表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
The RIGHT MAN in the RIGHT PLACE  5.14a
90/98

088 行きずり

 アカネ岩を要する山中、デヴィッドはまたこの地を訪れていた。

 相棒は居ない。ジェイムズは、別の岩場に向かっているという。クラブの後輩に当たろうとも考えたが、卒業した人間があんまり当てにするのもどうかと思ってやめた。


 「あっちいな」


 今日は晴れだ。よく乾燥している。絶好のクライミング日和だ。攻略法が未だ見つからない事を考えれば、日和もクソも関係無いけれど。

 ごく。水を飲む。歩く道は、灼熱に照らされている。体から汗が吹き出す。体を覆う、一枚の布が。どうしようもなく煩わしい。早く、脱いでしまいたい。いや、ここで脱いでも咎める人間は居ないか。酔狂なクライマー連中しか集まらない山の奥である。寧ろ、服を纏わないくらいが正装かもしれない。


 「うし」


 そう思って。ザックを下ろし、シャツの裾に手を掛ける。そして、思い切り脱ぎ去って――ああ、涼しい。最高だ。

 これからの道中、そう幾ばくも無いし。脱いだもの、適当にしまって。じゃあ、行こうかと思って。


 「――いや、涼しそうな所悪いんだけどさ。道すがらの人前でそれはどうかと思う……」


 咎められた。若い女だった。




 「すまない。全く気付かなかった」


 「まあ別にさ、恥ずかしくないなら構わないんだ。ただ、やっぱこっちは気になるし」


 基本、男女ともに不必要なほど肌を晒す習慣は無い。

 公衆の前で、男が服を脱ぐことは多くないし。それを女が見る機会も少ない。


 「じゃあ取り敢えず、我慢しといてくれ。岩に着いたらどうせ脱ぐしな」


 「いや、せめて私がいる間は着てて欲しいんだけど」


 あまりに嫌そうに、女が言う。

 仕方ないと、シャツをまた取り出して。デヴィッドは着直す。


 「それで、何処で登るんだ? 俺は南面の端のクラックをやるんだが」


 「うわ、一緒じゃん……」


 「そうか。なら、今着てる必要は無いな」


 「お願いだから一秒でも長く着て!」


 (からか)いがいがあるものだから、デヴィッドもつい楽しくなって。こういう風に喋る機会も、最近随分少なくなったのもあって。


 「冗談だよ。でも珍しいな。いつも一人で岩をやるのか?」


 「普段は何人かだよ。山学会にも入ってる。今じゃ、女でもやるやつは居るよ。こうやって、一人で来る奴は珍しいかもだけどね」


 今日は、誰も捕まんなくてさ。女はそう言う。


 「そっちも同じ口なら、一緒に登らない? アルパインじゃないなら、ビレイヤーは居たほうが良いよ」


 「ああ、こっちからも誘おうかと思ってた」


 そう言って、手を出して。


 「デヴィッドだ。よろしく」


 「シリーだよ。宜しくね」


 女、シリーも手を取って。

 決まった、ザイルパートナー。


 「ん……」


 「どうした?」


 それで。手を握ったシリーが、訝しげに其れを眺めて。


 「細いね、指。私と同じくらい」


 「登れ無さそうか?」


 「ううん、逆。この指なら、絶対強い」


 細くて長い、デヴィッドの指。でも、爪の付け根は随分黒くなって。第二関節は滑らかに腫れていて。

 だからといって、何の証に為るわけでもないのに。シリーは、核心するように言った。


 「期待に、添えるかは分からねえけど」


 デヴィッドは、自分が強いクライマーであることを、疑っていなかった。でも其れは、あくまで自分での認識の話で。自分がより登れるようになるための、手段で。他人からどう思われるかまでは、性格に把握できていなかった。彼には、常に比較される相手がいたから。誰よりも強い、ジェイムズが。


 「俺なりの、登りをするよ」


 そう言って、止めていた足を踏み出して。

 目指すところは、あと少し。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