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第九話

いつものように一日で一番楽しい時間が始まった。

最初は緊張もあって、死神さんとはだいぶよそよそしかったけれど、最近は自然に話せるようになってきた。

心から居心地の良さを感じられる。

一件目を済ませ、二件目に向かった。

リストを取り出して金色のページをめくる。

さらっと目を通してみる。

このとき、あたしは何の疑いもなくそこに記されているのは「天国」の文字だと思っていた。

違う。「地獄」ーーー。

急に動悸がしてきた。

言いようのない不安と、自分の足元に穴が空いているような感覚。

「死神さん‥‥これ、地獄って書いてる‥‥」

無意識に死神さんのローブを掴んでいた。

この人が一番の頼りだから。

死神さんの存在を確認すると少し安心したけど、あたしは自分が知らない人を地獄に連れて行く手助けをするのに抵抗があった。

そんなことはしたくない。できるなら逃げ出したい。

でもそんなことしたら、死神さんに失望される!

「ああ‥‥はじめてだね。ちょっと大変かもしれない」

地獄ってどんなところだろう。

あたしのつたない知識でも、釜茹でとか血の池だとか、とんでもない苦しみの世界だということはわかる。

「いつもは天国の鍵を出すとき契約印から引き出してるけど、今回は契約印に手を当ててそこから下にずらしてみて。‥‥もしかしたら魂が暴れるかもしれないけど、そのときは何とかする。あと、罪悪感は感じなくていい。こうなるのは仕方がないことだから」

コクリとうなずく。

死神さんにそう言ってもらえたから勇気が出てきた。

仕方がないことって、地獄に行くようなことをしたほうが悪いってことかな。

リストを開く。つり上がった目に、深く刻まれた眉間のしわ。

顔写真を見て少しぞくりとした。

いけない、集中しないと。

死神さんが鎌を振り上げる。

あたしはリストの名前と、地獄行きを読み上げた。

魂が切り離された。

言われた通りに契約印に手を当てて下にずらす。

すると、ずらした手には真っ黒い鍵が握られていた。

これが、地獄の鍵。

本当にあたし人を地獄に送るのか。

鍵をぎゅっと握りしめ、現れた暗黒の門の鍵穴にさそうとした。

そのとき、真っ黒い手があたしの足をつかんだ。

振り向くと、人の形をした黒い影が地面に伏していた。

「なにこれっっ!」

いや。いや!怖い!!本気で怖い!!

尋常ではない力に引っ張られて尻餅をついた。

いけない!鍵は?

大丈夫、落としてない。

黒い影はあたしの足を掴んでいる手を放すと、今度は馬乗りになって鍵を狙ってきた。

「だっ、だめ!やめて!!!」

必死だった。とにかく必死に叫んだ。

視界が黒いもので覆われた。

もう、だめだ!

でもその黒いものは助けだった。

死神さんのローブ。

死神さんは黒い影を鎌でバッサリと二つに斬った。

影が苦しみながら黒い霧になっていく。

「今のうちに門を開けて!」

死神さんに言われるがままに、ガクガクした膝に言うことを聞かせて立ち、震える手を押さえながら鍵を回す。

ガチャリと音がして門が開いた。

黒い影は吸い込まれていった。

見たくなかったから目は閉じていた。

門が消えると、力が抜けてその場にへなへなと座り込んだ。

死神さんの手がそっと肩におかれた。

「立てる?」

ふるふると首をふる。しゃべると涙がこぼれそうだ。

泣き顔なんて見られたくないから、じっと黙っていた。

死神さんは黙って待っていてくれた。

ああ、優しいんだな。

やっと震えがおさまってあたしは立った。

わざと元気に振舞って見せた。

無理しなくていいと言われたけれど押し切って四件目までまわった。

帰り道、死神さんが言った。

「今日のあの影は、魂の最後の抵抗の姿なんだ」

「‥‥‥‥」

喋れなかった。あの影はあたしの中でかなりの衝撃。

もうこれについては話したくない。

「怖かった?」

やだ、なんで涙出そうになるんだろう?

答える代わりにうなずいた。でも死神さんからは見えないから、代わりに死神さんの背中にもたれてみた。

冷たい。水の中にいるみたい。音のしない水中。永遠に変わらない静けさ。

ずっと潜って身を預けてしまいたい。






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