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その二 うそ

 誰もが皆、嘘をつく。毎日、毎時間、寝ていても、起きていても、夢の中でも、喜びのさなかでも、悲しみの淵でも―――――たとえ、その舌が動かずとも、その腕、足、視線、その態度を通して、欺瞞は表される。

 マーク・トウェインは、そんなことを書いている。

 そう、僕達は日々、嘘の中に生きている。人を騙すための嘘、気遣っての嘘、自分をよく見せるための嘘、守るための嘘・・・・・形こそ変われど、僕達は常に欺瞞を通して、人に接し、自分を誤魔化し、やがてそれなしでは生きられない体になっていく。嘘が上手くなることは、大人になることの必要条件だ。

 結局のところ、嘘は社会の潤滑油であり、人間の精神安定剤だ。お世辞、面接、論文、社交辞令、意中の異性を口説く時・・・・一体、僕達はどれだけの躊躇いをもって、真実ではないことを臆面もなく並べ立てていることだろうか。もっと自覚を伴う、嘘の名に恥じない嘘であっても、僕達は自己正当化というフィルターを通して、折り合いをつけているものだ。いよいよ正当化出来なくなったら、こう言えばいい。誰だって、ついているじゃないか。嘘の一つや二つくらい。

周囲を魅了する人間は、だいたい嘘が上手い。服装から化粧品に至るまで、その外見を粉飾し、笑顔や話術といった処世術に長けていて、そんな自分に自信を持っている。思ってもない事をいって相手を喜ばせ、思ったことを口にしないことで、無駄な軋轢を避ける。

 適宜に嘘をつけない愚かな正直者は、社会の不適応者として脱落する運命にある。そういう連中は、正直な自分がなぜ不当に遇されるのか理解できないでいる。彼等の価値基準によれば、嘘を罪であり、清廉潔白は美徳の最高峰である。お世辞ひとつ満足に言えず、異性ひとり充分に口説けない彼等は、不満を囲い、鬱病を患い、狂人とまでいわなくても変人の烙印を押され、早晩、社会から締め出しをくう運命だ。

 僕達は、嘘の下手な人間を嫌う。僕等には、彼等がこう言っているように聞こえる。

 「王様は裸だ!」

 そんな事、みんな分かっている。分かっていて、皆、王様の服を着て歩いているのだ。お前は裸だと、指摘すれば、必然的に自分も裸だと認めざるをえない。それは、この社会において、 人の陰部を指し示すほどにも下品で無作法な行為だ。

 僕達がかぶる虚構という名の仮面は、こうして皆の暗黙の了解の上に成り立っている。おかげで、その下にある、あまり美しいとは言えない素顔を、普段は意識することもなく暮らしている。

 夜も昼も被り続け、もう長いこと外したことなどない仮面は、既にして皮膚の一部になったかのように、他者のみならず自分までをも騙しおおせる。もうずっと、洗顔などした事のない厚化粧なのだ。落とさぬうちから十重二十重に塗りたくった厚手のドウランを取り去ったとき、鏡に映る自分の顔を、果たして自分だと認めることが出来るだろか?それを正視することに、耐えられるだろうか?

 何の事はない。人生とは死へと続く一本道であり、人は絶え間ないゼロサムゲームの中で、パイを奪い合って生きている。楽しい筈はないのだ。人生は生きるに易い場所ではない。

 そう、嘘は必要だ。僕達が生きていくために。正気を保つために。僕達が僕達であるために。


マーク・トウェインの言葉について:作者が勝手に英文を訳したものであり、訳の正確さは保障しかねます。すみません。

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