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052 結着

 日の出から、未だそうは経っていないくらいの、早朝。青々と茂る樫の森の中、ひとり。岩と向き合う者がいる。

 多くの月日を、そうやって過ごしたのだろう。やっと分厚くなった指の皮が、見て取れるけれど。それも、岩肌と擦れる度に削れていく。でも、大丈夫。どれだけ削れても。何れは、より分厚く、強くなるのだから――




 飛び付いた開始点から、更に跳躍(ランジ)する一手目。リーチ目一杯の距離も、まるで当然と一息に詰めて。

 其の侭、流れる様に右手が返って。体重が右腕に乗り。


 ――よいしょ、と。


 声には出さないけれど、そういう心持ちで、右足が上がった。

 そしたら、ダイアゴナル。もう、何回繰り返したかは理解らない。まだそう長くない経験の中でも、確かに積み重ねてきた動き(ムーブ)


 「ふっ」


 短く息を吐いて、右手が保持される。この右手が、余り良くない。でも、持てる。持って、右足を壁にスメアしつつ、左足が――


 「――ッ!」


 ――上がる! クライミングシューズの踵部分、やや大きめのラバーが、押し潰れるようにホールドを捉える。丁度、左手のすぐ横。膝が返りつつ、しっかりと、左手から支持が移り!


 「――ッダアアアアアアア!」


 吼える。小さな体に、似合わぬ気合。この機、逃してはならぬと、体中が叫ぶかのように。

 そして――




 「――止まった」




 もう、数えられないくらいのトライの末。遂に核心を掴んだ。少し大きめの、ピンチホールド。

 ドワーフの、体に似合わぬ大きな手。不格好だけれど、この時ばかりは感謝して。


 「気、抜いちゃ駄目だ……」


 そう、口に出しつつ。左手に込める力を抜かないまま、右手をカチに中継する。

 右足を上げて、もう一度。右手がリップに伸ばされて、其のまま掴み切る。


 「ああ――」


 もう、落ちようが無かった。ただ、一つ一つの動作を、確実に(こな)して。

 そうして――


 「――ジェイムズさん。出来ました……!」


 トップアウトした先の景色は、滲んで上手く見えなかった。

 ああ、この課題に心を動かされるのは、此れで何度目か。


 ――ハートブレイカー。フォクシィは、遂に完登を果たした。第二登である。




 山から戻ってきて、フォクシィはいつものお勤め。

 仕事の中身や、他人からの扱いは、相も変わらず。しかし、今日は機嫌が良いものだから、代わり映えしない作業にも身が入る。


 「――早く終わっちゃったな」


 そうやって、気合を入れて工場の掃除をしていたら、いつもよりも早く終わってしまった。未だ、昼過ぎの時間だ。


 (多分、別の場所の掃除かな)


 そう思いつつ、使用人長のところへ行く。何やら、帳簿を付けている最中。まあ、指示を仰ぐだけ。挨拶をして、管轄が終わった旨を伝える。

 そしたら、返事は、少し予想外のもので。


 「あら、丁度良いですね。此れからシエラ様に敷地の案内をするから、付いて来なさい――」


 あれ、と。首を傾げそうになるのを、ぐっと堪えて。肯定する。

 ――シエラ様。若様の婚約者。スクールを卒業したら、此方に越して来る。この間にも、顔合わせした。物腰柔らかで、可愛らしい方。でも。


 「私で、宜しいのでしょうか」


 使用人長に聞く。的外れでない質問なら、無下にはしない人だから。

 そう、幾らドワーフに対しての嫌悪が強くないにしても。態々(わざわざ)、案内に私を付けるのはどうだろうか。


 「単純ですよ。ウチの工員には、ドワーフが多いですから。慣れていただかないと」


 使用人長の答えは、明快だった。そうか、此処で暮らしていれば、嫌でも関わる相手なのだから。先に慣らしてしかるべきであった。

 それに、おいおいドワーフの扱いは変わっていくでしょうから、と。使用人長は続けて。言外に、貴方も関係あることよ、と言われた様な気もして。


 「フォクシィ。最近の貴方は、悪くはありません。いつもの調子でいれば、シエラ様なら大丈夫でしょう」


 最後に、そう言われた。

 褒められた様に思うのは、気の所為だろうか。勘違いでも、その言葉は。ただでさえ良い今日の気分を、いっそう高揚させた。

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