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共に戦う青春青龍  作者: 上名 夏
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50話 リブート それぞれの生き様

 夕日が全てをオレンジ色に染めるそんな頃合いに、龍二は公園のベンチに座り俯いている。愛に別れを告げてからの数日間、当てもなく公園や駅を転々とし続ける生活を送ってきた龍二。飛び出してきた時のままの服の臭いを気にしながら、これからどうするかと思い悩んでいた。下を向いて無防備になった首筋に、温かい感触がピタリ。


「よっ、龍二君。こんばんは」


「あなたは、警察の……」


 驚いて振り向いた龍二の後ろに居たのは宗玄だった。両手にココアとコーヒーの缶を持ってにっかりと笑顔を浮かべている。先ほどの感触はこの缶だったのか。


「そうそう、覚えててくれたか。どっちがいい? この前の礼に奢っちゃうよ」


「いや、悪いですよ。貰うなんて……」


 二つの缶を揺らしながら選択を迫る宗玄。それでも龍二が遠慮していると、まだ熱い缶を龍二の両頬にくっ付けてきた。このままだとやけどの可能性もあるが、選ぶまでは離さないつもりらしい。


「僕に水奢っただろ? 等価交換だよ、さあ早く選んで! コーヒー!? ココア!?」


「コ、ココアでお願いします……苦いの苦手なので」


 今まで冷たい風を受けて冷え切っていた頬が温かくなった感触を感じながら、左手に持っていたココアを受けとる。缶を開けている内に宗玄も隣に座ってきて、コーヒーを豪快に一口飲んだ。


「いやー冬の夜空……にはまだちょっと早いか? まぁとにかく寒い季節と温かいコーヒーは格別なんだなぁこれが」


 宗玄の吐く白い息が宙に消えていく。龍二もココアを飲んでみるが、味が薄くてどうも好みではない。甘い物ならばとことん甘くしてほしいと思ってはいたが、奢ってもらったものなので文句を言葉にする訳にもいかなかった。


「あの、宗玄さんは何を?」


 沈黙が続くのも気まずく、とはいえ相手からこんな時間に何をと聞かれるのも都合が悪い。自分が今家出をしているなど知られたら即確保だ。誤魔化すためにも思い切って龍二は話を振ってみた。


「ん? 僕今日非番だよ。だから……観光ってとこ? まぁ玄武の出番になったら急いで出動しなきゃいけないけどさ」


「観光って、豊金にそんな事ができる場所はないです」


 生まれ育ってきた街に冷たく言い放った龍二。この豊金が嫌いなわけでも無いのだが、田舎過ぎて自虐の一つでもしたくなるのが豊金だ。


「そ、そんなに……? まぁ、非番なのは本当だよ。でも、この特殊生物事件多発地帯の街を詳しく知っておくのも俺の仕事の内と思ってさ、色々回ってた訳。……そっちこそこんな時間に何してんのさ」


 聞きたくないことを聞かれてしまった。いや、これに限ってはこちらが投げかけた質問が悪い。相手に聞いたなら同じことを聞き返されることも考慮していなければならなかった。目をそらして少しの沈黙の後龍二が言葉を振り絞る。


「少し、夜風を浴びたかっただけです」


 混乱状態からは予想だにしないセリフが口から飛び出してくるものだ。どこのメロドラマで聞いたかもわからないクサいセリフを言ってしまったことに龍二は恥ずかしくなってきた。


「へぇ、それならそれでいいんだけどさ……ホントの所を刑事の勘で当ててみようか」


 刑事に全てを見透かされた様な事を言われると肝が冷えてくる。結局一人で夕方の公園に居るところに話しかけてきた時点で、こいつを家に連れ帰そうと考えていたのだろう。


「家出ってとこだろう? 何もかも嫌になって飛び出してきましたって顔に見える」


「……なら家に無理矢理連れ戻しますか」


 警察に嘘は付けないかと、誤魔化すことは諦めた。だからと言って素直に戻るのも気が引ける。戻らなくても何になるわけでも無いし、片意地になっていると言われても否定はできないが、大切な人たちを守る力もなく情けなく生きるよりはマシだ。警察相手にどこまでできるかわからないが、いざとなれば走って逃げてやろうと龍二は考えていた。しかし、返ってきたのは予想していなかった回答だった。


「いや、非番だしそこまで強制はしない。見ず知らず路上で嘔吐する男を助けるような少年だ。非行に走るとも思いたくないしね……でも、悩みを聞くぐらいはさせてくれないかな」


