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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
The RIGHT MAN in the RIGHT PLACE  5.14a
96/98

094 二年

 「アイツ、また登りやがった」


 木陰。今日は日の照り返しが強くて、思わず隠れたくなった。

 本当に暑い日だった。でも乾いた風が、ほんの僅かに岩肌に張り付いた朝露を、綺麗に消し去って。そんな日だから、思わず登らずにはいられなかった。


 「よしっと……そろそろ登るか」


 手に持っていた雑誌を、ザックの上に放り投げる。この岩を登りはじめて、実に三回目(・・・)のシーズン。


 袋型に綴じた布袋、その中に手を突っ込んで。ぱぱん、と。手のチョークを払う。

 擦れる指先の皮は、一層分厚くなって。なのに、その要所は余りにも薄く研ぎ澄まされている。真皮に抱えた、神経ごと。


 「悔しいな、やっぱ」


 「また、例の親友?」


 「そうだよ。俺の知ってる、最強のクライマー」


 シリーに尋ねられて、答えは鼻高々でも。やっぱり、奥歯は噛み締めたくなる。


 「負けっぱなしだよ、いつも」


 「……」


 シリーは、答えなかった。ただ、準備を進める。

 前より随分、手際良くなった。そうなるだけの時間が、この茜岩の前で流れた。





 ヒトが結果を出すのに、必要な期間。其れはもう、どれだけなんて解らない。同じことをやっても、一足飛びに頭を超えて行くヤツが居る中を。地べたを這いずり回りながら、何とか留まるだけのヤツも居て。

 デヴィッドのこの二年は、とても、とても静かだった。彼のあげた成果なんて、微々たるもので。晴れ晴れしい自分の同期たちと比べちゃあ、無いにも等しいモノで。


 ――裂け目から溢れ出る血を岩に擦りつけて。今日の反省をしながら、成果が有ったフリ(・・)をして。奥底に眠る悔しさを、舌先で(なじ)って。


 頼むから……もう一手だけでも……。


 そんな言葉は、口をついても叶うコト無く。。

 義務感と、プライドと。あとは、何だろう。どうしようもない何かに、突き動かされながら。ずっと、岩の前に居た。




 ――――デヴィッドの二年は、そんな二年で。くだらなくて、意味なんて無いかもしれなくて。でも、結果を出すのに――多分、必要な二年だった。







 「じゃあ、行ってくる――」


 そう言い残して、向こうへ歩く彼の背中。何歩か遅れて、私も付いて行く。

 去年よりも、ちょっと大きくなった彼の背中。私の腕を回しても、両手が届かないのかもしれない。

 去年よりも、ちょっと細くなった腰回り。私の腕を回したら、きっと自分ごと抱きしめてしまう。


 ぎゅっと、握りしめるロープ。グローブは、これで六代目。その内五つは、この二年。今つけてるのも、もうボロボロだけど。彼に貰ったモノだから、出来る限りは使っていたい。


 「ふ……」


 深呼吸しようとして、途中で切れた。いつも、この間が一番緊張する。手が重い。頭が痺れる。

 何度も何度も会った。前よりずっと仲良くなった。でも、受け取った電報の待ち合わせ場所は、必ずこの岩の前で。彼に恋人が出来た話も、早々に別れた話も聞いて。

 そんな、自分の程度が知れる様な、苦しさの中でも。登り始める彼に合わせて、最初のロープを出すのが一番怖くて。――けど、一番愛おしかった。


 (あ)


 彼が、手を出した。岩に触れた。優しい手付き。


 (デヴィッド……そろそろ)


 彼の中の私は何なのだろうか、前にそんなことを考えた。

 結論は理解らなかった。でも、この岩の前だけは、いつも二人きりで。


 「そろそろ、さ――」


 随分、時間が掛かっちゃって。もう、良いよ。

 デヴィッド、君はさ。




 「――登っちゃえ。一番上まで」


 絶対行ける。そう思った。

 (シリー)の知っている君は。世界で、最強クライマーなんだから。

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