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047 ホールド・オン

ハイステップ……文字通り、足を高く上げること。正対で乗り込む際に言います。


スメアリング……足先全体を、ペタッとホールドや壁面に押し付けて乗ること。

 カマルゴ山の、奥深く。雑木林の中で対峙する、岩と人。この戦いを見るものはいないけれど。その事実は、確かに在って。

 ただ、響くジェイムズの声を。寄り添う柳の木だけが、聞いている。




 「――あああああああああッ!!」


 制動を失った上半身が、引かれるがままに、地面へ向かう。もう止められないと、自ら飛んで。

 ――もう、何度目の失敗であろうか。いい加減、数えられなくなってきた。なまじ消耗が少ない課題だけに、数を撃ち過ぎているのかもしれない。


 ザッ――


 音を立てて、着地をした。そして、今のトライの反省をするけれど――分かりきっていた。左足のハイステップの際に、体が岩から離れすぎた。ただ、其れだけ。


 「くそッ」


 汚言を吐いても、仕方ない。解決するには、もっと緻密に、もっと滑らかに。肉体を完璧に制御した上で、花崗岩の小さな結晶と摩擦を捉えるしかないのだ。


 「……指、痛くなってきたな」


 見れば、擦れた指先の皮に穴が開いていた。このまま続ければ、血が滲むだろうけれど。

 やめる気はなかった。表面の痛みなら、我慢するだけで、事足りる。


 「問題なのは、靴の方だ」


 このトライに選んだ靴は、先端まで硬いソールが張られたもので、シャンクもしっかりしたダウントウ。

 柔軟にスラブを登りたいなら、スメアリングの出来る柔らかめのソールが良いだろうけれど。しかし、この課題に関しては、無理な話。


 「大分温まってきた。熱でダレたら、結晶になんかのれない」


 そう、この課題。捉えるべきは、結晶の一粒。ならば、立ち込みに特化した靴でこそ、勝機が得られる筈。

 でも、いつまでも靴が状態を保てるわけじゃあ無い。温まれば、当然ソールは柔らかくなる。そうなったら、靴が負けてしまうだろう。


 「まあ。そうなったら仕方ない、か」


 明日になれば、靴も戻るだろうし。今は心の欲する侭に、トライを重ねていこうと決める。

 両手にチョークを付け直して。そうして、また、開始点へ。




 ――先ず、両の足先でスタンスに立つ。右手で、カチとも言えない、岩肌の皺を持ちながら。


 「……」


 そして、左手もホールドへ。持てているか理解らないホールドを、持ててると言い張って。右足を上げる。


 「っ……」


 丁寧に、乗り込みながら。右手、左手と。両の手を上げる。……左足、慎重に。やりづらいけれど、仕方ないとスメアリングして。


 「ふっ――」


 ――乗り込んだ。けれど、重心が上がることで、左手が甘くなる。ーー其れを、間髪入れずに、次のホールドへ送る。


 「よし……」


 持った。摩擦を最大限捉えまいと、オープンで。

 取り敢えず、安心で有る。右手にチョークを付け直して、先へ進む。ここからが、核心だ。


 ――左足と右足を入れ替える。慎重に、繊細に。この作業だけでも、何度も落ちた。


 ずぅ――


 足の親指の、本当に先端だけに、感触を感じながら。入れ替えに成功する!

 したらば、右手を出す――ああ、悪い。此れをホールドと言うのだろうか。摩擦(フリクション)を指先で保持する。


 「うぅっ……」


 うめき声を上げながら、左足の手に足の、ハイステップ! 腰が、体が。岩から離れんとする其れを、抑えきって……


 「よしっ!」


 ――乗った。現状、最高到達点である。

 もう、行けるか。そんな気持ちも出てくる。けれど、冷静に、心を保とうと。左手を、顔の前まで上げて。右手を、次の手へ。左向きのサイドホールド。ガストンで捉えれば、レイバックが効くだろうと、上に送って……




 「……ぐうううっ――!!」


 そう簡単には、登らせちゃあくれない。

 悪い。余りにも悪い。体を上に上げたから、左手は効いていない。だから、右手で保持するしか無いけれど、それにしても悪すぎるっ。


 「ぅぁあああッッ!!」


 声が出る。安定させなきゃいけない。体が右へ流れる。

 耐えきろうと、左足を張って、右手に全神経を集中させるけれど。


 「ああああああッ――!!」


 其のまま、右手が外れる。もう、無理だ。

 壁から飛び出して、無様に着地。ああ――




 ――悔しいけれど。面白くもある。未熟な己の技術を恥じつつも、ジェイムズは、歓びを感じていた。

 揺蕩う先へ、未だ未登。

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