第三十一話
ああ、むかつく。
数珠を首から外して机の上に置いて、頭をくしゃっと抱えた。
死神さんが悪霊扱いされてる…。
叔母さん、死神さんの前に出てきてお祓いしたりしないよね??
嫌な妄想が繰り広げられる。
いや、死神が人間に負けるはずないと思うけど。
でもそんなことされたら困る。
死神さんもドン引きだよ…。
もはやあたしの頭の中は、まだ起こってないことの想像でいっぱいなっていた。
叔母さんは出かけるといったきり帰ってこない。もうすぐ六時になる。このまま帰ってこなければどんなにうれしいか!
そのほのかな期待はだんだん大きくなっていった。
10時になっても戻ってこない。
母さんは、よくあることよと言っている。まあ、いつもの叔母さんの変人度からすればこの程度のことは驚く対象にもならないのだが。
十一時を過ぎた頃、あたしの淡い期待は見事に裏切られた。叔母さんは重そうな袋を抱えて帰ってきた。
中身が気になる。
叔母さんがトイレに行った間にこっそり見てみた。
げっ、岩?
いや、これ確か岩塩だ。透き通った薄いピンク色。一瞬だけでも綺麗だと思った自分を叱りたい。
塩………。
叔母さんが何をするつもりなのかは、容易に想像できる。
「あぁーーっ、もう…」
思わず怒鳴って床をはたいてしまった。
「ど、どうしたの?」
「なんでもない…」
十一時五十分。
あたしの部屋では沈黙の戦いが繰り広げられていた。
押入れ一つはさんだ隣の部屋からは両親の呑気ないびきが聞こえてくる。
「あのねぇ、これは真千子ちゃんのためなの。このままだと真千子ちゃんは肌がしわしわに干からびて、やせ細って最後には…」
「見たことあるの」
「あろうがなかろうがそのくらい推測できるわよ」
「ないんじゃん…」
話が通じない。
どうしよう、もういっそ本当のことを言ってしまおうか?
これはなるべく避けたかったのだが。
でももう時間がない。話すしかない?
でもーーーーー
結局、五分前がきたときあたしは諦めて話してしまった。
叔母さんはそんなばかな、と言っていたが、作り話にしては手が込んでいるからか信じたようだ。
「だから、叔母さんが知らないこともあるの。そんな悪霊とかとは全然違うから…だから黙って行かせて。お願いだから」
ああ、もう残り一分切ってる。
「…分かった。私もまだまだ未熟なようねぇ…死神なんて、思いもしなかった。」
「じゃあもう手出さないでね?時間ないから!行ってくる」
「気をつけるのよ。私だって一応プロなんだから」
全く、まだそんなこと言ってるよ…
でもなんとかいけた…。
話しちゃった。他の人に。
これが最初で最後であってほしい。
次の日学校から帰ってくると、叔母さんの荷物が一つもなかった。
「おーい、ただいまー?」
誰もいない…。
叔母さん帰った?
一週間いるって言ってたのに、早すぎる。
頭の中をはてなマークでいっぱいにしていると、玄関のドアが開いて母さんが帰ってきた。
「母さん、叔母さんは?」
「それが帰ったのよー。真千子に挨拶しないのって聞いたけど、いいって。用事があるとか言ってたよ、今バス停まで送ってきた」
なんだか狐につままれたような感じだ。
あんなにしつこかったのに?
こんなにあっさり、突然帰るなんて。
いや、嬉しいのは嬉しいんだけど…。
拍子抜けしたというか。
「…なにあれ?」
机の上に白い封筒が置いてある。「真千子ちゃんへ」と書かれていた。
行書で書かれていて読みづらい。暗号解読くらいのペースでしか読めないほどだ。
いうまでもなく叔母からの手紙だ。
「私の修行が足りなかったようです。出直そうと思います。体に気をつけて、塩は忘れずに」
これだけ。
最後の「塩は忘れずに」が叔母さんらしくて笑った。
「はあー、これで終わった…!」
でも終わりじゃなかった。
その夜、来たのは死神さんともう一人。
「…?」
誰、この死神…。
普通じゃないことが起こっている、漠然とした不安。
「規定違反をおかしましたので、これより一週間この死神を謹慎処分とします」
「なっ………」
謹慎、処分?
一体何をしたっていうの!?
ピンときたのは、昨日叔母さんに全部話してしまったことだ。なんとなくだけどまずいとは思っていた。
まさか…でもそうだとしたら完全にあたしのせいだ。
「待ってください!どうして?」
「処分の理由は、助手による死神業に関わりのない人間への仕事内容の流出です」
「そんな…でも、そしたらそれはあたしが悪いんじゃないですか!」
「助手の責任は死神が負うことになっていますので」
そのサングラスをかけたオールバックの死神は無感情にそう答えた。
いやだ、こんなのってありえない。あたしのせいなのに!なんで死神さんがーーー
「いやぁ、言ってなかった僕が悪いよね。真千子ちゃん、また一週間後に会おう」
「死神さん!待ってーーー」
死神さんはふっと消えてしまった。
目の前が真っ暗だ。
謹慎処分ってーーー。
ごめんの一言も言えてない。
なんて謝ればいいんだろう。
うなだれるあたしに、サングラスの死神は機械みたいな調子で言う。
待って、今何言われても聞けないよ…。
「こちらが代理の死神です」
死神さんが消えた場所から、別の死神が現れた。
何、コイツ…。




