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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
The RIGHT MAN in the RIGHT PLACE  5.14a
87/98

085 帰宅

 古いアパートメントの、階段が鳴る。コツコツ、コツコツ。もう、夜だ。きっと、下の階まで響くだろうけれど。

 其れで二階の、手前から二番目の部屋。少し立て付けの悪くなった、戸が開く。錆取りしたけれど、やっぱりキイと音を立てて。

 玄関口を潜る人影は二つ。大と小。人と異人(ドワーフ)


 「ただいま」


 誰の居るわけでもない、部屋に向かって。ジェイムズが言った。

 代わりの答えは、外から。


 「遅くなっちゃいましたね……ご飯、どうしましょうか……」


 部屋の戸を、閉めながら。言ったのはフォクシィ。

 確かに、遅い。外に行っても、店は開いていないだろう。


 「うーん。有るもので、どうにかしてもらっていいかい?」


 「はいっ」


 確かパスタと、マッシュルーム缶と――

 流しの下を開けて、フォクシィが献立を考えはじめて。その間に、ジェイムズは書物を。


 「あそこのクラックのサイズは……」


 向こうにいる間に、スケッチした岩壁の絵。そこに、メモを走り書いて行く。すらすらと滑るペン先、丁寧では無いけれど読みやすい筆記体。

 こうやって、記録を取るのは癖の様なもので。報告書とは別に、いつも纏めている。

 だから本棚は、綴じた紙束でいっぱいだ。


 「いたっ……」


 「大丈夫ですか……」


 ペンを握る、指先が痛い。調子に乗りすぎて、皮が随分無くなってしまった。

 ふう、と息を吹きかけて。


 「大丈夫だよ」


 まあ、こんなの慣れっこだ。

 指紋がはっきりしてる方が珍しい。


 「寧ろ、フォクシィは平気? 手の甲とかさ」


 初めての、クラックだ。

 テーピングを巻いたとはいえ、結構痛むはず。


 「はい、大丈夫です。少し擦り傷が有るぐらいで」


 皮、けっこう丈夫なんです。

 そう、言うフォクシィは。確かに強がりといった風では無さそうで。

 少し、羨ましい――ジェイムズは思う。


 「そういや、フォクシィはどうだった?」


 今回のクライミング。ジェイムズが聞いた。

 少し教えただけの、ロープのクライミング。初めてのクラックルート。トラッドじゃあ、未だやらせて無いけれど。


 「ええと、楽しかった……です。ジャミングも、何と無く決め方が分かってきて」


 答える間、ニンニクを切り始めていた、手が止まる。話しながら何かやるのは、苦手らしい。

 フォクシィも、気付いだようで。慌てて調理を再開しなて。


 「それと、デヴィッドさんも良い人で……。登れなくても、ワイワイしているのは良いですね」


 ジェイムズとデヴィッドは、失敗するばかりでも。二人共、笑って、楽しそうで。

 けれど。


 「うーん……。デヴィッドはさ。いつもは結構、冷静な奴でね。だからさ……」


 「だから……?」


 ジェイムズは、ちょっと含む様な言い方をして。


 「――あれは多分さ、空元気。結構、(こた)えてると思うんだ」


 「そう、なんですね……」


 その辺の機微を見れるほど、フォクシィには未だ、余裕がない。

 それにまあ、ああいうのは、分かってないと気づけないだろう。


 「また、飯でも誘おうかな。今度は、フォクシィも一緒に」


 「はいっ」


 デヴィッド、意外と泣き上戸で。酒入ると面白いんだ――そんな風に、昔話をしながら。

 フォクシィの作る料理も、段々と完成に近づいて。




 「そう言えば結局、先生っても平気ですか……?」

 

 「未だ気にしてたの……」

 

 勿論、大丈夫。ジェイムズがそう言って。

 サクソンの夜は更ける。

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