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共に戦う青春青龍  作者: 上名 夏
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59話 アレスト 【速報】朱雀緊急逮捕

「民を脅かす不届き者に鉄槌を! 裁きの時は今ここに!」


「消え去れ、化け物ッ!」


 煌びやかなネオンが光る夜の繁華街。金曜日の今日は、本来なら酔っ払いで街が溢れるはずなのだが、今は蜘蛛の子を散らしたかのように人が逃げてしまっていた。


 町に残されたのは咲姫と朱雀と化した朱里、そして今討たれようとしているベルゼリアン一匹のみ。ベルゼリアンは細長い胴体に短い四肢、これでサイズが小さければ愛らしいが、その巨体と咲姫達を威嚇する鋭い表情には愛嬌の欠片もない。


 朱里は両腕に内蔵されたガトリングを展開し、その銃口を敵に向ける。即座に放たれた無数の弾丸は全てが敵を貫き、体を蜂の巣に変えていった。大量に出た硝煙の匂いがむせ返りそうな程に辺りに立ち込める。


 ガトリングを収納し、凛々しく立つ朱雀の姿に、見るも無残に動かなくなったベルゼリアン。その光景に建物に避難していた民衆がガラス越しに歓声を上げる。その声に手を振って答える咲姫と対照的に、朱里は意に返さずと言った風に髪をかき上げた。


「終わりですね。火力を真正面からぶつけるだけで勝てる、造作も無い敵でした」


「ええ、お疲れ様。やはり民達の喜びの声を聞ける瞬間は何事にも変えがたいものですわ。改めて尽力してくださるあなたに、感謝を」


 民の声に耳を傾けている最中でも、使命の為に力を尽くす従者に労いの言葉を欠かさない。仮面越しでも分かる屈託のない微笑みは、良き主としてのポーズでは無く心からの感謝なのだと誰からでもわかった。


「いえ、とんでもございません。私が今こうして生きているのも全てはお嬢様のお陰でございます。この身体、忠誠を誓う貴方の為に」


 良き主人に相応しき従者である為に、朱里も心遣いに最大限の忠誠で答える。その場で跪き、そっと咲姫の手を取る。


「もう、ギャラリーが大勢見ている前で大胆ですわね。良き民に良き従者、わたくしはとても恵まれていますわね。これからも、共に参りましょう。ね?」


 仮面で顔を隠しているといっても、これほどの人の前で忠誠を誓われるのは、屋敷とは違って気恥ずかしく思う咲姫。柔らかさが増した笑顔で問いかける咲姫に朱里ももちろんでございますと答える。


 人々を守る喜び。その気持ちを胸に決意を新たにする二人だったが、その顔から笑顔が消えるのはすぐ後だった。


「はぁ……勝利のファンファーレを吹くには随分と物騒な物をお持ちですわね」


 咲姫は視線を跪く従者から、前方にいる黒い装甲に身を包んだ集団に移す。集団は一糸乱れぬ隊列を組み、咲姫達に銃口を向けていた。朱雀と同じ繁華街に似つかわしくないその戦士たちの正体を、誰もが知っている。つい最近ベルゼリアンを駆除するために結成された警察の『黒鉄甲』を装着した部隊……通称黒鉄部隊だ。その先頭に立つは、他の隊員たちとは違う白金に身を包んだ、玄武だ。


「久しぶりだね、朱雀と謎のご令嬢。今日は素直にエスコートに従ってほしい所だけれど」


 玄武を装着している警部補、武藤宗玄は捜査対象の確保に浮き足立つ部下を止めながら、軽口混じりで時には捜査対象、時には共闘する仲の朱雀達に忠告する。だが、そう素直にお縄につく相手でも無く。


