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共に戦う青春青龍  作者: 上名 夏
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52話 ストーム 疾風を呼ぶ姉妹

 一度は別れ、もう会えないかと思っていた龍二と、ついに再開を果たした愛。ひと段落したところで今日はもう家に帰ろうと夜の闇を小さな街灯だけが照らす中を二人で歩き続ける。愛は、ずっと外で生活していた龍二を臭いと言いながらも、離れる気は毛頭無いらしく、べったりと腕に抱きついて離れない。


「ねえ、明日は学校来るんだよね?」


「ああ、家出生活も今日で終わりだ。明日からはまたよろしく頼む」


 虎白に言われた通りに、愛を家まで送ることになった龍二。こんな時間まで外に居る少女をこのままにはできないし、一度訪れたことがあるので場所は知っている。愛の両親にこいつが愛娘を遅くまで連れ回したと、どやされる可能性はあるが、これは仕方がない。


「龍二君が久々にくるなら、放課後は研究所でパーティーね! 好きなお菓子たっくさん持ち込んでさ、1リットルのコーラとかジュースバンッバン開けるの!」


「それはいつもやってることだろう」


「違うの! お祝いなんだから特別なの!」


 ぷくーっと頬を膨らませながら龍二の顔を見上げる愛。いつも通りの明るさに龍二も安心する。


「もう! こうなったらお菓子代は全部龍二君の奢りね! 私の胃袋が財布を破壊して――」


 得意げに龍二の財布破壊計画を企んでいた愛だが、ふと目に入った龍二の表情が険しい物になっているのを見て、機嫌を損ねたのかとヒヤリとした。


「あ、ごめん……みんなのお菓子はみんなで買おう。うん、そういうのちゃんとした方が良いよね……」


 慌てて計画を無かったことにする愛。流石の龍二もお金の事には厳しいかと思って焦っていたが、撤回の言葉を聞いても険しい表情は変わることは無かった。何も言わずにムッとしているので怒っているのか心配になってきた愛。もっと真剣に謝った方がと考えた時、やっと龍二が口を開く。


「菓子ならいくらでも買ってやる。だが……今日は帰せないかも知れん」


 足を止めて愛へ更に密着する龍二。その眼差しは真剣そのものだ。


「帰せないって……うぇえ!? 今夜は帰さない的な!? い、いや、その……嫌じゃ無いけどそのさ、心の準備っていうか……」


 何を想像したのか、慌てふためく愛。夜の人恋しくさせる雰囲気と、極めて近い距離感が不埒な考えを加速させる。顔をとても赤らめて恥じらう愛に、何を言っているのかわからない龍二が周囲を警戒しながら。


「心の準備も何もあるか。奴らがここに来るまで時間がない。離れるなよ、今の俺は本調子じゃない」


「え、奴らって……敵が来るの!?」


  険しい表情の原因をやっと理解する愛。瞬間、その場に広がる緊張感に身を呑まれそうになるものの、じっと龍二の傍を離れない。


「今までにないほどの速度で近づいてきている。今の俺では逃げ切るのも倒し切るのもおそらく無理だろう。援軍を呼べるまでの耐久戦……長い戦いになるぞ」


「戦って……くれるんだ」


 迷いを振り切ったと言っても、戦いが龍二の体を蝕むことに変わりはない。それを分かった上で愛を守るために戦おうとするその姿を、愛はただ側で見守ることしかできないのだ。


「当たり前だ。俺は俺のできることをする。君を守ることが、今の俺にできることだ!」


 その言葉と同時に突然、愛が龍二に押し倒される。顔と顔が急接近しあまりの事態に気が動転するが、すぐに二人で起き上がると、先ほどまで立っていた地面が大きく抉れていることに気づく。その先には腕の先に翼と足先に鋭い爪が生えているベルゼリアンが居た。


「ふぅん、今のが避けれるなんて、腐っても青龍ってことね」


 翼をはためかせ、上空から見下しているベルゼリアン。下から見ると目につく爪は、闇の中でも小さな街灯の光を反射して輝いている。地面が抉られているのはこの爪の仕業だろう。


