33話 コンプリート 集結の四神
スカイタワーの展望台、溢れんばかりの敵を相手にしながら人々を守る龍二と虎白。腐敗した肉の悪臭が立ち込める中でちぎっては投げ敵を圧倒する。
「先輩! 囲まれましたよ、後ろのは私が!」
「任せた! キリがないな……」
助けを求める人々は逃げ場のない展望台の中で一か所に集まり、生き残ろうと必死に足掻いていた。もちろんその中に愛達の姿もある。
「来るな、ボロゾンビ! 来たら私が容赦しないぞー!」
愛が持っていた鞄を振り回して敵に威嚇する。荷物のたくさん入ったその鞄は当たればもちろん痛いのだが、もちろんそんな物が通用する相手ではない。
「ちょっと、どっちか来て! このままじゃ――きゃっ!」
里美が後ろで戦っている二人に助けを求めたその時だった、偶然にも死角にいた一体が掴みかかってきた。
「この、サトミンを放せぇ!」
気づいた愛が鞄で何度も殴打する。だが痛みを感じていないのか、相手はビクともしない。もみ合いになる里美、相手の腕も腐食していて気味の悪いぬめりを感じる。こんな者に噛みつかれでもしたらどうなるかは予想がつかない。引き剥がそうと愛たちも奮闘するも、龍二達が軽く倒しているといっても相手は怪物。ただの人間である里美が敵うわけもなく、徐々にその牙が里美の体に近づいていく。だがその時、まるで電池が切れたかのように敵の動きが止まる。
「なにこれ、消滅してく……?」
里美を襲っていた一体が止まるとほぼ同時に展望台にいた全ての敵が動きを止め、その姿は灰となって消えていった。
「恐らくこいつらは普通のベルゼリアンではない。大元になる相手の能力により生まれたものだろう。それが消えたということは親が能力の使用を止めたという事だろうな」
「助かった……のかな。里美ちゃん怪我はない?」
七恵が突然の事に放心している里美に駆け寄る。
「ふ、ふぅー……大丈夫。とりあえず一安心かな」
あまりの事に力が抜けてペタンとその場に座り込む里美。やっと事態が終結したかと思いきや、龍二と虎白は今だに戦闘態勢を解かない。
「いや、まだだ。ベルゼリアンの感覚が消えん。今までよりも更に強い……来るぞ!」
エレベーターが小気味よい鐘の音と共に展望台への到着を告げる。中から出てきたのは、ナイフを構えた長身の男。ジャックだ。
「ほう、これはこれはお揃いで、青龍に白虎……そう呼べばいいかな?」
虎白がジャックの姿を見て目を見開く。惨状の後にふてぶてしく現れたその姿に、見覚えがあったからだ。
「アンタ、あの時の……! 私の体に何をした!」
虎白が敵意をむき出しにする。彼は自らの身体に異変を起こした張本人。忘れるわけがない。
「覚えてもらえて光栄だな。なに、悪くした覚えはない。今もその力のおかげで生き延びられたのだろう?」
「ふざけた事を!」
「おっと、君の進化を見届けるのもいいが、今はその時ではない。そろそろ頃合いだろう」
その向けられた敵意をジャックは相手にもせずに、ガラス越しの空を見る。小さな羽を華奢にはためかせるその姿は、龍二や虎白も知っている姿、ピクシーだ。だがひとつだけ違うのはその目、虚ろでどこに視点を合わせているのか分からず、口はだらしなく開いている。
「君に手酷くやられ生死の境を彷徨った後、彼女は生まれ変わったのだよ」
ジャックがナイフをガラスに投げつける。この高所にある展望台に使用されているガラスは、安全に配慮され強度を上げられた特別製だ。本来ただのナイフ一本で破壊ができるわけがないのだが、ジャックは脆弱な部分を一瞬で見抜き、そこに的確な攻撃を与えた。
ガラスが割れ、遮るものがなくなった展望台にうつらうつらとピクシーが入ってくる。そしてジャックの腕の中に吸い寄せられる。
「そして今の彼女は、生命の危機を感じる事で力を発揮する。さあ、三度目の正直だ。愛する者だけでなく、自らの命まで奪った者たちに、今が復讐の時だ」
抱き寄せたピクシーの耳元で囁くジャック。次の瞬間手に持っていたもう1つのナイフで、ピクシーの腹に刃を突き立て、鮮血を流す。虚ろだった目がやっと見開かれる。
ジャックは復讐の時などと言っていたが、ピクシーの中で呼び起こされているのはもっと本能的な衝動。目の中に映る全てのものを破壊する、殺す。そうしなければ死ぬのは自分だから。
「仲間を刺したのか!」
