夜中の喧嘩
「ーてい!!」
秋の涼しさが広がる深夜。
大声が響いたかと思うと、鈍い音が聞こえてくる。
「ぐはっ…!!」
「まだまだ」
佐野は相手の首元を掴むと、全身の力を込めて頬を殴る。
骨が折れたな、と分かるくらい、相手の顔が歪む。
それにスリルを感じ、ますます佐野の暴力はエスカレートする。
「次!! 次、来い」
挑発するように手招きしたのだが、相手はびびっているようだった、
背中合わせに、1人、美男子がやって来る。
佐野の仲間で、見た目は女のように見えるのだが、喧嘩が強かった。
「おう。お前のほうはどうだ?」
「順調。お前は?」
「俺もまだまだ。早く来いって言ってるんだよ」
相手に怒鳴りつけると、覚悟を決めたのか、一斉に襲いかかってくる。
佐野と仲間の太田は身構える。
「うおりゃあ!!」
「甘い!! こうやってやるんだよ」
蹴りを素早く繰り出すと、興奮状態になった佐野は、よろける相手の腹を殴る。
相手は「ぐはっ」と声を吐き出し、倒れる。
佐野は荒い息を吐いていたが、まだまだ物足りなかった。
「この!!」
拳が向かってきたので、それを避けると、逆に拳を食らわせる。
優雅な動きは、しなやかな動物のようで、見惚れてしまう。
太田のほうも負けていないようで、2人はまた背中を合わせる。
「く、くそー!! 覚えていろよ!!」
相手は悔しそうに吐き捨てると、倒れた仲間を回収して逃げようとする。
佐野は卑怯だと、追おうとしたが、太田が腕を引っ張る。
「やめておけ。騒ぎになっている」
「そうか。ーおい!! お前ら、2度と俺達のテリトリーに入って来るな!! 分かったな!!」
相手が何か吠えたようだが、上手く聞こえなかった。
周りにいた観客も、佐野が睨みつけると、さあっといなくなる。
結局、その場には太田と2人きりになったのだった。
「終わったか?」
「…ああ、終わった」
2人はそう答えると、何も言わず、背中を合わせたまま、その場に座り込む。
月を見上げれば、澄ましたように光を放っている。
癒やしとしてか、風が吹いてきて、傷口と興奮状態を冷ましていく。
「煙草は?」
「いる。1本、くれ」
2人はライターで火をつけると、ふうと息を吐く。
いつもなら味なんて気にしないのに、少し苦く感じる。
2人は黙って煙草をふかし続ける。
「あ、あの…!!」
そこに可愛い声が割り込んでくる。
何だ、とまた戦闘モードになろうとすると、太田が袖をひく。
太田は佐野よりもクールなので、周りの様子がよく見えるようだった。
「これ、飲んでください!!」
差し出されたのは、炭酸水だった。
女と炭酸水を見比べると、女は一生懸命、伝えてくる。
「あの!! 失礼します!! …それと、ありがとうございました!! 助かりました」
「…は? どういうことだ?」
「多分、俺達がここを守ったほうがいいんだろうな」
冷静な太田は煙草を消すと、炭酸水を手にする。
「ありがとう。ーほら、お前の分」
投げられて、佐野はしっかりと受け取る。
しょうがないなと呟き、佐野も煙草を消す。
炭酸水を開けると、プシューと中身が出てくる。
「うわ!! 溢れたし!!」
「それはそうだ。今、投げたしな」
「お前な…。あ、止まった」
もったいないと手を舐めると、少し鉄くさい味がした。
それが嫌で、炭酸水をぐびりと飲むと、喉が乾いていたようで、ぐいぐいと飲んでいく。
「プハー!! 美味っ!!」
「だろうな。喧嘩したばかりだしな。頭は冷えたか?」
「俺はいつでもクールだ」
「そうか? 俺には瞬間沸騰器に見えるんだけど」
「あのな…」
2人で会話していると、女がまた割り込んでくる。
「あ、あの…!! じゃあ、あたしはこれで…!!」
「ちょっと待って。お店で働いている娘だよね? どこか教えてくれる?」
「それは…。…LINEでもいいですか?」
「LINEか。いいよ」
太田がスマホを取り出し、女と交換する。
佐野は興味がなく、炭酸水を飲みながら、星座を相手にする。
ー子どもの頃は、純粋に空を見ていたのに。
いつの間にか見なくなっており、久しぶりに見た空は、佐野の心を映し出すように、真っ黒だった。
星座も見えないなんて、どこまで落ちたんだかと自嘲すると、女が言ってくる。
「じゃあ、あたしはこれで」
「お姉さん達にもよろしく言っておいて」
「はい…!! もちろんです」
女は悪い人間ではないようで、軽い足取りで去っていく。
太田は戻って来ると、佐野を肘でつつく。
「お礼。言え」
「はいはい。ーありがとうな。姉ちゃん!!」
声を張るが、女は自分とそう歳が離れていない気がした。
太田は女が見えなくなるのを確認し、炭酸水を開ける。
「あ、冷えてて美味い」
「だよな。俺なんか全部飲んでしまった」
「お前な…。少しくらい女に優しくしろ」
「これでも優しいほうだぞ? 殴ったこととかないし」
「そうか。…あー、疲れた」
太田が炭酸水に蓋をし、伸びをする。
佐野は腹を撫で、言う。
「お腹が空かないか? 何が食いに行こうぜ」
「ラーメンがいい」
「ラーメンか。いいね。よし、行こう、行こう」
2人は歩き出すと、熱を下げるように、颯爽と進んで行く。
残ったのは吸った煙草のみで、静かな秋の夜となったのだった。




