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コールドデザイアー  作者: 一の瀬光
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コールドデザイアー 第8章~11章

♯ 8


「おじさま、寒いですわ」

 珍しく自分の姪が不満を述べるのを聞いて江奈裕一郎はふりかえった。

「それにわたくしこの部屋には来た覚えがありませんの」

 椅子から立ち上がった江奈は微笑みながらやさしく答える。

「そうだったかいアヤメ? ここは特別客用の食堂だからね。それにそんなかっこうじゃ寒くもなるよ。ここは常にワインに適した室温になっているんだもの。いまマントルピースに火を入れるよ」

「うう、早くしてよ江奈おやじぃ。風邪ひいちゃうよ」

「あんた薄着しすぎなんだよ、ムクゲちゃん。は? はっちゅん!」

「だいじょうぶですかマクラちゃん? あの、おじさま。なるべく暖かくしていただけますか?」

 やれやれ、と江奈は肩をすくめる。

(肩も足も背中もおへそもむき出しで。それじゃほとんど水着ではありませんか、お嬢さんがた? ただでさえ豊満なボディラインをことさら強調して、フフ困ったもんだ。ふだん男に興味ゼロのアヤメまでがノーブラだもんなあ。堅物でとおったわが姪をここまで大胆にさせるとはねえ。アカリくんのようなストレンジャーはこうまで女ごころをくすぐるのか。俺も学ばんとな)

 アヤメたちが江奈邸に着くと、江奈はすぐに全員をこの部屋に連れてきた。江奈にとってこの部屋はこだわりのある部屋なのだ。

「このマントルピースで火がパチパチ燃える雰囲気が好きなんだよ。だから考え事があるときはよくこの部屋に閉じこもるのさ。それに君たち昼食がまだなんだろう? 僕もさ。だからいっしょにここで食べようと思ってね。おっとゴメン、寒いんだったね。そこの戸棚にローブが入ってるよ。うん、そこそこ。それを着ればすぐに暑すぎるぐらいになるから。遠慮しないで好きなのを取りなさい。どれも洗いたてだよ」

 姪から緊急の電話をもらったとき、江奈はそう驚かなかった。江奈にとってこの事態はすでに想定済みで、あとはタイミングを待っていただけだったのだ。

(そうか、アカリくんとうとう事件を思い出したんだな。君はおそらく睡眠誘発性のある自白誘導剤を打たれたのだろう。公式捜査には禁止されている非合法のマインドコントロール薬。服用すれば記憶障害などあたりまえという劇薬だ)

 暖炉の薪を鉄棒でひっくり返しながら、江奈は次の一手の模索に入っていた。

(代官山の駅でアカリくんに接触したのは、いうまでもなく犯罪性の色濃い集団だな。なぜアカリくんに目をつけたか分かりさえすれば一件落着なんだが。いずれにせよ素早く対応し即刻排除すべき案件だ)

 いつになく黙々と地味な作業に集中している江奈の背中にむけて、とうとうこらえきれなくなったアカリが問いかけた。

「ボク、罪になるんでしょう……ね?」

 さっとふりかえった江奈は、とびぬけに明るい表情をアカリに投げかけこう言った。

「いや、ならない」

 アヤメたちがもらす安堵のため息が部屋の空気をいっきょに軽くした。

 ムクゲが大の字になってピョンとジャンプする。

「ほらあ、よかったあ! 利用されただけだもん、絶対無実だってオレいっただろう」

 ただアカリだけがひとり椅子に沈んだまま膝の上で手を組んでいる。

「でもボク、元首相の、しかも年取ったおじいさんにヤケドさせたりして無実なんて」

 アカリは床に視線を落とす。

 江奈がアカリのそばに行き、彼の肩に手をかけて言った。

「無罪を立証する証拠があるんだ」

 アカリは江奈を見上げる。

「実はきのうアカリくんが海岸から運ばれてきたときに少しばかり採血しといたんだ。これは別に僕が吸血鬼だからと言うわけじゃないんだよ。だから気を悪くしないでくれたまえね」

 江奈はアカリにいたずらっぽくウインクしてみせた。

「そんなことをしたのも、昨晩のアカリくんの状態は一目見ただけで薬物投与の兆候が歴然としていたからなんだ。血液サンプルはもう警察だ。あとは鑑識課の分析待ちだが、なーに、結果をみるまでもない。証拠は万全だよ。無罪放免だ」

「やったやったやったあ!」

 アヤメ、ムクゲ、マクラの三人は手を取り合って小躍りした。

(きゃあきゃあ騒がしいこった。そんなにうれしいなら俺に感謝のキスでもしたらどうなんだい?)

 コホンと咳払いをしてから江奈は言った。

「しかし、それで事件が解決したことにはならないんだがね」

「なんだよ、水さすなあ江奈おやじったら」

 ムクゲが口をとんがらす。

 だがそれも目に入らない様子でアカリは心配そうに質問した。

「あのう、おじさん。それより」

「なんだい、アカリくん?」

「ボクの罪のことよりも彼らは本当に人間の生き残りなんでしょうか? さっき学園の寮で変な子に襲われたとき、ボクやっときのうのことを全部思い出したんです」

 この部屋に入るなり、アカリは堰を切ったように自分の思い出したきのうの一部始終を江奈に早口で説明しようとした。どうやらアカリにとっては寮で襲われたことよりも昨日の件のほうが何倍も気にかかるようだった。だが江奈はまず彼に落ち着いてすわるように命じたのだ。詳細はこれからだった。

「彼らは自分たちを生き残りの人間だと言ってたかね? それとも進化したサピエスとでも?」

 マントルピースに戻った江奈は質問を始めた。そのとき暖炉の上に置いてあるパイプに手を伸ばしたので、すぐにアヤメは「あ、おじさま。禁煙中なのでは?」という具合に眉をひそめた。しかしその姿を見てムクゲは「へえ、ちょっとシャーロック・ホームズしてるじゃん」と隠れて感心した。今日も江奈はスーツ姿できめていた。

 ただアカリだけが相変わらず余裕のない声をふるわせ気味に答えている。

「覚醒したサピエスだと言っていました。偉大なるリーダーのもとでサピエスの文明が復活しつつあるんだって。だから由緒正しい人間であるボクを歓迎するって」

「そこできみに握手を求めた?」

「ええ、そこにいる六人だか七人だか全員と握手しました」

「翼は確かめた?」

「それが、はっきりとは……。見た目には背中に羽根はなかったし、話があんまり意外だったもので」

「それほど熱烈な歓迎なのに抱きついてきた者はゼロ?」

「いません」

 ここでアカリは江奈の質問の真意を悟った。

「あっ、そうか、ちくしょう! 抱きあってれば背中も手で確かめられたのに。じゃやっぱりニセモノ?」

 急にアカリは元気な声を出した。

「今のところは何とも。まだいろいろな可能性が無限にあるからねえ。でもニセモノかどうかについては確かめようと思えば簡単に確かめられるさ」

 簡単にって、とアカリはもちろんのことアヤメたち三人の少女たちもそろって疑わしげに眉をひそめた。

 だが、湧き出そうな質問の波を制止するみたいにサッとそろえた人差し指と中指でもって宙を払いながら江奈は続けた。

「それよりも握手した後はどうしたの?」

「え? ああ、握手の後は、えーと、ボクの記者会見に呼応して救出の機会をうかがっていたとかボクのインタビュー記事を読んだとか、そんなことをダラダラ話して……」

 パイプに煙草をつめようとしてようやくアヤメのとがめる視線に気づいた江奈は、くちびるの端をクイと大きめに引き上げてからパイプを暖炉の上にもどした。

「それから?」

「それから……えーと、それから」

「記憶が途切れているんだろう?」

 アカリはびっくりして立ち上がった。

「そ、そうなんです! あのあと何を話したのか覚えてなくて、でも気がつくと知らない場所でボクはめちゃくちゃに暴れてたんです。ああ!」

 くずれるようにアカリが着席したので少女たちがまわりに駆け寄った。

「どういうことなんだよ、江奈おやじ!」

「アカリさんはなぜ突然そんなところにいたのですか、おじさま?」

「突然いたのではなくて移動中の記憶がとんでいるんだよ。クスリのしわざさ」

 アカリがまた江奈を見上げる。

「でもボク薬なんて飲みませんでしたよ。注射とかもされてないし」

「うん、それはね、きっと握手した手から体内に浸透するように薬を加工したんだよ。そんな細工は工場でも持ってないと出来ない芸当だけどね」

 話がおおがかりになってきたことにアカリやアヤメたちもだんだん気づいてきた。

「でアカリくん、元総理のところへ侵入した経緯は?」

「それがどうもはっきり思い出せないんですけど。ほんとなんです。いつの間にか大きい部屋の中にいて手足をふりまわしていて……ただ『ボクこそ人間だぞ、お前たちが吸血鬼だ。これでも喰らえ』みたいなこと叫びながら十字架をおじいさんのおでこに押しつけた場面だけはやけにハッキリと覚えてるんです。その後は、気がつくとやたら走りまくってて、道路へ出たらまた走りまくって、公園やら広場やらをどんどん走りぬけて、それで……」

「後はまるっきし覚えてない?」

「はい……次に気がついたら海岸みたいなとこに寝て星空に気づいて……でも目が覚めたのはほんの一瞬で、すぐにまた寝ちゃって」

 コンコン。

 ノックの音に全員がドアを見た。

「お、食事が来たぞ。入ってください」

 江奈にうながされると、そこにはとても背が高くてかっぷくのいい男性がニコニコと立っていた。顔下半分をおおう真っ黒なヒゲが親しみをさそう。若い頃のサンタクロースの写真があったとしたら、まさにこの顔だろう。ただしヒゲは短く刈りそろえてあるが。

「どうも大原くん、急に無理いってすまなかった」

「なんのなんの。このお嬢様がたのためならば深夜のフルコースでもいといませんよ」

 手押し車式のダイニングカートがゴロゴロと入室するとアヤメたちがいっせいにかわいらしい歓声をあげた。

「ありがとう。さあみんな、大原料理長ご自慢の特製スープだよ。スープといっても具がたっぷりのシチューみたいなもんだ。もう午後三時だからね、ボリュームあるものからいこうじゃないか」

「サンドイッチとデザートのプチケーキはあとからまいります」

「やったあ! いただきまーす! オレここのプチケーキ大好きだぜ」

 あっという間にテーブルを華やいだ食卓にしつらえてしまう三人の少女たちの活発さとはうらはらに、アカリはひとり元気に乏しかった。

 江奈は気づかうように言う。

「アカリくんはいつもの特製だ」

「あ、ボクは別に」

「そんなこと言っちゃダメだよ。食べなくちゃ」

 アヤメたちがまたアカリを囲む。

「そうですわ。お食べにならないとアヤメ心配です」

「食べてアカリくん。ね、オレからもお願い」

 アカリの瞳は温かさにゆらいだ。

「みんなありがとう、ほんとに……。うん、食べるよ! でも、おじさん」

 自席でナプキンを広げていた江奈はアカリを見た。

「何かな?」

「えーと、事件の大きさも大切でしょうけど、ボクどうしても彼らが人間なのかどうかをまず第一に知りたいんです。こんなエゴ丸出しでは恥ずかしいんですけど」

「知りたいのは当然だよ」

「本物かどうかを見分ける方法があるってさっきおっしゃいましたよね」

「うっひょー、これうまいぜ!」

 わざと割ってはいるようにムクゲがはしゃいだ。

「オレってば何度もここでごちそうになってるけど、このスープは最高だよ。あの大原さんて何でも作れるんだよね。すごいシェフじゃん。ねえアカリくん、話は食べながらでもいいでしょ。まず食べようよ」

 アヤメも加勢する。

「そうですわ。アカリさんがお食べにならないとわたくしたちも食べる気になれませんわ」

 マクラがしめくくる。

「腹が減ってはナントヤラ、でしょ?」

 ひとり気のせく自分がやっと恥ずかしく思えてきたアカリは、ふうと一息つく。

「うん、わかった。いただきまーす。あれ? ほんとだ、ボクおなかペコペコだよ」

 アヤメたちがうれしそうに爆笑した。

 ややあっけにとられた顔で江奈がその光景を見つめていた。

(アカリくん、この一日でみちがえるように変わったな。この三人と、まるでもうずっと長いあいだ仲がよかった部活のチームメートみたいに食事してるじゃないか)

 見ると江奈の後ろでは、翼までも上品なかしこまったフォルムにまとめあげている大原料理長が、江奈に向かって太い眉毛の下の目を片方つぶってみせいる。江奈も笑ってうなずく。 

(若さはどんな環境でもすぐに受け入れる。みんなまだまだ成長期なんだな。こんな子たちを犯罪のドロ水につけさせるわけにはいかないじゃないか。汚い仕事は俺にまかせておけ)

「ところでさあ、これなんだけどぉ」

 ムクゲは江奈から借りたローブのえりを自分の片手でひっぱって言った。彼女の着ているのはミンクの毛皮みたいに極上にあったかそうなフワフワしたローブで、短髪の彼女が着るとまるでハリウッドの伝説的な女優みたいに艶っぽく見えた。

「暖かくないかい? 取り替えようか?」

 チッチッとムクゲは投げやりに人差し指をふった。

「いえいえあったこうございますですよ。いや、妙にあったかすぎるっての」

 江奈は首をかしげつつ嫌な予感をつのらせた。

「えーと、どういうことかな」

「なんでこんなローブが用意してあんのさ。それもこんなにたくさん。見てよ。アヤメもマクラもほとんどマリリン・モンロー状態だよ?」

「わわ、いやですわムクゲちゃん」

 シチュー用のスプーンを持ったまま恥じらいに身をよじったので、アヤメは意図せぬ姿態を披露してアカリの顔を紅潮させた。

 それを目ざとく視野に入れたムクゲの口調がいっそうきつくなる。

「あんたのもくろみはみえみえなんだよ。どうせことあるごとに一ダースもモンロー仕立ての女を侍らせてメシ食おうって魂胆だろ! このエロオヤジが!」

「エロ……ムクゲさん? これくらいの用意は紳士のたしなみと言ってほしいものですな」

「紳士の垂れ流しってなんだよ」

「たしなみ!」

「だいたいモンローなんて古くせえっての! オヤジ世代が」

「誰もモンローなんて言ってません! 言ったのはムクゲちゃんでしょ!」

「さあさあムクゲちゃん。そんなことよりお食事しましょう? これはほんとにおいしいですわよ。このコクあるスープがとくに……ほおああ……あらっ!」

 つい出てしまったあくびにアヤメは真っ赤になって両手で顔をかくしてしまった。

「アハハハ。やだあ、アヤメでもそんなことがあるんだ? アハハ……ふあああー」

「なによムクゲちゃんこそ、そんなでっかい口あけてあくびなんて、もう」

「ひひ、メンボクない。さ、エロオヤジなんてほっといて食べよ食べよ」

(なにが成長期だ。この精神年齢アラウンドフォーティー娘っ子め。まあいい。仕事は仕事。スタートは早いほうがいい)

 江奈は本題の口火を切った。

「リトマス試験紙はあるよ」

「ふぁ?」

 口いっぱいに特製弁当をほおばらせたアカリがふりむいた。

「彼らが人間かどうかを確かめる方法のことなんだがね」

 アカリはごくんと飲み下す。

「は、はい」

「簡単だよ。きのうと全く同じ反応をしてやればいいんだ。きのう大成功した彼らは必ずまた君に接触してくる」

 アカリはいっぺんに緊張した。

「それはね、彼らがアカリくんはきのうのことを全部忘れているに違いないと思っているはずだからなんだ。なにしろ強い薬だ。こういう薬を使う者なら誰でも、まず百パーセントの確率で一時的な記憶障害が起こる事を知っている。しかし一週間もたてば記憶が回復することもよく知られているから、彼らは急いで接触してくるだろう。そのとき彼らはまた初対面のようにきのうと同じセリフをアカリくんに言うと思う。そのときアカリくんのほうもしらじらしくきのうと同じ反応をしてみるんだ。もしそこでむこうがまた握手を求めてきたら」

「それはニセモノ、ということですね!」

「彼らがもしも本物の人間たちなら『きのうはどうしたんだ。さがしたんだぞ。心配したぞ』とでも言うはずさ。本物とニセモノの区別は簡単につく。ただね、ひとつ問題があるんだよ」

