012 デヴィッド・レイティング
二日目。岩は乾いていて、状態は悪くない。だけれど、空がよくなかった。朝の日差しは無く、灰色の雲が空を覆っている。
「これじゃあ、皆一回トライしたら終わりだな」
チェスターが言った。本日最初のトライが、最後のトライとなる訳だ。
各々、大なり小なりの憂いを持ちつつ、準備をする。ある者は道具を確認し、ある者はルートを見る。デヴィッドもまた、傾斜の厳しくない壁に取り付き、スカラーシップへのトライに備える。
「世界で二番目、か」
昨夜のあれは、励ましだったのか。デヴィッドは考える。ただ、あの調子で励ましと捉えるのはどうか。もし、怒っているのなら、ビレイをジェイムズが取ってくれるかそれが心配だった。
チラリ、とジェイムズの方を見る。粛々と、準備をしていた。ビレイの準備であった。
デヴィッドは、胸を撫で下ろす。此のルートのトライは、これで最後かもしれないのだ。最後にペアを組む相手は、長年連れ添った相棒が良かった。
そうして、自分の方に意識を移す。ゆっくり、壁を登っては、降りる。時折、休憩を取りながらも、温まっていく肉体の調子は決して悪くない。ただ、昨日あれだけ登ったせいもあるだろう。最近、会社に赴くばかりで本気のトライが出来なかった体は、久しぶりの負荷に張りと少しの痛みを訴えていた。
(この分じゃ、やっぱり無理かな)
そう思って。こんなんじゃあ、またジェイムズに怒られてしまう、と弱気になる自分を振り払う。
クライマーは登りきりたいからこそ、登るのだ。落ちるために登るわけにはいかない。そんな事を考えて、デヴィッドは指先に感覚を集中させた。
「やったぞ。やった――」
本日の二人目の登頂者が出た。他に、既に三人がトライしたが、チェスターを除く二人は完登出来なかった。ただ、後輩三人共通するのは、それぞれが自分の限界の登りをしたということである。そういうクライミングは、登れても、登れなくても。大きな成果となる。
(あいつらも上手くなったな)
デヴィッドは思う。ジェイムズは教えるのは下手では無いけれど、何時も自分の登りに集中していた。だから、後輩にフリークライミングと言うものを教えるのは、自分の役目であった。
(きっと、あいつらの中にも、此のルートの完登者が出て来る)
そうすれば、ジェイムズだけの不可侵領域じゃあ無くなるのだ。そうやって、時間が経てば、もしかしたらジェイムズを越す奴らが出て来るかもしれない。其れだけで、自分がクラブにいた事に意義が在った、そう思える。
「そろそろ、俺も登るか」
準備は終わった。体も温まった。もし登り切れなくても、後輩達に恥ずかしい登りを見せる事は無いだろう。
此方が登り始める事に気が付いたのか。チェスターが今しがた登り終えた奴も含めた、全員を連れて来た。プレッシャーも感じるが、緊張感は有るに越した事は無い。
そうして、デヴィッドは壁に取り付く。
「行くぞ。ジェイムズ」
「了解」
ごちゃごちゃと、色んなものを抱えた侭の取り付きになってしまった。それでも、目の前の岩壁が許してくれる事を願いながら。
デヴィッドは、一手目を取る。其の姿を見据えるジェイムズは、真剣そのものであった。




