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051 新たなる

 カマルゴの山林の中を、ジェイムズは歩いていた。この地を訪れて、四日目のことである。

 目的の課題は登った。けれど、未だ食糧にも時間にも、余裕がある。ふと、兄に言われた言葉を思い出して、新しい岩を探そうと思い立った。


 「そう言えば、柳岩だって。見つけたのは先輩だった」


 独り言ちつつ、歩みを進める。

 どうにも、自分は岩場の開拓に対する嗅覚、と言うものが欠けている気がする。この間の、クラタのボルダー群だって、デヴィッドが見つけていなければ、行くことも無かっただろう。


 「冒険心、か」


 其れに欠けていると云うことは、満たすための能力にも欠けている事に他ならない。

 プロフェッショナルなクライマーとしては、ある種致命的な事で。そうとも、幾ら登攀力が高くても、見合う課題が無ければ、発揮すら出来ない。


 「偶には、自分で探すのも、良いかもしれない」


 そう言って、ザクザクと。落ち葉の積もる森の中を、進む。けれど、目的は在ってもアテは無い。

 ただ歩くだけでは、いたずらに疲れるだけで。ああ、と。やっと思い至る。


 「ボルダーは、どういう所に集まるのだろうか」


 一つは、上流の沢沿い。其れは、侵食で削られた岩盤が、割れ落ちるから。

 でも、其れだけじゃない。単純な、高低差。川がある場所は、低い。だから、山の斜面を転がった大岩が、何れ川へと集まる。


 「と、言うことは」


 今、ジェイムズは歩きやすい尾根沿いや、山の腹を横切って歩いてきた。でも、転がった岩が集まるのは、そう。谷である筈。必ずしもそうとは言えないけれど、十二分に可能性は有る。


 「よし」


 思い立ったが早いか、木に支点を取って、ロープで下降する。先ずは、谷やその出合(であい)を目指して。

 推測が正しいかは、行けば判るだろうと。




 結果、ジェイムズの憶測が、正解かは理解らなかった。谷の出合を目指す最中、一段と傾斜の緩やかな場所に出て。

 其処で、転がることを止めたであろう、大岩達に出会った。数は、三つと多くない。でも……


 「――すごい」


 素直に、声が出た。三つ並ぶ、岩の内の一つ。取り分け大きな、大きな岩。

 高さは、適度に高度感を与えるくらいで。6メートルくらいか。幅は、かなり広い。でも、何よりも。その(フェイス)の、堂々だる様相が、心を高ぶらせた。


 「……ホールドは、ないか。でもカンテ沿いならいけるな……」


 しかし、悲しいかな。美しいフェイスだけれど、余りにもホールドに乏しい。

 仕方なく、右のカンテ沿いから眺めようとして。近づいて――


 「あれ?」


 ――気付いた。

 苔に隠れて理解らなかったけれど。右のカンテからは、少し左。カブりのフェイスに、僅かな窪み。


 「持てるかな?」


 苔を払って、触る。薬指と、人差し指の半分を掛けて丁度いいくらい。


 「次手は……」


 探して、見つける。真上、飛んでギリギリ届くくらい。また、本当に僅かな窪み。


 「もしかして、他も……」


 そういう目で、見ていれば、有る……。今度は左に二つ、同じ高さに。

 其れから先も、まるで都合よく。僅かな結晶や、窪みが点在していてーー


 「マジか……」


 ジェイムズは、我慢が出来なかった。

 すぐに、シューズを出して、履き替える。チョークも一杯に付けて、臨戦体勢。


 「スタートは、此処が良いな」


 そう言って、カンテ際。SD(シットスタート)で。

 先ず、左手の指一本半ホールドを捉えて――


 「――マジか!」


 ――悪い! だが、そんな事、最初から分かっている!

 右足、岩の溝に意識を配りつつ、さあ!


 ――乾坤一擲、跳躍(ランジ)

 左手を支点に、右手は鮮やかな弧を描きーー


「――マジかあああああああッ!」


 何とか届いた、次のホールド! まるで止められずに、落下した。

 手応えなんて、まるで無かった。止められる気がしない。


 「何だ、あれ……」


 吐くのは弱音なのに。ジェイムズは、笑っていた。

 今の自分には登れない、圧倒的存在!


 「こんなの、登るしか無いじゃないか……!」


 ジェイムズの腹は決まっていた。




 ――此れから、四日間。只管(ひたすら)にジェイムズは、この課題と向き合って。ただの一度も、二手目を止められなかった。

 帰りの、特急の中。揺蕩う先は何処へやら。ジェイムズは、高揚していた。

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