「なんです?」

「きのうの中田元総理襲撃事件でハッキリわかっていることがたったひとつだけある」

「ひとつ……」

「それは元総理宅に侵入した者は一人しかいないという事実だ。他の者が侵入した形跡はなかったのだよ」

「はあ」

「つまりこの仕事をアカリくんにやらせた者は君の身の安全をまったく考慮していなかったということなんだ。成功すればよし、だが失敗すれば捕まろうが殺されようが後はおかまいなしというスタンスを彼らはとった。それが何を意味するのか」

「やはりニセモノということですか。え、よくわかんない?」

「本物かニセモノかというのは接触するまでわからない。そのこととは別の問題なんだよ。この事実からわかるのは、彼らがかなり非情な集団だということなんだ。これはこの事件の構造をとく大事なカギになると思う」

「わかりました。また彼らが接触してきたらボクやりますよ。そしてボクのほかにも人間がいるのかどうかを確かめてやります」

「いや、だめだ」

「え? でも」

「アカリくんにはやらせられない。いま僕は彼らが非情な集団だと言ったよね? もっと他の危険な致死性の薬物を用意してくる可能性だってあるし。だからこれは僕がやる」

「は?」

「僕がアカリくんになる」

「ええっ! それはいくらなんだって無理でしょう。そのでっかい翼はどうすんですか!」

「アカリくんは翼の特性を知らないね。ま、無理もないが。翼が持つ特性は二つだ。飛ぶために拡げる特性、もうひとつは飛ばないときにたためる特性」

「?」

「まあ楽しみにしていなさい。君の驚く顔が早くみたいよ。なにしろここで僕を見てくれるお客様はいつの間にかアカリくん一人になっちゃったからね」

 そう言えば誰もつっこみを入れてこないな、とアカリもいぶかしく思い少女らを見てみると。

「あ、寝てる? どうしたんだろう。みんな座ったまま眠っちゃってる」

 アヤメもムクゲもマクラもシチューの横に顔をおいて寝息をたてている。

「そりゃ無理ないさ。アヤメたちまる二日寝てないんだろ? アカリくんの紹介パンフをクラス全員分つくるんだって徹夜したらしいし」

 江奈はすばらしいこの景観を堪能していた。

(かつて王宮時代華やかなりし頃のフランス宮廷晩餐風景もかくあらん、か。それにしても三人とも器用に寝てるなあ。口だけは達者なレディでも、寝顔はまだまだあどけないな。フフ、困ったものだ。どれ、顔をケガしないうちに食器を片づけてやるか。それともメインディッシュが来たらとび起きるかな)

 おや? と江奈は思った。アカリが席を立ったのだ。

(アカリくんどうしたのかな。ひとりひとりの肩に手なんかおいたりして。なんだか泣き出しそうな顔してるじゃないか。ま、これだけの献身ぶりを見せつけられちゃ感激するのも当然か)

 アカリはつぶやくように言った。

「みんな……ボク、講師やるよ。ちゃんとやり通すから見ててよ」

(そうそう、自分の感動を素直に行動にあらわすのはいいことだよ、アカリくん。あ? なんだろう)

 アカリがキッとこちらへ向き直ったので江奈は不思議に思った。

(どうした、今度は俺の顔なんかをジッと見つめて。やけに思いつめた感じだな。女の子たちへの甘い感激にひたっているだけじゃないのか、彼は?)

「江奈さん!」

「あ、僕ですか?」

 アカリの勢いに江奈は思わず居住まいを正した。

「いや、江奈先生! お願いです。ボクを助手にしてください!」

 アカリは深々と頭を下げた。

「助手……」

「何者がボクを利用しようとしてるのか、彼らが人間であろうがなかろうが、何者がボクを操ろうとしたのかその謎を解きたいんです。これはもうボクだけの問題じゃない。でもボクが原因なんですから、だから、うまく言えないけど、どうか先生の助手に!」

 江奈は胸をいっぱいにしてアカリの言葉を聞いていた。

(アカリくん……ついにここまで心を開いてくれたんだね……)

 江奈はグイとつばを飲み込んだ。珍しく自分が緊張しているのがよくわかる。

(実はなアカリくん、俺のほうこそ君にお願いしなけりゃいけないことがあるんだよ。しかしそれを打ち明けるのはまだ早いんだが……)

「承知した」

 なるべく軽い感じで言おうと思ったのに、つい重々しい口調になってしまったことを江奈は軽く後悔する。しかしアカリがそんなことに気づくはずもなかった。

「先生!」

 反射的にアカリは握手を求める手を江奈に差し出してしまったが、すぐに恥ずかしくなって引っ込めた。

 しかし江奈はアカリのその手を取り、両手でしっかりと握ってアカリを感動させた。

「アカリくん。食事が終わり、アヤメたちとスクーリングのカリキュラムを作ったらさっそく仕事だよ」

 この一言はアカリの胸を言いようもないほど鼓舞した。

「はい!」

「助手としての初仕事は僕の変装を手伝うことだ。なにせ化けるモデルがそばにいてくれないと困るからね」

 アカリは目を輝かす。

「はい。ボクも早く翼のマジックを拝見したいし、喜んで」

 江奈はアカリの両肩にそっと手をのせて彼の目を見つめた。

(ああ、この目だ。この目がいつもぼくの奥底を揺り動かす。そのアカリくんが今は俺についてきてくれる。感謝感激だ。こうなれば俺の望みも本当にかなうかもしれないぞ)

「さあ、食事をすませよう。マクラちゃんじゃないが腹が減っては、さ」

 嬉しそうに弁当をほおばるアカリの横にはそれを作った当の大原料理長がいて何かとアカリにサービスしている。江奈はその大原に意味ありげな視線をおくり、大原もまたニヤリと笑みを返したがアカリは気づかなかった。

(それにもしこの元首相襲撃事件が空振りでもとっておきの人工衛星の件がある。あせることはないんだ)

 江奈は食べるふりをしたが何ものどをとおらなかった。

(俺の望み、俺のかけがえのない夢。それがあと一歩で実現するかもしれないのか。長かったな、ここまで)

 江奈はこぶしを握りしめる。

(だが、もし実現となれば彼はどうなる?)

 江奈は静かに顔をあげてアカリを見た。

(そのときこそきみには気の毒なことになってしまうんだが……アカリくん……)

 江奈の眉間のみぞが一段と深くなったことに、誰も気づくものはいなかった。



   ♯ 9


 目の前にいない誰かに向かってナツミは悪態をついていた。

「ねえ、わかってるの? 警察稼業で何がつらいかって、この張り込の仕事ほどしんどいものはないのよ。ためしに一度やってみたら?」

 警察庁屈指の対テロリズム専門家である加賀谷夏実審理官は車の中でひとりくさっていた。鼻先までずり下ろした眼鏡がもうすぐとんがらせた唇にくっつきそうだ。

「張り込みよ張り込み。いつ出てくるともわからない相手(ヘタするとその日は出てこないってこともあるし、それどころか家の中で殺されちゃったりしたら永久に出てこないことだってあるかも)をずーっと待っている。それも狭い車かなんかの中でよ」

 ハイヒールが車のダッシュボードにガシャとつきささる。いくらシートを後ろにずらしても脚の長いナツミにコンパクトカーはきついのだ。

「そりゃ相棒でもいれば仮眠もとれるしコンビニだって行けるけど、いまみたいにひとりだとトイレなんかどうするのよ。出入口から目を離しちゃいけないから本も読めないしネットだってできない。ターゲットが姿を現すまでは、かけだしの刑事でもテロ対策室のエリートでもやることは同じなの。ただ待つだけ、見張るだけ。出てくるまでは〝牙

ファング

〟と呼ばれた鋭い推理能力や格闘の腕も何の役にも立ってくれやしないんだから!」

 もともと派手好きな性格なので地道な捜査は大嫌いときてる。しかも張り込み開始からまだ二時間も経ってはいない。先は長い。

 これまた地味な青い塗装のその車は江奈邸入り口のそばに止まっていた。

 だが遠距離用超感度赤外線スコープではるかかなたの江奈邸の窓をのぞいてはみるものの中の人影さえ目視できない。門の出入りもない。何の音声も拾えない。要するに収穫はゼロ。

「最近の車ったら翼の収納を考えてないんだから、もういやんなっちゃう!」

 シートをバタンと倒してナツミは車の天井に張ってあるロックスターのポスターをながめる。歌はともかく翼がばかでかいのでこの歌手がお気に入りなのだった。

(あーあ、昼間は極楽だったなあ。冷暖房インターネット完備のアルカディア学園職員寮の一室で、のんびりとコーヒーでも飲みながら壁ごしに隣室の柴咲アカリを監視してればよかったんだから)

 昨晩の一件でしくじったからナツミはもう江奈邸へは踏み込めなかった。だからこんな地を這うような捜査に甘んじているのだ。

(ふん。それでもツキは私にあったわ。ちょうど今日からあの少年はアルカディア東京歌劇団付属高校講師のアルバイトをするため学園の職員寮に寝泊まりするらしい。だったら直接あの少年をマークすればいいんだもの)

 だがそれもアカリが学園内にとどまっている限りの話だった。

(まったくこの屋敷はなんなの? 塀を越すととたんに情報収集が厄介になるうえに、その中でも特に特殊な部屋にいるとみえる。JCTU(ジャパン・カウンター・テロリズム・ユニット)が誇る探知システム一式がまるで役に立たないなんて、ここは米国

国防

ンタ

総省

ゴン

なの? おかげでこうして原始的初等捜査の一年生に逆戻りよ)

 ナツミの指はついCDラジカセボタンに伸びかけたが、なんとか自制した。

(まあいいわ。学園の女の子が三人もいるんだから夜になる前に必ず動きがあるにちがいない。もうすぐよ)

 よいしょと身を起こすと、ナツミは外をキョロキョロとうかがう。昼に柴咲アカリを襲った少女がまたひょっこり現われないかなと虫のいい考えが頭をかすめたのだ。

(昼間にあいつを襲った、ていうか寮の部屋でじゃれあっていた妙なおんな~、また来いよ~。ま、来るわけないか。ふふ、さっきはあの女のおかげで大収穫だったよね。中田元総理を襲撃したのは自分だと柴咲アカリ本人が認める証言を得られたんだから。録音もバッチリよ。もう勝ったも同じだわ。裁判所から令状を取るためにはあと一歩ね。まあその残りの材料もあと数時間でゲットよ)

 こうしてナツミは、なんとかこの張り込みが楽なものだと自分に思い込ませようとしたが手足のほうは勝手にイライラムむずむずしてきてもう爆発しそうだった。

 ピーッ。

 屋敷へ向けたセンサーが反応する音でナツミはガッツポーズをとった。

(よしっ! 部屋の明かりがひとつ消えた。そして大階段、つづいて玄関ホールの照明が次々と点灯。これは出てくるわ!)

 ナツミの指という指が流れるような動きで車中のシステムというシステムをあっという間にすべてオンにする。

(ほら出て来た! ん? ひとりか。あれは柴咲アカリだわ。玄関を出て……家の窓へ向かって手をふって……中庭を横断し門扉まで歩いて……門の自動開閉システムが作動するのを待って……よし、出てきた。え? こっちへ近づいてくる!)

 アカリは門を出ると真っ先にこの車のほうを向いた。他に何台も車は駐車しているのにどうして、とナツミはあせった。

(偏光窓ガラス濃度チェック、OK。外からこの車の内側は絶対に見えないわ)

 アカリはごきげんな様子だった。くちびるの端をクイとあげた笑顔で今にも鼻歌が出そうなうきうきした足取りで歩道を歩いてくる。

(来た!……いま、通り過ぎた。ふう、やはり柴咲アカリだ。なんだ、こっちへ来たのは偶然か。そりゃそうよね。おどかさないでよ、ふふ)

 音もなく車が発進した。誰かが後ろから押してでもいるかのような動きで車は歩道のへりをすべってゆく。

(さて、どう料理するかな。ゆったりとした歩調だからこちらも車を捨てて徒歩でつけるか。やけにさっぱりした表情で余裕があったけど買い物へでも行くのかしら?)

 広い江奈邸の塀がようやく終わるところに小さな藤棚をしつらえたコーナーがあり、アカリは立ち止まった。

(あら、あんなとこにどすんと腰かけたわ。急に貧血でも起こしたかな。ちがうわ、キョロキョロあたりを見まわしている。まさか尾行に気づかれた?)

 車はノロノロした速度を変えずにそのままアカリの横を通過していった。アカリはまだすわったままだ。

(よし、ここは車を出て慎重にやるか。そうだ、翼を使って屋根づたいにつけていこう)

 今まで捜査活動に自分の翼を使ったことなどないナツミだが、なぜか急に飛びたいと思った。角を曲がり、車を大きな木の下におき、眼鏡をしっかりかけなおすと、ナツミはそのまま翼をひらいてその木の枝まで飛んだ。

(こうやって翼で飛ぶなんて訓練所のトライアスロン以来ね。うわあ、よーく見える。そうか、町の中で飛ぶとこんな感じなんだ。たまにはこれもいいものね)

 そこからはすわっているアカリの姿もよく見えた。この角度からながめると、歩行者の全員が自分自身の上空に対してはまるで無防備なのがよくわかってナツミを面白がらせた。

(あ、立ったわ。ゆっくり歩いてる。ハハ、大きなあくびをしてる。なんだ、またキョロキョロか。今度は右の細い道に入った。なんかすごろくのコマみたい)

 飛翔尾行というものが最初は愉快だったナツミだが、そのうち早くも嫌気がさしてきた。というのもアカリの歩き方があまりにふらふらしていたからだ。

(どこ行くつもりなんだ、あいつ? うーん、なんだか目的地がないみたいね。道に迷ったわけでもなさそうだし、さっきから大きい通りを避けて人通りの少ないところばかり選んで歩いてる。なんとなくこの方角はアルカディア学園みたいだけど。それなら先に寮に帰って待ってようかな。これは散歩と考えていいでしょう)

 そう判断しかけたとき事態が動いた。

(あらら? アカリの前にいきなり何人か出てきたけど、なんの集団? あっと言う間に柴咲アカリを取り囲んだわ)

 ナツミは目立たない家の屋根を選んで降下し、目をこらした。

(一、二、三……七人か。成人男子四人に成人女性三人。推定年齢二十歳代後半から三十歳代半ば、ネクタイをしめた者三人、半数がショルダーバックを肩にかけ、その中には武器が入っている可能性あり。どうするかな。保護すべきかしら)

 男が二人アカリに話しかけていた。

(見たところ礼儀ただしいし友好的だけど、変におおげさにアカリは驚いているわね? 大きな目を開けてアカリは何かまくしたてている。そうとう興奮してるわ。超指向性マイクオン、録音スタート)

 ナツミはイヤホンを耳に装着する。第一声はアカリの声だった。

「ほんとにあなたがた人間なんですか! どうせスポーツ新聞の人でしょ。またドッキリなんとかっていう企画なんだ。ボクはもうバカにされるのはイヤなんですから、ほっといて下さい」

 ナツミは首をかしげた。

(なんだ? 変な会話だな。お、今度は男がしゃべってる)

「とんでもない、我々は真剣だよ。柴咲くんを迎えに来るのが遅れたことは謝罪しよう。しかし我々が本当の人間であることは極秘にする必要があるから慎重にならざるを得ないんだ。君ならわかるだろう? 吸血鬼の奴らは人間の血のにおいに敏感だからね」

 ああ、とナツミは大きく口をあけた。

(キューケツキ! またこの言葉だ。すると人間というのはサピエスのことを言ってるのか? 急展開だわ。いいカンジ!)

「我々を見て驚くのも無理はない。初めて君の前に我々は姿を現したのだからね」

 男がそう言うとアカリが興奮したおももちで答える。

「ええ、初めてですよ! ボク以外に人間の生き残りだなんていう人に会ったのは!」

 このときナツミはグループの挙動を不審に思った。

(なんだあいつら? 全員で目くばせしあってニヤニヤして。なんだかやけにリラックスムードになったが、なぜだ?)

 リーダー格とおぼしきやせぎすの男がひとり前に進み出た。

「そうだね、君に会うのは初めてだ。ほんとに初めて。でも時間がないからここでは簡単に自己紹介しよう。正確に言うと実は我々は生き残り世代じゃない。覚醒サピエスのグループなんだ。私はサピエス決起闘争委員会関東支部長の五十嵐です。よろしく。さあ握手だよ」

 男の差し出す手をあわてたようにアカリはぎゅっと握りしめた。その握手自体はナツミにもごく自然の行為に見えた。

「よ、よろしく。あの、覚醒サピエスって?」

(そうだよ、いったい何のことだ。よもやあのネットにあった犯行声明の一団じゃないだろうね。それなら大ヒットだわ!)