 過去の自分を自虐しながら宗玄は笑いつつも、何度もあっている訳でもない龍二の優しい性格を見抜く。その上で彼は大人として真剣に悩める高校生男子の心の内を聞き、手を差し伸べようとしたのだ。


「悩み……ですか」


 その真剣な眼差しに龍二の心も揺れ動かされる。もちろん自分がベルゼリアンだという事や青龍として戦っていたことは漏らすわけにはいかない。しかし、警察だからなのか、それとも同じく短い間に人柄を見抜いたからなのか、武藤宗玄と言う男を信頼たりえる人間だと知らぬうちに龍二も思っていたのだった。


「それは、こんなことをしてるんです。悩みの一つや二つぐらいありますが……」


 だがしかし、誰かに頼り、悩みを打ち明けるという、その行動すらも龍二はこれ以上情けないことはないと思っていた。愛や里美に七恵、虎白。自分の事を邪険にせず接してくれる人たちがいる中から、自らこの身一つで飛び出してきたのだ。相手が誰だろうと助けを求め、慰められて戻るなどできる訳がない。


「言いにくいかい? そりゃ結局、悩み事なんてのは自分の中で決着を付けるしかないもんだよ。他人にどうこう言われたって余計なお節介って思うのも無理はない」


 言いよどむ龍二を前に気さくに宗玄が言葉をかけた。口調は軽いが、思いは真剣なものだ。


「でもさ、世の中一人で戦ってる人なんていないんだよ。警察学校でどれだけ武道を学んだ警察官だって、凶悪犯に対して一人で取り押さえようとするなんてしないんだ。まずは応援を呼んで複数人で対応する。これが基本ね」


 手を口の前にやって、通信機で応援を呼ぶジェスチャーをしながら話をする宗玄。龍二は持っているココアの熱が寒さに奪われていくのを感じながらも、真剣に話を聞いている。


「僕の装着する玄武だって、現場では一人に見えてもバックアップを色々受けてる。悩み事とは話が違うって思うかもだけどさ、世の中一人じゃないからできるって事、たくさんあるんだよ。僕も警察さ、口の堅さには自信がある。どうだろう、悩みを話してはくれないかな」


 一人ではできなかったこと、周りに誰かが居たからできた事。龍二には身に染みるほどに思い出す節があった。背中を預けて戦えた虎白。朱里。目の前に居る宗玄。戦いだけではない。咲姫や里美、七恵にだって世話になって救われてきた。そして何より愛の存在が龍二にとって大きかった。孤独に戦う限界、ともに笑いあう仲間の大切さ。全て教えてくれたのは彼女だった。龍二にとっての青春は愛が居なければ始まってすらいなかっただろう。自分一人が彼女らを守っているなど思い上がりだった。いつだって自分は誰かに助けられていたのだと龍二は思い出す。だからこそ、少しは目の前で手を差し伸べる人間に頼ってもいいのだと、少しだが思えたのだ。 


「もし……もし、宗玄さんがこれ以上警察を続けたら死ぬとしたら、どうします」


「死ぬって……そりゃこんな職業だもの、絶対安全とは言えないけどさ」


「仮定の話です。続けていると、ある日突然死ぬとしたら」


 突拍子もない仮定を言われて驚く宗玄。龍二の顔はふざけているとは思えず、なぜこんな事をと聞くことも気が引けた。しかし、どう答えるべきかと考えるうちに、宗玄も質問の理由がわかってきた気がしてきた。


「それでも、僕は警察を続けるだろうね。やめたせいで、助けられたかもしれない人を助けられなくなるのは、死ぬより辛いだろうから」


 詳しくはわからなくても彼は自分の生きる理由を、全力で向かっていた何かを失っている。だからこそ全てを投げ出してここに来たのだ。そう感じた宗玄は、あまり人には話していなかった自分の話を語り始める。


「少し、昔話をしてもいいかな。僕がまだ故郷の……ここと変わらないぐらい田舎に居た頃の話さ。人通りの少ない坂道で、自転車に乗ってたおばあさんが転んで、怪我してた。その頃は小さくて携帯も持ってないし、応急処置なんかもわからなかったからさ、公衆電話を探すか誰か大人を呼ぶか、ともかく何かないかって全力で田舎道を走り続けた」


