ビデオレター(ショートショート86 )
三途の川の乗船券発売所。
「ビデオレターが届いているぞ」
老人は乗船券を購入したさい、窓口の鬼にビデオレターを渡された。待合所の一画にビデオレター鑑賞室があるという。
船の出発時間までしばしの時がある。
老人はビデオレターを手に、ウキウキとした足取りで鑑賞室に入った。
さっそく再生装置にセットする。
ビデオが再生され始め、映し出されたのは生前の家の庭であった。その庭先に、一緒に暮していた家族が横並びで立っている。
――また一緒に暮せたら……。
老人にはまだ現世への未練があった。
こちらに行きたくて来たわけではない。ひとり家族と別れ、先に来てしまっただけのことなのだ。
「あんた、元気ー」
妻が笑顔で呼びかけてくる。
老人は苦笑いをした。
元気だと答えようにも、自分はすでに死んでいる身なのだ。
「オヤジ―、そっちの居心地はどうだー」
息子で、やはりにこにこしている。
――あいかわらず失礼なヤツだな。
つい笑ってしまった。
「淋しくなったわー」
息子の嫁が手を振る。
「おじいちゃーん、お年玉がへっちゃうよー」
かわいい孫も手を振る。
「年金もへっちゃったわー。だけどねー、わがままな人がいなくなってせいせいしてるわー」
妻は両手を振り、すこぶるうれしそうである。
「迷って、もどってくるなよー」
「さようならー」
「バイバーイ」
息子、嫁、孫と笑顔で派手に手を振り、ビデオは二巡して終わった。
最期の別れの時……。
あれほど涙を流し、オイオイと声を出して泣いていたのに、わずか三日でこの変わりようである。
――ふむ。
現世への未練が完全に断ち切れた。