なんの躊躇も無く仲間に危害を加えるその凶行に動揺を隠せない龍二。だが、ピクシーはそんな動揺すら許す暇も与えずに次の攻撃行動に移る。
「さあ存分に働きたまえ、運命は君に味方した」
そう言ってその場を離れていく服の中から、無数の隠し持たれていたナイフが外に飛び出てくる。その刃は全てが龍二と虎白に向けられながら、空中で綺麗に整列している。
龍二には、この数のナイフ全てを切り払う確信が無かった。自分一人だけならある程度のダメージを覚悟するだけでいいのだが、今は違う。後ろには愛達が、デートに来たカップルが、夏休み最後の団欒をする家族連れが、守るべき人たちが大勢いるのだ。自信がなくてもやるしかないのだと自分を奮い立たせ、剣を構える。ピクシーの指がこちらを指すと同時に、ナイフが人を切り刻まんと高速で動き出す。
「やらせるか!」
瞬間、鳴り響く銃声と金属音。平和であった日本の中心で、この光景と音は、さながら戦場のように思わせる。だが、その戦火が後ろで怯える力なき人々に、届く事は無かった。
この世界と人々を守る力は龍二と虎白だけでは無い。二人だけでは凌げない攻撃を前に、ジャックを追っていた朱里と宗玄が間に合ったのだ。サイボーグと警察の最新装備、そこから放たれる正確な射撃が刃を弾いたのだ。
「悪しき物の怪を断つ、民の救世主朱雀! ここに参じょ――」
「大丈夫ですか!? こちらは特殊生物駆除課です! みなさんの事は私が守ります!」
宗玄の体にしがみついていた咲姫がひょいと降りて名乗りを決めようとするも遮られてしまう。
「ちょっと! 名乗りの邪魔をしないでくださいます!?」
「いや、僕もちゃんと所属を明かすのも仕事の内でね!?」
今まで気持ちよく口上を放っていたというのに突然の妨害に憤慨する咲姫。主がマイペースで突き進む中、朱里は周囲の状況を観察し、一本のナイフを手に取った。
「このナイフ……青龍、奴はどこに行った!」
追いかけてきた対象は確実に先ほどまでここに居たのだ。だが周りにはその姿は見えない。思わず龍二に険しい顔を向ける朱里。
「あの攻撃の隙に消えたのだろう……だが今は!」
龍二が未だに戦う意思を見せるピクシーへ向き直る。
「そう、ここに居ない者の事を考えても仕方がありません。今はただ、目の前で助けを求める者を救うのみ、ですわ!」
宗玄と問答を繰り返していた咲姫がやっといつもの調子を取り戻し、先ほど消化不良で終わった分、力強く見栄を切ろうと、大きく息を吸う。
「青龍、朱雀、玄武、白虎。偶然にも神話に書かれた四神の名を持つ戦士が、今ここに集い、闇を打ち払わん! ここに居る人々の抹殺など断じて許しません。民を守護する正義の英雄たちが居る限り!」
咲姫が後ろに集まる人たちへ高らかに宣言する。いつもなら何を言っているんだと一蹴される咲姫の口上だったが、今は状況が違った。突如として現れた脅威に対し、命がけで守ってくれていた青龍と白虎、そしてその危機に駆け付けた朱雀と玄武。その上に清々しいまでの自信をもった宣言は、眼前に迫る死の恐怖に怯えていた人々の、一筋の希望となるには十分すぎるほどだった。彼らが自分たちを救ってくれるかもしれない、そんな期待に溢れた声が龍二達の後ろから湧き上がる。
「頑張れ!」 「負けるな!」 「頼んだぞ!」
声援が四人の背中を押す。今までの戦いで尽きたと思っていたスタミナが、この声を聞いているだけでどこからか湧いて出てくる気がした。目の前の敵がどれだけ強くなったのか、それすらもわからないがこの四人なら勝てる。四人なら、負ける気がしない。そんな中で声援をする人々の先頭に立っていた愛が、龍二にこっそり話しかけてくる。
「やっぱり、ヒーローじゃん! 青龍さん?」
ヒーロー、そういえば最初に愛と出会った時にそうなのかと聞かれた気がすると、龍二は思い出す。あの時は自らに降りかかる火の粉だけを払い続け、人を守り戦うなど考えたこともなかった。それが今は声援を受けて戦うまでになったとは。今ならヒーローを名乗ってもいいのかもしれないが。
「そんなものでは無いと言った……はずだ。ええい! 行くぞ!」
やはりどこか気恥ずかしいような、自分の柄ではないような、そんな風に龍二は思っていた。龍二を先頭に他の三人も戦闘を再開する。時にはぶつかり合っていた四人が共通の敵と、人々を守る思いを胸に今力を合わせるのだった。




