14話 サマーバケーション 祭りの思い出
「クッ――あんなやつにやられるなんて……」
「やぁ、お帰りピクシー君? 散々だったみたいじゃないか」
ベルゼリアンの拠点となっている廃工場に、朱里から命からがら逃げ出して手負いの状態のピクシーが帰ってくる。傷だらけの腕を庇いながら、壁際に足を引きずりながら歩いて倒れるかのように座り込むと、戦いに負けた悔しさか、ユニコーンを失った悲しさなのかわからないが怒りがこみ上げてきて、我慢がならない。同じベルゼリアンであるロングコートの男に向けての怒号が、真夜中の廃工場に響き渡る。
「何が『欠陥品』よ! あんたが碌に奴の情報を教えなかったせいで、ユニコーンは死んだのよ!」
「あー……僕も彼を失ってやりきれない気持ちでいっぱいだ、胸が張り裂けそうだよ。でもね、僕だって上に言われて話せない事だってあるし、何よりそれほどにも強力な相手だなんて知る由も無かったんだ」
男がピクシーへ形だけの謝罪をする。その顔は挑発的にニヤついていて、とても心がこもった謝罪しているようには見えないし、見せようともしていない。
「そうやっていつもいつも、自分は悪くないみたいに言い訳して! そういう態度が気に入ら――ぐあっ!」
感情的に言葉を男にぶつけるピクシー、それに一切耳を貸さずに男は淡々と近づいていき、ピクシーの腹に思い切り蹴りを入れる。
「その甲高い声でぎゃあぎゃあ喚くなよ、負け犬」
ボロボロの体に更に追い討ちを食らい、苦しむピクシーを尻目に男は廃工場から出て行った。イラつきが見える男の背中を、ピクシーは恨めしく睨み続ける。
「涼しいー! エアコンが生きててほんと良かったね!」
龍二がユニコーンを打ち倒してから約一ヶ月ほど経ち、裏山の研究所に愛達四人が勢ぞろいして、エアコンを使い涼を取っていた。既に人が居なくなり放置されていた施設のエアコンが未だに使えるか不安であった四人だが、中に溜まっていた汚れを掃除すると問題なく起動することが出来た。
「地下だから地上の熱は伝わりにくいけど、それでも暑かったからね。家から色々持ってきてまで掃除した甲斐があったよ」
里美がマスクをずらして、エアコン清掃用のスプレーを持ちながら一息ついていた。一人っ子の里美は家事の手伝いなどをする機会も多く、エアコンの掃除を提案したのも彼女であった。
「里美ちゃんありがとう。はいどうぞ」
七恵が小さな四角いチョコを里美の口の中にそっと入れた。掃除の為にゴム手袋をしていて手づかみで食べにくい里美は、ありがたくそれを受け取る。
「あー! 良いなそれ、私もしてほしい!」
その光景を見ていた愛が里美を指差して手足をバタつかせたと思うと、七恵ににっこりと笑顔を見せながら大きく口を開けた。
「しょうがないなぁ愛ちゃんは、はいあーん」
しょうがないなぁとは言いつつも、七恵の頬は緩みっぱなしで、愛に対して、いわゆるあーんが出来る事が嬉しくて仕方ないらしい。
「うへへ、可愛い……もう一個あーん」
恍惚の笑みを浮かべ、二つ目のチョコを愛の口に入れる七恵、愛も嬉しそうにそのチョコを受け入れて美味しそうに食べ続ける。三個目、四個目とその勢いは止まらず、どんどん七恵が骨抜きになっていった。
「……ところで今日は何のために集まったの?」
そんな二人を少々呆れながら放って置くことにした里美が龍二に言葉をかけた。
「いや、俺は愛に集まってくれと言われただけだ。内容は知らん」
龍二は腕を組みながら相変わらずの無愛想な顔で椅子に座っていた。しかし表情から読み取れなくとも、愛を名前で呼ぶようになっている事から、距離が縮まっている事が伺える。
「あぁ、またいつもの一人で勝手に決めた奴か……ねぇ愛、食べながらで良いから、何で集まったか教えてくれない?」
里美が愛に呼びかけると、チョコレートで頬を大きく膨らませた愛が突然立ち上がって全員に宣言した。
