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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
The RIGHT MAN in the RIGHT PLACE  5.14a
89/98

087 苦難

 会社の始業時間の、ずっと前。自分に割り当てられたデスクの前で、デヴィッドは一人悩む。

 何が良いか。どうしたら良いか。頭を抱えても、答えは出やしないだろうに。

 

 (いっつも、悩んでばっかだなあ)


 大学の時から、ずっと。もう挫折なんかしすぎて、それが常になってる気がするくらい。

 其れでも、サクソン大学には入れたし。クラブでもそこそこ以上にやれたのだから、人によれば、嫌味に聞こえるかも知れないが。


 (目標が、高すぎるのかね)


 それはもう、周りに居た人間たちが、とんでもなく凄い奴らだったから。引っ張られたって、仕方ないだろう。

 例え、高望みだったとしても。 


 「これじゃ駄目だなあ」


 今しがた書き上げた設計図。丸めて、ゴミ箱に突っ込んだ。

 まあまあ、モノにはなっていたのかもしれないが。だからと言って、新しい発想は無い。


 「――――」


 すると此方を向いて、語りかけてくる人がいる。

 先輩だった。仲は悪くない。いや、職場で取り分け接し方にこまる人は居ない。室長だって、コンペの話を除けば其れなりにいい関係だ。


 「ええ、大丈夫ですって」


 「――――」


 無理はするなよと、そういう旨の言葉で。

 でも、今は何となく。言葉面以上には入ってこなくて。素っ気なく、はないけれど。軽く、返してしまう。


 (ああ――)


 今の心の内、支配するもの。

 それは、どうしようもない焦燥感と。


 (――登りたいわ)


 ただの、私欲。




 もう、すっかり暗くなってしまった。夜のサクソン。新市街。比較的新しい街灯、未だ煤の付いてないレンガ壁。一目散、自分の部屋を目指して。

 がちゃり。戸を開け、郵便入れだけ覗いて見たら。


 「ああ! 今日も駄目だったっ」


 そして、何なり。声を上げて、ベッドに突っ伏す。アパートメント暮らしにも関わらず、態々(わざわざ)大袈裟な素振りをしちゃいるが。実はこの感覚にも、少し慣れて来ちゃいる。良いことなのか、どうなのかは知らないが。


 「何も思いつきやしねえ」


 結局、就業の時間まで。振られた業務の、合間まで。設計図、考えてみても。

 駄目、駄目、駄目。偶に、室長に聞いてみても。まあ、無理だった。当然、自分でも引っかかる点が有るくらいだったから。


 「中途半端だなあ、俺」


 就職をして、金もらって働く道を選んだのに。結局、職場にまでクライミングの事を持ち出して。未練たらたらなだけじゃなく、どっちも大して結果を出せてない。その程度、でしか無い。

 仰向けに沈み込んだベッドの上、見上げた天井。その先を、ぼんやりと見つめて。


 「――女、欲しいな」


 突然、そんな事を思った。何でそんなことを、とは思わない。

 いつもそうだった。戦いたいときは友人たちのところへ――逃げたいときは、女のところへ。そうやって、自分の精神を満足させていた。


 「っち……ほんと、何言ってんだかな……」


 そうやって適当に、女を捕まえてきたもんだから。思えば正直、まともに惚れた相手は居なかった気がする。

 くだらない。本当にくだらない。それで結局、毎度向こうに振られて終わり。全くもって、生産性も何も無い。


 「トレーニング、するか」


 晩飯前に、腹を減らしても構わないだろう。

 ベッドの上、ジェイムズに習って下げたトレーニングボード。指先をかけて、準備はもう終わり。


 「ふっ」


 左手。


 「ふっっ!」


 左手。


 「はあっ!!」


 もう一回、左手。


 「ぐぅ、ふっ」


 そして、一つずつ下ろしながら。


 (どれか、一つでもっ)


 仕事でも、趣味(クライミング)でも、女でも。何か、解決できりゃあ良いのに。

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