第40話
横山哲也は46歳。
元、死神助手だ。
32歳のころ娘が生まれ、忙しくなり助手はやめた。
いつか自分も埋葬されて、刈られる日がくるのだなあと思いながらも、それなりに幸せな日々を送っていた。
しかしまさかーーーーー
「亜紀子が先に・・・刈られてしまうなんて・・・」
先ほど、といってもあの知らせからどのくらいすぎたのかわからないが、妻が交通事故で死んだ。
大型トラックにはねられて打ち所が悪かったらしい。病院に駆け付けた時にはすでに死んでいた。
いまだにこの現実が受け入れられない。
笑っているように眠っている妻の顔。肩を揺さぶると、いつもみたいに眠たそうにしながら起きるんじゃないかと本気で思う。
しかしその顔に血色はない。
「亜紀子・・・・・・」
返事が返ってくることも、ない。
学校から帰ってきた真千子は、夕方のニュースを見ている母の隣で洗濯物をたたんでいた。
「ねーねー、今日鈴木さんのとこ行ってきたんだけど・・・」
また始まった。母さんのどうでもいい話・・・。
おばさんという生き物には、まず会話のキャッチボールというものが通用しない。
おとなしくしているとこちらはキャッチャー専門になる。仮にこちらが投げたとしても、まったく違う自分の話題を十個くらい返される。結局聞き役になってしまうのだが、これが疲れる。適当に聞こうものなら機嫌が悪くなるし、真剣に聞くにはあまりにどうでもよく、おもしろくない話だからだ。
たまには、抵抗するのもいいかもしれない。
「もう、またつまらない話でしょ?あたし鈴木さんとか言われてもだれかわかんないから。」
ちょっと言い過ぎたかな・・・
心配する必要はなかった。
母さんは全くこたえていない。というか、自分が話せればそれでいいんだから、もともとこちらの話なんか聞いてはいないのだ。
「鈴木さんの隣の、横山さんって人、奥さん亡くなったんだって」
「・・・へえーー。」
適当に、ハイハイそうですかと流せる話でない。
それにーーー
「鈴木さんって、どこに住んでんの?」
「えーっと、四丁目のあそこよあそこ、ウチダ薬局のとこちょっとまがったあたり」
「ふうーん、近いね!」
ということは、近いうちにその横山さんを送らなきゃいけないのか。
送り出す人の正体がわかるのは、茉莉ちゃん以来だ。
まあ、茉莉ちゃんの時とは比べものにもならないけど。知ってるのは名前だけだから。
ハンカチの角と角を合わせて四角に折る。
人の死を聞いて冷静に自分の仕事を思い浮かべた自分に、ちょっと複雑な気分になった。
「まだ若いのにかわいそうに」
「お子さん中学生でしょ?気の毒としか、言いようがないわね」
お通夜の席。横山哲也はうつろな目で、座布団に座っていた。
周りの連中の同情の声が腹立たしい。妻を失って悲しみ以外に何も感じないはずなのに、どうしようもない苛立ちがこみ上げる。
娘は目を真っ赤にしている。ふだんは陽気なのに今は抜け殻のようになっている自分に気を使っているのか、限界まで涙をこらえている。たまりにたまって行き場を失った涙たちがつうっとこぼれると、あわてて目をごしごしっとこすった。
なんで、こんなことに。
ついおとといまでは、普通に生きていた。ずーっとこんな日々が続くことを疑ってもいなかった。
明日は葬式・・・。
出棺して、火葬され、さらに埋葬されると、死神とその助手によって妻は天国に送られる・・・。
送られてしまう。
二日後の夜。
真千子は墓場に来て、リストをめくった。
横山亜紀子ーーー。
「この人か・・・」
いつもどおりにやるだけだ。問題ない。
この人は天国行き。天国はどんなところかわからないけど、きっといいとこなんだろう。晴れ晴れと送り出そう。
死神さんが墓地を進んでいく。
あたしは後に続く。鎌を持って、ローブをふわりとはためかせていて、いつもより大きく見えて、少しどきっとする。
この真っ黒いローブにくるまってみたい。
心の中でそんな発言をした。
あーーーーだめだめ、何考えてんの!!
最近あたしエスカレートしてるよ。
「ぶっ」
自分を戒めていると、急に死神さんが立ち止まったので顔をぶつけてしまった。
やった、ローブにくるまるまではいかないけど、願いが叶った・・・。いろいろ違うけど。
「誰かいる」
さっと、頭が真剣なモードに切り替わる。
いつもつかみどころがなくて、やわらかな口調の死神さんのぴりっとした声は、あたしを緊張させるには十分だ。
死神さんが見ている方向を見る。
その先にいたのは、墓の前にぽつんと立っている中年の男性だ。
こんな時間に、何を・・・
「来た・・・死神と、助手・・・」