 思わずナツミの大きな翼がバサリと屋根をたたく。

 男は余裕ある態度で答えた。

「うん、それについては場所を変えてゆっくりと話そう。ここではまず自己紹介だけを。彼女が関西支部長の萩原さん。こちらが……」

(次々に握手ばかりしてまるで外交使節団ね。しかしおかしいな)

 もう一度マイクを向ける手をしっかりと固定しながらナツミは考える。

(もしこれが元総理襲撃の一味ならなぜアカリと初対面みたいな挨拶してるの? 何かが不自然だわ。応援を呼ぶのはもう少し待つか)

「あの、すみません。ボクちょっと頭がフラフラしてきちゃった。もう帰っていいですか……あれ」

(おい、どうした坊や。これからキモじゃないか。しっかり聞き出せよ)

 身勝手なセリフをナツミは声に出して言った。もちろん聞こえる距離ではない。

「ほお、頭がフラフラね。そいつはいけませんなぁ、ククク」

 男はただアカリをながめている。

(どうしたんだアカリ? 今にもぶっ倒れそうじゃないか)

「ああ、もうボクだめだ……」

(あ、倒れる!)

 ナツミはつい、空中に手を伸ばしてしまった。

「気をつけえっ!」

(な、なに? 男が号令したらあの子ったら急に直立不動になっちゃって。いったいどうしたのよ)

 それはなにか人形芝居を見ているような光景だった。

 大きく不安定にあっちへグラグラこっちへグラグラしていたアカリの手足が、男の立った一言で上から糸でも引っ張られたみたいに、ピンと一本の棒にまとまったのだ。

「柴咲アカリ、私の声が聞こえるか。聞こえるなら返事をしろ」

「ハイ」

「よろしい。ではこれから萩原さんと手を組んで一緒に歩きたまえ。いいというまでずっと歩くんだ。それから笑顔を絶やさんように。いいか、わかったね」

「ハイ」

「完全だ。よく薬が効いている」

「おれたちのことすっかり忘れていやしたね。おめでたいやつだぜ」

「ムダ口をたたくな。こいつはあと一回使えればそれでいいんだ。だが今日のところは丁重に扱うんだぞ。わかってるな。よし、急いで集合場所へ行くんだ。だが車に乗せるまではゆっくりなごやかにいけよ」

 ナツミはあっけにとられて聞いていた。

(薬? そんな薬いつ投与したんだ。ちっ、見逃したぞ。DVDも回しときゃよかった)

 ナツミは空いてる手を腰のビデオカメラにやった。

「さあ萩原くん、手を貸してやれ」

 スーツ姿の女がひとり脇からアカリの腕をとって歩かせようとする。

(そうだ、車で移動だった! 見失うもんか、甘く見るなよ。追尾シールカプセル弾装填だ)

 マイクを離さないまま、ナツミの熟練した手がやたら銃身の長い拳銃を軽やかに操作する。銃のグリップ脇にあるボタンを親指の腹で押してオートマチックの弾倉を下へスライドさせると同時にすでに口にくわえていた赤いブリットを舌と親指でカチリと差し込み、膝頭で弾倉をグリップへ押し戻すときには緑がかった瞳の片方でもう照準を選んでいた。

(さて、誰のどこに撃ちこもうかな……そうだ、アカリはすでに薬づけと言ってたわよねえ。それならば彼の体がいちばん気づかれにくいはず。迷っている暇はない。照準をアカリの靴に。かかとを狙って)

 パシュッ!

「ど、どうした。ガキがひっくり返ったぞ!」

 アカリが派手にひっくりかえったのでグループは大騒ぎになった。ナツミもびっくりして銃から目を離す。

(ちょっと、なんで倒れるのよお! そうか、しまった。相手は体重の軽い子供だもの、弾丸初速をもっと低く設定すべきだったわ)

「しっかりしろ! 立てるか?」

「ハイ」

(よかった、立ったわ。ふう、追尾シールも正常に作動している)

「ぺっ、びっくりさせやがる。さあ急ぐぞ」

 そうはき捨てるように言うと今度はふたりの男たちがアカリの両脇をかかえて歩きだした。

(早く車へ戻らなきゃ。めんどくさいな、このまま車まで翼でとんじゃえ)

 夕暮れの薄闇がナツミを隠さなければ、飛翔するナツミの不気味は影は通行人にさぞや騒がれたことだろう。最近では翼で飛ぶものなどめったにいないのだから。しかもこんな市街地などでは。

 風に流れるナツミの赤い髪は、闇の黒にしっくりと溶け込んでいた。

(アカリのやつ、よっぽど強い薬を打たれたんだわ。完全に操り人形状態だもの。あの一団は素人じゃないな。応援を呼ぶタイミングはどうしよう……)

 大きく旋回しながらナツミは歩いていくグループと自分の車を同時に見ようとしていた。

(あったあった、愛しのマイカーよ。それ急げ)

 急降下すると翼をたたむひまももどかしく、ナツミは車にすべりこんで追跡システムを起動させる。

(早く起動しなさいよ、遅いんだから! よし、出た。えーと、追尾シールはまだ動きがゆっくりね。間に合った)

 だが車を発進させてからナツミはすぐに気づいた。ターゲットの座標軸がおかしい。

(ああ? ゆっくりっていうより、さっきの地点からまるっきし動いてないじゃない。なぜ? たしかに歩いていったでしょ)

 レーダー表示盤に気を取られていたナツミの車の前に影が飛び出してきた。ナツミはあわててハンドルをきる。

「きゃっ、危ない!」

(ばっ! 大勢で角から飛び出してくるなんて危ないじゃないのよ! こんなところで事故係の世話になったら警察内の笑いものよ)

 ここでナツミは自分の目を疑った。

(えっ、なんてこと? こいつら例の一団じゃないの。こっちへ歩いてきたの? おかしいよ、追尾シールの信号と五百メートルもずれている)

 このときナツミは異常な光景に気づいた。

「あっ! 靴が!」

 異常なのは確かに弾をぶちこんだはずのアカリの靴だった。それがないのだ。

(アカリのやつ、右靴を履いていない! どういうこと、まさか気づかれた? 落ち着いてナツミ、やつらはまだ車に乗ってはいないのよ!)

 遠巻きに車をとばすナツミの鷲の目が白い車に乗りこむ一団の姿をとらえた。

(お、全員であの白いバンにのりこんだわ。ラッキー、間に合ったあ。とんでもないドジを踏むとこだったよ~。はん、もう逃さないからね!)

 適当な距離を保ちつつ、ナツミの青い車は白いライトバンについていく。

(大通りへ出て、駅と反対方向か。じゃ首都高速にはのらないつもりかな。次は左、もう一回左か。住宅街に入ったわね。れれ? もう止まる気?)

 目標の車があっさり止まったのでナツミは自然なスピードでそれを追い越し、すぐ先の角を曲がったとこで停めた。ナツミの車の後部から潜望鏡のような細いパイプが角のところまで伸びていく。

(よく見えるわ。あの家へ入るつもりかしら。あ、門が開いたわ。玄関の表札をズームアップ………花笠四の二の九 中村猛、か)

 ナツミはその住所を携帯に入力する。

(出たわ。中村畜産興業社長自宅だ)

 携帯の青い光がナツミの顔の精悍な美しさを照らし出す。

(会社概要はと……ははあーん、サピエス取引高が業界第二位の大手、ウシのブローカーか。ふーん。妻なし、娘一人息子一人で、娘はアルカディア東京歌劇団付属学園高等部一年生? ああ、ひょっとするとあの教室でアカリにつっかかっていた中村って子かしら。おやおや、とんだオマケつきね)

 記憶力の鋭いナツミの頭はここで急遽「ひとり作戦会議」を始めた。

(選択肢は三つだけ。

 応援を呼ぶべきか。

 まず張り込むか。

 それとも単独で忍び込みか)

 そう独り言をいいながらもナツミの両腕はもう何か機材の箱を開けていた。

(アカリは十中八九催眠状態だけど外見上は自由意志でここへ来たから、この段階では応援依頼しにくいわね。じゃ張り込む? そんなにのんびり待ってる状態かしら。今は早急に情報収集したいよね。OK、忍び込みに決まり。作戦会議は終了)

 ナツミの腰にはすでに単独潜入用キットが巻きつけられている。

(そうそう。忍び込みの前にはまずセキュリティーシステム・チェッカー・オン。いちおう決まりだからね)

 車のスピードメーターの横にあるテロ対策室特製のデジタル表示盤に次々と青白い英数字が並んでいく。

(ふーん、システムはどれも民間警備会社のものだけね。これなら荷物は軽くてすむわ。これとこれを肩とふくらはぎにつけて。うん、これでいいわ。あっとそうだ、これは置いてかなくちゃね)

 ナツミは眼鏡をダッシュボードへ放り込む。どうせファッションなので影響はないのだ。 

 翼まですっぽり包んだ黒いウエットスーツのようないでたちでナツミは車を抜け出す。すでに把握ずみのセンサーの死角を縫ってワイヤーで壁を登り赤外線スコープで庭と建物をチェックする。

(庭に番犬はなし。不用心ね。夕食準備の時間だからかな、窓も結構開いてるわ、助かり。じゃあそこからお邪魔しますか)

 中村邸は三階建ての退屈なコンクリート造りの家だが横幅はかなりある。ナツミはなるべく部屋の明かりから遠い窓を選んですべりこんだ。

(せーの、よっと。ふふ、廊下は絨毯だらけね。足音が静かでいいわ)

 ナツミはさっそく二階の大広間とおぼしき部屋をめざした。熱センサーでそこには相当人数の熱量が観測されていたからだ。あのグループはまず間違いなくこの部屋にいる。

(でもアカリがそこにいるとは限らないよなあ。さあて、ここまでは家屋の大きさが味方してくれたけど今からは逆よ。部屋数が多いからアカリを探すの面倒。追尾シールが足に貼ってあればなあ)

 やつらと一緒にアカリがいてくれることを祈りつつナツミは部屋にたどりついた。

(う、誰かいる。見張りかしら?)

 人影がふたつ、その部屋の閉じたドアの前に立っている。

「ねえちゃん、また立ち聞きなの?」

「静かに良次! 姉さんの知ってる人が来てるみたいなのよ。だから立ち聞きなんかじゃないわよ」

 子どもの声だったのでナツミは拍子抜けした。

「そんなの理屈になってないじゃん。じゃあ堂々と中に入れば」

「だから、正式に呼ばれるのをここでまってるところなのよ。わかった?」

 女の子のほうはなんとなく聞き覚えがあった。

(ははあん、中村姉弟か)

 暗視グラスを使うまでもなく廊下の明かりでナツミは難なく確認できた。

(あの娘、うらやましいくらいの髪の毛の量じゃないの。やっぱりあの中村って子だわ。するとアカリはこの部屋にいるのね。サンキュ、おかげで手間が省けたよ。そうと決まれば天井裏へお引っ越し、と)

 ナツミは黒塗りの防塵マスクをつけてあっという間に廊下の天井の一隅をくり抜きヤモリのようにそこへもぐりこんだ。

 何の気配も感じなかった中村きょうだいはドア前の論争を続けている。

「ぼく、中に入って父さんに頼んできてあげようか。いててててて。腕つねんなよ」

「いいから良次は部屋にもどんなさい。姉さんはね、あさってからのスクーリングのことでお客さんと打ち合わせするんだから。早く部屋にいかないんなら、もう夏休みの宿題は手伝ってあげないからね」

「あーん、わかったあ。行くよー」

 天井裏の真ん中ではナツミがお店を広げていた。

(けっこう広くて動きやすいな。まずは集音マイク増幅装置設置かな)

 かなり大き目のレシーバーがナツミの頭部をアーチ状におおう。

(まずまず感度良好ね)

 続いて天井板に密着した熱センサーがモニターに情報をたたきだす。

(へえ、かなり大勢いるなあ。二十人くらいいるんじゃないかしら。しかしおもに話してるのは年配の男性ふたりだわ)

 今のところこれがナツミの「目と耳」の限界だ。

(アカリもほんとにここにいるんだろうね、たのむよ)

「どうです中村さん、思った通りの反響でしょう。いや想像以上のできと言っていい。世間は今やこの話題で持ちきりだ。だからわたしにお任せなさい」

 かなりの年齢を感じさせるかすれた声がナツミの耳に響いてきた。おそらく男性だろう。

 それに続いて聞こえてきた中年男性の声には強いストレスがにじんでいた。

「しかし……こんなやり方をするなんて。ただウシの群れに犬でもけしかけて牧場内を何度か暴走させるだけだとあんたが言うから私も話に乗ったんですよ。ちょっと中田元総理を脅かす真似をするだけだって言ったじゃないか。それが人を何人も殺すなんて。それもあんなおぞましい方法で」

 ビンゴビンゴとつぶやきながら、ナツミの唇がうれしそうな曲線を描く。

 フェフェフェフェ、とかすれた笑い声がイヤホンに届いたのでナツミは笑みを消した。

「だから効果あるんじゃろう。いまさら弱気になるなんて中村さんらしくもない」

(若いほうが中村氏か。もう一人のじいさんは誰かな? アカリの声はしないな)

「そんな子をまた連れてきて、もう一度中田元総理を脅かすのかね。まあ中田はあんたのお得意様だしうちのライバル山崎商事の大株主なんだから脅かすくらいはかまわんが」

(うん、アカリはいるみたいね。ところで山崎商事とはなにかな)

 携帯の光が天井裏にナツミの影を広げる。検索は簡単だった。

(やはりウシか。ウシ取扱業界中ナンバーワンの大手だわ。中村の商売敵か)

「いや、中田はもういいでしょう。明日は憎しも憎しの山崎商事の牧場全部が大騒ぎになる。特に東京牧場にはテレビ中継を入れる手はずですわい。WHO視察団長のミイラ死体はぜひともアップで撮らんことには迫力にかけますからな」

(なんだと?)

 死体という単語に条件反射してナツミは腰のホルスターをさぐったが今は拳銃のかわりにライトがそこにおさまっていた。突入に来たのではない。今は探索中なのだ。ナツミは自分の血の気の多さに苦笑する。

「いったい何の冗談だ。そんな話きいてない!」

 若いほうの声、つまり中村が語気を強めて老人にくってかかりだした。

「それにあした東京牧場に入るのはウシインフルエンザ調査のWHOアジア地域視察団ですぞ。しかも団長はWHO理事長が直々に勤めるんでしょう。それを殺すつもりなのか。また血を抜いて? やめてくれ! そんな事したら世界中が大騒ぎになるぞ! これはもう買収合戦の域を越えとる。私はもうついていけん」

 ナツミは優雅な蛾の触角のように薄い眉をひそめた。

(え、買収合戦? 政治テロの相談じゃないの?)

 フェフェ、と薄笑いのような雑音のあとにかすれた声が余裕ある口調で話す。

「もう遅い。もう戻れんのじゃよ、中村さん。おまえさん、商売でずっと煮え湯を飲まされてきた山崎商事をつぶして業界トップになりたいんでしょうが。男は勝負せにゃあかん時が一生に一度あるというじゃろ。今がそのときですぞ」

「だがやり方がキツすぎる。ウシの暴走に見せかけてWHO理事長を殺したりしたらそれこそウシの信用はゼロ。取引ストップになってしまう」

「それが狙いでしょうが。ウシパニックを起こしてウシ取引業界は業界トップの山﨑商事や業界第二位のおまえさんの会社も含めて致命的打撃を受ける。しかしお前さんとこの株式はすでにうちが取得済みやからおたくの損害はない。すべて予定通りじゃないかね」

「あくまでも一時的な取引停止が当初の目的ですよ。その間に山崎商事が倒産すればそれでいいんだ。取引停止期間が短くても、莫大な冒険的投資で事業拡大したばかりの山崎は必ずつぶれる。ウシの市場が混乱したスキに三波さん、あなたがブタを売り込んで利益をあげる」

(やっと名前が出た! ミナミ、そしてブタ!)

