27話 レイトショー 対峙する力
「ん……ここ……」
気を失ってからどれぐらい経っただろうか、虎白は寝た覚えのあるベッドでデジャブを感じながら目を開ける。
「……起きたか」
デジャブは続く。近くで椅子に座っているのは前に目覚めた時と変わらない男だ。段々と何があったか思い出してくる。
「あー、私また倒れちゃったんですね……すみません何度も」
敵と戦い、追跡をしている内に体に限界が来たことを虎白は思い出した。随分山の奥に居たと思うのだが、わざわざ運んでもらったと思うと申し訳ない気持ちが沸いてくる。
「まだ力に体が慣れていないのだろう。無茶はしないほうが良い」
「そうそう、まだまだ新米ヒーローなんだから」
龍二の後ろからひょっこりと顔を出してきたのは愛だった。いつもの調子に戻っているようで、どこか安心してしまう。
「あ、遠藤先輩。お怪我はないですか」
「うん、私は全然平気だよ。ナナちゃんが怪我しちゃったけど、傷は深くないみたいだし」
「すみません、あの状況で助けるには、美倉先輩に協力してもらうしか無くて」
少々無茶をする必要のある作戦だとは思っていたが、まさか刃の部分を掴んでまで助けるとは。
「ごめんね、私のせいで……でもいい友達を持ったなーって思えたよ。怪我をしてまで助けてくれるなんて中々出来ないじゃない? ナナちゃんって普段はそんな大胆な事する子じゃないし、私はもう感動で感動で……!」
演技がかった泣き真似と身振り手振りで感情を表現する愛。会ったばかりの虎白から見ても七恵は控えめな性格と言うのは一目でわかるし、危険も顧みずに助けたという事は七恵にとって愛は大事な友達なのだろうと感じられた。
「そういえば、その美倉先輩と、井ノ瀬先輩も居ないんですけど、もう帰っちゃいました?」
「ああ、もう暗くなっているからな。本当は愛も帰らせたかったんだが……」
辺りを見回してみても、愛と龍二以外は見当たらない。倒れた時点ですでに夕暮れと言った時刻で、それから意識が戻るまでに日はすっかり落ちていた。なので虎白が目覚めるのを待つ龍二を残し、もう解散しようとした、のだが。
「ダメに決まってるでしょ! こんな誰も知らない秘密の場所に、龍二くんが女の子と二人なんて、絶対許しませんからねー!」
愛が大きく頬を膨らませて怒り出す。龍二は悪い人間でないと解ってはいても、女性が一人で寝ている傍に男だけと言うのは確かに不安である。そう言った気遣いと言うよりは単なるやきもちに近いのであろうが。
「なんでか二人になるのを嫌がってな……こだわる意味が解らん」
「なんですと! この鈍感ドラゴンめ!」
そんな繊細な乙女心に全く気付かず、怒りの炎に油を注いでしまった龍二に、ヘッドロックを決める愛。結構強めに決めているようで、龍二はすぐに腕を叩いてギブアップ。今日初めて会った間柄ながらも、こんな痴話喧嘩を見せつけられると二人の関係性が虎白にもわかってきた気がした。
「……もしかしてお二人って付き合ってるんですか?」
呆れながらにその光景を見ていた虎白からの突然の質問に、二人の動きがピタッと止まる。
「ち、ちちち違うよ! 付き合ってとか無い! まだ無いから!」
「あ、ああ……そういう関係ではない!」
わかりやすく気が動転する二人、虎白が思っていたよりも関係は進んでいないようだったが、これはお似合いだ。そんな揶揄い甲斐がありそうな二人と共に、全員で帰路に付く。龍二はこんな時間だと何かと
危ないと二人を家の前まで送ってから家に帰るのだった。
時を同じくして都会の大通り。いつもはこの時刻に絶える事の無い車の往来が、一匹の乱暴者のせいで途絶えている。筋肉質で太い腕と足、手のひらを胸に叩き付け、周囲に威嚇をする黒き体毛に身を包んだ類人猿んも姿をしたベルゼリアンがそこにはいた。ガードレールを叩き割り、街路樹を手でへし折る。止まる事ない破壊が続き周りの人間が逃げ惑う。しかし、そんな人たちとは逆に、阿鼻叫喚のその場に近づく二人が居た。
「なんて野蛮なのでしょう、美しさの欠片もありませんわね」
