表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
The RIGHT MAN in the RIGHT PLACE  5.14a
84/98

082 平穏な、昼時

 「水平クラックか。厳しいね」


 「そうなんだよ……」


 休日、昼前。洒落た通りの、洒落たカフェ。

 テラス席は高いからと、カウンターに座る男二人。聞くだけじゃ、浮いてしまいそうな組み合わせ。でも、細身で顔立ちの良い二人は、この空間に良く溶け込んでいた。

 ――ジェイムズと、デヴィッド。その二人である。


 「ピトンとか、デカいナッツとか。それこそ石とか。突っ込んでみたけれど、どれも上手く決まらないんだよな……」


 薄め(アロンジェ)にして貰ったコーヒーを啜りながら。デヴィッドが呟く。

 カップの取手に、するりと通した指は。なんだか、その重みで折れてしまいそう。そんなことはけして無いくらい、使いこまれた指なのだけれど。


 「正直、僕もやったことが無いからね。上から降りれるなら、ボルトを打ってしまいしまうかもしれない。でも、それじゃあ駄目なんよね――」


 ジェイムズの方は、ミルクたっぷり(カフェ・クレーム)

 こっちの指は、顔に似合わず随分節くれだって。傷だらけで、でも美しいかたち。


 「そりゃあな。俺はトラッドが好きだし。最初から最後まで、下から上。それが良いんだ」


 きっと、山屋としての名残。壁を制するのに、美学が先に立つ。

 それは、ジェイムズもそうだけれど。


 「どうしたら良いんだろうね……」


 結局は、そこに落ち着く。二人が黙る。

 話すネタが無くなったとかじゃなくて、本気で考えているのだ。方法を。

 黙りこくった二人。その静寂は重苦しくは無いけれど、とても大事な――静けさ。


 「お待たせしました――」


 そこに、ウェイターがやって来る。

 片手に掴んだ、皿の上。乗っているのは、クロック・マダム。

 ことり、ジェイムズの前に置いて。


 「うん、久しぶりだ」


 「好きだな、それ」


 バターと、胡椒の香りが鼻腔を擽る。

 ここのは、ハムもそうだけれど、チーズも美味しくて。だから、ムッシュで食べても良い物なのだけれど。ただ、ジェイムズは卵が乗っているほうが、堪らなく好きだから。


 「頂きます」


 丁寧に、切り分けて。溢れた黄身に、トーストの端を付けて。

 フォークで口に運べば――うん、美味い。


 「食うのは良いが……飯、このあと食うんだろ?」


 「大丈夫だよ。そっちもちゃんと食べるから」


 朝食も、ちゃんと取って。この後、昼飯も食べるのに。だけれど、我慢できなかった。

 でも、平気。ジェイムズの胃袋は、人よりは少々大きい。ちゃんとこの後のランチも、たらふく平らげるから。


 「胡椒、もうちょっと足そうかな……」


 「お前はやっぱ、相変わらずだよ」


 デヴィッドの呆れも、気にすること無く。

 このままでも十分だけれど。アクセントを足しながら、次々に。確か、持ち帰りも出来たよな――そんなことも考えつつ。


 「そういや、フォクシィちゃんだっけ。今日どうしたんだ」


 「新しい靴、作ってる。クライミング用じゃ無い、普通の靴と、外用のブーツ。今日は採寸だから、すぐに戻ってくるよ」


 引っ越しが遅れたせいで、手持ち無沙汰になったシエラがあちこち連れ回してるんだ。

 ちょっと、申し訳なさそうにジェイムズが言う。


 「なるほどねぇ……シエラちゃんも、そういうタイプだったのか」


 前に見た時は、もっと大人しそうだと思ったんだが――そんな、デヴィッドの言葉に、ジェイムズが笑いつつ。


 「ねえ、今度そのクラック、見に行ってもいいかい? フォクシィも連れて」


 未だ、フォクシィは割れ目(クラック)を登ったこと無い筈。少なくとも、一緒に登ったことは無いし、練習させたい。


 「ああ、構わない。次の休みも、予定は空いてるよ」


 「良かった。じゃあ、お昼食べながら、算段考えようか」


 丁度、カップも皿も空いて。

 ごちそうさま。ウェイターに聞こえるように言って、少し多めの金を渡す。


 「飯、何処で食おうか」


 「あ、そしたら彼処(あそこ)いかない? 隣の通りに出来た、新しいパン屋」


 「お前も、好きだな……まあ良いけど」


 ぶらぶらと、店を出る。

 革靴が、板張りのデッキをよく鳴らして。


 「たまには、こうやって登らないで会うのも良いかもな」


 「その割には、話してる中身は岩のことばっかだけどね」


 そりゃ、そういう付き合いなんだからそんなもんだろ――デヴィッドと笑いながら。

 久しぶりの、友人と過ごす休日は。其れなりに、心地よかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