57話 エコーズ 進化の謎
「こんにちはー! 咲姫さん、龍二君の調子どうですか?」
愛達が無人島から帰還して数日後。無事に島からは脱出できた二人であったが、帰った先で待っていたのは行方不明者としての扱い。特に家出をする理由もなく消えてしまったことから、警察は事件性がある可能性が高いと判断した様で帰ってきてからも念入りに話を聞かれ、学校では男女二人で消えたことから駆け落ちのうわさが流れ揶揄われる始末。
青龍の事は秘密にしつつも、表向きはベルゼリアン事件にただ巻き込まれ何とか逃げ出してきたことにした。ベルゼリアンに関しては警察も未だ詳しくなく、何とか口裏を合わせ誤魔化すことはできたのだが、周囲からの質問攻めに愛も龍二も相当参っていた。
そんな中で紅神の屋敷からの呼び出しが。事の顛末を聞いた咲姫が進化した青龍の体を是非調べたいとの話だった。戦いの中で翼が生え、進化した青龍。そのおかげで危機を脱したのは事実だが、当の龍二本人にも進化の理由はわからず、それを探る為にもと、放課後紅神の屋敷に集まることになったのだ。
「あら、遠藤さん。ご足労感謝いたしますわ。丁度皆さんお揃いでしてよ」
どこから手に入れたのか、診察用の回転する椅子をクルリと回しながら咲姫が振り返ってきた。そしてその手先には龍二だけでなく、愛の友人たちが顔を並べている。
「愛ちゃん、会いたかったよ! 体の調子はどう?」
愛の姿を見て我先にと胸に飛び込んできたのは七恵だ。調子を聞いておきながら、全速力で近づいてきての全力ハグ。愛はいつも通りの過剰なほどの愛情表現を受け止めると、豪快に笑いながら。
「そりゃもうバッチリよ! 私なら調子悪くても寝てりゃ治るから! 心配して来てくれてありがとね!」
大きな笑い声が部屋の中に響いた。愛がか弱い女とは微塵も思ってはいなかったが、こう笑い飛ばす姿を見てホッとする友人たち。顔や膝には未だに絆創膏が貼ってあるが、これも軽傷であまり問題は無いだろう。それでも良かったと素直に言えるのは七恵ぐらいで、意地悪そうに里美が口を開く。
「心配……っていうか、私はともかく、二人は朱里さんのお菓子に釣られて来ただけじゃ無い?」
「あれ、バレましたか」
虎白は朱里の作ったクッキーを頬いっぱいに詰め込みながら、龍二の検査結果をまじまじと眺めていた。同じ、ベルゼリアンの力を持つ者として龍二の体の変化には興味があったが、それと同じほどにここのメイド長の菓子は食欲をそそられるのだ。
「ち、違うよ! 私は青木君と愛ちゃんが心配で……」
「はいはい、冗談ですよ。七恵が愛よりお菓子を優先するわけないもんねー」
菓子に釣られて来たのだと誤解されるのは嫌だと、七恵が否定する。確かに七恵は甘味には目が無いが、今日の目的は愛と龍二に会う事だ……八割は。慌てる七恵を笑いながら頭をわしゃわしゃと撫でながらなだめる里美。そこに蚊帳の外にされた虎白が更にクッキーを頬張りながら。
「私は無フォローですか!?」
「ごめんって。意外と虎白が先輩思いってわかってるってば」
「意外は余計です!」
すかさずフォローに入る里美だが、一言余計だったせいで更に拗ねてしまう虎白。ただ口の中にはクッキーがいっぱいで、常にハムスターのように頬を膨らませていて、怒っているように見えないどころか、可愛い小動物のようにしか見えないのであった。
「まぁまぁ、皆で集まれるのも久々だし仲良くしようよ! あと私もそのクッキー食べたい!」
今まで大人にあれこれ聞かれてばかりいた愛は、いつも通りの友人たちを見てやっと日常に戻ってきたのだと実感する。帰るべき、皆と共に笑える場所。その大切さが戻ってきてやっと身に染みてわかってきた。
「皆、というのなら、俺も仲間に入れて欲しいものだな」
愛が皆と話を続けていると、扉が開かれて向こうから検査が終わった直後の龍二がやってきた。
「お、龍二君やっほ! 検査してたんだっけ、どうだった?」
