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共に戦う青春青龍  作者: 上名 夏
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15話 フェスティバル 夏夜に咲く花

 季節は夏真っ只中、夏休みが始まった愛達四人は、休みを最大限に楽しもうと夏祭りへ繰り出していた。一つずつ好きな食べ物を手に持ちつつ、メインの花火の時間までに屋台を何軒も渡り歩く。愛がヨーヨー釣りで二個取りをドヤ顔で見せつけ、里美がくじ引きでハズレの吹き戻しを手に入れる。七恵はカキ氷のイチゴ味を購入して、一方龍二は未だにリンゴ飴を舐め続けていた。


「これは……いつ食べれば良いんだ?」


「も、もう齧って良いんじゃないかな……あんまり舐め続けてるとただのリンゴになっちゃう……」


 七恵がコーティングされた飴がほぼ無くなり光沢が消えつつあるリンゴ飴を見つめてアドバイスする。それを聞いた龍二が大きく口を開けてリンゴに齧り付いた。


「意外と酸っぱいな……」


 飴の強い甘味に慣れてしまった舌はリンゴの少しの酸味でも敏感に感じ取る。食感はシャリシャリとしていていつもの味なのだが、普段より甘く感じない少々不思議な気分を龍二は味わっていた。美味しいか美味しくないかと聞かれれば美味しくは無いと言いたいのだが、これも仲間と過ごす夏祭りの、思い出に残る味なのだと胸に仕舞い込む。


 そうして愛達が祭りの屋台を楽しんでいると、後ろから拡声器越しの、道を空けてくださいとの声が聞こえてくる。それに従うように後ろの人ごみがゆっくりと道を空け、端に集まっていく。先導役と思われる年配の男性が空いた道の真ん中を通っていくと、後ろから山車がやってくるのがわかった。


「あ、お神輿だ! 見よ見よ!」


「愛、あれは山車って言って神輿とは違うんだよ」


 愛達も端に避けて立ち止り、山車を見ようとする。後ろからゆっくりと綱で引かれながら前進する悪趣味なほどに全面黄金に光る山車。周囲の提灯の光を反射して近くはさぞ眩しそうだ。


 遠くから近づいてくる神輿を眺めているとその上に誰かが乗っているのが見えてきた。最初は知らない祭りの関係者だと思って見ていたが、近づいてくるとどこかで見た事のがある人物のように見えてきた。


「皆様ー! わたくし、紅神 咲姫がこの豊金祭りに参りましたわー!」


「げぇっ! お嬢様!」


 山車に負けじと金色のド派手な着物を着た咲姫が山車から身を乗り出して手を振っている。愛達はまさか知っている人物が乗っているとは思わずに思わず指を指して声を上げた。それに気づいた咲姫がこちらに声をかけてくる。


「あら、遠藤さん達! お祭り、楽しんでらっしゃるかしらー?」


 周りの大音量で演奏される祭囃子に、負けないよう精一杯声を張ってこちらに話しかけてくる咲姫。


「な、何で紅神さんが乗ってるんです!?」


「あら、知らなかったのかしら? この豊金祭りは山車も花火も全て我が紅神家がスポンサーですのよ?」


「金持ちに乗っ取られるよこの町!」


 里美のツッコミに答えるかのように、咲姫が頬に手を当て高笑いを始める。おーっほっほっほと、高らかな笑いを響かせながら山車は進んでいく。インパクトのある登場をしたと思えば嵐のように去っていた咲姫に唖然としていると、後ろから話しかけてくる声がする。


「お久しぶりです皆さま、お体の具合はいかがでしょうか?」


「あ、朱里さん! お久しぶりです! 私なら全然平気ですよ!」


 愛達に話しかけてきたのは朱里だった。祭りの中で普段通りのメイド服姿は少し浮いている。


「それは良かったです。お嬢様の晴れ姿をご覧になりましたか? お嬢様はこの祭りがとてもお好きなのです」


「あんな派手な物に乗れるなら確かに好きそうですね……」


 里美が若干の皮肉を込めて苦笑を浮かべる。


「それだけではないのです。お仕事でお忙しかった幸一郎様……つまりお父様との一番の思い出が、この豊金祭りだと仰っておりました。特にメインである花火は、とても楽しみにされているのです」