「良くぞ聞いてくれました! 今日集まってもらったのは他でもない……ズバリ! 夏休みにみんなでどこに遊びに良くか決めるためです!」
愛が両手を腰に当て得意げな顔になりながら続ける。
「我々四人で過ごす最初の夏休み、その最初の行き先を決める重要な会議なのですよ! これは!」
「……遊びの相談ならここに集まる必要あったの?」
里美が愛を眉一つ動かさないでじっと見つめている。確かに遊びの相談なら誰かの家か教室でもどこでも出来る。愛はなんとなく集まっただけなのをごまかすように頬を掻きつつ答える。
「ふ、雰囲気出るかなーって思ってさ……とりあえず夏といえば海だよ! 私はみんなで海に行くことを提案します!」
愛が手を上げて提案をする。夏休みに海に行くのは定番であるし、愛は皆も喜んでくれるだろうと思っていたのだが、回りの反応は以外にも静かだ、というよりは戸惑っていると言った方があっている。
「わ、私はお祭りの方が良いと思うな……花火が有名だよね」
七恵が小さく手を上げて控えめに提案する。愛達が住む豊金市では丁度数日後に大きな祭りがあり、それに行こうと提案したのだ。
「確かに花火も見たいけど……海、嫌だった?」
「嫌じゃないんだけど……その……」
愛は、もしかすると七恵はインドア派なので海に行きたがらないのではないかと思って聞いてみたが、答えはどこか釈然としない。愛が不思議に思っていると里美が口を開く。
「もう、七恵は愛に気を使ってくれてるんだよ? 愛、まだ傷あるんだから」
愛は約一ヶ月にベルゼリアンによる攻撃を受けて脇腹に傷を負っていた。当時は数日間意識を失うほどの負傷だったのだが、今は順調に回復して痛みは無くなり、普段どおりの生活に戻れるようになっていたのだった。
「いやいや、もうぜんっぜん痛くもしみもしないって!」
愛が勢い良く手のひらで怪我をした場所を叩く。以前と比べると比べ物にならない回復ぶりだ。
「でも……痕はまだ残ってるんでしょ? 水着着ると、目立っちゃう……」
「う、うう……ナナちゃんがそこまで私の事を考えていてくれたなんて! 私感動だよぉー!」
愛は七恵の自分を思う心に感激してギュッと抱き着く。そして再びの七恵のデレつきっぷりに、里美がまたかと肩をすくめた。とりあえずベタベタしている二人は置いておきつつ話を進めておこうと龍二に再度話を振る。
「私も夏祭りで異論ないけど、龍二はどう?」
「俺も問題は無いが……一つ聞いてもいいか」
龍二が人差し指を突き立てて里美に問う、その眼差しは真剣そのものだ。
「リンゴ飴の屋台はあるのだろうか、小さいころに一度祭りに行ったのだが、食べ損ねたんだ……一度で良いので食べてみたい」
「多分殆どの祭りにあるんじゃないかな……意外とそういうの興味あるんだ」
無愛想な龍二の顔とは不釣り合いなリンゴ飴という単語が出てきた事にギャップを感じつつも、里美は他の二人が未だにベタベタしている間に、龍二と集合場所や時間を決める事にした。
そして数日後、終業式を経て夏休みに突入した愛達は夏祭りを皆で楽しもうと集合場所に向かっていた。少し薄暗くなり、暑さも和らいできた夕暮れ、周囲は小さな子供を連れた家族の他、友人同士で集まる高校生やカップルが溢れ、縁日の屋台には賑わいが溢れている。
「おーい、龍二君おまたせー!」
一足先に集合場所である神社の鳥居前に到着していた龍二の視界に大きくこちらに手を振る愛の姿が入ってきた。牡丹の模様が入ったピンクの浴衣で着飾った姿のその横には、里美が朝顔の描かれた青い浴衣、七恵は薄紫の紫陽花が模様として入った浴衣を着てこちらへ歩いてくる。
「へへー、どうこの浴衣? 可愛いでしょ!」
