025 報告、クラタボルダー
「ほう。モルテンか」
カーナーシスが言う。ジェイムズは、このスポンサーの元に報告に訪れていた。
相も変わらず、日に焼けた紙の、独特な匂いが満ちる、書斎。デスクでカーナーシスがトポを見て、その前にジェイムズが座って。出されたコーヒーに手を付けつつ、ジェイムズは答える。
「はい。其処にも書いてある通り、バス駅からは遠いです。登り始めから近道も有りましたが、それでも駅から四時間は掛かります」
「まあ、そういうものだろう。鉄道もバスも、此方の都合に合わせて作ってはいない」
成る程。この国の交通網を牛耳る人間の一人。らしい意見だ。
ふと、ジェイムズは気になること出来る。
「トポ。見ているだけで、面白いですか……?」
カーナーシスは、熱心にトポを眺めている。頬杖をついて、コーヒーを飲みながら。日記と、報告書も合わせて。自分の様な人間には、至福となる時間だろうけれど。
カーナーシスは、此方を見て、ニヤリと笑って。
「ああ。最高だ――」
うん。嘘じゃあ無さそうだ。其れならば、自分が、変に気を使う必要は無い。 コーヒーを啜って、ジェイムズは地図を見る。次の岩場の辺りを付けるため。
部屋の時間は、静かに流れる。ジェイムズは、この空間が好きだった。鼻腔を擽る匂いも、落ち着いた色も、昼下がりの陽気も。そして時折の、カーナーシスとの会話も。
「なあジェイムズ」
そうやって、何度めかの、カーナーシスの問い。何でしょうか――ジェイムズはそう言って、老人を見る。
「何で。このドワーフを連れてこなかった――」
日記のページを開いて、カーナーシスが言った。ただ、純粋に気になったのだろう。唐突だけれども、的外れじゃあ無い質問。
「労働の契約は、鉄の掟でなければいけません」
ジェイムズの返事。
「少女、フォクシィは労働者です。例えどんなものでも、その契約に対して第三者が介入するのは、違うと思うのです」
そう。ジェイムズはフォクシィを欲していた。彼の使用人に。相棒に。其れが可能な、数少ない人間であったし。何よりも、クライマーとしての情熱と可能性を感じたから。でも、彼の矜持は其れを許さない。
「そうか。お前の意見は尊重する。だが――」
カーナーシスとしても、その信条に反論をしようとは思わない。ただ。
「お前、暫くリードクライミングは出来ないぞ」
「あ」
ビレイパートナーが見つからないのだから、そうだろう。
ジェイムズは頭を抱えて、クラブの後輩に頼もうかとか、独り言を言う。
カーナーシスは、冷めてきたコーヒーを啜りながら、報告書に目を戻す。
(ああ――)
カーナーシスは、文字を目で追いながら、気付く。
(――写真も、欲しいな)
今更の様に、思う。
最近は一眼レフカメラでも、良いのが出てきた。二眼レフか、一眼レフか、コンパクトか。何か適当に見繕って、持たせよう。そう、独り言ちた。




