084 確認
100メートルを越す丈の、花崗岩の一枚岩。
岩の名を、アカネ岩と言う。夕日に染まった、岩の色。元より呼ばれ続けていた名。
その西面。岩を横切る様に走る、20メートル程のクラック。そこに、一粒の人影。
そんな所に居るやつなんて、決まっている――クライマーだ。
「――なるほどっ!」
ずり落ちそうになる体。引き上げた拳で、必死に食い止める。スタンスに乗せた体重、器用に移動させながら。
ジェイムズは、岩壁に取り付いていた。
(クラックの、手前が開いてるのかっ……)
そう、デヴィッドから幾度もなく聞かされた水平クラック。その鬼門が、それ。
時折、無くなるスタンス。仕方ないから、クラックまで足を上げて。そうやって、何とか。右へ右へと、体を進ませる。
でも、重心が変わって。拳の効きは悪くなって。
「くそっ、ジャミングよりも――」
呟いて、ジェイムズは拳を開いた。
クラックの、下の断面。緩やかなカーブを描く面を、広げた手のひらで止める。
(デヴィッドは、ジャムを効かせたって言うけれどっ)
ジェイムズには、この方がマシに思えた。
構造上、ねじ込んだ拳が楔になりづらくて。ジェイムズの保持力なら、其処で工夫を凝らす方が手間であった。
其れよりも――
(――拳でこれじゃあね)
融通が効く人体。拳の肉は膨らむし。都合によって、腕の角度も変えられる。なのに、この有様。
此処で、プロテクションを決めようとすれば――
――がっ。
差し込んで、掛かりを確かめようと引いたナッツ。其れが、音を立ててスッポ抜ける。
デヴィッドに劣るとはいえ、決して不得意じゃあ無いのに。
それでも何とか。目を凝らして探していれば。
「ここならっ!」
少しばかり、結晶が見える箇所。ここならどうにかと、衝立てて。
ああ、やっとこさ。引っかかって居るように見えるけれど――
「――確かめるか」
ごくり。生唾を飲む。
正直、こんな不確かなセットで進みたくはない。これで大丈夫だという、核心が欲しい。
今なら未だ、前の支点で止まるはずだから。
「テンションッ!!」
ジェイムズが叫ぶ。
下からロープが引かれた。
体を支えていた、左の手を岩肌から離し。体は、大地に引かれて落ちてゆく。
墜落に合わせて、デヴィッドがロープを送る。衝撃緩和のための、ダイナミックビレイ。少しでも、支点への負荷を下げるけれど――
――ガキィィン!!
ナッツが吹っ飛ぶ。
ジェイムズの体は、大きく弧を描き。振られて、硬い岩壁へと向かっていって。
「やっぱ無理かっ」
あわや激突。けれど、予想は出来ていた。
足で受けて、蹴り出して。そしてそのまま、降ろされて。
「難しいだろ」
下で迎えたデヴィッドが。そう問いかけて来る。
「うん。難しい」
ジェイムズも、そう答えるしか無かった。
二人の男は、幾度となく首を捻らした。
でも、一向に変わらない。何度も入れて、何度も滑らしたナッツは。肌にたくさんの傷を付けて。
拳も指も、岩に擦れてずる剥ける。血をだらだらと流した手、接着剤で無理やり止めて、また登り。
其れでも、全然思いつかなくて。
「フォクシィは、何かいい案無いかい……?」
遂には、フォクシィにまで頼り始める。
今まさに、ジャミングやらを教わって、登り始めた最中だと言うのに。突然、そんな事を聞かれても。混乱するばかりだろうに。
「えっ……!? えと……ごめんなさい。分かりません……」
ちょっと、悩んではみたものの。やっぱり思いつかずに。
「だよね……」
「だよなあ……」
そんな、ため息つきながら。
此度の遠征、何も解決すること無く――