 話している内に暗くなった夜空を見上げながら昔話を続ける宗玄。豊金の空は、余計な明かりが少ない分とても星が綺麗に見える。


「それで、農作業をしてた人にお願いして救急車を呼んでもらってね。これで何とかなると思ったんだけど……怪我してたおばあさんは頭を強く打ってたらしくて、死んじゃったんだ」


 宗玄の声が今までないほどに暗くなる。痛みに苦しむ顔を見たあの日の感情を、何もない田んぼ道を目に見えない命のリミットが後ろから追いかけてくるような感覚を覚えながら走った事を、宗玄は忘れはしない。


「周りには、お前はやれることはやったとか言われたんだけど……あの場で応急処置できる知識があればとか、傷ついた人を救えるような人間になりたいとか、色々考えちゃってさ。それで警察を目指したんだよ」


 暗くなってしまったと無理矢理明るく振舞おうとする宗玄。龍二は気の利いたことを言えるわけではないが、向こうも暗くなるのは望んでいないだろうと、少しおどけてみるかと考えてみた。そんな発想、愛達と会うまで出てこなかったと少し嬉しくなりながら。


「それ、どちらかと言うと救急隊とか、医者を目指すエピソードじゃありませんか?」


「だよねぇ? でも僕頭よりも体力が高かったし……いや、警察官にも学力必要だけどね!?」


 ハハハと宗玄が大きく笑って見せると、白い息が大きく吐き出された。大きく笑いはしないものの、龍二の顔にもつられて笑顔があることに、宗玄は自分の話も役に立ったかと安堵する。


「ま、そんなこんなで人を助ける警察って仕事が……そうだな、僕の生き様になったんだよ。それをずっと続けてる。それ以外の生き方ができないって意味でもあるけどね。でもそれは僕がもう大人だからさ。君の若さなら生き方を狭める必要はないんじゃないかな。いろんな事を試してみなよ、そしたらいつか見つかるさ、君の生き様」


「生き様……ですか」


 生き様、その言葉に龍二は考えさせられた。今までベルゼリアンと戦ってきた、それが自分の生き様ならば、命を呈してもそれを変えずに貫くのか、それとも新たな生き方を見つけるのか。どちらを選ぶにせよ、今こうやって何もかもから逃げているのは、納得できる生き様とは言えない。


「そうそう、何度失ったってそれは蘇ってくる。同じ形か、違う形になってるかはわからないし、一個とも限らない。……頑張れよ少年。僕はそろそろお邪魔のようだ」


 龍二が何かを掴めるかと思った時、宗玄は急にベンチから立ち上がり、どこかへ行こうとしてしまう。


「お邪魔って、そんな」


 引き留めようとする龍二。相談に乗ってもらったのに礼の一つもまだしていないのだ。食い下がろうとするも、宗玄の足は止まらない、そして公園にある桜の木を指差した。


「そこに居る女の子、君の知り合いだろ? さっきからこっちをジーっと見てる。どういう関係かはわからないけど話してみなよ。二人の問題ならさ」


「いや、彼女とは何かあるわけじゃないんですが」


 そこに居たのは虎白だった。『二人の問題』などと勿体付けた言い方をするあたり、宗玄は虎白と龍二が男女トラブルでも起こしているのかと勘違いしているようで、そそくさと退散しようとしている。


「まぁまぁ! こんな時間まで追いかけてくれるなんて幸せじゃないか。青春だなぁ、こういうの! ハハハハ!」


「ちょ、ちょっと!」


 後ろ手に大きく手を振りながら、そのまま宗玄は去って行ってしまった。結局誤解は解けず仕舞いだが、虎白を置いて追いかける訳にもいかないと龍二はその後姿を見送る。後々厄介なことにならないと良いがと考えていると、虎白が後ろから話しかけてきた。


「……なんですあの人、男と女が居れば変な発想をして、下世話かつ推察力が無さ過ぎる」


「一応警察官だがな、あの人は……それは良い、何か用か」


 よほど警察官に投げ掛けられる事のないだろう言葉の連発に苦笑いしつつ、虎白の要件を聞こうとする。心配をかけた申し訳なさはあれど、真っ先に駆けつけてくるのが虎白なのは意外であった。


「何か用か、じゃありませんよ! あの遠藤先輩がうるさく無いのは見てられないですし、美倉先輩がしょんぼりしてるのはどんなに可哀そうか! 井ノ瀬先輩は気丈に振舞ってても二人のフォローでいっぱいいっぱいですって感じだし、うちのグループはずっと雰囲気葬式状態ですよ! だから、連れ戻しにきました!」


