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078 こわい

 お昼前。すっかり仲良くなった坊主と白髪の二人組が、今日もやって来た。

 今日のビレイも、取ってくれるらしい。


 「ふっ――」


 身体を温める、ジェイムズさんの息遣いが聞こえる。

 調子、悪くは無さそうだ。良いかどうかは、私には判断できない。多分、ジェイムズさんにも。


 (ここ、かな)


 私は、三脚を立てて。カメラを準備する。重い望遠レンズが、良く目立つ。

 ファインダー、覗いて。一点に狙いを定めて。


 (ランジ、止める瞬間)


 其れを捉える。

 もう、随分写真を撮るのにも慣れた。構図がどうとかは、難しくても。ある程度マトモには映る筈。

 あとは――


 (ジェイムズさん、次第――)


 そうやって、ファインダーから目を外したら。

 ――ダンッ。フリーで張り付いていた壁から、ジェイムズさんが降りてきた。


 「ちょっと休んだら、登ります」


 「おうよ」


 シューズは脱がないらしい。ほんとに、ちょっとなんだ。

 スリングとか、ロープとか。身体に括るものだけ、さっさとセットして。ジェイムズさんは息を整える。


 「兄ちゃん、登れそうかい――?」


 声を掛けられた。白髪さんだ。

 最近は、坊主さんがいつもビレイしているから。白髪さんは、こうやって私に話しかけてくれることが多い。


 「分かりませんが――」


 私も、結構すんなり返せる様になった。

 そうし易い、人柄なのだろう。


 「登れるまで、やると思います……」


 「成る程、そらいいね!」


 じゃあ俺たちも、登れるまで来ないとね――。そんな事を言いながら、坊主頭の人の所に話しかけに行く。

 ああ――


 (――嬉しそう)


 タダ働き、させられているだけなのに。あんなにも、喜んで。

 それだけ、ジェイムズさんは惹きつけるのだ。登っているだけ、なのに。


 「眩しい、なあ」


 今の私には、余りにも眩くて。

 目を背けてしまいたくなる、少しだけ。


 (ううん――そんなこと……)


 心を、影らしても、良いことなんて無い。今はジェイムズさんが登る、そのときを待つ。

 そう思って、何となく周りを見回して――




 「あ――」


 見つけて、しまった。

 見つかって、しまった。




 「――おい、何をやってる」


 「え、あ……」


 頭が、凍りつく。言葉が、上手く出ない。震える手ばかりが、自己主張をする。

 近づいてきたのは、若い男の人。強そうな人。――見覚えのある人。


 「俺は言ったな。此処は、壁と向き合う、男達のための場所だと。半端な女が、半端な子供が、半端な人種が来るんじゃねえとッ!」


 記憶がフラッシュバックする。

 頬が、ジクジクと疼き始める。


 「てめえの自己満足で、汚していい場所じゃあねえんだってよお!」


 此方へ、向かって来るっ!

 こわい。こわい。こわい!

 きっと、彼も真摯な人。だから、私を許せないんだっ。自分を否定されるのは、とても辛い。あの人もきっと、同じ気持ちになってる。


 「クソっ」


 白髪さんの声が聞こえた。

 此方に来てくれる。でも、でも! わたしは、どうしたらっ――


 「うぅぅ……っ」


 一ヶ月半前。私が、此処に来たとき。一緒にやってくれる人なんていなくて。だから、一人で登っていて。

 そしたら――あの人がっ。


 「ぅぅぅぁあああっ……!!


 駄目だ。

 頭が軋んで、恐怖ばかり訴えて。やっとここまで整えた心の形が、またバラバラになってしまいそうで――




 「――フォクシィ、登るよ」


 「え――」


 あれ。声、聞こえた。

 ジェイムズさんだ。でも、何を、何で。


 「お前、何言ってんだ」


 男の、疑問ももっともだろう。明らかに、場の空気を読めていない発言。

 白髪さんまで、戸惑っている。


 「僕は金を払って、その娘を雇った。写真を撮って貰うためだ。僕が今から登るんだ、君の相手をしてる場合じゃない」


 成る程、そういう理屈か。でも、相手にはそんなの、関係ない話だろうに。


 「そんなことッ――」


 「――君の話は聞いてない」


 珍しく、ジェイムズさんが強気で。もしかしたら、怒っているのかもしれない。


 「良いか。君も、フォクシィもだけどね――」


 いつの間にか、この場にいる全員が、押し黙っていて。

 ジェイムズさんに釘付けになっている。私も、男のことなんか、思慮の外で。




 「――僕が登るんだ。僕を見ろ」




 余りにも、尊大に。そんなことを言うものだから。


 「――はい……!」


 私も、そんな返事を、すぐに返して。 

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