのか?」


「今この場で必要なのは、力を合わせる事だ。助けられておいて更に言うのは申し訳ないが、頼む!」


「……使命の為に必要ならば私は従うさ。二人はどうだ」


 一度刃を交えた相手であろうと、人を守る為ならば力を合わせる覚悟が朱里にはあった。そしてそれは最前線で敵の攻撃を凌ぐ二人も同じことだった。


「策を講じるのは得意ではない。俺は奴を仕留められるならば協力する」


「私も同意見です。さっさと終わらせられるなら今だけなら協力したってかまいません」


「よし、ならまずは――」


 四人の協力が決まり、宗玄が作戦を披露しようかとしたところで、言葉を割って入ってきた人間が一人。


「ちょっと、わたくしだけ仲間外れはひどいんじゃありませんの!? 案ならわたくしにもありますのに!」


 自分を含まない所で盛り上がろうとしていることに立腹した咲姫が声を上げる。この状況の打開策が浮かんだのはどうやら宗玄と同じらしい。ここはわたくしがと、自分の案を披露しようとしていると、ここで虎白が話を遮った。


「ああもうめんどくさい! いっぺんに喋っちゃえば良いでしょ! 良かったほうだけ勝手に私が採用します!」


 虎白の気迫に一瞬押された二人だったが、どちらか一方が採用となれば負けてはいられない。我先にと宗玄が、不敵な態度を取りながら作戦を披露しようとした。


「なら、まずこの攻撃は全方向に乱雑に撃たれている様に見えて実は――」


「そう! そうですの! 実はある程度は相手の意思で集中して攻撃をする場所を選んでいますの! それを防ぐために――」


 宗玄が自分の攻撃が防がれた事で気づくことが出来た事を話し終えるのも待つまでもなく、咲姫が自分の考えを言おうと割り込んでくる。しかし、これは宗玄の邪魔をしようとしたわけではなく、むしろ同じことを考えていたのが嬉しくてついつい口が動いてしまったようだった。だが宗玄も負けじと自分のターンに持っていこうとするが、なかなかうまくはいかない。


「それを防ぐために、前面で注意を引き付け、攻撃を集中的に受け囮となる役が必要だ! その役目は青――」


「青龍! あなたに努めてもらいますわ!」


「……いちいち割り込んでくるってのに考えは一致してるのが腹立つな! なら他の人の役目もわかってるだろうね?」


 割り込んでくる咲姫に苛立ちはするも、こうも考えていた作戦が一致することに宗玄も驚きとどこか嬉しさを感じていた。強力な力を持つ朱雀ばかりに気を取られていたが、その朱雀が主と崇めるこの女性も只者ではないらしい。ここまで一緒ならばここからも同じ考えなのだろうと、後の説明を咲姫に託す。


「もちろんですことよ! 白虎は集中されていない他の方向の針を撃ち落とし、玄武はその間に傷ついた人を助け出す。そしてトドメを担当する今日の主役は――上空を飛び、機動力も優れている朱雀! あなたに任せましたわ!」


 ビシッと人差し指を朱里に向け、信頼する部下に一番重要な役目を与える咲姫。失敗すれば全てが水の泡、そんな役割を任せられたプレッシャーなど無いように、朱里は力強く頷いて主人の采配を受け入れる。


「承知いたしました! 重要な務め、私が引き受けましょう!」


 咲姫が策を練り、朱里が朱雀としてその策を成功へ導く。深い絆で結ばれたこの二人ならばもはや何物も敵ではない。闘志に満ちた二人の前に、他の三人もこれならばやれると成功を確信した。


「囮が俺の役目か……少々負担が大きい気がするが、いいだろう!」


「露払いはお任せあれ。白虎のスピードを見せつけてやります!」


「よーし、作戦開始だ! 行くぞぉぉっ!」


 四神の名を冠した者たちが今力を合わせ一つの敵に向かっていく。たとえ今回のように争う事があっても、その正義の心は全て同じ方向を向いている。だからこそ、この突然の共闘でも全員の呼吸を合わせることは容易な事だった。龍二が口から蒼炎を吐き、敵の注意を一気に引き付ける。咲姫や宗玄の思った通り、その瞬間から針の雨は一気に龍二に集中して放たれ始めた。それを確認し、他の方向の針を高速で走りながら次々と撃ち落としていく虎白。音速をも超えるその速度は針を全て迎撃することに成功し、遂に救助をするため自由に移動できるだけの余裕が出来た。


「よし、これなら皆を……!」


 狙い通りだと玄武のマスクの下でニヤリと笑いながら、宗玄は倒れている仲間の元にすぐに駆けつけた。幸い怪我は命に別状は無さそうで、傷口を刺激しないようゆっくりと担ぎ上げると、他の仲間の待つ瓦礫の裏に運んでいく。これで命を救うことは無事に達成できた。残るは朱雀が敵を倒すだけだ。仲間の救助を終えた宗玄は、空を飛ぶ朱雀を希望を託しながら見上げる。