「知性があるタイプか……厄介な!」


 龍二が全身に力を込め、青龍の姿に変わっていく。この姿に変わるのはいつ以来だろうか。虎白から貰った薬が効いているのか、戦えるほどには力が漲るが、本調子には程遠い。この状態で愛を守れるのかと不安が湧くも、やるしかないのだとそれを振り切った。


「地に這いつくばってるあんたらが、私に敵うわけないじゃないの!」


 まるで重力がないかのように、急上昇からの急降下。爪は体の一部というよりはもはや刃物に近く、龍二の剣と激突すると火花と共に鈍い音を響かせる。攻撃を防いだと思えば反撃を与える暇もなく上空へと逃げられる。空と地上を行き来する終わりの無いヒットアンドアウェイ。龍二はその連撃を剣一本でしのぎ切っていた。


「ぐッ……防御に専念するしか手はないかッ!」


「待ってて龍二君、今助けを呼ぶから!」


 熾烈な戦いを後ろで見つめていた愛も、ただ守られているだけではない。今の状態の龍二だけでは厳しい戦いになるだろうと、スマートフォンで朱里や虎白に連絡を取ろうと試みていた。焦りで震える手を必死に抑えながら動かして、SOSのメッセージを送る。どちらか一人でもすぐに気づいてくれないかと祈りながら。


「お願い、誰か……!」


 どんなに祈っても、深夜に突然来たメッセージをすぐに確認はしないのか、既読の文字は現れない。愛が連絡を待っている間にも攻防は続く。龍二は防戦一方で碌な反撃が出来ず、徐々にスタミナを削られていく。そのような状況で敵のヒットアンドアウェイが止むことは無く、決着は時間の問題であった。ならば違う一手を打つしかない。


「撃ち落とす! カトンボめが!」


 攻撃の後、敵が上空に逃げるタイミングに合わせ、口から火球を吐き出す龍二。今の戦法を崩すには、上空が攻撃の届かない安全地帯ではないだとわからせるのが有効だと考えたのだ。近づくにも、ただ空を飛ぶだけでも攻撃を受ける可能性があると思わせれば攻撃の手は緩められる。そんな龍二の思惑をあざ笑うように、周囲に風が巻き起こる。


「なんなのその火の粉は! 羽根なんて使わなくても口で吹き消せるわ!」


 龍二の吐いた炎は、敵に当たる前に風によってかき消される。普段の龍二ならこれほど弱い威力ではないのだが、今の弱った状態では思うような威力が出せない。腕や足を動かすのとは違い、体の内から炎を生み出すのは、ベルゼリアンとしての能力をフルに使う。人を食べ力を補給することができない龍二の体の限界を如実に表していた。


「牽制さえできればぁ!」


 だが最初から龍二の狙いは敵がこちらに近づきにくくなることだ。いくら弱い炎と言えど、近づけばある程度の威力はある。以前のヒットアンドアウェイではなく敵が火を消すことに専念している時点で目的は果たしている。


「あとは、増援が来てくれれば……愛、連絡はついたか!?」


「ずっと鳴らしてるんだけど……全然つながらないの!」


 愛も懸命に連絡を取ろうと試みるも、未だに誰も連絡が付かない。しかし今の所、時間を稼ぎ続けることは可能だ。たとえこのまま連絡が取れなくとも、騒ぎを警察が聞きつけ駆けつけてくる可能性もある。龍二は持てる力の全てを使い炎を繰り出し続ける。愛の為ならばこの身が砕け散るまで戦い続ける覚悟が、確かにそこにはあった。


「これで殺されないって安心してるのかしら」


 上空で翼を羽ばたかせ続けるベルゼリアンが、ポツリと呟く。その言葉は炎と風の音に遮られ、龍二達には届かない。星が照らす暗い闇の空で、妖しい笑みが浮かび上がる。


「――なんだ、この感覚は!?」


 龍二が攻撃の最中、頭に痛みが走る。これはベルゼリアン同士の接近を教えるものだ。しかし敵は既に目の前に居る。新たに頭痛がする筈は無い。これも調子が悪いせいかと一瞬思いこむも、嫌な可能性が頭の中に浮かんできた。そしてそれは、現実となる。


「愛、避けろ!」


 炎の攻撃を止め、後ろに居た愛に龍二が叫ぶ。しかし何も感じていない愛は、何を避ければいいのかわからない。咄嗟に身をかがめると、その瞬間強風に吹き飛ばされ、固い地面の上を転がり続けた。


