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MIDNIGHT LIGHTNING 夜更けのクライマー  作者: 大和ミズン
スカラーシップ 5.12d
10/98

008 異人種のこ

クイックドロー…ヌンチャクとも言います。リードクライミングでは基本専用のものを使いますが、此処ではスリングの両端にカラビナを括り付けたものを用いています。


エイト環…下降器の一つ。ビレイ器としては、現代ではATCやグリグリを使いますが、エイト環を使う方法があります。ただし、下降器と同じセットの仕方では無く、小径にザイルを通してATCの様に使うほうが制動力が得られるので自分は好きです。

 「ああ、そういえば」


 デヴィッドは言う。最初のリードはデヴィッドが取るから、体に幾つものナッツをぶら下げて。最新鋭の6,6-ナイロン製ザイルを、手際よくダブル・エイトノットに結んで、体に巻いたスリングに括っている。


 「モルテンに岩場が在った。北のクラタという低山だ。ボルダーだ」


 畳み掛けるように放ったデヴィッドの言葉は、ジェイムズの祝の席には良いプレゼントである。

 モルテン市。確か、サクソンの、どちらかと言えば西の方。西に行けば山岳地帯に向かうから、必然、平地も減っていく。クラタという山は知ら無いけれど、その情報を知って、行かぬ訳にはいかないだろう。其れが自分の仕事だという、大義名分もある。


 「岩は、どう?」


 たまらなくなって、そう、ジェイムズは聞く。短い言葉は、ジェイムズの意図を示すには明らかに足りない。けれど、デヴィッドはよく解釈して、返す。


 「凝灰岩かな。汚れていて確かじゃ無い。ルートの取れそうな岩は結構あった。七つくらいは見たよ。尾根筋から見えなくない位置にあるし、帰ったらアプローチ図を書くさ。ただ――」


 「ただ?」


 何か気になることがあるのか。少し、言葉を溜めて、デヴィッドは言う。


 「先客が、いた。少女だ。――ドワーフだ」


 小人(ドワーフ)異人種(ドワーフ)。南から連れ去られた労働力を、同じ人とは呼ばない。彼らの権利に関する保証が出来た今も。

 ジェイムズは気になった。自分は反ドワーフ屋で無ければ、執拗な弱者庇護に気触れてもいない。けれど、壁面にルートを見出す者は、彼にとって同じ人種(クライマー)に違いなかった。


 「作業着を着ていたから、労働者だろう。何でそんなことをしていたか分からない。けれど、靴を脱いで(・・・・・)登っていたよ」


 靴を脱いで。裸足で、登る。つまり、その日気紛れで登っていたわけじゃあ無い。

 人は靴を履く。其のドワーフもきっと、靴を履いている。デヴィッドが、靴を脱いで、と言うのだから、そういうことなのだ。そして、その普段履いている靴を、岩の登攀のために脱ごう、とは普通ならない。肌を容易く傷つける凝灰岩の岩肌を、素足で登ろうとするのは、何時か、辿り着いたのだ。裸足の方が、登れるのではないかと。其れは、試行錯誤の上である筈だ。


 「グレードは?」


 ジェイムズは聞く。好奇心か、対抗心か。止まぬ興味が、沸々と湧き上がる。


 「判らないよ。遠巻きに眺めただけだ」


 デヴィッドの返事。ああ、当然なのだ。素性はどうあれ、口出しをする様な事は出来る事ではない。放って置くのが正解であろう。でも、


 「けれどジェイムズ。お前も会うだろうさ。お前は登る。そして、彼女も登る」


 だから。


 「お前が見て、聞けば良い。岩の前で、対峙した其のときに」


 デヴィッドはそう言った。まるで決まったことの様だけど。きっとそうなのだ。


 「承知したよ」


 やることが一つ出来た、ジェイムズはそう、独り言つ。そして――。




 登攀の準備を大方終えたデヴィッドは、軽く柔軟をし始めた。


 「こっちはそろそろ行けるぞ」


 デヴィッドは言った。ジェイムズはエイト環の小径に通したザイルを、カラビナに掛ける。思えばエイト環の此の使い方も、デヴィッドと始めた事であった。そう思いつつ、八の字巻きに纏め直したザイルを軽く見る。


 「ああ。何時でも大丈夫」


 そう言って、デヴィッドを見た。体にぶら下げた、幾つものナッツとクイックドロー。其れをジャラジャラと鳴らしながら、開始点へ歩いて行く。此の姿を何回も見て来た。あと何回見るかは解らない姿。


 「了解。じゃあ、頼む」


 デヴィッドは、岩肌を少し撫でて。そして、クラックに手を差し込む。テーピングをした手が、ぴた、と割れ目に収まる。

 ジェイムズは直ぐに送り出しが出来る様、右手を下に、左手を上に。グローブ越しにザイルの感触を確かめる。


 ――少しの寂しさと恐怖感に身を委ねつつ、デヴィッドは一手目を切った。


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