「銃口を突き付けておきながらエスコートとほざくとは何たる無礼な。レディの扱いも知らない人間に、この方を傷付かせるにはいかない」


 朱里が一歩前に出て、咲姫と宗玄の間に立ち塞がり、忠告に一切耳を貸さずに事を始めようと戦闘態勢をとる。お互い一歩も引かない、一触即発の状況。


「傷つけやしないさ、もちろん素直に連行されてくれればの話だけどね。抵抗するのなら……ゴム弾とスタンロッドで大人しくなってもらうしかない」


「ゴム弾? 随分と舐められたものだな。命を取る覚悟すら無しに、私を止められると思うな!」


「別に舐めてるわけじゃない、むしろ本気を出したと捉えて欲しいな。殺すより捕まえるのが警察の本分なんだから!」


 朱里が宗玄達の方向に走り出すと同時に、宗玄の後ろに整列していた黒鉄部隊からも、玄武の持っている拳銃からもゴム弾が放たれる。


 殺傷力が低いとはいえ、普通の人間なら当たればその場に倒れ、悶え苦しむのは不可避な弾丸の雨あられ。そのすべてが闇雲に撃たれたものではなく、厳しい訓練の上に選ばれた優秀な隊員が放つ狙いが正確な弾。朱里はその間に生まれる紙一重の隙間をすり抜けて宗玄に一気に接近する。ものの数秒で、戦いは格闘戦の間合いに移った。


 ゴム弾で挑んでくる相手に命を取る覚悟が無いと煽ったものの、朱里にも警察の命を取る気は無い。それは朱里の慈悲でも、覚悟の無さの表れでもなく、朱雀は人々の救世主でなければならないと考える主、咲姫の理想を遂行するため。救世主朱雀は人殺しであってはならない。だからこそ誰も殺さない手段でこの場を収めると決めたのだ。


「どれだけ数が居ようと……! 百人組手だ、遠慮せずにかかってこい!」


「わざわざ一人ずつかかってくると思ってるのかい? チームワークがうちの売りでね!」


 朱里の周りに電流の流れたスタンロッドを持った黒鉄部隊が一斉に飛び掛かってきた。一人に対し複数人で取り押さえようとする、確保のセオリーに則った戦法だが、朱里に対しては通用しない。回し蹴りで周囲を一蹴。一気に五人をノックアウトさせると、援護しようと後ろに構えていた二人に肘打ち。


 コンマ数秒も経たずに先頭の部隊が一掃されたが、その動揺も全く見せることなく次は全方位から襲い掛かってくる。流石にこの数は一度に倒しきれないと判断した朱里は上に飛びあがり、完璧に見えた包囲を空に逃げることで回避した。そのまま身を翻し跳び蹴りを一人に食わらせる。陣形の崩れた箇所から次々に拳を喰らわせ、八人を撃破した。


 次はどいつだと、周囲を見る朱里。しかし無策に襲い掛かってくる者はもう存在せず、残るは中距離から銃を構える敵ばかり。


「近接戦闘で私に敵わないと判断したのは正解だ。しかし!」


 朱里に向かってまた放たれる弾丸。しかし今度は避けようとする素振りすら朱里は見せない。そのまま弾丸に手を向けると不敵な笑みを浮かべ。


 銃弾を全て手で受け止めた。


 敵の照準が全て正確なのが仇となった。一か所に集中して放たれた弾丸は片手を軽く動かすだけで届く距離に集まり、そのまま朱里の掌の中に納まっていく。


「撃っていいのは撃たれる覚悟がある奴だけ……とも言ったな」


 どこかで覚えた小説の一文を引用しつつ、朱里は右手に持った弾を一つ左手に移す。するとコイントスの要領で弾を弾き飛ばす。機械の腕から弾かれた弾丸は通常の拳銃から発射されたのと変わらぬ速度で空を切り裂き、黒鉄部隊の装甲に直撃する。銃を構えていない相手から射撃を食らうなど思ってもいなかったのか、次々と弾き出される弾丸に十人ほどがノックダウンされてしまった。


「そんな方法が……だが!」


 再度朱里に対してゴム弾の嵐が襲い掛かる。一度無駄に終わっているのに懲りないものだと再度弾丸を掴みにかかる朱里。問題なくすべての弾丸をその掌の中に掴むが、それと同時に引っ張られるかのような違和感を腕から感じる。