 亡くなった父との思い出、そう言われると祭りを楽しんでいた咲姫は、今まで見たことも無いぐらいの笑顔を浮かべていたように思えた。


「ですから、私もお嬢様の警護により一層力を入れているのです」


 そんな談笑をしている間にも、愛達の視線が祭りからは浮いているメイド服に向いているのを察すると、朱里は口を開く。


「あ、私はこの服を含めて体なんです。サイボーグなので」


「そ、そうなんですか……」


 決して忘れた訳では無かったのだが、やはりこの家はぶっ飛んでいる。


「ところで青木さんに少々お話があるのですが、よろしいでしょうか?」


 朱里に青木さんなどと呼ばれた事にどこかむずがゆい思いをする龍二、他の三人が居る事を考えての事なのだろうが、戦っていた時との落差がひどい。それにしても話とは何だろうかと朱里の近くに寄ると、耳に口をそっと近づけて、耳打ちをされる。


「この近くにベルゼリアンが出現している。今は一般人に遭遇しないように隔離しているがそれにも限界がある……波風を立てずに討伐を願いたい」


 ベルゼリアンの話をした途端、朱里の口調が今までとは違う緊張感と棘のある物に変わった。それもそのはず、朱里のベルゼリアンに対する憎悪は断固たるものだ。


「ベルゼリアンが出たなら戦うのもやぶさかではないが、わざわざこちらに頼んでくるとはお前らしくもない」


 朱里の憎悪、それは人を喰らうベルゼリアンだけではなく、龍二にも存在した。だからこそ討伐を頼んでくるのはらしくない事だった。


「私も自分で解決できるならそうしたい。だが私が朱雀の姿に変わるにはお嬢様からの承認が必要になる。しかし、この事態がお嬢様に知れれば民衆を思いこの祭りを中止になさるだろう……今更恥知らずな要求である事は百も承知しているが、一年に一度しかないお嬢様の楽しみを奪いたくはない。だからこその『波風を立てずに』だ」


 どうやら朱雀の力を借りて戦う事は出来ないだろうと龍二は考えた。だがそれでも戦う以外の選択肢を龍二が選ぶことは無い。


「……了解した。俺としても愛達が楽しんでいる祭りを中止にはしたくない」


 龍二の愛達を守ると誓った約束は、何も命や体を害されないようにするだけではない。この一夏の思い出さえも龍二にとってはかけがえの無い守る対象だ。


「恩に着る。こちらも朱雀にはなれんが出来る限りサポートはする……頼んだぞ」


 朱里が龍二の耳から顔を遠ざける。鋭かった目付きが柔らかな物に変わり、敵が出現した場所へ向かっていく。


「ねぇ、二人で何の内緒話してたの?」


 愛が顔を覗きこませて聞いてくる。本当なら愛達にもこの事態を知らせておくべきかもしれないが、楽しみを奪いたくない思いは龍二も同じだ。


「すまない、野暮用ができた。……三人で回っていて欲しい」


「でももうすぐ花火始まっちゃうよ!?」


 スマートフォンの時刻を龍二に見せてくる愛、現在の時刻は十九時二十八分。花火の打ち上げが開始されるのは二十時からなので、時刻まではあと三十分ほどしかない。


「……すまない、花火が上がるまでには戻ってくる」


 そう言って朱里の方向へ逃げるように駆け出していく龍二、これからが盛り上がる所だと言うのに仲間の輪から抜けることに罪悪感が無いわけではない。だが今はやるべきことがある。


「ちょっと! せっかくみんなで楽しんでたのにー!」


 後ろから大きな愛の声が聞こえてくる。本当は龍二も愛達と共に花火が見たい。楽しい青春の思い出を、化け物などに邪魔されてたまるものか、絶対に花火までに間に合わせる。風を切るように龍二が走っていく。




 祭りの賑わいからは少し離れた川原、本来ならば知る人ぞ知る花火の絶景スポットなのにも関わらず、今は人が居ない。代わりに居座っているのは、尖った鼻と四本の足、短い尾っぽを持ち、そして最大の特徴は頭部や背面が硬い甲羅に覆われていて、一見すればアルマジロのように見える生物だ。それを普通の動物ではなくベルゼリアンと認識できるのは、目視でおよそ二メートルを超えるほどの巨大さが理由だ。龍二たちはベルゼリアンが我が物顔で鎮座しているのを目視すると、草の陰から奴を見張っていたと思われるメイドが出てくる。


