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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
スカラーシップ 5.12d
14/98

012 デヴィッド・レイティング

 二日目。岩は乾いていて、状態は悪くない。だけれど、空がよくなかった。朝の日差しは無く、灰色の雲が空を覆っている。


 「これじゃあ、皆一回トライしたら終わりだな」


 チェスターが言った。本日最初のトライが、最後のトライとなる訳だ。

 各々、大なり小なりの憂いを持ちつつ、準備をする。ある者は道具を確認し、ある者はルートを見る。デヴィッドもまた、傾斜の厳しくない壁に取り付き、スカラーシップへのトライに備える。


 「世界で二番目、か」


 昨夜のあれは、励ましだったのか。デヴィッドは考える。ただ、あの調子で励ましと捉えるのはどうか。もし、怒っているのなら、ビレイをジェイムズが取ってくれるかそれが心配だった。


 チラリ、とジェイムズの方を見る。粛々と、準備をしていた。ビレイの準備であった。

 デヴィッドは、胸を撫で下ろす。此のルートのトライは、これで最後かもしれないのだ。最後にペアを組む相手は、長年連れ添った相棒が良かった。


 そうして、自分の方に意識を移す。ゆっくり、壁を登っては、降りる。時折、休憩を取りながらも、温まっていく肉体の調子は決して悪くない。ただ、昨日あれだけ登ったせいもあるだろう。最近、会社に赴くばかりで本気のトライが出来なかった体は、久しぶりの負荷に張りと少しの痛みを訴えていた。


 (この分じゃ、やっぱり無理かな)


 そう思って。こんなんじゃあ、またジェイムズに怒られてしまう、と弱気になる自分を振り払う。

 クライマーは登りきりたいからこそ、登るのだ。落ちるために登るわけにはいかない。そんな事を考えて、デヴィッドは指先に感覚を集中させた。




 「やったぞ。やった――」


 本日の二人目の登頂者が出た。他に、既に三人がトライしたが、チェスターを除く二人は完登出来なかった。ただ、後輩三人共通するのは、それぞれが自分の限界の登りをしたということである。そういうクライミングは、登れても、登れなくても。大きな成果となる。


 (あいつらも上手くなったな)


 デヴィッドは思う。ジェイムズは教えるのは下手では無いけれど、何時も自分の登りに集中していた。だから、後輩にフリークライミングと言うものを教えるのは、自分の役目であった。


 (きっと、あいつらの中にも、此のルート(スカラーシップ)の完登者が出て来る)


 そうすれば、ジェイムズだけの不可侵領域(アンタッチャブル)じゃあ無くなるのだ。そうやって、時間が経てば、もしかしたらジェイムズを越す奴らが出て来るかもしれない。其れだけで、自分がクラブにいた事に意義が在った、そう思える。


 「そろそろ、俺も登るか」


 準備は終わった。体も温まった。もし登り切れなくても、後輩達に恥ずかしい登りを見せる事は無いだろう。

 此方が登り始める事に気が付いたのか。チェスターが今しがた登り終えた奴も含めた、全員を連れて来た。プレッシャーも感じるが、緊張感は有るに越した事は無い。


 そうして、デヴィッドは壁に取り付く。


 「行くぞ。ジェイムズ」


 「了解」


 ごちゃごちゃと、色んなものを抱えた侭の取り付きになってしまった。それでも、目の前の岩壁が許してくれる事を願いながら。


 デヴィッドは、一手目を取る。其の姿を見据えるジェイムズは、真剣そのものであった。

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