 食用ブタ血液取引会社最大手ミナミP&Pカンパニー会長三波新蔵、という文字がナツミの携帯に踊る。

「サピエスの遺伝子構成にいちばんに似とるのはブタじゃからの。ウシがだめなときはブタが代用品というのは昔から決まっとる」

「事態が一息ついたところで三波さんと私の会社が正式に合併してウシとブタの両市場を支配する。そういうせっかくのシナリオじゃないですか」

「ヒヒヒ、わしのかわいいブタがやってくれるよ。心配しなさんな」

「ですから! 事態の混乱は短期間で十分なんです! それを、もしも衆人環視の中でWHO理事長に手を出したりしたら国際問題だ。我々が事態をコントロールできなくなってしまう。目的はあくまで業界支配でしょう!」

(それが目的? こんなことが今回のテロの原因?)

 ナツミの手に汗がにじむ。

「WHOの件も心配ない。目撃者などおらん。視察団は皆殺しにする。死人から情報が漏れることはないわ」

「やめてくれ! 私は殺しになど加担したくない!」

「もう遅いといったじゃろう! まあ聞きなさい。あした全国の山崎牧場でウシどもが大暴走する。東京牧場の暴走は特にひどくてWHO視察団はあっと言う間に全滅。そこへこの子が現れてテレビの前で声明文を読みあげる。サピエスの文明は復活し、ウシが新しい地球の王座に就く、とな」

「その子はすぐに捕まるぞ。いくら薬で操っても電子機器で尋問されたらイチコロだ。我々のことをぺらぺらとしゃべってしまうじゃないか。無茶な計画だ。もうやめてくれ」

「ふぇふぇふぇ、この子は捕まったりはせんよ。さあ柴咲くん、こっちへ来なさい」

「ハイ」

(よし。アカリの所在を確認。しかしこの件、ボスにどう報告すべきかしら? ブタのテロ、かな)

「右手で水の入ったコップを持って。そうそう。左手でこのカプセルを口に入れて。よし、飲みなさい」

「ハイ」

 しまった、すきをつかれた! とナツミはくちびるをかんだ。

(何か飲ませた? たのむ、ただの水であってくれよお!)

「それはなんの儀式です。何を飲んだんです」

「これでこの子は捕まらん。よしんば捕まったとしてもそのころはもう口がきけん」

「え?」

「何十時間も経ってから溶けるカプセルがあることは中村さんも知っておるじゃろう」

「毒を飲ませたのか!」

(ナツミのバカバカバカ! どうして傍観した!)

 ナツミの両こぶしが超速度でひざをたたきまくる。

「この子をごらんなさい。どうじゃ、この落ち着いたこと。中村さん、この子を見習ってあんたも腹を決めなさい。うん? なんじゃこの騒がしい音は。おい、見てこい」

 ナツミは顔をあげた。

(誰だろう、ドアをバンバン叩きまくっている)

「エリカ! エリカじゃないか。どうした」

 中村の声だ。

(あ、そうか忘れてた。中村の娘だっけ。落ち着けナツミ。アカリが服用したのは遅効性の薬物だ。対処の時間は十分ある。リサーチ続行だ)

 中村エリカが叫ぶように話している。

「パパ、今この人に何したの? 彼うちのクラスの先生なのよ。わかってるの?」

 中村はパパの顔に戻り、娘の抗議にふだんどおり威厳なく答える。

「な、なにィ? この子がエリカの先生?」

 そこへかすれ声の三波が割って入った。

「ほほお、中村さんにはこんなお嬢さんがいらっしゃいましたか。かわいい娘さんですのう。なぁ、おまえもそう思うだろ? ロボットのガキ」

「ハイ」

「ドアのかげでみんな聞いていたのかね。しかしいまのお話はお嬢さんには難しすぎたじゃろう?」

 言葉遣いは丁寧でも声にはずしりと凄みがこもっている。

「わ、わたしは父の跡を継いで中村家と中村の企業体を継ぐ身です。あんな話くらい十分わかります」

「わかるとな? ほほお、それは困りましたなあ。おい、ロボットめ、お前は本当にこんな賢いお嬢さんの先生なのか?」

「ハイ」

「ふん」

「ボク」

「ん? ロボットめ、何か言いたいのか。え? なんじゃい、手招きなぞしおって。ん? 耳を貸せだと、偉そうに。とっととしゃべれ。……ええっ! 本当か。……そうか、なるほどな、よしよし」

 急に話がみえなくなってナツミはいらついた。

(アカリが三波に何か話してるのか。ええい、声が小さすぎる)

 マイクの集音目盛りを極大にしてもらちがあかないので、アカリの真上まで移動しようとナツミは準備を始めた。

(それにしても中村の娘が出てきたのはまずいな。身に危険が及ぶぞ。どうする?)

 ナツミの背中が繊細に何かをキャッチする。

(ハッ! 後ろに誰かいる?)

「動くな!」

 粗野な男の野太い声が響く。

「へえ、ほんとにこんなところにネズミがいるとはな! いっとくがな、下からも大口径の火器でお前を狙ってるぞ。へへ、ワルサーP99だ。えーと、レーザー付きだ。はずしっこねえ。どうだ、びびったか」

 手をあげながらナツミは冷たく言う。

「ヴァルター・ポリツァイピストール・ノインウントノインッチヒ。レーザーディヴァイス社製のレーザーサイト付き。どうせハーフに切ってあるんだろ? それならば射撃手の腕によっては的がおおはずれするわよ、けっこう反動あるんだから。それにあなたのはスミスアンドウエッスン・エム3913ね。女性向き護身用拳銃、レディスミスか。ふっ」

 その中年男は隣の若い男と顔を見合わせる。

「な、なに偉そうに! いいから身につけてるオモチャを一切合切そこへ置くんだ。早くしろ! よーし、下へ降りるんだ」

(ふ、プロって感じじゃないわね。でも装備は一流か)

 ひっぱられるままに身を任せながらほくそ笑んでいたナツミだが、そう笑ってばかりもいられない。

(それよりなぜだ? なぜわたしがここにいるとわかった? こんなうすらボケどもに気取られるはずがないのに。ああん、録音スティックも取られちゃう)

 ふたりの男に両腕をねじられてナツミは大広間に降りてきた。

「会長、この女きっちり録音していました。ほかに仲間はいないようですが、警察かもしれませんぜ」

 ナツミはようやく声の主たちを目視できた。これはこれで貴重な情報収集だ。

「そのヘンテコなマスクをはずしてみろ。おほっ、こんな美人は警察にはおらんだろう」

 だが同時に向こうにも自分の姿が見られるわけだ。これはゾッとしないな、とナツミは顔をしかめた。

「それにたとえ警察であってもわしらには手を出せんのだよ、ふふん。録音はすぐに燃やせ」

 この大口をたたくのが三波だな。ナツミは観察する。

 すっかりはげあがった頭だけがツルツル光っているが顔も体もブヨブヨの三波は、ブタというよりもすっかりくたびれた古ゴムタイヤを思わせた。背は異常に低く、目は真っ赤に充血しすぎていて瞳の位置が確認できない。出来の悪いアメリカンコミック製悪役のように太いバハマ葉巻をくわえている。ふぇふぇという空気漏れの笑いの正体がわかってナツミはへんにホッとした。脚が悪いのか車椅子にすわっている。

 そこから距離を置いて立つ紳士がいたが、おそらくそれが中村だ。アルマーニのスーツをスリムに着こなす端正な立ち姿だが、その視線がおびえるようにキョロキョロしていることがナツミにとっては減点対象だった。彼女の好みは強い男なのだ。

 その背中からのぞくようにナツミをのぞきこんでいる少女の髪の毛の豊かなこと。やはり昼間の教室で見たクラス委員の中村エリカだ。ぼうっと立っているアカリをかばうように立っている。しかし制服姿ではなくフリフリのお嬢さまドレスを着込こみ愛らしいパンプスをはいた彼女は昼間よりずっとかわいらしく見える。

 その後ろには例のグループが固まっていた。それと正反対の位置にはずっとガラの悪い数人の男たちが武器を手にして三波を囲んでいる。だがこわもての彼らも血なまぐさい国際テロの現場にいりびたるナツミにしてみれば幼稚園児のようにのほほんとして見えた。

(おかしいな。この中にはプロがいるようには見えないのに)

 ナツミは探るように大広間を見渡す。

 豪華なシャンデリア、壁面を埋め尽くすしゃれた絵画。華美な壁紙。磨き上げられた床板。散在するロココ風のテーブル。明らかに舞踏会を意識した造りだ。

(部屋にも特殊な装置は見当たらない。じゃあ、いったいどうしてわたしに気づいた?)

「おい、このガキにあのカプセルを飲ませたのはちょっとおしかったかのう。こやつはネズミ捕りの名人かも知れんのに。ほんによう教えてくれたのう。天井裏までは気がまわらんかったわ。ふぇふぇふぇふぇ」

 古タイヤの腹をブワブワゆらしながら三波はアカリを見つめている。

(アカリが教えたっていうの? まさかそんな、バカげてる。でも……)

 ナツミはさっきのアカリのヒソヒソ話を思い出していた。

「おいおい美人さん、どうしたね。そんなとこにヘナヘナと座りこんだりして。やっぱり女性には向かん仕事じゃよ。無理しなさんな。これお前たち、見てばかりいないでそこの椅子に座らせてあげんか。それから丁重に縛ってな。あとでゆっくりと調べよう。まずはこちらの話が先じゃて」

 しゃがむふりをしてナツミは全員の脚の向きをチェックしていた。誰がどの方向へとっさに動けるかを知るためだ。すぐに行動を起こすつもりだった。ナツミはじっとしているのが耐えられない性質なのだ。

(それに外の車を調べられたらまずい。引き上げるのは早いほうがいいわ。ドアは一つ、窓が二つか。右手の窓へ向いてる足はゼロだわ。あの厚手のカーテンは使えそうね)

「立てるかね? しばらくそこにゆっくりと座ってなさい。おわっ?」

 後転一回でピョンと立ち上がったのもつかの間、目にもとまらぬ側転と後転を繰り返しナツミは猛烈な勢いで部屋を横切ってゆく。

「な、なにしとる。早く取り押さえんか! 窓の方へ行く、窓をかためろ! バカモノ、遅い。窓から出ちまったぞ。追うんだ! 早く庭へ行け!」

 わずか数秒でナツミは部屋を脱出した。発砲はおろか狙いをつけることが出来た者さえいなかった。

(ふふ、やっぱりプロはいなかったわ。楽勝ね)

 しばらくすると男たちが騒ぎながら庭へ散っていくのが俯瞰できた。

(庭へ行ってもムダよ。わたしは上の階へ行かせてもらうわ。部屋数が多い家だと脱出が楽なのよね。でもいずれにせよ車には早く戻らないと。高い部屋からいっきに車へ降下してやるわ)

 車の位置まで一直線にワイヤーを張れる部屋を見定めるとナツミは壁を移動した。

(うん、この部屋でいいか)

 音もなく床へ降り立つナツミ。部屋は闇の中に眠っている。

(しかしまいったな。まさかアカリに邪魔されるとは。ハッ?)

 部屋に誰かいる! ナツミは全身でそれを感じた。

「誰なの、出てきなさい!」

「ハイ」

「きみは……」

 それはアカリだった。ナツミはペンライトを最小出力にして彼の顔に向けた。

(なんだってアカリがここにいるわけ?)

 見ればアカリの瞳はまるっきり焦点が合ってない。頭も左右にグラグラゆれている。

(薬というより夢遊病? それでここまで歩いてきちゃった?)

 やれやれというようにナツミは立ち上がり、アカリの頭に片手をのせた。

「きみアカリくんよね。ひとりなの?」

「ハイ」

「そうか、君も逃げてきたんだ?」

「ハイ」

「ほんと? まさかちがうよね」

「ハイ」

「えーと、ここがどこだかわかる? ここ東京ドームだよ」

「ハイ」

 こりゃどうしようもないな、とナツミはため息をつく。

 とんだお荷物ができてしまった。これでは降下作戦はキャンセルだ。

「ちょっとここで待ってて」

「ハイ」

 ナツミは背中ごしにドア脇の壁にへばりつく。そっとドアをあける。

(廊下は暗いし誰もいない。それはいいけど、庭のほうではみんながわたしを探しているし、この子を連れてどうしたら……うがっ!)

 首すじに激痛が走り目の前が真っ白になる。

 それでもなんとかナツミは両腕で顔面が床に激突するのを防いだ。

「げほ、げほげほげほ! い、痛いじゃないの! いきなり後ろから首をきつく叩くなんてどういうつもり? 非常用酸素チューブがスーツのえりに縫いこまれてなきゃ失神するところよ。なぜこんなイタズラするの。答えなさい!」

「さすがですね」

 アカリが唇の端をクイと上げて笑っている。いや、目は笑っていない。それにその目は完全に焦点があっている!

 ナツミは背筋がぞくりとした。

(な、なんなのよ、こいつのこの気配は? まわりの空気までがピンッと張りつめる。まるでスキのない構え。アカリってプロのテロリストなの?)

 すばやくナツミは有利な場所へ移動しようとしたが、そんな空間など残されていないことに気づいた。すでに部屋の隅に追いつめられている。こいつ相当なヤツだ。

(そうか、そういう可能性だってないわけじゃない。それが襲撃の実行犯に選ばれた理由だとしたら)

 ナツミはナイフを隠したままその刃に毒を塗ろうとした。しかし腕にも痛みが走る。

(いたた! 右肩を痛めたかも。まずいな、こんな手ごわそうな相手に先手をとられた。しかもドアの前に立たれてる)

 格闘をあきらめてナツミは脱出路をサーチする。

 幸いアカリはひとり。反対側の窓なら行ける。

 そうナツミは判断し迅速に行動に移った。

(窓を破って車まで一直線だ。今日の任務は完了よ。バーイ)

「おっと、それは困ります」

 なぜかアカリの声は前から聞こえた。

(え! どうして窓の前にもアカリがいるのよ! まさか飛んできた?)

 逆光の月明かりが大きな翼のシルエットを浮かび上がらせる。

(ああ、翼が! どうしてサピエスのアカリに翼があるのよ? アカリがサピエスという情報は誤っている? くそっ、窓がふさがれたとあってはやはりドアから出るしかない。わたしも翼で飛んでやる。それっ!)

 ナイフでウエットスーツの背中に切り込みを入れたナツミは思いっきり翼を伸ばした。おかげで胸があらわになりかける。Dカップの胸をこのときばかりは自分で恨めしく思うナツミだが背に腹はかえられない。対峙してはまずい相手なのだ。飛べ!

 ヒュルルン!

 何かが空を切る音が耳をよぎったと思ったら、唐突にナツミは床に激突した。

 ドスン。

 ナツミが右足だけ後ろに伸ばしきった不自然なかっこうで床にころがる。

(いたたたた、足首が痛い! 何かが巻きついてきた?)

 片手で胸に残りの布をあてがいながらナツミは足首をチェックする。

(ああっ! こ、これはカーボンかピアノ線が中に仕込んである暗殺用の極細ロープ!)

 見ればアカリがその糸を両手でたぐっている。

「目には目を、かかとにはかかとを。さっき外で撃たれたときは僕も痛かったですよ」

 アカリが何を言っているのかわからない。ナツミはただ自分のかかとだけを心配していた。

(証拠のテープだけは残さないと! それが入っている右のかかとだけはいじらせるものか! ふん、かわいそうだけど膝を折らせてもらうよ。さあ、もっと近づけ)

 ナツミは不敵な笑みを浮かべる。絶対の自信を持った不敗の技が、いま炸裂するのだ。

「はっ!」

 目にもとまらぬ一撃が部屋の空気を切り裂く。しかしそこには誰もいなかった。

(バカな、わたしのローキックがかわされた?)

