表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/98

072 雇い主

 病院で、フォクシィを一泊させて。僕達はオストックに戻ってきた。

 大した理由じゃない。今日、明日でフォクシィが働く予定だった場所に、断りを入れに行くためだ。


 (本当は、電報で済ませたかったけど。住所も知らないんじゃ、仕方ない)


 フォクシィの具合は、悪いが最悪では無かった。頬骨はヒビが入っているけれど、ズレちゃいなかった。指は、腱をやっていたが、断裂したワケでは無い。

 其れでも、どちらも暫くは使えないが。


 「何か食べたいモノとかは、有る?」


 「いえ……」


 其れよりも酷いのは、心の方。出会った頃よりも、更に酷く。


 (以前だって多分、つらい目に遭ってたと思うけど――)


 其れでも彼女は、笑えてた。

 だというのに、彼女がここ迄壊れてしまったのは。


 (働いても、登っても。否定され続けて――抗えなかったんだね)


 日雇いの労働。この辺りで出来るのは、果樹の採集と、其れに(まつ)わるアレヤコレヤ。労働としては、マトモだけれど。其処にいる人までは、マトモとは限らない。


 「じゃあ、行ってくるから待ってて」


 フォクシィから、返事は無い。

 僕はひとり、果樹園の事務所に歩いて行く。


 (僕は、どうすべきだろう)


 考え事、そうそう答えは出なくても。ジェイムズに出来ることは、いつだって一つ(・・)しかなくて。




 「……ふう。フォクシィ。此れから、どうしたい?」


 たっぷり葡萄ジャムを塗った、食パン(プルマン・ローフ)を齧りつつ。フォクシィに聞いた。

 パンは少々ぱさついてるし、僕の好みじゃないけれど。葡萄のジャムは、香り高くて悪いものじゃ無い。


 「働き、ます……」


 此方を見ないまま、フォクシィが呟いた。手に持ったパンにも、少ししか手を付けていない。


 「うん。働かなきゃ、生きていけないしね」


 肯定する。この社会は、そうやって出来ているから。文明とは、そういうものだから。

 其れで、思いついた事を言ってみる。


 「じゃあさ、お願いがあるんだ。僕がオストックに居るあいだ、僕を手伝って欲しい」


 「……」


 また、フォクシィは黙ったまま。

 でも、構わずに続ける。


 「やって欲しいのは、写真だ。報告の際に必要なんだけれど、自分じゃ上手く撮れない。周りの人に頼み続けるのだって、無理がある。だから、頼みます」


 此れは、本心。カメラを受け取ってから、何回か岩場に行ったけど。どうしても、自分で撮るのは難しい。

 一眼レフなんて、フォクシィも使ったことは無いだろうけれど。タイマーをやりくりするよりはマシだから。


 「お金は、日に此れくらい」


 紙に書いて、渡す。大した額じゃないけれど、適正な額。農場で一日働いたほうが、よっぽど稼げる筈。

 でも、労働の対価を蔑ろにはしたくないから。この額は変えない。後は、フォクシィに選ばせる。


 「……わ」


 フォクシィが喋ろうとして、言葉が詰まる。顔の包帯のせいで、口の筋肉が上手く動いてない。

 でも、もう一回。小声なのに、少し大袈裟な発音で。


 「分か、り、ました……」


 了承してくれた。喜んで、という風には見えないが。


 「ありがとう」


 御礼の言葉を言って。

 パンの、最後の一口を放り込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