「い、痛っ……何なの……?」


 愛が起き上がる。受け身も取れずに地面を転がったせいで体中が擦り傷を負ってしまった。特に唇からは赤黒い血がタラリと流れ出ている。しかし、そんな事より衝撃的だったのは龍二の体にベルゼリアンの鋭い爪が食い込み、苦しみながら地面に叩きつけられていたことだった。あの一瞬で何が? 状況を飲み込めないまま、龍二の窮地は続く。


「いいタイミングよアエロ。これで積みって所かしら」


「褒めていただいてありがとうございます、お姉さま。後は……鳥葬といたしましょうか」


 この場に居る敵が、二人に増えていることにやっと気づく。あの強風は、もう一匹が龍二へ奇襲を仕掛けてきた時の物だったのだ。羽根も爪も、そして顔も。全てが似た二人のベルゼリアンは爪をしっかりと食い込ませ、抵抗できない龍二をゆっくりと空へと運んでいく。それはまるで天へ昇っていくかのように。


「相手が二人だって気づかなかったのかしら? たとえ同族であろうと、地上でしか生きれないものが私達姉妹に敵う訳がない!」


 姉であるオキュペテが口を大きく開き、龍二の体に齧り付く。人を鳥が喰らう様は正に鳥葬。生きたまま自分の体を食べられる常軌を逸した出来事に、恐怖と身を貫く痛みを覚える龍二。それでも視線の先は常に一人の人間に向いていた。


「逃げろ……愛。お前だけでも……ッ!」


 どうやらハルピュイア達の狙いは龍二だけのようで、愛には手を出してこない。龍二を食い尽くした後はどうなるかわからないが、狙いが一つに絞られている今ならば愛は逃げられる……そう思い龍二は言葉を振り絞った。


 しかし、愛もこのまま龍二を見捨てて逃げるなど出来るわけがない。とはいえこの状況でできる事など何もない。頼みの綱の虎白たちからの連絡が来ていないかとスマートフォンを取り出すも、先ほど強風で地面を転がった時に壊れてしまったらしく、画面は粉々に、電源ボタンを何度押しても反応がない。他の人間との連絡手段さえ、愛達は奪われてしまった。


「嘘……! 嫌だ、嫌だよ私! せっかく龍二君ともう一度会えたのに、話したいことも一緒にしたいことも、まだたくさんあるのに!」


「逃げろ……愛が死んでしまったら元も子もない!」


 目から零れる涙と、恐怖と焦りから噴き出す汗。目の前で龍二が死に絶えるかもしれない状況が愛を追いつめる。確かにここにこのままいても何も解決はしない。もう誰でもいい。助けを、誰か助けを呼んでこなければ。愛が決意を固め、走りだそうと振り向いた瞬間に、誰か人影がこちらに近づいてきているのに気づく。これがもし敵の増援ならば……今度は愛の命さえも危機に陥る。逃げ場がないのかと愛が慌てる中で、その人影は大胆不敵に口を開く。


「嫌な臭いがすると思ってきてみれば……まだ帰ってなかったんですか? 先輩方」


「虎白ちゃん……!? 助けて、龍二君が!」


 近づいてきた人影の正体は、虎白であった。虎白は何も偶然この場に居合わせたのではない。ベルゼリアン、ジャックにより更なる人体改造を受けた虎白は同族である敵への察知を嗅覚でできるようになっていたのだ。危機に駆けつけてくれた後輩に、愛が縋るように駆け寄った。涙で顔中が濡れた先輩に、落ち着けるように優しい口調で虎白が話しかける。


「連絡に応答できなくてごめんなさい。でもここからはマッハで片付けます。強くなった私、見せてあげますから!」


 言葉と共に虎白の姿がすぐに変わっていく。しかし、その姿は今まで見慣れた白虎とは似て非なる。力強く巨大になった筋肉と、更に鋭くなった爪と牙。その全ては、そこにあるだけで暴力的で、その場にいる者に死の恐怖を覚えさせる。生きるためでなく眼前の敵を殺すための体。生物として矛盾したその姿は、まさに凶戦士。