「あう!」

 次の瞬間ナツミは苦悶の表情を浮かべていた。

(す、水月にきれいに一発もらっちゃった。なんで? うう……あ、こら、かかとに触るな……うう……)

「ICレコーダーですか。やはりここにも録音していたんですね。すみませんがさっきの録音があるとまずいんです」

 小さい銀色の何かがアカリの手のひらの中にかくれた。

 ナツミは自分の胸もとのことも忘れ両手をレコーダーのほうに伸ばそうとあえいだ。

(うう……かかとのかくし場所を知ってるなんて、こいつほんとにアカリ?……ああ、わたしの意識はどこへ……ここは闇の中……? そうだ……)

 そうだ、寝る前にはファッショングラスをはずさなきゃ。当の眼鏡はそのころ追っ手たちに車の中でかきまわされているとも知らず、こんなことを思いながらナツミは床に沈んでいった。



   ♯ 10


「どうしよう? 江奈のおじさんがいないのにいいのかなあ」

「アカリさん、どうしましょう。こんなふうではアヤメ困ってしまいます」

 江奈裕一郎がアカリに変装して出かけた後、アカリ本人はアヤメ、ムクゲ、マクラの三人といっしょにこの家でおとなしく留守番をしている、はずだった。

 それなのに江奈邸はいま大騒ぎだった。

 アカリたち四人の目の前ではつぎつぎとピカピカの機材が運びこまれ、それが何人もの技術者たちの手でどんどん組み立てられていく。その技術者の群れの合間をぬって、刑事さんやらおまわりさんやら婦警さんやらがあわただしく行き来しているのだ。

「あああ、大切なバルコニーまで! わたくし、おじさまに怒られてしまいますわ。お留守番のひとつも満足にできない子。きっと、いらん子にされてしまいます!」

 アヤメは取り乱していた。

 二階のこの大広間には屋敷のシンボルともいうべき莫大な時価総額の芸術装飾がほどこされたバルコニーが庭に向かって飛び出しているのだが、そこに特大のパラボラアンテナが乱暴にすえつけられたのだ。技術者たちはアヤメの心配をよそに勝手に星空に照準を合わせている。

 そのバルコニーから前庭を見おろせば、何台ものパトカーに混じって無数のアンテナを突き出したワゴン車が二台駐車している。ちょっと見ると放送局かどこかの車みたいだが車の側面には〝東京警視庁〟と黒く書かれてある。

 アヤメはバルコニーと部屋の中を行ったり来たり、かわいそうなくらいオロオロしている。

「ちょっと落ち着いて? うーん、なんとか江奈のおじさんに連絡とれないかな」

 こう言ってなだめるアカリのほうにも向かずに、アヤメは部屋のあちことをキョロキョロ見回しながら答える。その目からは今にも涙が落ちそうだ。

「無理ですわ。グスン。携帯も置いていきましたし、どこへいったかわかりませんもの。十一時に必ず連絡すると言っていましたけれども、やはり待つしかないのでしょうか」

 その頼りなげなアヤメの肩を、バシンと勢いよくたたく者があった。

 ニコニコ顔の如月ムクゲだ。

「なーに二人ともイチびってんだ。別にいいじゃん。あの人たちみんなエロおやじのお友だちなんだろ?」

「あ、ムクゲちゃん。それはそうですけれど、でも急に来るなんて」

 恨みがましくそう言うアヤメに今度は二階堂マクラがこたえる。

「わたしはかえって心強いわ。正直言って江奈さんの留守中に変な人でも来たら怖いなって思ってたんだ、へへ。でもこれだけ警察の人がいてくれればもう怖いものなしだし。それにみんなカッコイイもんなぁ」

 待ってましたとばかり、ムクゲがあいづちをうつ。

「そうだろう? な、ほら、ピストル持ってる人が多いでしょ。おお、あいつなんてスゲえの担いでるじゃん。ほええ、何種類もあるぜ。まるでニュールンベルグの銃器国際見本市って感じぃ。あ、ねえねえ、こっちへ歩いてくる人が警視総監? さすがにいい翼を背負ってるよなぁ。エロおやじといい勝負だわ」

 軍隊行進のように翼をそろえたごっつい私服刑事たちに囲まれて歩いてくる白髪まじりの初老男性。やせてはいるが骨格はしっかりしている。特に翼は細身ながらも気迫のようなものを発しており周囲を威圧していた。

「あれ? あの人ってきのうボクがお昼をいっしょに食べた里見警視総監だよね? 制服着るとちょっと感じ変わるなあ」

 アカリは少し気後れした。

 しかしムクゲは大はしゃぎ。後ろからアカリの両肩を気安くつかんで彼の耳の横から顔を突き出しながら警視総監を観察している。

「へえ、ロマンスグレー。ちょっとイケてない? アカリくん、オレにも総監を紹介してよ」

 いかつい表情でにらみをきかせていた里見総監が突然パッと笑顔になった。

 アカリを見つけたのだ。

「おお柴咲くん! きのうはどうも!」

 笑う顔がとても人なつっこくて、この笑顔だけ見ているとまるで町のパン屋のおじさんって感じの人なんだよな、とアカリはほっとした。きのう渋谷で見た里見と同じ表情を確認できたからだ。

(お昼ご飯の時も愉快な話ばかりして何度もボクを笑わせてくれたし、なんとなくボクはこの人が好きなんだ)

 アカリはそう思いながら挨拶をかえす。

「こんばんは。きのうはごちそうさまでした」

 それを聞き里見総監はなぜか、ちっと言うように軽く顔をしかめた。きっとレストランでの注文失敗を思い出させてしまったんだな、しまったとアカリは考えどぎまぎした。

「十一時まで江奈とは連絡がとれないんだって?」

「ええ。す、すみません」

「いや、こっちこそ急ですまない。せめてきみがいてくれて大助かりだよ、柴咲くん!」

 里見総監がまた柔らかい笑顔に戻ったのでアカリは胸をなでおろした。

「ところで、ええと、こちらのお嬢さんがたは?」

 にこやかな笑みを絶やさないながらも少しいぶかしげな目つきでアヤメを見ながら里見総監がたずねる。

 ただでさえ取り乱しているアヤメに警視総監からの質問では彼女がかわいそうだ、ボクがかわりに応対しなくちゃ。そうアカリが考えたときだった。

「はじめまして。わたくし赤城小路アヤメと申します。いつも叔父の江奈がお世話になっております」

 凛とした声が響き渡り、大広間にいる全員が作業の手を止めてアヤメのほうをふり返った。

 彼女の変わりようにアカリはびっくりした。

「ああ、きみがアヤメさんですか。するとこちらのお二人は」

 短髪の頭をキュートにぼりぼりかきながらムクゲが進み出る。

「あ、えーと、オレ如月ムクゲっす。アルカディア東京歌劇団付属高校でアヤメちゃんと同じクラスの」

 行儀よく両手をきちんとスカートの前に合わせたマクラがムクゲの隣に並ぶ。

「わたし二階堂マクラ、右に同じ、です。へへ」

 ここでいつものようにアヤメの声が「はい、にい、さん」とひそやかに音頭とりをする。

「よろしくお願いしまーす!」

 三人娘の声がきれいにそろって里見総監は思わず拍手しそうなポーズをとった。

「そうですか。きみたち噂のゴールデンアップルズだね。お目にかかれて光栄だ。こちらこそよろしく」

 満面に笑みをたたえた里見総監は身を乗り出して握手の片手を差し出した。しかし少女たちは眉間にしわをよせて顔を見合わせ、くちぐちに言った。

「ゴールデンアップルズって? なに?」

 里見総監の手は行き場をなくしてさまよった。 

「え? きみたち三人のグループ名でしょ? 江奈はいつもそう呼んでいるけど」

 両のほっぺをぷう、とふくらませたムクゲが爆発する。

「あのエロおやじめ! なーにスケベったらしいネーミングしてんだ! センスないし、オヤジギャグなんだから、まったく。オレたち、変な誤解されちゃうじゃん!」

「アヤメちゃん、わたしこんなふうに呼ばれたくなーい」

「そうですわねマクラちゃん。わたくしもこれはちょっと……。おしおきですね、おじさま」

「そうだ! ギルティ! デス・バイ・ハンギング、じゃなくてハイキング! ねえ、ハイキングおごらせちゃおうぜ? エロおやじにさ」

「ムクゲちゃんのほうがオヤジギャグっぽいですわね」

 とまらない三人の前で里見総監の片手はまだ未練がましくあがったりさがったりしていた。

「あの、里見さん」

 アカリが話しかけたのでようやくその手が止まる。

「うん? なんだい柴咲くん」

「ここにいらっしゃる直前、て言うか玄関からいただいたお電話では人工衛星の件ということでしたけど、それってきのうお昼にお話が出たあれですか」

 里見総監はアカリの正面を向いた。

「うん、そうなんだ。予想外の事態が起きて急ぎ対応しなくてはいけないんだが、本庁で目立つことをしたくないんだ。サツまわりの新聞記者たちが本庁に二十四時間つめているのがうるさくてね。そこで連絡もせずに江奈のところへ出発してしまったんだが留守とはなあ。十一時までか……うーん」

 里見が思案顔で腕を組む。その姿は制服の警察官というよりどこかの国の将軍のようだ、とアカリは感じた。

「するとボクたちはお邪魔ですよね。他の部屋に行ってましょうか。さ、みんな」

 アカリは早くもアヤメたちをまとめにかかっていた。

 ところがそれを里見総監が止めに入った。

「おいおい、なに言っとるんだ。きみと江奈が主役じゃないか。ここにいてもらわにゃ困るよ」

 里見が後ろからアカリの肩に手をかけて自分のほうに向かせたのでアカリは驚いた。

「ボ、ボクも主役?」

「なんだ、江奈から聞いとらんのかね。きみはこの件の特別顧問ではないか」

「特別顧問! ええっ?」

 さらに驚くアカリのまわりを三人の美少女が目をキラキラさせながら取り囲む。

「うん、そうか、まだ三週間ほど先になる予定だったから江奈も後でゆっくりきみに話すつもりだったんだろう。よろしい、本官から話しましょう」

 里見総監はみなをソファのほうへ連れていき着席をうながした。

 アカリがすわると両端に少女たちがギュッと詰めてすわったので、そこは一瞬ハーレムみたいな華やかさを放った。これには里見総監もボディガードたちもつい眉毛をあげて見つめてしまった。

「えー、ゴホン! つまり要点はですな、いずれ大気圏に突入してくる予定のあの人工衛星には人間が乗っておるらしいのです」

 意外なことに、ここでアヤメが手をあげた。それは教室で先生に質問をする生徒みたいな挙手の仕方だった。

「あのう、わたくしの口から差し出がましいようですけれども」

 里見総監の顔に笑顔が戻った。アカリの「待遇」に気分を害しかけていた里見総監だが、とびきり美しいアヤメに質問されたことで少し機嫌が直ったようだった。

「どうぞどうぞアヤメさん、おほん。本官の前では遠慮無用に願います」

 警視総監は丁重に敬礼までしてみせた。それをムクゲが口をとんがらせて見ていたが、アヤメは気にせず続けた。

「ありがとうございます。そのう、えーと、質問ですけれど、その衛星は有人タイプではないのですか?」

「ええ、有人型衛星です」

「あのう、それならば人が乗っているからといって、どうしてそれが問題に?」

「うーん、なるほどね」

 立ったままの里見総監は握りこぶしを口にあて、空いてるほうの手を腰の後ろにやり、その場で少しぐるぐる回って歩いていた。何かを言いよどんでいるようだったが、やがて意を決したように話し始めた。

「……あなたがた三人は柴咲くんが人間ではなくてサピエス種だということを知っておられるのかな?」

 ピョンと元気よくソファから跳ね起きてムクゲが次のように言った。

「もちろんっすよ。アカリくんは今日からオレっちの先生になったんすから」

「そうだった。きのうそれを許可したのは本官じゃった。失敬」

「でもそれが人工衛星と何か関係あるんすか?」

 里見総監はムクゲのこの屈託のない話し方に感心していた。度胸がある女性だとも思ったが、それよりも孫娘のような可愛さを感じたのだ。

「うん、さっき要点といったのはね、PRーXの人間というのが、何と言うか、つまり」

「PRーXって?」

 図に乗ってムクゲはだんだん遠慮がなくなっていく。こうなるとこの子は勢いがとまらない。

「そうじゃった、ごめんごめん。いや実はね、あの人工衛星はどうやらPR―Xという名前らしいのだよ。乗組員がそう名乗っとるんじゃ。だから我々もそう呼んでおる。ところがその乗組員というのが本当に人間なのかどうか疑わしくてね」

「え! じゃ宇宙人! オレ、けっこうSF好きなんだ」

 ムクゲの目がメラメラと燃えたので里見総監は一歩しりぞいた。

「あ、いや、そうじゃないんだよ。日本語もしゃべるし地球のこともほぼ正確に知っておる。ただ何と言うかな、早い話が彼らはサピエスらしいんだ」

 今度はアカリがすごい勢いで立ち上がった。

「サ、サピエス! じゃ他にもまだ」

 アカリはここで口を閉じた。この数か月の経験が彼に沈黙の価値を教えたのだ。以前のアカリなら次のように叫んで周囲のひんしゅくを買ったことだろう。つまり、(他にもまだ人間がいるの? あのいかにもニセモノっぽいテロリスト連中なんかじゃなくて、宇宙空間に本物の人間の生き残りが!)という具合に。

 ところでそのアカリと同時に跳ねるようにソファから立ち上がった人物がいた。

 アヤメだ。

 しかし彼女はアカリと違って自分の感じたことを素直に口に出した。

「まあ、サピエス! ウシということですか。ウシが日本語を話したり宇宙船を動かせるのでしょうか? え? 何ですかマクラちゃん?」

 マクラに肘でつつかれてアヤメはアカリの様子に気づいた。

「ああ、ご、ごめんなさいアカリさん。わたくし、つい……いえ! そのう……」

(アヤメちゃん、それはないでしょ。傷つくなあボク……)

 アカリは沈黙のままがっくりとソファに沈み込んだ。

「アカリさん、わたくしは、ですから、その……ああっ、わたくしったら……う」

 みるみる涙が目のふちにたまっていくアヤメを見てアカリはなんだか自分のほうが悪いことをしたような錯覚におちいった。

「そんな、気にしなくていいから……ね?」

 アカリの手が自分の肩にやさしく近づいたのを察してアヤメは期待に満ちたまなざしを、さっとアカリに向けた。アカリはびくっと体をふるわせるとせっかくの手をひっこめてしまい、アヤメを再び落胆させた。

「そ、それより今は、里見さん、それってまさか?」

 うつむくアヤメを横目でみつめながら、アカリは里見総監のほうに体の向きを変えた。

「そう、どうやら柴咲くんのご同類というわけらしい」

 アカリはごくりとつばを飲み込んだ。

「何人いるんですか」

「男ふたり女ひとりで、自分たちはつい二週間ほど前にコールドスリープ、つまり冷凍睡眠装置から目覚めた人間だというんだよ」

「ほんとですか!」

 里見総監の「ご同類」という言葉は「冷凍睡眠」まで含んでいたのだとアカリは悟った。

「冷凍睡眠なんて突拍子もないが、まあ確かに彼らは普通の現代人なら誰でも知っているような常識に欠けるところがあるのは事実なんだ。たとえば主食に血液などはとんでもないとか、生まれてこのかた翼で飛んだことなどないとか言いおる。いやはや」

「あのう」

 またアヤメだった。

 こういう場ではいつも内気なはずのアヤメがこうもたびたび警視総監などといういかつい肩書きの人にからんでいくのを見て、ムクゲとマクラは顔を合わせて肩をヒョイとすくめてみせた。アカリのことになるとアヤメはまるで人が変わったようだ。

「す、すみません、またお邪魔したりして。でも、わたくしも自分の翼で飛んだりしたことは一度もございませんわ。生まれつきこんなに小さい翼ですもの」

「お、すまんすまん。最近の若い人はそうらしいね。失言でした。世代の違いだ。許してくれるかね?」

「あ、許すなんて。そんな……ごめんなさい、お話の腰を折って」

 アヤメは真っ赤になってもじもじした。それを里見総監は嬉しそうにながめている。

「まあ他にもいろいろずれがあってね、いずれにせよこんなことが原因で最近ではお互いの意思疎通に支障が出てきてるんだよ。そこで特別顧問として柴咲くんにご出馬願いたいと、きのう江奈に正式に頼んだところなんじゃ。サピエスの新種でしかも冷凍状態から目覚めた点など類似点が多いから彼らの心情を理解する上でいろいろ相談に乗ってもらえると考えてね」

 面と向かってサピエスの新種などと言われたらすぐに怒りだしそうなアカリだが、今はそれどころではなかった。アカリはもっともっと知りたかった。

「それで、江奈のおじさんはオーケーしたんですか!」

「うん、したよ。まあそのうちね、という気楽な返事だった。ところがあれから事態が急激に悪化してしまい今夜にも柴咲くんの実用的な助言が必要になったんだよ。これはこちらも想定外だった。だが、どうだろう? 本官を助けると思って協力してもらえないだろうか。な、柴咲くん!」

「は、はい。わかりました。ボクとっても興味があります。こちらの方からお願いします」

「おお、ありがたい。江奈がいない間に勝手なお願いをしたことについては本官から彼によく詫びておきますよ」

「いえ、その必要はありません。江奈先生の留守中にボクが対応するのは江奈先生の助手として当然の責務ですから」

「なんだとお!」

 里見がいきなり肩をいからせて大声を出したのでボディーガードたちがいっせに気色ばんだ。アカリはびっくりして腰を抜かしそうになった。

(ど、どうしたんだ。なんで里見さん急に怒ってるの?)

