転校生の正体
「ガルルル……」
「クォーン」
「キィキィ」
不気味な鳴き声が地下からこだましていた。
ここは研究科の――地下からさらに階段を降りた部屋。
声の正体は研究で飼われている魔物だった。
檻の中には、四足歩行の獣や不吉そうな飛行生物がいて牙を向けている。
表向きは、技能科の訓練のときに駆り出すため――ということだったが。本来の目的は別のところにあるようだった。
垂れた蝋の先には火が、灯りが揺らめいている。それは、レンガ作りの壁に二人の研究員とシャウラの影を作り出していた。
研究員の一人が云う。髭を蓄えた賢者のような男はローブを身にまとい、威厳を醸し出している。
「また失敗だ……また魔窟が一つ増えた」
それにもう一人の若い研究員が応える。
「術式は間違っていないはずですが……このシャウラは偶然の産物なのでしょうか?」
「いや、間違いなくあるべくして存在する術式だ。手探り状態で見つけた我々のあの式は、成功の代物だと言ってもいい」
研究員たちの会話は続く。
「しかし、失敗の度に発生した魔力は淀みとなり魔窟を増やしてしまいます。このままだと国家に勘づかれて、今までの努力も無駄に……」
「そうならんようにするんだ。ところで、シャウラ、淀みの中はどうだったか?」
詰むんでいたシャウラの口が開く。
「幼生の魔物が一体でした」
「そうか、それで倒したのは?」
「他の生徒です」
「はっはっ。弱い相手なら仕方なかろうが、わかっておるだろ? お前を生かしている理由をな?」
笑った後に、いきなり豹変して険しい顔つきになる。
「はい……」
シャウラは目を落として、壁に映る揺らめきを見ていた。
***
シャウラが戻ってきたのは三時間目が始まるギリギリ前だった。
ったく、どこいっていたんだか。
相変わらず、陰鬱な顔してんな。
いつもなら気にならないことだが、一緒に探索に行って、その後、姿が見当たらないじゃ心配くらいはする。
それまでの間、アウルはシャウラを探しにいこうとしていた。
ちょっと見てくると言って教室を出ていこうとしたけど、他の自習組のやつらから囲まれあれこれ質問攻めにされていた。
中はどうだったとか、危なくなったかとか、アウルは全滅させてやったとか言ってたけど、出てきた敵は一匹だけだよな……。
この世界では、学校で知識を吸収したり実戦で経験値を積むと、その者の魔力の総数が上がる仕組みになっている。
といってもその総数は実体で見えることもなく、新しい上位魔法を使えるようになることでそれを実感する。
魔窟の探索を繰り返すことで、研究科では調査をまとめることができるだろうし、俺たちの魔力の底上げにもなる。
危険がつきものだとしても、メリットが多いこの授業は有意義なものになるのかもしれない。
たいして強くない魔物だ。回復なんて必要ないだろう。
どちらかというと脱出の方が苦労しそうだけど。
そう考えたら次の探索では、魔法をぶっ放してやろうって気になってきた。
そうぼやぼやしていたら、名前をあてられた。
「……リウト。えー、自分の名前がわからなくなりましたか? 次の問題の答えを黒板に書いて下さい」
え? えぇ?
今、何ページ?? 慌てて教科書をめくる。
おふっ、誰も俺と目を合わせねぇっ。
アウルは……っと先にあてられて黒板の前にいやがる。
仕方なく後ろのシャウラにこっそり訊く。
「七十六ページのところだよ。問二の問題」
「おう」
とページをめくろうとした瞬間、手がシャウラの白い指に触れた。
あ、わりぃ。と目で謝る程度だったけど、ん? シャウラときたら、驚いた顔で俺を見ている。
いや、今のたまたまだから。わざとじゃないから。決して、好意があるとかそんなんじゃないからなっと、俺は立ち上がった。が、肝心の問題が解けなくて再度シャウラの方を振り向いて答えを教えてもらうはめになった。
「そこ、何しゃべってるんですか?」
「なんでもないです……」
意外にもシャウラが返事を返してくれた。
相変わらず無愛想だけど、今日ばかりはいいやつじゃんと思った。
***
「へっくし!!!」
大きなくしゃみを一発かます俺。
誰か噂をしている? いや、単なる気候が暖かくなってきたことによるアレルギーだ。
今年になっていきなりそいつはやったきたのだ。
昼間の陽が差し込む教室で、さらさらとしたものが鼻から流れた。突然なるとは聞くが自分がなるとは思ってもみなかった。
お陰で一日も紙を何枚も消費するし、鼻がヒリヒリと痛い。
特に今日の午後は酷かった。
やっと帰れる……そう、昇降口から出たときに背後に気配を感じた。
うっすら灰色の髪が揺れるシャウラが、紙を一枚差し出してきた。
「これ、使って……」
「お、ありがとな」
魔窟に探索に行ってから二日経ったけどあれから授業が行われることはなかった。
ごく普通の歴史やら数式、そして魔法の仕組みについての学習を受けていた。
いくつかの淀みが発生したと言っていたのに、そこは学校側の都合なのか。ま、深く考えても仕方ないけれども。
その帰りは他のクラスのやつが先に帰っててくれと言うから、なんか呼び出しでもあったのかと思っていたけど。
見てしまった……同じ学年の女子と一緒に下校するところを。くそ……友情より女かよ。
こんな本読んでるぜ、とその女子に『もふもふ転生』を突きつけてやろうかとも考えたが、俺はそんないけすかない男ではない。
平和を重んじるごく普通の男子学生。
ってことで、友達のことは生温かく見守ることにしたのだが、シャウラはいつまでも俺の後ろをついてくる。
お前は成仏できなくてさ迷う亡霊か。
「なあ、お前の家って同じ方向なん?」
さすがに気になって問いかけてみる。
「ううん……」
「え、じゃあ何??」
「おととい、リウトくんが後ろを向いたとき……」
もしかして、手にぶつかったこと気にしてるわけ?
「ああ、あれはな。わざとじゃないから」
そうシャウラに説明すると、
「じゃ、返してほしいの……私の羽ペン」
なんのことだかわからない話をし出した。
「へ?」
俺は慌てて筆記用具を入れる布袋を確認しつみた。見慣れないペンが一本入っている。
これ、シャウラのか……?
おととい、慌てて答えをメモするときシャウラのを使って、そのまま俺の入れ物に入れた記憶が蘇る。
「ごめん、つい。すぐ返すな」
そう言って手渡すが、その日に言わないで二日も経ってから申告してくるあたりやっぱ変。
悪いやつじゃないんだけどな。
「後……一緒に来てもらいたいところがあるの」
なに? 今度は何? 予測不可能すぎて、早く帰りたいよ。え、いや、今日は…、と口走るが聞いちゃいないようだ。
俺の手首をぐっと掴むとこんなに力があったのかと思うくらい、俺はひきずられる。そして、以前あった魔窟の入り口付近まで連れていかれた。
そこには……前よりも大きな淀みが妖気を放って渦巻いていた。
「シャウラ……どういうこ……と……あっ」
言葉を発生したと同時に、俺はシャウラのか細い両手で渦の中に突き飛ばされた。