未だに七恵に抱き着かれている愛は龍二を見つけると手を振って挨拶する。それに対して龍二も控えめに手を振った。無人島の一件から龍二の愛への態度は更に軟化。今まで見せていなかったような笑顔を浮かべるようになり、愛以外の人間は意外に思うが、悪い事ではないだろうと口には出せなかった。
「どうだったと言われてもな、妙な機械に囲まれているだけで退屈かつ何もわからなかった。それで紅神、結果はどうなんだ?」
龍二は咲姫の目の前にあるモニターで結果を眺めるも、意味の分からない英字と数字の羅列を見て早々に根を上げて咲姫に結果を尋ねる。龍二の受けた検査は普通の健康診断や人間ドックとは訳が違う。ベルゼリアンを調べるための紅神お手製の装置に360度囲まれながら、長時間ただじっと横になるだけのもので、これで何がわかるのかと龍二も疑問に思っていた。
「一応ざっくりとは見てみましたわ。でも完全に結論を出すには時間がかかります。そこでその間に……」
モニターを見ていた咲姫が椅子を回転させて、視線を愛の方向に移して、顔に笑みを浮かべる。
「遠藤さん。あなたの身体も調べさせていただきたいのですわ」
愛をまじまじと見つめる咲姫の笑みは、検査を受けさせるという事に不安を覚えさせないためなのか、気になることは全て調べたい知識欲が湧き出て止まらないせいか。そのどちらも正解と言える中で、まさか自分に話の矛先が行くとは思っても居なかった愛が戸惑う。
「え、私ですか!? 別に前から調子変わりないですけど……?」
「確かに調べても何の結果も出てこないかもしれません。でも、青木 龍二に変化を与えたのは、貴方の可能性がある。その可能性があるならば、調べない訳にはいきません」
「私が……龍二君を?」
愛は龍二の変化を気にはなっていたものの、ただ単に力が強くなっただけならば心配はないかと思っていた。しかし、自分がその変化のきっかけになったかもしれないと言われると話は別だ。龍二と愛、二人の体に起きた秘密に、愛は目を背けず受け止める覚悟をした。
「まったく、紅神の娘であるわたくしが未だに理解し切れていなかったなんて……」
愛の検査を終えた咲姫が、モニター上に表示された結果と睨めっこ。
「ど、どうなんですか……!? 私、どーにかなっちゃうんでしょうか!?」
真剣な眼差しで結果を見る咲姫に愛は気が気でない。背筋を伸ばし、手は膝の上。固唾を飲みながら今か今かと診断結果が言い渡されるのを待つ。
「結論を言う前に確認したいことがありますの。あなた方二人……血液が傷口に触れたり、粘膜同士で深く接触した覚えは無くて?」
どんな事実が告げられるのかと身構えていた愛は意表を突かれる。今した検査は、詳しくはわからないがベルゼリアンに関する物ではなかったのか? 心当たりは一つあるものの、なんでこんなことを聞かれるんだ? 頭の中で思考が堂々巡りをしている間に、限界を迎えたのは聞かれた当人ではなく里美だった。
「二人で!? 粘膜!? 接触!? な、ななな、なんてこと言い出すんですが咲姫さん! 破廉恥! 破廉恥極まりない!」
「お、落ち着いてくださいよ! もう高校生なんだからそういう……そういうこともするもんですって!」
赤面した顔を両手で覆い隠しながら部屋の中を所狭しと暴れ回る里美とそれを宥めようとする虎白。室内は混沌を極めるが、それだけでは収まらない。
「ふ、二人がもうそんな関係にまでなっていたなんて……! 流れ着いた孤島で、二人きり……誰にも邪魔されないで、愛しあう二人を見つめるのは夜空の星だけ……!!」
七恵までもが不埒なことを想像して自分の世界に入ってしまう始末。聞かれた本人である愛は未だは混乱しているのか口を閉ざしたままであるから、龍二が何とか事態を治めようとする。
「待て待て待て! どんなことを想像されてるのかは知らんが、俺たちがしたのは、キ、キスまでだ! それ以外の事は断じてしていない! それに、戦闘の後だったので唇に傷があったのも恐らく間違いない」