「まったくです。これ以上の蛮行を重ねる前に、我々で始末しましょう。お嬢様、承認を」
暴虐を尽くすベルゼリアンに立ち向かうのは朱里と咲姫の二人、身分を隠す為のマスクをかぶり、悠々と道路の真ん中を歩き続けている。朱雀に変わるための承認を得るべく、朱里がしゃがんで跪き、手を差し伸べる。その手をそっと取ると咲姫が呪文を唱えるかのように言葉を紡ぐ。
「コード朱雀、承認」
その言葉が朱里の耳に入る事で、辺りに薔薇の花びらが舞い踊る。同時に朱里の体がリミッターを外す。抑えられていたサイボーグとしての身体能力をフルに使えるようになり、火器のロックが解かれる、そして黒かったメイド服が薔薇の花びらと同じ紅に変わっていった。メイドから戦う為の姿、『朱雀』にその姿を変えたのだ。跪いた体制から立ち上がり、戦闘態勢を取る朱里。だが、戦いを始める前にお約束の口上を咲姫が高らかに謳い上げる。
「混沌とする世界に羽ばたく希望の象徴、今ここに降臨! 紅蓮炎鳥朱雀!」
「今回は短く終わって何よりです」
「皆聞いて無くてやりがいがありませんもの。さあ、開幕と参りましょう!」
いつもよりも短い口上に朱里は鬱陶しがっていたはずなのに拍子抜けしてしまった。そんな大きな声に気付いて相手は朱里たちに狙いをつける。気を取り直して戦いの幕を開ける。
「ふん、私の敵ではないな!」
相手のハンマーのように振るわれた、重い打撃をバク転で軽々と避ける朱里。単純な軌道の拳では、朱雀は捉えられない。戦いは朱里の優勢で進んでいた。そこにそろそろ頃合いだろうと咲姫が声をかける。
「周りの方々の避難も済んだようですし、そろそろ決めてもよろしくてよ? 大技、ブッ放して差し上げて差し上げましょう!」
倒そうと思えばいつでも倒せる明らかに格下の相手だったが、朱里は周囲の避難が終わるまで、火器などを使わない格闘戦でしのぎ続けていた。周りに一般人が居ない今、手加減をする必要は無い。
「承知しました。クライマックスと参りましょう!」
朱里のスカートの中から無数のブースターの付いたナイフが敵に向かって放たれる。その刃は縦横無尽に相手の体中を切り刻み、かなりのダメージを与えるが、これが本命ではない。朱里は懐から少し大きなナイフを取り出すと、攻撃を受けて足が止まった敵に投げつける。そのナイフは左胸に刺さり、心の臓を捉えていたが、相手の命を奪うにはあと一歩足りない。急所に攻撃を受け、苦しむ相手に止めを刺そうと、朱里が空中を飛びながら突撃する。
「これで閉幕だ!」
渾身の叫びと共に、飛び蹴りの体制を取り、ブースターで急加速をする。高速の軌道で威力の乗った右足を浅く刺さったナイフに向けて蹴り抜いた。心臓が確実にナイフで貫かれる。敵の息の根が止まった。
「実にエレガント、そしてビューティフル! これこそが朱雀の実力ですわー!」
咲姫がピョコピョコ跳ねながら朱雀の勝利を祝う。その様子からはエレガントさなど微塵も感じられないのだが、本人は気づいていないらしい。朱里はメイド服に付いた埃を払う。
「ふぅ、何とか重火器の類は使わずに倒すことが出来ました。周囲の被害も少ないですし、満足できる舞台でしたね。」
「ええ、公での初演が不完全燃焼で終わった分、今回は華麗に決められて何よりですわ」
前回の戦いで大見得を切っておきながら、ベルゼリアンを逃す失態を犯してしまった朱雀たちに対して世間の目は冷たかった。だが今回は警察が来る前に朱雀のみで騒ぎを収めたとなれば、これほどにも無いアピールになる。
戦いが終わり一息付こうと思っていた二人の前に、遠くからけたたましいサイレンが聞こえてきた。主を失い放置された車たちを縫うように走る白バイの姿がそこにはあった。そしてそのバイクに乗っているのは、警察の虎の子である対特殊生物鎮圧用スーツ、玄武。
「こちら玄武、現場に到着! 全員そこを動かないで!」
「今更になって到着か、悠長な物だな」
白バイから降り、警告を始める宗玄。対して朱里は怖気づく事なくその姿を見据えていた。天才の作り上げたサイボーグと、警察の威信をかけたパワードスーツ、二つの科学の結晶が今ここに対峙する。