「行ける、これならば!」


 上空を自由自在に飛びながら、朱里は敵の急所に狙いを付ける。唯一かつ脅威であった針も龍二と虎白によって防がれ、宗玄が負傷者を救助し後方の憂いも無い。後はトドメの一撃を確実に決めるだけだ。朱里は一気に急降下し、敵の眼前に降り立つ。


「これで終わりだ! 塵一つ残さず滅しろ!」


 朱里は気合を込めた正拳突きを相手の顔面に叩き込んだ。相手の顔に拳をこれでもかとめり込ませ、腕からガトリング砲を展開する。そして、鉛の弾を一気に脳天に食らわせ続けた。轟く爆音にマズルフラッシュの眩い閃光。ゼロ距離から一か所に集中して銃撃を受けた相手が最早生命活動を続けられる訳もなく、その命の灯は消え、ぐったりと倒れこんだ。


「ふぅ……これで一仕事終えられるか……」


 腕のガトリングを収納し、戦闘が終わった安堵からか大きなため息をつく朱里。全力を尽くし、もはや

これ以上戦う力は残っていなかった。朱里には辺りを見渡した時に見える敵の攻撃によって荒廃している街が、まるで今の自分の状態とシンクロしているようにも思えた。だがしかし、まだ油断はできない。


「さて、これで邪魔者はいなくなったな。私を逮捕したいのなら従う訳にはいかない。相手になるぞ、玄武!」


 長時間朱雀と化している朱里の身体はもう限界に近い、今すぐにでも帰還し体をメンテナンスしなければならないほどなのだが、相手にそれを読まれるわけにはいかないとその素振りを一切見せず、宗玄に向き直った。やっと再会できた主の為にも、ここでまた捕まるわけにはいかない。そして捕まりたくないのは虎白と龍二も同じだった。


「私達も、ですね。このまま逃がしてくれるなら事を荒げる気はないですが……やられっぱなしで無抵抗って訳にもいきませんから」


 必要以上の荒事を起こしたくない気はありつつも、相手がその気ならば今この場で刃を交えることもやぶさかではない。龍二、朱里、虎白の三者の視線が宗玄に注がれる。今まで力を合わせていた者たちの間を流れる緊迫感。一触即発かと思われた状況だったが、意外にも宗玄は戦う意思を見せなかった。朱雀達のような大きな力が野放しになることを良しとはしないが、傷つき治療を待つ隊員、街が壊れて苦しむ人々が居る状況で、人の命を狙わない者と戦うのは得策ではないと思ったのだ。


「いいや、今日の所はこれで引き上げることにする。こちらも酷くやられてしまったしね。それに……君たちの言う使命、そいつを今は信じるさ」


「ふん、脱獄犯を目の前で逃がすなど、職務怠慢にもほどがあるな。だが……今はそれに感謝しておく」


 宗玄の意外な言葉に助かったと、これ以上余裕のない朱里は胸をなでおろす。そして朱雀の戦う使命を信じるという言葉を、自分も信じたいのだと戦闘体制を解いた。


「確かに、上に知られちゃ大目玉だろうな……だが隊員の命を優先させてもらうよ。……次に会う時はもう逃がさない。三人とも覚悟はしておくんだな」


 今はその時ではないとこの場を引こうとする宗玄。しかし刑事としての務めとして、三者の逮捕を諦めるつもりは無い。消えぬ逮捕への執念を目の当たりにしながら、虎白と龍二もその場を去ろうとしながら宗玄に言葉をかける。


「全く、助けられたクセに恩を仇で返す気満々とは呆れたものですね。それでも捕まえる気なら全力で抵抗しますから、怪我しないでくださいよ」


「……こちらとしては争いたくは無い。無理な事とは分かってはいるが、再び共に戦いたいと思っている。また会おう」


 そう言って虎白は崩れたビルの上を高速で飛び移って行きながら、龍二は翼を広げ空に飛び上がり去っていった。残るは朱里と咲姫のみだ。


「さて、帰りましょう朱雀。後始末は警察の方々の仕事でしょうし、これ以上長居は無用です。さようなら優秀な刑事さん。次会う時こそわたくし達を捕まえてごらんなさい。朱雀はいつでも挑戦を受けて立ちますわ」


 去り際に挑発的なセリフを残しながら、朱里に抱えられながら空へと去っていく二人。廃墟と化した街から、汚れのない青空へ飛び去っていく様は今までの戦いの姿とは一転して、きらびやかに見える。そんな姿を地上から見上げながら、宗玄は一人これからの事を想像してボヤくのだった。


「まったく、良い所だけ貰っていって、後片付けはこっち任せだもんなぁ……こりゃ今夜も徹夜かな。……こちら玄武、目標対象の駆除を完了。捕獲対象には……逃走されてしまいました」


 銃をホルダーに収め、仲間の元に駆け寄っていく宗玄。これから傷ついた隊員を病院に運び、荒れ果てた現場の後始末、帰ってからも報告書や始末書など書類の山が待っている。彼に休息の時が訪れるのは、まだ先の話のようだ。

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