「メイド長、お疲れ様です! 奴は依然ここから動きません!」


 ビシッと敬礼して状況を報告する下っ端メイド。その報告を聞くと朱里は、ご苦労と言ってこの場から下がらせた。


「さあ仕事だ。穏便かつ手短に終わらせよう」


 その言葉と同時に龍二が青龍の姿へ体を変化させ、朱里がスカートの中からナイフを取り出して敵に向かい、その場から動かない敵に不意打ちを加える。


 二人からの不意打ちを食らって敵も自分が狙われていたことに気づいた。そうなれば無論反撃を加えようと短い四本の足を動かして体当たりを仕掛けてくる。だが、その動きは戦いに慣れた二人にとってはあまりにも遅すぎる攻撃だ。軽く回避して龍二たちが背後を取る形になる。


「図体はでかいが、強さはそれほどでもないようだな!」


 朱里が相手に肉薄し、足にナイフで斬撃を加える。朱雀になれない今の朱里に決定打になる程の攻撃はできない、だからそこ相手の足を狙い機動力を削ぐ、そして。


「これで終わりだ――ッ!」


 入れ替わるように龍二が朱里の後ろから飛び出してとどめの一撃を加えようとする。甲羅に弾かれないように地面スレスレの低い場所を、しかし勢いを殺さぬ素早い一撃で息の根を止める為の剣が振るわれる。これならば避ける事は出来ないはずだ!


 だが、相手の肉を断ち切った時の手応えが感じられない。代わりに感じるのは痺れるような手の痛みと金属同士がぶつかったかのような鈍い音。


 攻撃が弾かれたのだ。敵の様子を見るとその理由はすぐにわかった。奴は体を丸めて球状になっていたのだ。アルマジロに似た甲羅を持っているを知っていたからにはこういう事も考慮しておくべきだった。


「クソッ! 厄介な」


 朱里が丸くなった敵にナイフを突き立てるも、傷一つ付かない。龍二も朱里に代わって剣による攻撃を何度か与えてみるも、転がるだけでダメージは与えられなかった。


 碌な攻撃手段を持たない相手に、一方的かと思われていた戦況が変わる。変わったと言っても龍二達に命の危機が迫っているわけではない。ただ、どうしても相手に有効打が与えられない。斬れど叩けど攻撃は一切通用しないし、何もせずに待っていればそのうち防御を解くと思い、待ってみてもうんともすんとも言わなかった。花火が始まるまで残り十分を切った。二人の間にも焦りが生まれてくる。




 花火まで残り十分を切り、龍二を待ち続ける愛の目には、涙がうっすら浮かんでくる。時刻を写したままのスマートフォンをぎゅっと握りしめ、真っ暗な空に向けて大きく叫ぶ。


「浴衣も可愛いのを悩んで買ったのに、一緒に居てくれって言ったのは龍二くんなのに……やっぱり私達より綺麗なメイドさんの方が良いんだ! 龍二君の馬鹿―!!」


「あ、愛ちゃん落ち着いて……」


「後十分あれば戻ってくるって。せっかくの祭りなのに、あいつ何考えてるんだか……」


 周囲からも、ああ、あの子はボーイフレンドと何かあったんだなと同情のような視線が集まってくる。それに耐えながら愛を慰めようとする七恵と里美。祭りに来た人たちも屋台で遊ぶのを止めて、思い思いの場所で空を眺めて花火を待っている。そこに龍二の姿は未だない。




「どうする、これでは歯が立たんぞ……このような奴に時間を使っている暇などないというのに!」


 朱里が息を切らし、硬い甲羅に時間を浪費され苛立ちを感じさせながら龍二に話しかけてくる。どうしたものかと考え込んでいた龍二だが『歯が立たん』との言葉を聞いた瞬間、先ほどまでの楽しい記憶を思い出し、閃いたようにハッと口を開ける。


「歯が立たん……そうか! わかったぞ、こいつを倒す方法が!」


「本当か!? それで、何なんだその方法は!」


 龍二は得意げな顔で遠くに見える、屋台が並ぶ通りを指指した。その先には……リンゴ飴の屋台がある。


「奴はリンゴ飴なんだ」


「はぁ?」


 朱里は心底呆れた顔で龍二を見る。この期に及んで祭り気分で浮かれているのだろうか? 馬鹿馬鹿しいと言葉にはしないが内心で見下した。


「リンゴ飴……それはそのまま齧れば硬くて歯が立たない……だが!」


 そういうと龍二は炎を構えられた手の中に蓄え、球状に形作る。


 形作られた炎を甲羅の一点に向けて投げつける。放たれた炎の剛速球は甲羅に着弾すると、まばゆい光を放ちながら回転を止めずに、ゆっくりと甲羅にめり込んでいく。だがそれでも甲羅を貫くには至らず、炎は小さくなって消えていった。


