049 予感
昼飯の前から、ジェイムズは登り続けた。課題は勿論、揺蕩う先へ。完登者のいないルート、未だグレードは決まらない。でも、高難度ボルダーであることに間違いは無くて。
――トライ数だけが、積み重なっていく。
「ぐうッ……」
中間部、送った左手の保持を失敗し、落ちる。本日、七度目の落下。
核心部まで辿り着かない、無様な失敗。丁度、落下中にシャッターが切れる音がした。ああ。後でネガを見れば、どうしようもない姿が、写っていることだろう。
「くそッ――!!」
左手を送った後の、足の入れ替え。乗せ換えた右足で、スタンスを捉えきれずに、滑り落ちる。十二度目の落下。
平均として昨日よりも、下部で落ちることが多い。動きは固まっているのに、どうしてであろうか。心なしか、足に乗り切れていない気がする。
「あああああッ!! くそッオオオ!」
丁度、二十度目の落下。やっとこさ、手に足に成功したけれど。その先の、ガストンに失敗する。
調子の悪い原因が分かってきた。靴が熱を持ったせいだ。昨日よりも、気温が温かいし、岩肌も日差しに照らされている。
言い訳がましくならないように、シューズを別のものに替える。次も、爪先は固めなもの。違いは出るだろうか。
「ッダアアアアアア!!」
本日、二十五度目のトライ。いい加減数を撃ちすぎて、体に撚れが来ているけれどーーガストンを、初めて保持する感覚を得る! ――にも関わらず、足を滑らせて、落ちる。勿体無いトライであった。
カメラの撮影は止めた。いちいちタイマーを下げるのも、面倒だし、何よりフィルムが惜しい。
次こそは、と。胸に決めて、トライを重ねていく。
――それで、本日三十度目。もう、日が暮れて来ている。今日は此れで最後と、腹を括った、大事なトライ。
「はああッ……」
左足の乗り込み、上手く決まる。出した左手も、ちゃんと止まった。
体が、どうにもぐらつく感触がある。其れもそうだろう、一日でトライを重ね過ぎなのだ。
「ふぅっ」
息をついて、チョークを付けて。足を入れ替える。そうしたら、丁寧に、立ち上がって。右手を出して……
……ぱしっ
音を立てて、掌で岩を叩く。持ててるか怪しいけれど、壁から離れていないから、成功の筈。
「来い……」
そんな事を呟いて、外側から左足を上げて。岩に触れた先端から、段々と返っていく足の感覚を信じて。
「だああッ!!」
無事に、左手も出せた!
でも、気は抜けない。両手、しっかり引き付けつつ。左膝を下げて、乗り込む。体がブレるけれど、其れに構わず立ち上がり、先へと右手を出す。
「ガァ――」
左足を張って、右手を効かせて。体が、一瞬の静止を経て――
「――あああああああッ!!」
――やはり、駄目。動き出した体を止められず、今日三十度目の落下。
やはり、今日も敗退に終わるけれど――
――なのに。だけれども。ジェイムズは、分かった。分かってしまった。
時々ある、感覚であった。此れが来ると、嬉しさよりも、寂しさが勝る。
「……次は、止まるな」
理解らない筈なのに、決まったことの様に呟いて。
二日目が、終わった。ジェイムズはテントに戻り、茹でたパスタを肝臓に蓄えて。
――三日目が、訪れる。