一気に皆の視線が愛と龍二に集まる。観念したのか、愛もやって口を開いて。
「はい、しました。キス……」
俯きながら消え入りそうな声で白状する愛。いつもはどこまでもあっけらかんとしている愛だが、流石にこの瞬間だけはしおらしくなってしまっていた。流石に騒ぎすぎたかと一旦皆が静かになる中、咲姫だけは話を続けだす。
「そう! そのキスこそが二人に変化をもたらしましたの! 青木君の身体は不足していた人間としての因子を遠藤さんの血液から取り込み、遠藤さんの身体は微量のベルゼリアンの細胞を受け入れた!」
龍二の身体は他のベルゼリアンと違い、人間を食べることが出来ない事から人間としての因子を取り込めず、その体を保持することが出来ずにいた。それを解決する方法が愛の血液を取り込むことだったのだ。お互いの血を交換し、二人は新たな力を手に入れたのである。
「なるほど、ならば青木先輩のエネルギー切れはもう起きないと。それは良いと思いますが、ベルゼリアンの細胞が入った遠藤先輩に何か悪影響はないんでしょうか」
人としての形を保ち続けたその方法を虎白は興味深く聞いていた。自らは敵から貰った薬で何とか人としてあり続けている状態。二人の体に起こった変化が自分が人としてあり続けるヒントになるのではないかと思っていた。
「今の所、遠藤さんに目立った悪影響はないと思いますわ。平常時は細胞の数も少なく、活性化してませんの。ただ、あなた方が姿を変える時のように、感情が高ぶった時に細胞が活性化し、一種の共感覚のような現象を起こす可能性がありますわね」
「……覚えがある。遠くに居るはずの愛の危機を、俺はまるで自分が体験しているかのように感じ取ることができた」
龍二が深い海に沈む中、愛の危機を感じて目覚めた時の事を思い出した。あれは夢でもなんでもなく、二人の共鳴が起こしたものだったのだ。愛の体に変化を起こしてしまったことは怖くはあったが、そのおかげで何とか危機を救うことが出来たのかと思うと、九死に一生を得た思いだった。
「……単なる血液の交換でこうなるなんて研究はないはずなのですけれどね。起そうと思って起こせる現象ではないのですわ。所謂愛の力、とでも言えるのでしょうね」
「愛の力……ですか。それはそれは素晴らしきことで。ところで、そんな愛の力を発揮されたお二人は、お付き合いされているという認識でいいのでしょうか」
輸血でもすれば良いのかと思えば、愛の力などと言われてしまい虎白は一気に冷めてしまった。そんな非科学的な物を真面目に考える気はないし、そもそも愛している人など居ないのだからこんな情報は役に立たない。ならばそんな事より面白い事をしようと、愛達二人を揶揄う方向に舵を切ったのだ。
「い、一応両想いってのは知ってるから……そういうことになる、かな?」
「そうだな、一応……一応な。付き合おうと話したわけじゃないが、恋人だとは思っているからな」
虎白の思惑どおり、二人はしどろもどろで照れながら歯切れの悪い返事をするばかり。
「愛ちゃん……! おめでとう、本当におめでとう!」
「私は愛にはまだ早いって思うけど……まあ、おめでとう。龍二、愛に変なことしないでよね」
「するかそんな事!」
茶化しながらも新たなカップルの誕生を祝福する里見と七恵の二人。今までないほどに動揺と羞恥に感情が揺れる龍二は見ていて面白く、つい揶揄ってしまっていた。
「いいですわねぇ、青春って。わたくしにも心奪われるような素敵な殿方が現れればいいのだけれど」
「先輩方と同い年なのになに年寄りじみた事を言ってるんですか。私も、まぁそういうことを考えたりしたりはしますが」
盛り上がる輪の外、一歩離れた所で虎白と咲姫が相手のいない現状をぼやく。
新たな力を得ると同時に、不安も抱えることになったが、それでも龍二達は明るく日常を生きていく。これから来るどんな困難も皆で笑顔で超えていくために。