「助手になっただとおおおおおっ!」

 里見の剣幕はますますエスカレートした。

 ボディガードたちの手はすでに腰やふところにあり、カチャ、シャキンという意味ありげな金属音がそこかしこから聞こえてきてアカリの不安を募らせた。

「うっひょおー! きゃははは!」

 なぜかムクゲははしゃぎだしたがアカリは真剣にびびっていた。

(ムクゲちゃん! あんた何うかれてんですか! あれゼッタイに安全装置とか警棒とかの音ですよ! ああ、里見さん。そんなすごい顔をボクに向けないで。こっち来ないでください!)

 進路をさえぎったボディガードを押しのけて里見総監はつかつかつかとアカリの前まで歩いてきて、そのままアカリの肩をつかんだ。

 しかし、その手の置き方はとてもおだやかなものだったのでアカリはかえって不審に思った。

「柴咲、くん……」

 里見が目をつぶって言ったが、その声は静かだった。

「は、はいっ!」

 緊張した返事をしたアカリを、里見総監の半開きになった目がみつめる。

「きみは江奈の助手になったというが」

 ボディーガードの刑事たちが再び臨戦態勢のまま間合いをつめてくる。 

「もしも、そんなことが本当なら……」

 肩にかかる里見の手に重い力が入ったのを感じてアカリはぎゅっと目をつぶった。

「ほ、ほんとです! ウソなんかじゃありません。ほんとなんです!」

「すんばらあすぅいいいいっ!」

 アカリは耳をうたぐった。

(え? いま、すばらしいって言った?)

 おそるおそるアカリが目をあけると、里見総監はアカリの肩に手をかけたまま、どこかあさっての方向を見つめて目をキラキラうるうるさせていた。

「そうが、そうが。ったらまあ、江奈んやつんがなあ。こげなめんこいワラシをば、ジョスなんがになあ……」

 遅まきながらアカリのまわりに集まった三人の少女たちもいぶかしげに里見総監の横顔を見上げた。

 里見はようやくその状況に気づいて、アカリの肩に置いた手を引き上げて恥ずかしそうに自分の頭の後ろにやった。

「いやあ面目ない。なにね、興奮すっとついお国コトバに逆戻りすんだば。いや、戻ってしまうクセがあってね。アハハ」

 里見の機嫌が良さそうなのがわかってアカリと少女たちはとりあえずフウっとため息をもらした。ボディガードたちも顔を見合わせて手を下におろす。

「柴咲くん。いや、アカリくん!」

 にこにこしながら里見総監は言ったが、それでもやはりまたアカリは緊張した。

「はい!」

「知っておるか? 江奈とわしとは十年来の付き合いだ」

「い、いえ知りません」

「十年なんてそう長いともいえない年数かもしれないが、この間にわしと江奈は共に幾度も死地を脱してきた。いわば戦友だ。十年がまるで三十年にも思えるほど江奈とは辛い経験もしてきた。だからわしは江奈の人となりを熟知しとるつもりだよ。江奈はね、あいつは助手などとるようなやつではないんだ」

 里見が何か重大なことを伝えようしているのがわかってアカリはいずまいを正した。

「江奈は常に柔らかい微笑みを浮かべているが、やつの心には非常に冷たい壁がある。このわしでさえ乗り越えることを許されぬ厳しい柵がある。江奈は結局のところ心のどこかで他人を信用していない。江奈とは一番近しい仲だと自負しておるわしにさえ心を許さない一線がある。だから絶対に助手をおかないのだ。今までわしはそう思っていた。わかるか、アカリくん?」

「はい、なんとなく」

「なんとなく? これはねっ! すんごいことなんだってば!」

「そ、そうなんですか」

「だって、家族を失ったあの爆破事件以来だれも信用できなかった江奈がようやく他人を信じることができるようになったということなんだよ。それを自覚しとるのかね、アカリくん!」

(ひえーっ、そうなの?)

 アカリは面食らったが、まわりからの目線を感じてハッとした。

 それはアヤメたちの視線だった。

(あれれ、アヤメちゃんが目をうるませてボクを見つめている? ムクゲちゃんとマクラちゃんまでが両手を胸の前で拝むように握りしめつつうっとりとした目でボクを見ているよ? まさかまさか、ボク尊敬されてる? うわあ。これってなんかキモチいー!)

 急に誰かに抱きすくめられたような感覚にアカリは驚いた。

 里見総監だった。彼が今度はアカリの左側面からいきなり肩を組んできたのだ。

「こうなればもうまわりくどい説明などやめだ。ここからは単刀直入に話すからよく聞いてくれ。アカリくん、きみとわしとはもう仲間だぞ! がっちりスクラムだ!」

「あ、はい!」

 横からアカリの顔をのぞきこむような姿勢の里見の前におずおずとアヤメが進みでる。その顔はどこかさびしげ、というよりもどこかすねたような表情を浮かべていた。

「あの、わたくしたちは、ここにいたらお邪魔……ですわね」

「とんでもない!」

 アカリの肩から手を離した里見総監はその両手を少女たちに向かって広げた。その拍子に総監の翼までが大きく開いてしまったので、アヤメ、ムクゲ、マクラの三人は口に手をあてて息をのんだ。

「どこが邪魔なもんかね。話が退屈でなきゃここにいて一向に構わんよ。そういえば君たち三人は何度か江奈を救った事があるそうじゃないか。人工衛星乗組員のひとりは女性だし、いずれゴールデンアップルズの助言も必要になるやもしれん。ハハハ」

 これを聞いてムクゲがげっそりと肩を落とした。

「えと、その呼び方、どうか忘れて。ゴールデンアッ……オレ恥ずかしいから……」

 里見は警官のひとりに話しかけたので、ムクゲのこの苦言は彼に届かなかった。

「梨田技術官、通信局開設まであとどのくらいだ?」

「はっ、総監。あと十数分で完了する予定であります」

「そうか、急いでくれ。いつ通信が入るかわからん。さてと、お嬢さんがた、説明を続けていいですかな? こうなれば全部知っておいてほしい」

 みなソファに戻った。

「念のために聞きますが、みなさんはPR―Xが近々地球に落ちてくることは知っておるね?」

 アヤメがまた小さく挙手した。今夜の彼女はいつになく積極的だ。

「でも大気圏で燃えつきてしまうのでしょう? 新聞にはそう出ていました。けれども中に生存者がいることはわたくしまったく存じませんでした。ということは、これは極秘の救出作戦なのですね」

「アヤメさんの言うとおり最初は救出作戦のつもりだった。だが実をいうと、今や防衛戦に変わってきている」

 みんな身をのりだした。

「防衛戦って?」

 里見総監は肩をすくめ、どうしようもないとでも言うように両手を広げて見せた。

「彼らの脅威から我々を守るということだ。と同時に彼らの生命も救わなくてはならないという両面作戦を強いられている」

「脅威ですって? 彼らの? あの、どういう」

「うん。じゃあ、かいつまんで話すからことの次第を聞いてくれるかな、みんな?」

 今度は里見総監が少年少女たちに向かって身をのりだした。

「はい」

「PR―XとNASAがスムーズに交信できるようになったのはつい十日前だ。あっと、そうだ。アカリくん、NASAとは何かわかるかな?」

「アメリカ航空宇宙局、ですよね」

「そのとおり。きみがいうところの『元の世界』にもあったのかね?」

「ええ」

「なるほど。ともかくNASAの報告によると生存者は三名だが彼らは宇宙船操縦の知識が全くない」

「え? どういうことです。宇宙飛行士なんでしょう?」

「どうやらそうではないらしいんだ。我々が事情を問いただしても彼らは自分の身分を明かそうとしないのだよ。まぁそれはおいといて、いずれにせよPR―Xからの通信をキャッチした時にはすぐにでも大気圏に突入する状態だったらしい。しかしそれは許されなかった。なぜならPR―Xはかなり大型の衛星で落下すれば燃えつきることなく地球にぶつかるというんだ。海ならいいが都市部にでも落ちると大変だからNASAは必死になって衛星の制御方法を教えこんだ。彼らは日本語しか解さないので大変な作業だったらしい」

「でも今日まで落ちてこないってことは」

「なんとか基礎技術をマスターしたんだ。彼らも必死だったというよ。ところが余計に知恵づいてしまった彼らはPR―Xの噴射能力がまだかなり残っていることにも気づいた。そして急に我々を脅しはじめたんだ。彼らはこう言ってきた。

『PR―Xは世界中の任意の大都市上に落下できる。大惨事を避けたいなら我々を無条件に救出せよ』

と、こうなんだ。初めから救出するつもりだった我々はこれを聞いて困惑したよ。いったい彼らは何をこんなにもおびえているのだろうか」

 頭を左右にふり、里見総監は言葉を切った。

 すかさずムクゲが嬉しそうに言った。

「オレわかった! きっと未知の生命体に体を乗っ取られちゃったんじゃない?」

 里見の顔に笑みが広がる。

「なるほど。考えられんことじゃないね」

「えへへへ」

 ムクゲが得意げに鼻の下をこする。

「まあ、そこまでいってるかどうかわからんが、それでも万が一得体の知れん病気にでもなっていたら面倒なことは確かだ。だから我々は救出体制準備のためにしつこく彼らに質問を浴びせてチェックした。するとその過程で例の〝人間〟さわぎが浮上したんだ。彼らは自分たちが地球の人間だと主張するくせに、いろいろなところで話のズレが生じる。どうも彼らの知っている地球と我々の現代社会は微妙に違うという気がしてならん」

 うんうん、とアカリはさかんにうなずいていたが、隣に座るアヤメは美しい眉をひそめてまた挙手した。

「わたくし、よくわかりませんわ。あのう、そもそもこの衛星はどこの国のものなんですか。やはり日本が打ち上げたものなんでしょうか?」

 ほお、と里見総監は感心したようにアヤメを見た。

「そう。実はなアヤメさん、それが大問題なんじゃ。どこの国にもこの衛星の打ち上げ記録がないんじゃよ。それともどこかの国が責任のがれのために故意に情報を隠蔽しておるか。おかげでどこも疑心暗鬼になっちまって今では各国間で不協和音が鳴り響いとる。しかも困ったことに、いちばん疑われとるのが日本なんだ。なにせ彼らは日本語しかしゃべらんからの。NASAから通信ソフト一切を押しつけられてわしがこうやってドタバタしとるのもそのせいでね」

 手をあげようとするアヤメの手をムクゲが押さえて大声で言う。

「国籍不明の宇宙船。じゃやっぱり宇宙人だよ! オレ絶対そう思う」

 里見は今度は笑わずに答えた。

「その割には彼らは地球にくわしすぎる。各国が提出した分析結果の中で現在もっとも支持されているのが『囚人説』だ。つまり彼らは囚人じゃないかというんだよ」

 アヤメはすかさず挙手する。

「囚人て、刑務所に入っている囚人のことですの。ああ、それでPRISONERのPR―Xなのでしょうか?」

 囚人という語はアヤメに動揺を与えなかった。むしろアヤメは活気づいているように見える。

「あるいはPRISONの頭をとってPRなのかもしれん。ともかく彼らは宇宙船の知識もない。宇宙滞在の目的も持たずただ地球へ帰りたがる。自分たちがなぜ冷凍睡眠ケースに入っていたかその経緯も知らない。つまり気づいたら地球周回軌道上に放り出されていた、というんだ。それにね、直接交信してみればわかるが彼らはかなりガラが悪いよ。わしも囚人説をとるね」

「囚人を宇宙船に乗せて宇宙へ追放する刑罰があるんですの? それとも宇宙刑務所ステーションというのがあるのかしら。そこへ護送中の事故とか?」

 いつしかアヤメの語調は尋問口調に変わっていたが、それも緊迫した話題に似つかわしいせいか誰も気にしなかった。

「いやいや、いくらなんでもそんなものはありませんよ、アヤメさん。国際連合の宇宙条約によって宇宙空間は南極北極と同様に、ある特定の国家が独占的に使用してはいけないことになっているし、そもそもどの国も宇宙船を刑罰に使うなんていう技術もない。もしそういうことをやったとすれば、それはどこかの個人だ。地下組織とかね。しかしこれも経済的に不可能でしょうなあ。打上げ設備だけでも大変だ」

「ふうう。やはりこのお話、わたくしよくわかりませんわ」

 アヤメはソファの背もたれに身を沈めて膝を組み、両手も胸の前で組んだ。その姿勢がやけに大人びていて脇で見ていたアカリはドキドキ胸を高鳴らしていた。

「我々もですよアヤメさん。しかもですよ、ある日突然に彼らは交信を拒絶してしまったのでお手上げなんですよ」

「なあんだ、音信不通なのか? 人間かどうかボクなら話せばわかったかもしれないのにな」

 さっきから盗み見しているアヤメの長い足に半分気をとられながら、こうアカリはひとりごとのようにつぶやいた。

「ではそうしてもらおう、アカリくん」

 里見総監のこの言葉はアカリにとって完全に不意打ちだった。

 アカリは会話に集中力をもどした。

「え、でも、いま音信不通って」

「今日の昼まではそうだった。ところが今日の午後になって久しぶりに彼らから一報が入ったんだ。

『例の人物と交渉させろ。PR―Xの食料に問題が発生。時間がない。要求をのまなければ北半球の大都市に落下する。数時間以内に例の人物を用意しろ』

と、相変わらず脅迫口調だがね。ここでいう例の人物とはアカリくん、きみのことだよ」

「ボクですか!」

「そう。きのうの昼食の後に江奈と打ち合わせしてPR―Xにこう通信しておいたんだ。『当方にも〝真の人間〟と名のる人物がいるから話してみてはどうか』とね。そうしたらこういう返事があって状況は一変したというわけなんだ。のみこめたかね? 数時間後に交信したいというんだからそろそろなんだが」

「まあアカリさん! 大役ですわ!」

 アヤメがパチンと両手のひらを打ってアカリに向かい顔を輝かす。

 しかしアカリは突然のなりゆきにとまどっていた。

「でも、ボク……」

 とてもそんな役は無理、と言いかけたアカリだが、夢見るような尊敬のまなざしで自分を見つめるアヤメの美しさを見てるうちに「いや、待てよ」と考えだした。

(いや、待てよアカリ。これはチャンスじゃないか。たとえ乗組員が囚人でもフネには人間世界のデータがいっぱい詰まっているはずだ。ほんとに人間の宇宙船ならすごいぞ! せめて年号だけでもわかれば謎が解けるかもしれないし! そうだよ、なんとしてもPR―Xを無事に帰還させなくては!)

 腹をきめたアカリは決然と言った。

「要するにボクは説得役ですね。ネゴシエーターだ」

 里見総監は目を見張る。

「おお! 専門用語でご名答とはやるじゃないか。うーん、なるほど。これなら江奈の助手を名乗ってもいいかもしれんね」

 これは少女たちに大いに受けた。

「アカリくん、かっこいいぞ! オレ、ちょっと感激!」

「そのノリでやっつけて!」

「わたくしたちもおそばでお助けいたしますわ!」

「うん、応援ありが……」

 ありがとう、そう言いかけてアカリは黙った。

 アカリは気づいたのだ。事の重大さに。 

(ねえ、わかってるの? 君たちにとっては異種人類の登場かもしれないんだよ。君たちの世界が根底からゆらいじゃうかもしれないんだよ?)

