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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
The RIGHT MAN in the RIGHT PLACE  5.14a
98/98

096 40メートルの変化

 ゆっくり。ゆっくり、ロープを流す。段々と、デヴィッドが近づいてくる。ああ、足を付いた。

 なんて声を掛けてあげたら良いか理解らなかった。どんな言葉でも、きっとチンケになってしまう気がして。やっと望みを果たした彼を、そっと抱きしめてあげたいとも思った。でも、やっぱり違う気がして。


 だから私は。


 「おめでとう」


 拳を突き出す。私と彼の関係は、この拳の皮一枚。ソレだけで、十分だった。ソレだけで多分、きっと、全部伝わる。


 「おう」


 コツン、と。デヴィッドも返してくれて。

 ソレで。ああ、ソレで……っ。


 「おめでとう……本当に、おめでとう……っ」


 駄目。抑えきれなかった。目尻を拭うけれど、そんなんじゃ無くならないくらい、溢れる。

 ずっと見ていた。悔しさに、怒りに、色んな負の感情に飲み込まれそうになって。其れでも登り続けた彼を見ていた。だから、堪らえようなんて無駄。今ぐらい泣いったって、許せ。


 「馬鹿。登ったのは俺だろうっ!」


 そうやって、頭をグシャグシャとかき回されて。そんな君の顔だって。


 「私のはっ、もらい泣きだよっ……!」


 「バレてたか」


 「今だって……ずっと泣きっぱなしじゃんかっ」


 真っ赤に腫らした、デヴィッドの目。上でも、降りてくるときも、今も。止まらない涙を拭い続けて。


 「くそっ、恥ずかしいな」


 慌てて。シャツの裾で、顔を拭いて。

 その人拭いに、湿っぽい全部、置いてくるように。


 「やったね。デヴィッド」


 「ああ。やったよ。シリー」


 デヴィッドは、拳を握り直した。ぐっと、もう手に力の入らなくても。でも、一杯に握りしめて――




 「っしゃあああっっっ!!!!」


 ――吠えた。少し強くなった、男が居た。







 「ちっくしょう……しんどかった」


 帰り道、項垂(うなだ)れながら。でも、何とか足を出す。あのクラックを登り終えて、一日。仕事の日だった。休めはしない。彼はもう、変えの効く新人じゃない。

 つまらないと思うことの多い環境も、自分次第だと思える度量も身について。だから彼は、相応の信頼を受けて。


 「無理しすぎた」


 だから休めなかったし、休まなかった。その結果、今にもぶっ壊れそうな、全身の痛みと。全てを使い果たしたが故の疲労に襲われて。辛かった。もう、地獄の様な一日だった。


 「今日はもう寝るか」


 本当は、祝杯でも上げようかと思っていたけれど。無理だ。流石に。

 大人しく寝ることにして、回復に努めよう。楽しいのは、明日にでも取っておこう。


 「酒、誰を誘おうか」


 いつもなら、ジェイムズか、チェスターも呼んで。自慢を重ねながら祝ってもらうとこだけれど。


 「アイツらは後回しでいいか」


 適当に時間を見つけて。キャンプでもしながら飲み明かしゃ良い。

 取り敢えず、今は誘いたいヤツがいた。


 「そういや、初めてだな。登るの以外に誘うのは」


 不思議と出来た、暗黙のルール。あの岩の前だけが、二人の時間。

 でも、こんな時くらいは、破ったって良いだろう。電報の文面を、適当に取り繕うことにして。




 「偶には酒に付き合ってくれるかね。アイツ(シリー)は」


 疲れ果てた足でも。通信局に向かう足取りは――少し軽くなった。 

今章はこれで完結です。長い間更新しなかったり、話の大幅修正を行ったりと、数少ない読者の方にご迷惑をおかけしたかと思います。何とか合間を縫って、書き上げる事が出来ました。

次章については、なるべく早く更新したいとは思いますが、また暫く時間が空くかと思います。申し訳ございません。

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