魔窟へ突入
外に出ると、登校したときとはうってかわって曇り空になっていた。
今にも雨が降りそうな重苦しい空――。
魔窟のある地点へと急ごうと、皆が足早に移動する。
後ろから女教師がついてくるが、ふざけている生徒を咎めるだけで並べさせて歩かせることもなかった。
それでも、各グループの歩調はだいたい同じで端然とその魔窟の入り口へと近づいていった。
といっても俺はそれを見たことがあるわけでもない。ただ禍々しいものというのはイメージできていた。
草むらを歩いて数分後、その場所に着いた。
「何、これっ」
アウルが嫌なものを見るかのように言った。中には視線を反らしてその入り口自体を見るのを拒む女子もいた。
「ほんとにこの中にか?」
他の男子がぼやいた。
その入り口は暗色の渦を巻きながら、中心部はぽっかり空洞になっていて今にも飲み込まれそうなものだった。
「やだ……この中入りたくないよ……」
弱音を吐き出す生徒も出てきた。当たり前だろうな、こんな生きて帰ってこれるかわからなそうなとこに入るなんて。
もし万が一のことがあったら学校で責任とってくれるのだろうか?
「はいはい」とまた女教師が手を叩いて皆の視線がそこに向く。
「これが魔力の淀みというものです。反応を見ると……想像以上だったみたいですね。ですが大きさを見ると、まだできたばかりの赤ちゃんみたいなものですよ。中の魔物の強さも想定できます」
その口振りから、危険性はそれほど高くないとでも言いたそうだ。
「ですが、今日はやめておくなんて人がいたら、それでも結構です。教室に戻って自習をしておいて下さい。あくまでも、このクラスにだけ試験的に導入された授業ですから」
このクラスにだけ、という言葉にアウルは過剰に反応をした。
「全然大丈夫です! さっ、リウトもシャウラもいこー」
率先して中に足を踏み入れて吸い込まれていった。
それを見た数名が、
「むりむりむりー」
「アウル……命知らずだな、俺はやめとく」
「私もー」
どよめきが広がり俺ら以外の七グループのうち、五グループが中に入るのを放棄した。
よし、俺も……と言いたいところだけど、あいにくアウルが先に入ってしまっている。
中で俺たちのことを待っているだろう。
「単独行動はいけませんね。が、一名入ったら他のメンバーも続いて入るように」
腕組みをしながら女教師が指示を飛ばす。
う……俺らのグループのこと言われている。
ちくしょう、アウルめ。後で、嫌みぐらい言わせてもらうからな。
先にシャウラが無表情で渦の中に吸い込まれていく。すまん、なんか笑えた。
おしっ、と心の中で気合いを入れ俺も直後に入る。
吸い込まれているときは、肌にはもやっとした魔力みたいなものを感じて、ビュオオオと轟音が耳に響く。
もう不安しかない……。
ところで、これ外に出るときどうするんだ?
***
中は想像通りの異様さが漂っていた。さすがは、魔窟――できたばかりといっても、そこはおどろおどろしい暗色の壁、床、天井の部屋が広がっていた。
どこから魔物が出てくるかわからない恐怖に駆られる。
念のため出口を確認してみると、お、あるじゃん。
俺が入ってきたであろう渦の先に光が見える。これで危ないときは戻ればいい。
薄闇の部屋の奥で、居場所を示すように手を大きく振るアウルとちんまり立っているシャウラを見つけた。
おおう、もうそっちまで行ってるのかよ……。
足がすくんで動けない……、なんて言ってぎゅっと袖を掴む女子だったらかわいいのにな。
まあ、先歩いてなんて言われたら断るかもしれないが。
「おっそい、おそい。何悠長に歩いてんのよ」
悠長じゃねぇよ、慎重に辺りを確認しながら歩いてるんだよ。よく、ずんずんとそんなに前に進めるな……。
「ほら、魔物が出てきたら危ないだろ。というか怖くねえの?」
「今まで、授業で実戦といったら研究科が飼ってる魔物もどき相手に戦うだけだったでしょ。あんなんじゃ、私の実力なんてわかってもらえない。ここで、結果を見せつけるのよっ!」
やべぇ、ここに戦闘狂がいる。
シャウラはというと、相変わらず何の感情も表さないでアウラの横にいる。内心、ヒビってる可能性もあるかも――ないか。
肝が座り過ぎな二人の回復役が、やはり俺には適任かもしれない。
しかし、他の連中入ってこねぇな。
うだうだしていた俺たちだったけど、ちょうどアウルの背後に毛むくじゃらの生き物が立っているのに気づいた。
「アウル! 後ろっ」
俺はすぐに叫んで、そいつの存在を教えた。
くるっと振り返ったアウルは、すぐさま二、三歩後退する。さすがに身のこなしがいい。
シャウラに至っては、一歩でそれと同等の距離に下がった。もしかして、意外と運動神経がいい?
「こいつが魔物??」
丸い紫の目はこちらをじっと見ている。
なんか……そんなに悪そうなやつに見えない。
すると、後ろから女教師の声が飛んできた。
「そいつはまだ幼生の魔物よ。小さいうちにやっつけておきましょう」
いつからそこにっ?
しかし、まだ小さいって気が引ける……。
だが、その魔物は自らの行動によって最期を迎えることとなる。
『オレ、アウォイ、オマエラタオス
キャハッ』
そう言い放って俊足で部屋中を移動し始めた。
それが、生理的に受けつけなかったアウルは、
「火炎陣!!!」
と、今使える一番強い範囲魔法の呪文を叫んだ。
地面からは火柱が上り、そのあほそうな魔物はチリチリに焦げてその姿は無惨なものとなった。
「魔物め、息の根を止めてやったわ」
大仕事でも成し遂げたような清々しい顔でアウルはつぶやいた。
「さすが、アウル。でもあの魔法は強すぎたかもしれないですね。次は魔物の強さも見極めながら探索していきましょう。魔力が底をついてしまったらいけませんからね」
「わかりましたっ」
なんだか、置いてけぼりの俺とシャウラ。出番はなかったな。
気づいたら他のクラスメートも中に入っている。もっと早く来てくれよ……。
ぼけっとしていたら、部屋がだんだん狭まっているのに気づいた。
「みんな! 早く外に出ましょう。この魔窟が閉じられていきます」
女教師の声が響く。
どういうことだ?
ともかく、皆は急いで外へ出ようと再び渦の中に飛び込む。
草の上に放り出された俺たちは、入り口が徐々に小さくなっていき跡形もなく消え去ったのを見た。
へたれこんでいる俺たちに担任は説明をした。
「思ったより小さなものだったみたいですね。えー、中の魔物――魔力が消えれば、淀みもそれに伴って消えます。そのときに外に出ないと、淀みに飲み込まれたまま一緒に消えてしまいますので……」
って、それも随分と怖い。
下手に魔物を倒さない方がいいのか? いや、狙われないで探索も難しい話だ。
「今回のは小規模なものでしたが、次はどうなるかわかりませんので」
「先生! 次って!?」
後から入ってきた女子がうろたえて聞く。
「研究科からの報告によれば、魔窟が他にもいくつか発生しているようです。昨日の時点では一つでしたが……。二時間目が終わるまで後二十分ですので、残りの時間は教室でゆっくり休んでて下さい」
もう、そんなに時間が経ってたのか。あっという間な気がしてたけど。
しかし、魔窟がそんなにできているって、いつまでこの授業をするんだろう?
俺らは、曇り空の下ぐったりとしながら校舎の方へと戻っていった。