「あのさあ、もし彼らがさ、人間ていうかボクみたいなのだったらどうする?……」

「どうするもこうするもねえさ! 相手がどんなやつだろうと構うもんか。囚人どもがアカリくんに向かっていやらしいこと言ったらオレが怒鳴りつけてやっからね。うーん、ワクワクしてきたぜ。腕が鳴る」

「うわあ、ムクゲちゃんの方がこわそう」

「でもアカリさんに変なことしたら、ほんとにおしおきですわ。誰であろうと、わたくし許しませんから。おしおきです、ペシペシ」

(だああー、この子たちぜんぜん緊張感ねえー。なんかボクまでちょっと興奮さめてきた)

 つい今しがた少女たちのことを真剣に心配した自分がちょっとアホらしく思えるアカリであった。

「報告。交信準備完了しました」

 技術者の服を着た男の人が里見総監に敬礼した。

「よろしい。回線は常時オープンにして、最大出力で待機」

「了解」

「さて」

 里見総監がアカリのほうを向く。

「アカリくん」

「はい。ボクもスタンバイですね。どこに行けばいいんです?」

「いや、交信が開始してもマイクで話せるようになるまでちょっと時間がかかるんでね。呼ぶまではまだ席につかなくていいよ。そうじゃなくて、江奈から何か資料もらってないかな?」

「資料?」

 アカリはちょっと拍子抜けした。

「うん。君がPR―Xと対決する時のシナリオを作っておくと、きのう江奈が言ってたんだ。一日で作るから待ってろって。それがあると君もやりやすいだろう?」

「そんなのがあるんですか。ぜひ欲しいですよ。あ、待ってください。江奈のおじさんが資料をおきそうなところはいくつか心当たりありますから」

 さきほどからアカリの隣で体をうずうず動かしていたアヤメが元気よく挙手した。

「わたくしもですわ! わたくしはおじさまのお手伝いをすることがよくあるんです。ですからさがせると思うんです。ぜひわたくしもご一緒に!」

「うん、アヤメちゃんのほうがこの家くわしいもんね。いっしょに来てくれる?」

 こう言えばてっきり喜ぶと思ったアヤメが急に眉をつりあげた眉間にしわを寄せて自分をにらむので、アカリは困惑した。

「ア、アカリさん!」

「ど、どうしたのアヤメちゃん?」

「ああっ! また!」

 アカリは口がきけなくなった。

「アカリさん。えと、その。い、いまアヤメの名前を呼んでくださいました? 初めてですね、わたしのことをアヤメって呼んでくださったの……」

「え、そうだっけ? い、いけなかった?」

「そんなことありません! よかったら、その、これからもそのように……」

「う、うん……」

 アヤメの顔がみるみる真っ赤になる。それにこたえるようにアカリの顔もみるみる赤くなる。

 ふたりはもじもじしながら立ち尽くす。

 幸い里見総監は部下に呼ばれてバルコニーへ出ていったところだった。

 アヤメがきりだす。

「す、すみません。急がなくてはいけないのに、わたくしったらお時間つぶしてしまって。すぐマスターキーをとりにまいりましょう」

「うん。でもちょっと待って。あのさあ、あの二人は来ないのかな。ちょっと、ねえ君たち、いっしょに行く?」

 アカリはムクゲとマクラに声をかけた。

 絶好のひやかしの場面でこの二人がからんでこなかったのを今ごろ不思議に思うアカリだったが、それもそのはず、二人は別の方角を向いて何かに熱中している最中だった。

「え、なんか言った?」

「だから一緒に資料さがしに行く?」

「あ、ごめん。オレさ、ここにいるから」

「うん、わたしも。わるいけど二人でとって来てくれる?」

 アカリはふにおちなかった。

(どうしたんだろう、珍しいな。この三人いつもくっついて動くと思っていたのに)

「ムクゲちゃんはガンマニアなんですわ」

 後ろからアヤメが楽しそうに言った。

「ガンマニア?」

「ええ。ムクゲちゃんたら、さっきから皆さんのピストルばかり見てるでしょう? いつか舞台で派手な銃撃戦を演じたいってよく言いますよ。それとマクラちゃんは制服マニアなんです」

「はい? なにマニア?」

「制服です。特に政府系軍隊系がお気に入りで、アルカディア学園に入ったのもいろいろな制服を着る役がやりたいからということらしいです。マクラちゃんは制服写真集を見ているだけでぞくぞくするんですって。寮のお部屋に何十冊も置いてあるんですよ?」

 アカリの頭は空回りしていた。

「そういえば、きょうはお二人の趣味が合致した珍しいシチュエーションですものね。この場をはなれろといってもききませんわ」

 キョロキョロ、というより血眼になって部屋中をチェックするムクゲとマクラを温かい目で見守るアヤメ。その三人を見つめてアカリは言葉を失う。

(えーと、なんですか? ガンマニアと制服フェチの吸血鬼の女子高生たちですって?……ああ、ますますわけわかんなくなってくるよ)

「アカリさん、ご気分がすぐれませんか?」

「いや、なんでもないよ。行こうアヤメちゃん」

「あ☆……はい。お供します!」

 まず江奈の書斎に入ってアヤメからマスターキーを手にすると、アカリの胸には新しい興奮が沸き起こってきた。

(もうすぐ人工衛星と交信だ。ついにホンモノの人間と話ができるのか! ボクと同じ生き残りの人間と!)

 運命の瞬間に万全を期すべく、アカリはアヤメとともに勇んだ足どりで地下の資料室へおりてゆくのだった。



         ♯ 11


 悪夢は終わった。

それも突然に……

中村エリカはそう感じていた。だが同時にまたこうも考えていた。

(ほんとに終わったの? いいえ、それともまだ続いているんじゃなくて?)

 中村エリカの眼前に広がる光景は異常だった。これはまだ悪夢の続きなのだといわれても十分に納得のいくものだ。

 そこにはただ、眠りこけている人、人、人……。

(みんな寝ているわ……)

 エリカのいるこのただっ広い舞踏会室には何十人もがただひたすら眠っていた。

 椅子にぐったりともたれかかって眠っているもの。壁を背に首をうなだれて眠るもの。床にころがって眠るもの。最後のときにせめて窓から逃れようとしたのか、窓のさんに片手をかけた不自然な姿勢で眠るもの、と意外なほどバリエーションはあるものの、みな一様に深い眠りに落ちている。

(パパ……)

 つい先ほどまで世紀の陰謀について語っていた中村エリカの父は幸いにも椅子の上で眠る組だった。

 かたや三波という養豚業の大物はだらしなく車椅子からずり落ちて床で仰向けになり大いびきをかいている。

(ブタ会長さんらしい音ね。あんたなんて、あと百年それを続ければいいのよ。わたしのパパをそそのかした罰なんだわ)

 エリカの思い描くように、それはまるで百年眠り続けようという童話の眠り姫さながらの光景だった。誰一人として起きようという気配さえない。

 その中にあって彼ひとりだけが快活に活動していた。

 それはエリカのよく知る人物だった。

(知っているといっても、きょう会ったばかりよね。アカリ……)

 柴咲アカリはどこへ電話しているのかしら、とエリカはさっきから考えていた。

「ええ、はい、そういうことです室長。すべて中田元総理の一人芝居です。これは余談ですが、中田が『サピエスの文明復活』などという筋書きを考えついたのはPR―Xの情報漏れじゃないでしょうか。その点まで追及したら案外あっさり落ちるかもしれませんよ。それからお宅の箱入り娘のことですが」

 携帯を持ちながらその人物は体の向きを変えたのでエリカと目が合った。彼は軽く会釈する。

 思わずエリカが頭を下げると彼はにっこりと笑った。

「そう、ナツミさんのことですけど、あまり叱らんでやってくださいね。僕はほんとに彼女の活躍の後始末をしただけなんですから。は? ええ、もちろんです。今日かぎりで僕はもう決してでしゃばりませんから。あ、車は手配していただけますか。助かります。ではこれで。あっと、里見さんに電話を回してもらえますか。ええ、警視総監の。え、公務で外出? 出先は極秘? そうですか。では携帯にかけてみます。どうも」

 電話が終わるとその人物、柴咲アカリは薄いゴムのような手袋をはずしビデオやラジカセやデジカメをていねいにハンカチで拭きはじめた。

 それらはみんな中村エリカの貸したものだ。

 そのときふいに後ろからクイクイと髪の毛をひっぱる者がいてエリカを驚かせた。

「ふぁああ。姉ちゃあん、電話してるのだれ? うるさくて寝つけないよ。眠いなぁ」

 中村エリカの弟だった。

「髪をひっぱっちゃダメって言ってるでしょ!」

 いつもの小言を弟に言いながらエリカは思ってしまう。

(やっと部屋を出てきたの? 今ごろ気づくなんて、ほんとコイツのんびりだなあ)

 わが弟ながら今しがたの大立ち回りに無反応とはいやはや、とエリカはあきれて弟を見る。だが弟はいたってマイペースだ。

「わあ! みんなどうしたの、姉ちゃん? 床に寝ちゃってるよ。いいの?」

「いいからあんたも寝なさいよ! 自分のベッドで!」

「そんなあ。こんなにおもしろそうなのにい」

 携帯をポケットにしまいながらアカリが近づいてくる。

「やあ、起こしちゃったかい。ごめんごめん」

(弟なんかより、もっとわたしを見て)

 その豊かな髪をすばやく手でなであげながらエリカは思った。

「お姉ちゃん、このおにいさん誰?」

「だから言ったでしょ! 学校のひとよ!」

「いたあ! たたかないでよお」

 エリカは弟のお尻を押したが、でっぷり太った弟はどんとそこに立っている。とうぶん部屋には帰りそうもない。

 エリカは弟のことをあきらめてアカリに話し出した。

「あの、やはり警察の人が来るんでしょうか。いま警察に電話してたんでしょう?」

「僕の話し相手が警察だとよくわかったね、中村さん」

「エリカです。中村エリカ」

 エリカは不満そうに口をとがらせたが、昼間アカリにしたことを思い出して一歩引いた。

「うん、そうでした。でも警察の人は来ないんじゃないかな。病院の人はすぐに来るそうだけどね。救急車がこの人たちを回収してくれる。サイレンは鳴らさないはずだから心配しないで」

「でもパパは……えーと、そのう」

 父親はどうなるのかとエリカは知りたかったが、まさか弟の前で「逮捕」という単語は使えないので言葉につまった。

「ああ、もう良次! あんた早く部屋に戻って寝なさいってば」

「やだよー、救急車が来るんでしょう。見なくちゃ」

 柴咲アカリはエリカの弟の頭に手をやりながらニコニコしている。

「中村さんも見てたと思うけど、お父上は司法取引に応じてくれたし、それに事件の構造からいえば完全に利用された形だからまず間違いなく無罪だよ。おそらく拘留されることもない。自宅聴取になると思う」

 まるで同年代とは思えないおとなびた話し方にエリカはうっとりとして聞きほれていた。

「ねー、なんの話。むずかしくて眠くなるよ。ぼく、もう寝ていい?」

 エリカは黒目だけを大げさに上にあげてあきれながら弟の手を引いた。

「さ、早く部屋へ行こ。すみません、ちょっと弟を部屋に」

 エリカが戻ってくるとアカリはビデオのモニター画面をのぞいていた。

(これはわたしが貸してあげたものよ)

 あらためてエリカは得意気に考えた。

「うん、よく撮れている。証言場面もばっちりだ。これだけの映像証拠があれば三波も言い逃れはできないさ。中村さんありがとう。急にいろいろ貸してもらっちゃって」

 そこには悔しさに顔をゆがめた三波会長が中村氏を巻き込んで腹黒い画策をしたことを自白する場面が鮮明に映し出されていた。

「こちらこそありがとう。パパを助けていただいて」

 エリカがそう言うのは清水の舞台から飛び降りるくらいの勇気が必要だった。

「いいんだよ、そんなこと」

 それなのにアカリはいとも軽くそう言ってのけたので、あれ? とエリカは思った。

「だってわたし教室であんなひどいこと言ったのに、こんなに助けてくれて」

「ひどいこと?」

「え? スクーリングのことでいろいろ反対したでしょ。あれわたしよ。覚えてないの?」

「スクーリング? ああ、あれね。いいよ、気にしてないから」

(なんか変ねえ)

 エリカは首をかしげる。どうもさっきから違和感がぬぐえないのだ。

(昼間の教室ではあと少しでベソかきそうなくらい弱々しくって子供っぽかったのに。それがどう? 急におとなびた雰囲気だし。それにさっきみんなを寝かしちゃった手際の良さなんてちょっと普通じゃなかったし)

 エリカは先ほどこの舞踏会室で繰り広げられたアクションシーンを思い出していた。

 一度つかまったあの女の人を追っておおぜいが外へ飛び出したときにアカリも姿を消した。みな大騒ぎだったのでアカリの不在を問題にするものはいなかったがエリカだけは気をもんでいたのだ。

 それがいつの間にか帰ってきたかと思うとアカリはみょうな早足を使って残っている三波の部下の背後をぐるぐる回りだした。するとその男たちが次々と倒れだしたのだ。

 驚いたエリカの父親とブタ会長の三波だが、アカリは難なくこのふたりを後ろ手にしばって猿ぐつわまでしてしまった。

 だがエリカが本当にびっくりしたのはそのあとだ。

 アカリは三波の携帯を取り上げると「おい、ワシだ。何をしとる! 女はここだ! もう捕まえてあるわ。さっさと戻って来い!」と話したのだ。だがその声が三波そっくりのかすれ声だったので当の三波でさえその真っ赤な目をまん丸にして驚愕していた。

 さて、次々もどってくる部下をアカリは部屋の入り口で迎えて、

「握手シテクダサイ」

と腑抜けのようにしゃべった。最初は面白がって何人かが握手したが、それがまた次々と倒れるので残りの十人ほどが騒ぎだした。そして何人かは銃を抜いたのだ。

 それなのに銃を構えた者ほど早い順番で、その手首を押さえてバタバタと倒れていった。

 エリカは見た。

 アカリが舞うのを。

 まるで優雅なワルツのように、まるで相手に請われて差し出された踊りのパートナーの手をとるように、アカリは流れるようなステップで彼らの手をとり踊りぬけてゆく。

 誰も動かない。ただアカリひとりがやさしく踊っている。エリカにはそう見えた。おそらくアカリの動きが素早すぎて他の男たちが止まっているような錯覚だったのだろう。だがエリカは思ったのだ。

 彼こそこの舞踏会室にふさわしいと。

 今まで何回となくここで催された舞踏会を見物したエリカだが、かつてこれほど典雅な足さばき身のさばきを披露したものはいなかった。このような緊迫した場の中にあってエリカは心の内側で断言していた。彼こそがベストダンサーだと。

 アカリが最後のひとりから手首を離すと、彼らは音もたてぬ木の葉のようにゆっくりと床に降下していった。   

 この光景におそれをなした丸腰の連中はドアに殺到したがびくとも開かない。思えばそれがアカリの思うツボだったに違いない。一度ドアの前に団子状に固まった連中はいっぺんにその首すじをアカリにひとなでされたのだから。

 それでも逃げようと窓へ散った者もいたが、その者たちも窓辺でへなへなと力つきてしまったのだった。

 いったい何分くらいかかったのだろう。へたすると一分もかかってないのではないだろうか。

 こうして築かれた死人の山ならぬ眠り人の山をかきわけながら笑顔で近づいてくるアカリの姿は一瞬エリカですら「怖い」と感じた。ましてやそれを縛られたままの状態で目の当たりにしたエリカの父親や三波会長の恐怖心たるやいかばかりであったろう。そのときはまだ、彼らが眠らされたのではなくアカリに殺されたと思っていたのだから。

 近づいたアカリがまずしたことはエリカにビデオカメラなどを借りたいと申し出ることだった。

 そしてそれが揃うとアカリはおとなたちにこう言ったのだ。

「では一部始終を話してください。ビデオに撮りますので」

 これだけだった。

 口が自由になると三波会長もエリカの父もためらうことなく全て話し、そのあとでいつの間にか眠りにおちたのだ。

 エリカはかわいそうなパパをきづかっていたが、それでも自分の目がアカリの横顔につい行ってしまうのを押さえることができなかった。

 このカメラが空いたら次はアカリくんを撮ろう!