「訳の分からない事を言って! 倒せていないではないか!」


「待て、これはまだ奴の飴を舐めただけだ。食うのは……これからだ!」


 そう言うと龍二は炎が当たって焼け焦げ、黒くなった部分に剣を突き立てる。


 「アルマジロの甲羅は体毛が変化したもの……焼くことならできる」


 敵の小さな断末魔と共に、あっけない戦いの幕切れが訪れる。時間こそ掛かりはしたものの、波風を立てずにと言うオーダーにはこれ以上なく答えられただろう。


 そんな一仕事終わった余韻に浸っていると、遠くの空から破裂のような音、ふと見上げると夏夜に咲く花が色とりどりに華麗に咲いていた。


「綺麗、だな」


 つい見とれてしまう龍二、空を見上げて動かない龍二に敵の息の根が本当に止まっているか確認をしていた朱里が空を見上げて声をかける。


「紅神家の札束が打ちあがっているようなものだ、それは綺麗だろうよ。それよりお前がこれを見る相手は他に居るんじゃないのか?」


「そうだった、後は頼む!」


 惚けている場合ではなかった、花火が上がるまでには戻ってくると約束したのにベルゼリアンの討伐に長い時間を食ってしまった。龍二は急いで人間の姿に戻ると、愛達が待つ場所へ駆けだしていく。


 花火の光と音を背景に龍二が人混みを抜けていく。皆空を見上げていて地上の龍二に目を向けないため、何度も何度もぶつかりそうになり、実際ぶつかってはすみませんと口早に謝ってその場を離れる。先ほど愛達と別れた場所の近くが花火を見る予定の場所だったはずだ、それなら行きと同じ時間で到着するはずなのに、人混みのせいで時間がかかる。焦りが募り、何より愛の悲しそうな顔が頭から離れない。四人で一緒に花火を見なければ、この祭りを守った甲斐が無いじゃないか!




「ここに居たのね、朱里」


 龍二が離れてから数分後、朱里とベルゼリアンの亡骸を処理しようとしていたメイド数人が居る河原に、突然咲姫が現れた。


「お嬢様、どうしてここに!?」


「貴方が私の傍からこんなに長く離れたとあれば、何かあったんだとすぐにわかるわ」


 咲姫が土手から降りてきて、朱里の横に並ぶ。


「それに、ここは昔お父様と一緒に花火を見た、この祭りの花火を町で一番良く見れる場所だもの。人が居ないのはおかしいってすぐわかったわ」


「すみませんお嬢様、勝手な事を……」


 朱里が頭を下げて謝罪する。しかし咲姫は顔を上げさせ、空を指さす。


「終わったことはもういいわ、それより今を見ましょ? ほら、やっぱりここから見る花火が一番だわ」


 そういうと咲姫は朱里に肩を寄せて共に花火を見あげる。夏の空に浮かぶ大小様々な光の花。咲姫と花火を見るのはこれで何度目か分からないが、これほど綺麗な花火を朱里は見たことが無かった。




「すまん! 遅くなった!」


 全速力で走っていた龍二が愛の元にやっとたどり着く。花火を見ようと左右に座ってなぐさめる二人の真ん中で、ずっと俯いて下を向いていた愛が、声の方向に振り向く。その先には息を切らして肩を上下し、大粒の汗が額を伝う龍二の姿。


「龍二、遅刻」


 里美が睨みながらも、そっと愛から離れて隣に一人分の座れるスペースを作った。ここに座れと言う意味なのだろうかと迷いながらも龍二が愛の隣に座る。


「本当にすまない、急ぎはしたのだが……」


「ほんと、遅刻だよ龍二くん、私がどんな気持ちで待ってたか」


 俯いていた愛がやっと空を見上げる。泣いていたせいで目には涙が溜まって、花火が良く見えない。


「花火、滲んで良く見えないや」


「すまない……」


「さっきからそればっかり、でも、まぁ許しちゃおうかな。これはこれで綺麗に見えちゃうし」


 夜空に煌めく花火を四人は横並びに座って眺める。ハプニングこそあれど、やっと見れたみんなでの花火。その嬉しさを噛み締めて空を見上げ続ける。




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