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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
小人のトラバース V4
62/98

060 新しい波

クライミング・バム……金の続く限りはクライミングをして、無くなったらアルバイトや日雇い労働で金を稼いでまた登る人間のこと。バムとは、放浪者のことを指します。

 白熱灯の灯りだけが、煌々と照らす部屋。デスクで頬杖をつきながら、男は物思いに更ける。

 ――男は、老人である。


 肉体は、ただ朽ちるの待つだけで。精神もまた、日に日に停滞していく。焦燥を感じるべきその事実に、抗おうとするだけの反骨心は、もう無い。


 「老いとは、そういうものなのだろうな」


 未だ、体は動く、頭も回る。だけれど、未だ、だ。

 五年か、十年か。否、もっと早いかもしれない。其れくらいで、きっと駄目になる。人間としての役割も、生物としての機能も果たせなくなる。


 「それで良い。社会も文化も、作るのは若者だ。老人に出来るのは、その若者たちが活躍する場を、少しでも広げることだろう」


 脳裏に、青年の姿を思う。自分がスポンサーになった青年。ジェイムズ・マーシャル。


 「何時迄も、パトロンをやれるワケでも無いものな……」


 自分が死んだら、アイツは職を失うワケだ。その気になれば、クライミング・バムでも悦んでやりそうなものだけれど。日雇いの労働力は、賃料の安いドワーフで事足りている。


 「実家は裕福だという。路頭に迷いはしないだろう」


 その代わり、専業のクライマーでは無くなる。そうなれば、私が惚れ込んだ技術も肉体も、すぐに衰えていくだろう。

 最悪、自分の遺産をやることもできる。孫も子もいない。妻には先立たれた。其れが最も単純で、良い方法なのかもしれないが。


 「いや違う。私が見るべきなのは、ジェイムズそのものでは無くて、その先にあるものだ」


 ジェイムズだって、(いず)れ老いる。その時に、アイツの持っている全てを、アイツ一人で完結させないために。そのためにこそ、私はスポンサーになったのだ。

 ――だから。


 「――掛け合う所が出来たな」


 私は、カーナーシス。鉄の男としては、既に錆びついた身でも。財界では、未だその名を知らす勇である。

 そうと決まっては、デスクに暗い影を落としている場合ではなかった。




 「ソレで、何ですか。お話って言うのは――」


 後日、カーナーシスは一人の男と落ち合った。

 雇われ記者から叩き上げで、とある雑誌の編集長に上り詰めた男である。未だ四十代、思想も比較的には先進的。

 名前を――


 「――私が君を呼ぶんだ。勿論、山で、雑誌の話だよ。ピーター」


 「そうでございますか」


 ピーターは、登山誌の編集長である。自分自身も山をやる。カーナーシスとの間柄は、過去の登山史についての特集の際の、インタビューをしただけであるから、今回もそういう話なのは分かっている。


 (今日は、休日だったのにさあ)


 カフェのテラス席。洒落た雰囲気に似合わない中年と老人が、コーヒーを啜りながら話しても、楽しいワケがないのだ。それに――


 (読めないよなあ)


 一介の、趣味娯楽雑誌の編集長が持つ権力は少ない。それなのに、こんな大物が出しゃばって話しを持ちかけて来るのだから、相当に骨が折れる内容になるだろう。

 無理難題でも、無下には扱えないのだから。


 「――それで、具体的な内容は?」


 引き伸ばしたって仕方ない。こんな面倒な面会はさっさと終わらせたかった。

 カーナーシスにも、別に長々と話す理由は無い。単刀直入に、本題から切り出していく。




 「新しい山岳誌、否、クライミング誌を作らないか――」


 ピーターは頭を抱えた。やっぱり、厄介事じゃないか、と。 

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