龍二の元にやってきた愛は浴衣を見せつけながらクルリと回転すると、袖がひらりとひらめいて、普段は悪く言ってしまえばガサツな面もある愛のいつもと違う可憐な姿に、龍二の目が思わず引きつけられ、見とれてしまう。
「ねぇ、どうなの? なんか言ってよー!」
何も言わない龍二に、頬を膨らませつつ眉を寄せて不満を露わにする愛、見とれていた龍二もいけないとハッとするが、どういった言葉をかければいいのか分からず、うまく纏まらない。
「あ、ああ……その……良いと思う、みんな……」
「むー、はっきりしないけど……ま、良いか!」
しどろもどろな回答に、愛の不満が解消したわけではなかったが、龍二にとっての性一杯の褒め言葉を胸に、愛は屋台の並ぶ通りを他の三人を先導するように歩いていく。その光景はいつもの愛の様子そのものに見えていたが、実は少し違う。先頭で早歩きしながら歩くことで、他の三人に表情を見せないようにした愛は、祭りの喧騒で周りの誰にも聞こえないような声でこう呟いた。
「みんな、かぁ……」
褒められてはいたけれど、一纏めにされるのは寂しいような悔しいような。それでも他の二人が可愛いのも事実ではあるし……センチメンタルに揺れ動く複雑な乙女心は、自分らしくないと背中で隠した。
「これはどのように食べればいいんだ……? 齧って良いのか」
「さ、最初は舐めてからじゃないかな……? そのままだと硬いから私はそうするな」
「なるほど、通りで全く歯が立たないわけだ」
この祭りのメインである花火の時間も近づき、更に賑わいが強くなり人が増えた中、祭りを楽しみ始めた一行は、真っ先にリンゴ飴の屋台を発見。龍二がすぐに食いつき購入をしたものの、初めて食べるリンゴ飴の食べ方に迷っていた。七恵のアドバイスに従って、周りの飴の部分を舐め始める。
「いやぁ意外と龍二君も甘い物食べるんだね、勝手に苦手なイメージだった」
「甘いものは好きだ、時々無性に食べたくなる時期がある」
龍二がリンゴ飴を舐めながら愛に答えた。その表情の読み取り辛い顔からはわかり辛いが、楽しそうだ。
「それ、私もわかるな。嫌な事があったときとか甘い物でストレス解消したいよね」
「ナナちゃんも甘いの好きなんだ、じゃあ……あれ食べよ!」
愛が指さした先には、黄色いのれんが他より目立つ、チョコバナナの屋台があった。
「これもお祭り以外だと中々見る機会無いよねー、美味しいんだけどさ」
愛がVサインを作って二つ下さいなと言いながら屋台に歩いていく。そのまま代金を支払い、両手にチョコバナナを持ちながら、三人の元へ戻ってきた。
「おまたせー! はいこれナナちゃんの分!」
「ありがとう愛ちゃん、これ何円だった?」
愛が片方を七恵に差し出して来ると、七恵は手に提げていた小さな和柄の巾着袋から小銭入れを取り出し、チョコバナナの代金を愛に払おうとした。しかし愛は首を横に振って、それを拒む。
「お金はいらないって! これは私の奢りって事で!」
「良いの……?えと、じゃあ、いただきます……」
七恵は少々戸惑いながらも、小銭入れを元に戻してチョコバナナを受け取った。大きなバナナが丸ごと一本串刺しにされ、その上にセピア色をしたチョコレートが全体にコーティングされている。更にその上から色とりどりのカラースプレーがトッピングされていて、華やかな見た目と甘い匂いに誘われるように、七恵は小さな口を使って先端を一口。唇がほんの少しだけチョコの色に染まる。
「ナナちゃん、先っぽから食べ進めると下の方の串に刺さってない部分が後で落ちちゃうよ。曲線描いてるから、曲線」
そう言いながら愛は大きな口を開けながら、あえて下の方をガブリ。口の周りがべったりとチョコの色に汚れる。
「んー、みんな何か食べてるし、私もイカ焼き買ってこようかな」
「ねぇサトミン」
愛が里美に向けて一言。
「この中で一番女子力無い物食べようとしてるよ」
「良いでしょ別に! 好きなんだから!」
 