 せっかくきてやったのにどこか緊張感の無い龍二に、食い気味に虎白がまくし立てる。龍二が圧倒されるままなのを良いことに、言いたい事を言いたいだけ言い終わると、そんな自分が客観視すると恥ずかしかったのか咳払いを一つ。


「失礼、熱くなりました。連れ戻しに来たのは本当ですが、本題はそれじゃないんです。先輩の体……人を食べれない故に、その……死に至るとお聞きしました。そこで、私が使ってる薬が効果があるのではないかと教えに来ました」


「薬……? 生憎だが普通の薬物が俺たちに効果があると思えない」


 今まで悩んでいてそれでも向き合っていくしかないと思っていたものを、薬一つで解決できるかもしれないと言われても、虎白を疑うわけではないがあまり信じる事はできない。それは虎白もわかっていたようで、手のひらの上にその薬を一錠乗せながら話を続ける。


「出所は言えませんが、私たちの事に詳しい奴の作った物です。実際私はそれのおかげで人を食べずに生きれている」


「そんなものをどこで手に入れた? 紅神の技術でも……」


 出所を明かさないと言う薬に、余計警戒が強くなる龍二。しかし、ベルゼリアンに詳しく、技術力の高い人間など、存在しないだろう。そう、人間なら。言葉にしないまでも、龍二は虎白が他のベルゼリアンとの関わりがある可能性を見抜いていた。


「出所は言えないと言ったばかりでしょう。先輩と言えどそれは教えられません。無理に聞くならこの話は無かったことにします」


「……わかった。詮索はしないことにする。だが、あまりそれに頼らない方が良いと思う。今から貰う人間の台詞ではないがな」


 ベルゼリアンと関わりがある事をわかっていても、自分が戦い続けられる可能性の為に、龍二はあえてこれ以上の詮索をしないことにした。虎白の事ならば何か事情があるのだろうし、わざわざこんなところまで探しに来て渡してきたという事が、悪意がある行動とは思えなかったからだ。


「わかってますよ。それに、医者でも科学者でもないので先輩が飲んで結果がどうなるかはわかりません。私と先輩じゃベルゼリアンとしての作りが全く違うのかもしれませんし、効かなくても責任は取れませんが……試してみる価値はあると思います」


 虎白が薬を手渡す。効果は実際に飲んで確かめるしかないと、龍二はさっそく口に入れて公園の水飲み場で水と一緒に飲み込んだ。


「ありがとう。そして、すまなかったな。心配をかけた」


「やめてくださいよ、先ほどからの様子を見ていると、私が居なくても何か吹っ切れたようですね。うじうじしてるなら首根っこ引っ張ってでも連れ帰ろうと思いましたが……まぁ私がやれることはやりましたし、私はもう帰ります」


 龍二が深く頭を下げると、虎白が小っ恥ずかしいとぷいと顔を逸らしてしまう。そのまま帰ろうとしたところに再度龍二が頭を下げて。


「……すまなかったな」


「二回目ですよ、そのセリフ」


 何度も謝る龍二に呆れながら帰ろうとするも、思い出したように足を止めて、龍二に振り向いた。


「あぁ、そうだ。もう遅い時間ですが、遠藤先輩ぐらいには連絡を入れておいた方が良いかもしれません。どうせ任せろって言われてても、我慢できずに一人で探し続けてるでしょうから」


 愛のあの様子ならやりかねないだろうと、虎白が忠告を一つ。


「そうだな、愛は人の為にどんなことでも行動できる人間だ……迷惑をかけてしまった」


「あーあー、惚気を聞く気はないです。まぁこんな夜に女子高生がうろついてるのもアレですし、送るぐらいしてくださいね。それじゃ、また明日」


「ああ、また明日」


 別れの挨拶を済ますと、虎白はもう一度足を走らせ、その場から去っていった。公園に龍二一人が残される。帰るかと空になったココアの空き缶をゴミのカゴに入れると、電源を切ったままのスマートフォンを手に持ち、久々に起動した。あまり街灯もない中、スマホの明かりが眩しく思いながら色々と確認していると、チャットアプリのアイコンに目が行く。


「これは連絡した時が怖いな……」


 アイコンの横には32件の未読を伝える数字が並んでいた。龍二にとってそれは見たこともないような数字で、その数字の多さが、今まで出来た絆の深さとそれ故にかけた心配の大きさを表しているような気がした。


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