 などと、緊迫した自白場面の間にエリカが考えてしまう瞬間もあった。

(だって、このお顔。昼間は何も感じなかったのに。こんなにりりしかったなんて。どうして教室で気づかなかったのかしら。こんなにもきれいな横顔……)

「それよりも中村さん、お父さんたちがさっき僕に話してくれた内容はすべて理解できた?」

 アカリが話しかけてきてエリカの回想は断ち切られた。

「はい? あ、ごめんなさい、考えごとなんかしちゃって。はい。あ、いえ。ほんと言うと少しわからないところも」

 さっきとかわらないアカリのりりしい顔がそこにあった。だがさきほどよりは少し表情が柔らかいかも、それもまたいいな、とエリカは思った。

「そうですか。今夜は警察も来ないと思うけど、この先に万が一どこかで事情を聞かれるようなことがあるかもしれないから、次のことだけは知っておいた方がいい」

「ええ」

「養豚業者の三波が中村さんのお父さんを巻き込んでウシ・ブタ両業界の支配をもくろんだところまではいいよね」

「うん、わかります」

 まるでもうベテランの先生みたい。こう感じるエリカは先生口調で話すアカリの声に心地よく耳を傾けていた。

「でもね、あれは中田の発案だったんだよ」

「だから、中田って誰なのか、それがちょっと」

「元総理の中田兵衛その人さ」

「まあ。でも元総理は誰かに襲われたって」

「あれは狂言さ」

「狂言?」

「やらせだってこと。中田はねえ、自分が組織した一団に自分を襲わせたんだよ。だから中田邸に侵入するのも楽なわけだ。中村さんのお父さんさえすっかりだまされて、最後まで中村氏は三波が中田元総理の手先だと気づきもしなかった。中村氏を含め世間の目をそらすために中田は自分を被害者に見せかけ、それと同時に事件を広く世間に知らせようとした」

「どうしてそんなことを?」

「パニックの誘発を狙ったんだよ。日本有数の権力者である自分でさえサピエスに襲われたぞ。次はサピエスの群れが大挙しておまえたちみんなを襲ってくるぞ、ってあおるためだ。その演出を自分が買って出たのさ」

「だから、何のためにそんなパニックを?」

「中田の目的は金だね」

「そういえばさっきは政治資金がどうとかいう話がよく出てきたけど」

「中田は影の総理ともキングメーカーともいわれる超大物政治家だけど、それゆえに常に巨額の活動資金が必要なんだ。そして彼の資金源の第一がウシ業界のチャンピオン山崎商事でね」

「でもその山崎商事をつぶす計画だったんでしょう? そこのところがわたしよくわからなくて」

「なーに、よくあることなんだ。中田はもう九十歳を過ぎた老人だろう。中田の影響力はもう先が見えていると山崎商事は考えた。そこで山崎商事はもっと若い次世代の有力者を探し始めた。それを知って中田はあせった。大資金源に見放されたらそれこそ致命傷だ。そこで先手を打ったってわけさ。しかもサピエスのマーケット全体まで一度つぶしておいてからそのあとでまた自分が支配しようという大がかりなものだ。おまけにブタ業界の支配も同時進行するなんて、スケールだけはみあげたものだね」

「一度つぶれたマーケットがそう簡単に回復するのかしら?」

「中村さんはどうなのかな。みんなブタよりもウシの血のほうがいいっていうでしょ。味もコクも比べ物にならないって。いくらブタの遺伝子組成がサピエスにいちばん近くて血の味もまあまあ近いからといったって、やはりはウシの血のほうがおいしいんじゃないの? ちがう?」

 いきなりのグルメ談義にエリカはとまどい、つい髪の毛に手をやりながら答えた。

「ええ、それはわたしだってウシのほうが」

「でしょう? なんといっても主食ウシの血の市場だもの。サピエスが反人間の暴動を起こして取引市場が一定期間ストップしたとしてもその暴動自体が収まってしまえばそれですべて終了となる。だってブタの血にうんざりした消費者は、再びウシの血が市場に出回ればすぐに飛びつくよ。しかも中田の仕組んだ実体のない暴動だから終結のタイミングも中田の思うままだ。山崎商事がつぶれるのを待ってからすぐに流通を再開すればいい。しかも山崎商事は事業拡大の大投資をしたばかりだからあっという間に倒産するのは目に見えている。そういうシナリオだったんだ」

「でもWHOの人まで狙うなんて無意味でしょう。いたずらに危険を大きくするだけだと思うんですけど」

「WHO担当の厚生大臣こそ中田のライバルで、山崎商事が中田の後釜にすえようとしている人物なんだとさ。WHOの代表がウシ牧場で暗殺でもされようものならば厚生大臣はどうなるかな? ちなみにウシの牧場も大臣の管轄下だよ」

「ああ、それで」

「金と権力の一石二鳥を狙った汚い計画だよ。犯罪は常に汚い」

「でもパパはほんとに大丈夫なのかしら。だって白昼の銀座に死体が転がったって大騒ぎでしょ。あれもサピエスがやったって。この事件て殺人事件なんでしょう?」

「もし明日WHO視察団への凶行が実行されていたら立派な殺人事件になっていたでしょう。しかし今のところは某大学病院の霊安室からイキのいい献体許可済み死体が三つ消えただけのことですよ。なぜかその三つの死体は盗まれた後にサピエス専用の自動採血機でとことん血を抜かれてましたがね。そりゃあこれだって犯罪だが殺人とまではいえないでしょう?」

「大学病院の霊安室……気持ちわるいわ」

 うつむいたエリカの横顔をカールした髪が覆いかくす。

「確かに。自分たちをサピエスだと偽り、おとなしくて罪のない本物のサピエスを利用しようとした心の闇こそ実にうす気味が悪いものだ」

「本物のサピエス……つまり、あなたのこと?」

 アカリは大きな口をあけて驚きの表情を見せた。

(あら、どうしたんだろう? 急にびっくりした顔でわたしを見つめて。あ、そうか、いけない! エリカのバカ! 彼を傷つけたんだわ。これじゃ昼間に二の舞じゃないの!)

「ア、アカリくん。その、ご、ごめんなさい。悪気はないのよ。ほんとよ! サ、サピエスというのは、その」

 アカリは口の端をクイとあげてほほえんだ。

「サピエス、そうか、サピエスだったな。ついうっかりして、フフ、困ったものだ」

(え、なんのこと?)

 エリカは小首をかしげ、片手で肩の髪を払いながらアカリを見つめた。

「中村さん!」

 アカリが快活に言った。

「はい」

 エリカも生徒らしく快活に返事をしたいと望んだ。

 アカリと自分が先生と生徒だというシチュエーションがすっかりエリカの気に入っていた。しかも今は自分専属の家庭教師なのだ。

「実はひとつ謝っておくことがあるんだ。ちょっと上まで来てくれる?」

「ええ、いいけど」

 エリカは嬉しい足取りでアカリのあとについて階段を昇る。

 アカリは二番目の部屋のドアを開けて中に入った。

(ここはお客様用の寝室だわ。あまりここには入ったことないけど。ふーん、別に何も変わったことはないみたいね)

「ここなんだ」

(洋服ダンス? 服でも借りたってことかしら)

「開けるけど驚かないでね、中村さん」

「きゃあー!」

 洋服ダンスの中を見てエリカは叫んだ。そこに人がいたからだ。

(これは! このスキューバダイビングみたいなウェットスーツを着た女の人は、さっきパパたちにつかまりかけた人だわ。でもなぜこんなところで体育座りしてるの? 目を閉じて首をガックリたれているけど、まさか死んでる!)

 エリカは両手で口をかくし後ずさりした。

「彼女は眠っているだけだから落ちついてね」

(なーんだ、寝てるだけか)

 エリカはふうとため息をつく。が、あることが頭をよぎった。

「あのね、柴咲くん。さっきも不思議だったんだけどパパやみんなをどうやって眠らせたの?」

 エリカには舞踏会室の出来事がどうしても魔法のように思えてしかたなかったのだ。

「中国秘伝の拳法とか?」

 アカリは首をふりふり次のように答えた。

「催眠ガス」

 エリカは納得のいかぬ顔をアカリの前につきだした。

「ガス? でもわたしも部屋にいたのにぜんぜん平気だったし、ボンベとか見かけなかったけど」

「僕がさっき手袋をとったの見てたでしょう? あれにガスがついてたわけ。ガスでもね液化できるものがあるんだよ。接触性だから触るだけで寝ちゃうんだ。もとはといえば手袋に薬を塗って僕を眠らせようとしたのは彼らが先でね、そのお返しさ。僕は貸借表を常にすっきりさせておきたい性分なんだ。あ、きみのビデオはよくふいといたからだいじょうぶだよ」

(柴咲アカリって何者なの?)

 エリカは両腕を組んでアカリを見つめる。

(こんな人が私たちの先生になるなんて……おもしろいじゃないの! スクーリング参加の欄にはいやいや〇印つけたけど参加にしといてほんとよかったわ)

 エリカは両肩にかかった自分の重たい髪を両手でブンと後ろにとばすと、あらためて洋服ダンスに目を戻した。

「この女の人ここで何してるの?」

 タンスの中の女には肩からガウンがかけてあり、顔もよく見えなかった。

「縛ってある」

 こともなげにアカリが言う。

「縛るって、ロープなんて全然見えないけど。あ?」

 ガウンの下からのぞく女の両手にエリカは気づいた。

「後ろ手にされた親指同士が輪ゴムみたいなものでくっつけてある。まあ、足の親指にも同じ輪ゴムが」

「それで十分なんだよ。ねえ中村さん、この人は警察官でテロ対策の専門家なんだ。説得する時間が惜しかったんで気絶してもらってね、ここにかくしておいたんだ。勝手にタンスをつかってごめんね」

(気絶させた! あんなに強かったこの女の人をアカリが? ほんとにアカリっていったいどういう……)

「ついでにお願いなんだけど、中村さん」

 もう何を話されても驚かないぞ、とエリカは心を決めた。

「ええ、どうぞ」

「うん。この女の人が目を覚ましたらね、このままの姿勢ですぐにこのビデオを見せてあげてほしいんだ。そしたら君のお父さんが司法取引に応じたことや、中田総理が黒幕だったことが一部始終わかるからね。なにしろ彼女が天井裏で録音したICレコーダーは僕が処分しちゃったし、みんなを眠らせたうえに電話で彼女の上司に警察出動停止を頼んだりしちゃったから、彼女きっと怒っちゃうと思うんだ。ここでいきなり目を覚ましでもしたら何するかわからないよ。彼女ほんとに強いんだから」

「きゃ、こわい」

「だいじょうぶ。事件もここまで来てしまえば超大物政治家がからんでいるだけにこのままうやむやに終わってしまうのはほぼ間違いないしね。ただそれを彼女が納得してくれるかどうか自信がなくてね。やれやれ、僕のやったことを合法的だと認めてくれる人がいったい何人いることやら怪しいもんだよ。でも中村さん、やってくれる?」

「まかしといて。これもみんなパパを守るためにやってくれたことでしょう。ほんとにありがとう柴咲くん。パパとわたしのためにここまでやってくれて」

「いや、ちがうんだ中村さん。ほんというと僕自身を守るためさ」

「柴咲くん自身を守る?」

「今の僕は事件に巻き込まれたり逮捕されたりしちゃいけないんだ。まだやるべきことがある。だからこうしただけなんだよ。中村さんのパパが無罪になるように持っていったのもそのためなんだよ。がっかりしたかな。ごめんね」

(率直な人だわ)

 エリカはアカリを見つめた。

(教えてくれないことがまだ何かあるみたいだけどここまで話してくれればわたしは十分、うれしい……)

 アカリは洋服ダンスのほうを見ながら言う。

「彼女にはあまりガスを使ってないから、しばらくすれば起きると思う。さてと」

 アカリが携帯を出して時間を見たのでエリカはさびしさを覚えた。

「柴咲くんはもう行っちゃうの」

「うん。もう十一時だしね。そうだ、まず連絡しなくちゃ。ちょっと失礼」

 窓辺に行って電話するアカリの姿が、エリカにはなんだかとてもやさしく見えた。

 豊かにカールした髪を両手にとって、エリカはその髪をみつあみにしだした。

(今朝のわたし、なんか誤解してたな。別にサピエスだってウシだって講師になってもいいじゃないの。そうすれば毎日学校で会えるもの)

「なんだって! 勝手に始めた? えっ、里見さん僕の家にいるのか!」

 今までのアカリの雰囲気とまるで違ったとげとげしい声が聞こえてきてエリカは、あれと思った。

(あら、あの人ようすが変だわ。急に大きな声なんて)

「どこへ入ったって? 地下室! バカな! なんてことしてくれたんです。いいですか、それ以上ふたりにさわらないように。僕が帰るまで絶対に動かしちゃいかん! 頼みましたからね里見さん。くそっ!」

 パチンと乱暴に携帯を閉じるとアカリがエリカに駆け寄った。

「すまん、すぐに行かなくちゃ。後は彼女がやってくれるから。さっき言ったとおりにね」

「うん」

「強くゆすればすぐにでも起きるかもしれないからやってごらん。じゃこれで」

 さっとアカリは背を向けた。

「あ、まって!」

「どうした?」

 ふりかえったアカリの表情には余裕がないようだった。

「いえ、あの、また学校で」

 ここでアカリは思い出したように口の端をクイとあげて微笑んで見せた。

「え? ああ、そうだね。また学校で」

 走りはしなかったものの、早足でアカリは部屋を出て行った。エリカは耳をすましたが、なぜか階段を駆け下る音は聞こえなかった。

(ふう、行っちゃった。なんだかすごくあわててる。こんな夜遅くなのに忙しいのね、ふふ。またあさって学校で会うんだな)

 こう考えてエリカは心がなぐなさめられると思ったが、どうしたわけか逆に小さな不安がわいてきた。

(でも……あなたにまた会えるの? なんだろう、この胸騒ぎは。ほんとにまた会えるの? 

どうしたんだろう、なんだかもう二度と会えない気がしちゃうのは? そ、そんなバカな。ねえ? わたしったらいったい何かんがえてんのかしら)

「そうだよな。まったくなにあわててやがんのかね、あいつ」

 洋服ダンスから声が聞こえる!

 びくっとしたエリカが見ると、洋服ダンスから長い足がゆっくりと出てきた。

(ああっ、警察の女の人が立ってる! どうして手足も自由なの?)

 加賀谷ナツミの背はエリカよりもはるかに高い。エリカが見上げるとナツミはニヤリと笑った。

「中村さん、彼の事よく知ってるの?」

 そう聞きながらブルルとナツミは体を震わせた。きっと睡眠薬の軽い後遺症なのだろう。ナツミは肩にはおっているありあわせのガウンの前をぎゅっと合わせた。

「彼って、柴咲くんは夏期スクーリングの講師です。わたしたちのクラスの。それだけです!」

「へええ」

 ナツミは大げさに両腕を腰にあて、エリカの前に威圧的にかがんでみせた。その動きでガウンの前がはだけ、下着なしの片方の胸がむき出しになりエリカをあわてさせた。

 なんて大きい胸なの、とエリカは半ば不快感をおぼえた。

「まあ、そうだよね。あなたが知ってるのはそんなとこのはずだ。きょう教室で顔合わせたばかりだものね」

(な、なぜそんなことをこの女が知ってるの? そ、それよりも早くアカリくんに言われたとおりビデオ見せなきゃ。この女、暴れだしちゃうよ)

「中村さんはあいつがほんとにアカリだと思ってる?」

 ナツミが何を言っているのかエリカには理解できなかった。

 そんなことよりもエリカの本能は強く感じていたのだ。この女は危険だと。

「まずこれを見てください! このビデオみれば全部わかりますから。だから乱暴しないで!」

(ハンディビデオを押しつけちゃえ、えい!)

 不愉快な裸の胸めがけてエリカはカメラを押し出した。そのカメラがふわりと空中へ取り上げられる。

「ぜひ拝見しますよ。さっきからの話でおおよその見当はつくけど、上司への報告前に裏をとっておくのが常道だものね。あーあ、報告か。気が重いなあ。ボスにカミナリ落とされるために電話するみたいなものじゃない。こんな気の進まない報告なんて新人研修以来だわ」

 ナツミはビデオカメラをいじくってひとりごとを言っていた。

 それを見てエリカはほっと目を閉じる。

(ああ、よかった。けっこうおとなしいわ。どうなるかと思ったけどアカリくんに言われたとおりにできそうね。アカリくんか……)

 そのとき何かが肩にのしかかった。

「でもね!」

 ナツミの声が聞こえたのと肩に痛みが走ったのは同時だった。

「きゃっ、痛い!」

 恐怖のまなざしでエリカが自分の肩を見ると、ナツミはエリカのドレスに爪をたてていた。そのどぎつい爪の赤い色がマニキュアなのか自分の肩から出た血なのか、混乱したエリカには判断できない。

「い、痛いです! 爪が、爪がくいこむ! は、はなして!」

 だがナツミはエリカなど見てはいなかった。

 冷たく燃える目でナツミがにらんでいるのは窓から広がる夜の景色だった。

「この事件、わたしの中ではまだ終わってないからね。このままあいつの思いどおりにさせはしないから!」

 大きな翼をはばたかせて月の下を滑空する江奈裕一郎の姿が、ナツミの心の瞳にはありありと映っていた。


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