「取った!」


 朱里の左腕にいつの間にか巻きついた、細くも頑丈に見えるロープ。その先を視線で辿ると、強化装甲のマスクの下からも判るような、得意げな顔で笑う宗玄の姿があった。


「部下の射撃はブラフか、美味い所だけ取っていっては部下の信頼もなくしてしまうぞ」


「おいおい、チームワークって言ったろ? 別に手柄を横取りなんてしないさ」


 言葉を交わしながら朱里は絡みついたロープを解こうとするが、その強度と複雑な絡みつき方を前に解くことを諦めた。刃物で切断できるほど軟ではないだろうし、火力の高い兵器で無理矢理破壊しようとしても隙が大きくその間に新たな拘束の策を打たれるだけだ。それに何より、この窮地の状況でやっても無駄なことをする前に、朱里にはやるべきことがある。


「……私がここで時間稼ぎをします。お逃げください、振り向かずに全力で!」


 朱里は後ろを振り向いて、戦いの様子を見守っていた咲姫に撤退するように進言した。主だけでも逃がそうという従者の献身的な言葉だが、咲姫は自分だけが助かる策を飲み込める訳が無かった。


「ちょ、ちょっと何を言い出しますの!? それではあなたが捕まってしまいますわ! 見捨ててわたくしだけ逃げるなど……」


「問答をしている暇などありません! 包囲されてからでは手遅れなのです、早くッ!」


 言葉だけでなく、心の内の戸惑いをも掻き消すような怒声を朱里が叫ぶ。その声から自分が囮になることに本気な事を気付かされた咲姫は、決意を固めて。


「……わかりましたわ、今が耐え忍ぶ時ならば!」


 従者を置いて逃げるなど、本来ならば紅神の家の者としてあってはならない失態、屈辱。それでも咲姫はプライドを捨て去ってでも未来を見て今は走っている。自らの使命を遂行するために……


「必ず、絶対に! わたくしが迎えに参ります! わたくしがあなたを、あなたがわたくしを。どんな時にでも互いを救う事……それが、あの日からの誓いなのだから!」


 朱雀のような飛行能力も、警察達のような屈強な体力も無い、ただ全身をがむしゃらに動かす無様とも言える逃走。そのスピードはお世辞にも早いとは言えず、後ろから追いかけてくる黒鉄部隊に捕まるのも時間の問題に思えたが。


「舐めるんじゃあ……無い! ですわよ!」


 突然、咲姫が懐から取り出した球状の何かを思い切り地面に叩きつける。地面に衝突し、二つに割れた球からは、溢れんばかりの閃光が周囲に煌めいた。黒鉄部隊のセンサーすら一時麻痺するほどの閃光が辺りから消えた時には、同じ様に咲姫の姿も無くなっていた。


「……隊長、目標を見失いました、指示をください」


「あんな隠し玉を持ってるとはね……でも遠くには行ってないはずだ、周囲をくまなく捜索しろ」


 黒鉄部隊のリーダー格と思われる一人が宗玄に指示を仰いだ。そして指示が下されると同時に、朱里にやられた仲間の救助、咲姫の探索、朱里の確保に前から役目を与えられていないのにも関わらず綺麗に三等分に分かれて行動しだした。


「さて、僕は……あなたを署までエスコートする事にしようかな朱雀さん。全く、この精鋭部隊の四分の一を一人だけで倒すとは、厄介なレディだよ」


 宗玄は周りで倒れた二十五人の黒鉄部隊を眺めつつ、朱里が逃げられないようにしっかりと腕を押さえつけている。


「ふん……鳴り物入りで出てきた割にはただの木偶の坊達だ。お前の爪の垢を煎じて飲ませてやれ」


「……僕個人は褒められたと思っておくよ、その言葉。さぁ、今度こそ確保だ。手錠を素手でぶち壊すなんてするなよ?」


 朱里の手にかけられる黒く、そして頑丈な手錠。特殊生物駆除課、宗玄が持つそれは通常の手錠と違い強固で高い剛性を持っており、朱雀のフルパワーを持ってでも破壊できないのは一目瞭然であった。冷たい鉄の感覚が朱里の両腕に伝わり、そしてその自由を奪った。


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