「これが白虎のフェイズ2……圧倒的な力を見せつけてやる!」


 更なる人体改造を受けた虎白の体は、新たな領域へと進化していた。それは人間の存在から更に虎白を遠ざける物。変わり果てた自分の姿に恐怖を覚えないわけでは無かったが、今は龍二を助ける為に必要な力であると、虎白は己を奮い立たせ戦闘を開始する。


 虎白が戦闘を開始したと同時に、その場から姿が消えた。いや、消えたのではない。一瞬で駆け出し、驚異的な力でオキュペテ達の前に跳躍したのだ。並の人間からは瞬間移動にしか見えないその速度は、音速の領域で戦って来た今までの白虎を凌駕していた。


「ウヲォォォ――!!」


 虎白が普段の鈴を転がすような声からは想像も出来ないような叫び声をあげながら、龍二を捕まえていたハルピュイア、アエロの羽根を毟り取るかのように爪で攻撃する。飛ぶ為の翼をもがれたアエロは、見るも無残に地上に墜落する。


「な、なんなのこいつ!? こんなの、聞いてな……ぐあァッ!」


 もはや飛ぶ事も出来なくなってしまったアエロに、容赦なく虎白の攻撃は続く。その隙に、アエロの手から逃れた龍二が、愛の元に駆け寄った。


「大丈夫か、ここは虎白に任せて今のうちに逃げるぞ」


「大丈夫かってこっちのセリフだよ! ていうか、虎白ちゃんも普通じゃないし……」


 目の前で繰り広げられているのは正に蹂躙。華麗だったアエロの羽根は惨たらしく毟り取られ、赤く染まって辺り一面に散らばる。いくら狙いが龍二とは言え、姉であるオキュペテもこの惨状を無視するわけにはいかず、何とかアエロから虎白を引きはがそうとするも、全く歯が立たない。


「確かに、今の白虎は普通ではない……だがそれでも、今は頼るしか!」


 龍二が愛の手を掴む、虎白がやっと作ってくれた隙を見逃すわけにはいかないと走り出すが、好機を逃したくないのは向こうも同じだった。


「こうなれば、お前だけでも――!」


 姉妹の姉、オキュペテが最早アエロは助からないであろうと、虎白への攻撃を止めて、龍二達の方向へ向かっていく。そのスピードは龍二達の走る速度など優に超えていた。大空を自由自在に翔る翼が狙うのは、最初の標的。龍二はその速度に圧倒される。


「妹を見捨てるか、薄情者めが!」


「うるさい! たとえアエロを失おうとも、私には果たすべきことがある!」


 執念にも似た気迫で迫ってくるオキュペテに、逃げ切ることはできないと龍二が迎撃の準備をする。風に乗り高速のスピードで攻撃を仕掛けてくる相手をどう凌ぐか。しかし、こちらに攻撃の届く距離まであと少しの所で、オキュペテが急旋回し始め、龍二達の周りをぐるぐると回り始めた。


「クソ、どこから仕掛けてくる!」


 周りを旋回するオキュペテを目で追い続ける龍二、少しでも目を離せばそれが隙となり、攻撃の機会を与えてしまう。そう思い、じっと動かず相手の動きを見続ける。集中を切らせば一巻の終わり、だというのに愛が話しかけてくる。


「ね、ねぇ……風、感じない?」


 そう言われた龍二が肌に当たる風に注意を逸らす。確かに風は吹いているが、それはオキュペテが飛ぶ際に吹き荒れるもので特に何があるわけでもない。そう思っていた瞬間に足元がぐらりと揺れる感覚に襲われる。


「なんだ!? 何が起きて……まさか!」


 龍二が感じたのは、足元が揺れる感覚などではなかった。本当は、足が地面につかずに宙に浮く感覚なのだ。何が起きているのか考えていると、風が以前より圧倒的に強まっていることに気づく。吹き荒れる風、そして宙に浮く体。そこから導き出される答えはただ一つ。


「掴まれ愛! 吹き飛ばされるぞ!」


 オキュペテが周囲を回っていたのは、ただ相手をかく乱するためではない。その行動自体が攻撃だったのだ。風を操るオキュペテは、高速で旋回を続けることで局地的な竜巻を起こしていたのだ! どこまでも上空に浮かんでいく体。龍二は愛を守るために、その体をしっかりと抱きしめる事しかできなかった。





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